マーラー「第3交響曲」第1楽章における、特急「白鳥号」逆行事件

はじめに

 妻の実家が新潟県北部であることから、私は大阪から日本海を縦貫し青森に至る電車特急「白鳥」をよく利用しました。8時間余りの電車の旅はなかなか疲れるものですが、途中の景色も美しく、いつも乗るのを楽しみにしていました。この電車には不思議なことが1つあります。というのは、途中で信越・白新線経由で新潟駅に立ち寄るのですが、ここでは線路のつながりの関係でいったん駅で止まると、今度はバックするのです。このことを最初に体験したときは非常に不思議な感覚に襲われます。自分は何もしていないのに、後ろへ流れていく景色が、前へ流れていくんですからね。大げさに言うと、一種のカルチャーショックであるわけです。(同じ経路を辿るものでも、寝台特急の「日本海」では新潟に立ち寄らないのでこういったことは起こりません。)

 鉄道を扱った推理小説でも、このことはトリックの一つに結構用いられているのですが、現在ではこんな長距離の昼間特急は廃止されてしまっているようです。でも、名古屋から北陸へ行く特急「白鷺」は現在でも米原駅で逆行運転されているようですので、興味ある方は一度体験されてみられてはと思います。

 さて、これと同じように、ソナタ形式を普通とは逆に辿るような不思議な交響曲があります。マーラーの「第3交響曲」の第1楽章です。この楽章は、単に景色を前から後ろへ流れて行くように捉えている間は、さっぱり形が視えてこないのですが、後ろから前へ流れて行くという逆転の発想をすれば、マーラーの意図が火にかざしたあぶり出しのように鮮やかに浮かんでくるのです。

 今回は趣向を変え、熱烈なマーラーファンのホラぼやさんのご協力を得て、ある掲示板での投稿による、ホラぼやさんとやすのぶ探偵の2人の対話形式によって、この作品にメスを入れて行きたいと思います。どのようになりますやら。

 それでは、はじまりはじまり。



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M3/1第1楽章の3つの発見 投稿者:やすのぶ  投稿日: 5月16日(水)23時40分08秒

シノポリを聴きながら、マーラーの「第3交響曲」の第1楽章の構造について、3つのことを思いついたのですが、マーラー通のホラぼやさんのご意見をお聞かせ下さい。

@重要な主題は最初には完全な形で提示されない。
A〈第3主題部〉というのはない。
B《提示部》と《再現部》が逆転している。

詳しく説明しないと、なんのことやら意味不明ですが、とりあえず題目だけ。

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興味津々 投稿者:ホラぼや  投稿日: 5月17日(木)10時07分54秒


やすのぶさんのマーラー3番に関する、取りあえずの題目、興味深いですよ。是非、なあるほどと唸らせる話をお願いします。



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M3/2 投稿者:やすのぶ  投稿日: 5月17日(木)10時56分32秒

ここで言う重要な主題とは『第1主題』の本体と『第2主題』の本体のことです。まず、それぞれがどの箇所だと思います?

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マーラーの3番 投稿者:ホラぼや  投稿日: 5月17日(木)17時16分44秒

僕は3番の第1楽章の大切な主題は、『冒頭主題』と僕が『第1主題』と呼んだ部分の主題だと思っています。
そして〈第3主題部分〉は経過句と考えて、そんな部分はないとも言えるでしょう。
『第2主題』も『冒頭主題』から派生していると感じますが・・・。

ところで、シノポリのマーラーの「第3」の演奏の凄いのは第4楽章以降だと思いますが、他もまずまずの演奏でしょう



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M3/3 投稿者:やすのぶ  投稿日: 5月18日(金)14時14分18秒

長くて複雑でいろんな動機が徹底的に展開されるので解りにくいのですが、主な主題は4つあると思います。
『序的主題』(冒頭主題、夏の主題)、『第1主題』、『第2主題』、『終止主題』。
ホラぼやさんの『第1主題』は確かに重要ですが、何か(本当の『第1主題』)を受けた応答のような気がしませんか?『序的主題』の一部でもあることですし、独立性が薄いと思います。

この曲の構造のルーツの一つはシューベルトの「未完成」です。この短い断片の交響曲が『序的主題』の意味を最初に確立したのです。

シノポリは初めのほうがよかったように思いました。特にフィナーレはもう一つでしたね。まあ、僕は3つしか聴いたことがないので、何十も聴いているホラぼやさんの方が正確な評価でしょうがね。

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やすのぶ先生、あまりドキドキさせないで! 投稿者:ホラぼや  投稿日: 5月18日(金)20時43分40秒

3番の第1楽章・『第1主題』は、それ自体がスケールの大きな牧神と見ることも出来ます。とすると当然冒頭のテーマに対する応答と考えられるでしょう。

シノポリやサロネンは、ねちっこいのが好きな人には好まれないかもしれません。しかし、3番はブルックナーのような浄化した音楽として完成しているので、他の曲のようにやるのは間違っていると思います。
具体的に言えばバーンスタインは間違っていると思うのです。しかし、曲に対しての愛情の深さがあまりに伝わる演奏なので、認めざるを得ないというわけです。



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M3/4 投稿者:やすのぶ  投稿日: 5月18日(金)22時11分20秒

『大自然のテーマ』は『第1主題』の応答なのです。そもそもあの音形は『夏のテーマ』の中の応答句ですからね。

バーンステインは聴かなくても、推測は出来ますね。フィナーレの中には、あのようなねちっこさも必要なのでしょう。それでシノポリはものたりないのかも。

<続き>
ブルックナーの「第九」の第1楽章『第3主題』について、ある解説ではオーボエのパッセージが『第3主題』であるとしています。そして私たちが『第3主題』と思っているあのダブルユニゾンのテーマは、何と『第3主題』の転回形(上下逆の音程)であると説明しています。(ホラぼやさんなら読んだことがあるでしょう。昔からブルックナーに馴染んでいるのだから。)行きがかり上とはいえ、そんなバカな。“そしたら《再現部》では転回形しか再現されないんですか?”と訊いてやりたくなりますね。まあ、最初に現れたのが主題の原形であるという固定観念にとらわれたバカな解説者としか言いようがありません。

「第八」の最初に現れる主要動機も最初のピアノの形が原形ではありませんね。フォルテシモの確保の時が原形なのです。こういった最初に主題の原形を提示しないやりかたで成功した作品は、シューベルトの「ます」の第1楽章あたりが始まりかな。ここでは序奏的に『第1主題』の変形が現れ、やがてヴィオラとチェロの川の流れに乗って本当の『第1主題』が奏されるのです。くだんの解説者なら,これを『第1主題』の確保とでも言うんでしょう。そして、自分のバカさ加減を棚に上げて、シューベルトは確保からしか再現させない形式観の乏しい作曲家であると言おうとするんでしょうね。

そこで、マーラー、彼自身が何が重要なのかをスコアで語っています。すなわち重要なものは《再現部》で、もう一度繰り返しているのです。

まず、この巨大な「音楽の城」の攻城には、外堀を埋めることから始めましょう。外堀とは『第2主題』のことです。
もちろん『花と小動物のテーマ』がそれなのですがオーボエで最初に現れるものも、ヴァイオリンソロもその変形です。本来の形は、ミソドー・ミソシー・ミソラー・・・という形です。この[ドシラ]の下降音形がこの主題の『みそ』!!なのです。そして主題全体は23の6小節目から提示され64から再現される木管の一連のメロディーです。そのあとのトランペットのファンファーレ付でヴァイオリンに出る威勢の良いメロディーも21の2小節前のクラも[ドシラ]を使った『第2主題』の変形です。スコアのその部分を確認してください。[ドシラ]が視えてくるで
しょう。

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チラリズム? 投稿者:ホラぼや  投稿日: 5月19日(土)12時04分46秒

ちらちらと予測させておいて、いよいよしっかりと登場させるわけですね。なるほどそういう手法だったわけですか。
まあ、僕なんかスコアをながめているだけで読んでないですからね。

シューベルトの「ます」の第1楽章は聞き流したことしかなかったのですが、今度しっかり聴いてみます。
それは、ベートーヴェンの「第九」の冒頭の手法を発展させたという事とは違うのですか?

ちゃんと読むと面白いんですねエ。
やすのぶ先生、次は?




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M3/5 投稿者:やすのぶ  投稿日: 5月20日(日)01時03分58秒

<ちらちらと予測させておいて、いよいよしっかりと登場させるわけですね。>
それは、ベートーヴェンの「第九」の冒頭の手法の方です。

シューベルトやマーラーは聴き手を騙すのです。そうやって音楽に複雑な意味を付加しようとしているのです。音楽は時間芸術ですから、最初に聴いたものがまず頭の中にインプットされ、その上に新しいものが次から次へと積み重なっていきますね。ですから、最初に来たものから次のものを類推するという思考構造になるのです。変奏曲形式のように最初に主題があってそれからどんどん主題が変わっていくのは解りやすいですね。しかし最初に変形されたものが出ると、なにがなんだか解らなくなるのです。そして、イメージが固定されず膨らんでいくのです。そこが狙いです。

『みそ』のシャレを言うためにこの話を持ち出したようなものなのに、ちっとも受けなかったですね。オヤジギャグだからか?

まあいずれにしても、この[ドシラ]のようなものをモットーと言いますね。ブラームスが好んだ手法です。21の2小節前のクラリネットの歯切れの良いメロディーなんか全く別の主題のように思いますね。しかしちゃんと柱になる音は[ドシラ]になっているのです。

僕もクーベリックを聴いていた頃はこれが『第3主題』だと思っていました。しかしそうすると『第3主題』の中に『第2主題』がいっぱい出てきて、ホラぼやさんや一般の解説のように《展開部のような再提示部》という結論に達せざるを得ないということになります。しかし、僕の説に従えば全ては『第2主題』の変形や『第2主題』に従属する動機の集まりであって、〈第3主題部〉という独立した部分は存在しないということになり、形式の不明瞭さは雲散霧消します。これが〈第3主題部〉がないという理由です。

〈第2主題部〉ではその他に重要な動機がいくつか現れますね。木管の和音、弦のトリル、クラリネットの装飾音付のソーソーソーミドソという音形。16分音符の細かい動き、そして最も重要な『牧神の動機』これらは動機であって、主題を飾る部品にすぎません。

『第2主題』が最初に現れる時、主題のメロディーラインはすこし変形されています。オーボエはリズムだけは一緒で、ちょっといびつなメロディーになっています。ソロヴァイオリンは1カ所だけ(2回目だけ)メロディーのラインを変えているのですが、それで全く違う印象を与えます。それにこれはニ長調。この曲の結論の調なのですが、なぜこんなところでニ長調が選ばれたのか、不思議ですね。

《第2提示部》でのバスが初めて正しいメロディーを弾きますが、いかんせん音が低すぎて何か異様です。ブルックナーが短パンをはいて虫取り網をもって蝶々を追いかけているような・・・


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疑心暗鬼 投稿者:ホラぼや  投稿日: 5月20日(日)08時45分25秒

やすのぶさんの話の場合、やたらなところで笑うと、叱られそうな気がして・・・。
え?「ミソ」の話ですぅ。笑っていいところには「(笑)」マークを入れて下さい。
すると、何か、笑えないか!

マーラーの場合形式の不明瞭さ自体を愉しむのもいいんじゃないかと思っていたんですが、やすのぶさんの説ならすっきりしますね。しかし、ながーい《提示部》になるからわかりにくさも残ってイイ!

『ブルックナーが』と言うより、『ブルックナーも』虫取り網をもって蝶々を追いかけるんですよ!

自分のスコアの練習番号「23」の所に以前、僕は「提示部のまとめ」と書いたのですが、その7小節目のアウフタクトからが正式な『第2主題』の提示ということなんですね。流石、やすのぶさんです!

シューベルトもこの手を使っているんですか!?「未完成」も? 「鱒」も?

フィナーレは、誰だってねちっこくやりたいに決まってます。でも、それをストレートに表現すると浄化されません。音符1個1個の表情を聴くとサロネンやシノポリが、如何に感じきって演奏しているかがわかります。



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M3/6 投稿者:やすのぶ  投稿日: 5月20日(日)10時12分24秒

@なかなか笑うことは難しいことですがねえ。

@聴くためには複雑怪奇で自由にイメージを膨らませられるのが面白いけれど、分析は単純明白であるべきです。

@短パンと言うところが異様なのです。

@種があったのなら是非、ホラぼやさんの解説に入れてくださいよ。
タダ、以前の考え方ならここは〈第3主題部〉のまっただ中であることが引っかかるんですよね。だから“〈第3主題部〉はない”という結論になるのですよ。

@「未完成」のほうは『序的主題』の意味(全曲を支配するという)を最初に明らかにしたということで、この作品との関連があるのです。後出し主題(なんかずるいジャンケンみたい〜(笑))のほうは「ます」。まあ、聴いてみてください。本当の提示の時には、ますが水の中で飛び跳ねるように主題が変化・発展したように聞こえてしまいます。ところが、実は曲頭のメロディーの方が、この飛び跳ねるような本当の第1主題を柔らかく変形させたものなのですよ。それと、第4楽章「ますの歌」の変奏では、最後になって歌の時そのままの形が現れるんですよ。これなんかも、第1楽章を受けた逆転の発想で面白いですね。

マーラーは、スコアに綿密に各楽器の強さの違いを指定していますが、それらに強さではなく、音量差を付け過ぎることに問題があるようです。特にアダージョでは。したがって豊かな響きにならない。ねちっこさよりそちらのことを言っているのです。

<続き>
さて、〈第2主題部〉しかないとすると、次に〈終止部〉が来るわけですね。28と73です。この主題は『夏の主題』と『花と小動物の主題』から紡がれたように思えますが非常に重要な主題です。4つ目の主題で『終止主題』としましょう。ホラぼやさんのメモにはどうなっていますか?なにかよい標題的名前をこれに与えてやって下さい。

ここで、ホラぼやさんの解説に、提案。

“『夏のテーマ』と『花と小動物のテーマ』の二つから派生したようなメロディーを歌うソロ・ホルンにソロ・ヴァイオリンが絡み、チェロからクラリネットに受け継がれていく部分は最も美しく、そして優しい。安住したい誘惑に駆られる。第7交響曲・第4楽章の中間部につながる部分と言えるだろう。ここを『安住部分』と呼びたい。”

ここで『終止主題』の由来を正確に言い当てていますね。従って次のようなのはどうでしょう。

“底抜けに明るく力強い『終止主題』をまるで手品のように変身させ、儚い夢のように弱く、また恋人のような心のこもった暖かさを持つメロディーを歌うソロ・ホルンにソロ・ヴァイオリンが絡み、チェロからクラリネットに受け継がれていく部分は最も美しく、そして優しい。安住したい誘惑に駆られる。第7交響曲・第4楽章の中間部につながる部分と言えるだろう。ここを『安住部分』と呼びたい。”

いかがですか?
 
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いただきます。 投稿者:ホラぼや  投稿日: 5月21日(月)09時56分33秒

やすのぶさんのように言ったほうが解りよいですね。
『終止主題』は何と名付けましょうか。迷いも皮肉もない、大自然を謳歌する素直なマーラーが、そこにいると思いますが・・・。

「未完成」も構成を意識して聴き直してみるという愉しみが増えました。有難う、やすのぶ先生!
後出しジャンケンの「ます」は第1楽章ですか?



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M3/7 投稿者:やすのぶ  投稿日: 5月21日(月)21時55分28秒

その通りですね。その線で良い名を考えてください。でないと他の主題と統一がとれないですからね。例えば『自然賛歌の主題』というのはどうですか?柔らかい音でも賛歌には違いないとごり押しして。

僕のHPには「未完成」についてはアンダンテの分析しかしていません。これはスコアの解説が嘘だらけだからです。(僕の持っているM3の全音のスコアも正解率はホラぼやさんの三分の一くらいかな)「未完成」の第1楽章の構造は間違いようがないですが、そこには面白い工夫がいっぱいあります。たとえば歌のない第2主題だとかゲネラル・パウゼだとか。

「ます」は第1楽章のソナタ構造のことを言っているのです。

<続き>
『序的主題』について:
『序的主題』は『第1主題』と異なり全曲を支配する主題であり『第1主題』の前に提示されます。ちょうどトランプのオールマイティであるジョーカーのようにどこでも現れることが出来ますし、他の楽章の主題にも影響を及ぼします。『第2主題』の中に『第1主題』が出てくると形式的な混乱が生じますが、『序的主題』ではそれもOKです。Haupt Thema(ハウプト・テーマ)『主要主題』とも言います。全曲を有機的に統一する切り札とでも言うべきものです。

全曲を有機的に統一するもう一つの考えは、『序的主題』によらず『第1主題』そのものに切り札の性格を与えるというものです。この場合は『第1主題』が『主要主題』でもあるわけですが、この場合は部分動機を使うなど形式的な配慮が必要となってきます。ブルックナーの「第八」などはその典型です。『第1主題』の重要な構成要素である『主要動機』が全曲にわたって活躍します。

通俗名曲のなかでこの2つの差を聞き分けるとすると、チャイコの「第5」と「新世界」が解りやすいでしょう。チャイコの『運命の主題』は一種の『序的主題』です。「新世界」の『第1主題』は『主要主題』であり、のちの楽章全てに現れますね。まあしかし「新世界」の場合は他の主題も後の楽章で何度も現れるので『主要主題』の優位性が失われてしまっていますがね。とにかく、『序的主題』とはその優位性にかかわらず,形式的な意味を持たないところが”みそ”なのです。


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スコアの解説はウソ?! 投稿者:ホラぼや  投稿日: 5月22日(火)10時33分28秒

そ、そうなんですか。スコアの解説はウソだらけだったんだ!
僕も3番は全音のスコアなんですが、「ありゃりゃ、違ったかな!」と悩んだものです。
でも、科学と違ってたかが音楽、考え方の相違などつきものだろうと勝手に判断したということです。

『自然賛歌の主題』は悪くないので、取りあえずそれで行きましょう。僕としてはホルンの部分に思い入れがあるのでもう一ひねり欲しい気もしますが、こう言うのは詩人の仕事かな?

『序的主題』と言う言葉は勉強不足のため、なじみが無かったのですが、フランクを思い浮かべます。でも、良く考えてみればフランクの循環形式こそ、それ程新しい手法ではないということですね。「形式」と言ったところが新しい。

中学の音楽の授業で、こういったことを教えてくれれば面白いのに。

う〜ん、勉強になるなあ!
ミミタコの有名名曲も、理性で聴いてみるという愉しみが増えたってことです。

ここ2〜3年、5・6・7・3番を聴いているんですが、3番と7番は本当に飽きないですねえ。



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M3/8 投稿者:やすのぶ  投稿日: 5月22日(火)13時45分23秒

もちろん、ベートーヴェンやモーツアルトには嘘はないですよ。偉い先生が書いているのですから。でもロマン派以降は時々嘘がありますね。特にブルックナーがひどい。昔はスッペやヨハン・シュトラウスばかり聴いていて、大曲にはなじみが薄かったのでしょうかねえ。

それはそうとスッペなのかズッペなのかヴィーンではどう発音するのでしょうね。ジモン・ゼヒターについて、今日僕のHPを見直していたら、ふっとシモン・セヒターではないかと思ったもので。

音楽は、科学の部分と芸術の部分に分かれるのです。ブルックナーがヴィーン大学の名誉博士に選ばれたとき、学長が『科学を越えたときに芸術が始まる』と言っていましたが、『科学をふまえた上に芸術がある』のです。どのように音楽を楽しもうと、また解釈しようとそれは自由ですが、ドと書かれているものをレと読むのは間違いのように、作曲家が考えた構造を勝手に曲げて分析するのは、解釈にまで影響するので正さなければなりません。もちろんマーラーに直接聞いたわけではないので僕の分析が正しいとは限りませんがね。ただ正しい分析とはスコアの隅々から作曲家の出しているサインを的確に察知してそれを平明に表現することですし、答は1つしかありません。

<『自然賛歌の主題』は悪くないので、取りあえずそれで行きましょう。僕としてはホルンの部分に思い入れがあるのでもう一ひねり欲しい気もしますが、こう言うのは詩人の仕事かな?>

ホラぼやさん、もう一ひねりしてください。こういうことに制約や正誤は何もないのですから。ホラぼやさんの感性の出しどころです。

循環形式もリストの形式もシューベルトの「さすらい人幻想曲」を起源としているのです。シューベルトは偉大な作曲家ですね。

分析とは、腕の良い写真家が脱がない美人の女優をヌードにするのと似ています。裸で見たところでその女優の本質が変わるわけではないのですが、見てみたい。見るとかえって神秘性が損なわれるかも知れないのに。それに、ヌードで見たって女優の性格までは解らないように、分析したって作品の本質までは解りません。

<ここ2〜3年、5・6・7・3番を聴いているんですが、3番と7番は本当に飽きないですねえ。>
そうですね。それに「第8」や「第9」は疲れますからね。

<続き>
それでは、最後に残った『第1主題』について、もうホラぼやさんもうすうす感じておられるでしょうが、《再現部》で出てくるのが『第1主題』の本体です。ここでは残念ながらホルンの『大地のテーマ』は全く姿を現しませんね。『大地のテーマ』は『夏のテーマ』に属するからです。

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夏のテーマ=序的主題です。 投稿者:ホラぼや  投稿日: 5月23日(水)09時41分40秒

「さすらい人幻想曲」ですか?!
やすのぶさんの話を聞いていると、僕は全然シューベルトを聴いていなかったということが良く分ります。偉大な作曲家シューベルトを。


RE<続き>
僕はトロンボーンのテーマ(13の3小節目〜)をホルンによる『第1主題』(4の9小節目〜)の派生として、一緒に合わせて『大地のテーマ』としていたのですが、トロンボーンのテーマこそ『主要テーマ』だということなんですね?

3連符の重いリズムの部分は、言ってみればまだ舞台設定だけで主役が出てきていないということでしょうか?

そしてホルンも、まだ舞台設定であって『大自然(大地)のテーマ』でなく『夏のテーマ』に属する『大自然の動機』とでも言った方がいいってこと。ということは、トロンボーンによる『主要主題』こそ『大地のテーマ』と呼ぶべきか?

ホルンはトロンボーンのチラリズム?

《提示部》では『花と小動物のテーマ』が先に出てきて、《再現部》では『大地のテーマ』が先に出ますねえ。こういうときはどちらを『第1主題』というんですか?

僕が〈第3主題部〉と呼んでいた軽い行進調の部分は『夏のテーマ』と『花と小動物のテーマ』を融合して『自然賛歌のテーマ』を生みだすためのものだったのですね。

目立ちませんが「73」で力強く歌うの前に、「72」からヴァイオリンが『自然賛歌のテーマ』を弾くんですよね。



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M3/9 投稿者:やすのぶ  投稿日: 5月23日(水)12時28分04秒

「さすらい人」はシューベルトにしては駄作です。・・・と僕は思う。発想はすばらしく、主題も美しいのですが、1つの主題で全曲を統一するということは、多楽章作品にあっては無理なことなんでしょう。まあ聴いてみてください。この作品の構成上の素晴らしい発明と音楽的つまらなさを。頭で考えたものがいくら素晴らしくても、芸術としての広がりがあるのかというとハテナと言わざるを得ません。したがってこの作品の後継者たるリストやフランクにも同じ負い目をおわされているのです。

ブルックナーの「第七」のフィナーレがもう一つなのも、時間的なものより、主題材料を統一しすぎた点にあるように思います。ソナタはある面ゴッタ煮でなければならないのです。

ホラぼやさんも漫才で言う『つっこみ』が上手くなってきましたね。それでこそ話が、次々と発展するというものですよ。このつっこみがあるのを待っていたのです。

『主要主題』とは全曲を支配する主題にだけに使って下さい。この曲の場合は『夏のテーマ』が『主要主題』なのです。トロンボーン主題は『第1主題』であるけれども『主要主題』ではありません。ライオンの王様は威厳があってちょこちょこあちこちに顔を出さないのです。

もう一つ72のヴァイオリンは『終結主題』ですね。しかし本体はユニゾンなので、これはあくまで、ブルックナーの「第九」の第3主題と同じく『先出しジャンケン』なのです。
そうすると、<ここは再現部でしょう>というつっこみが来そうですが、それはあとのお楽しみ・・・・・

<続き>
『第1主題』が何かが解って、また疑問が出てきましたね。
僕は〈第1主題部〉は深い森の自然と動物たちを表現しているように思います。ここでは熊やオオカミや猿やリスや蛇やその他その他の動物たちが現れます。そして森の王者ライオンが『第1主題』なのです。そして〈第2主題部〉は明るい野原の自然を表しているように思います。花や蝶や多くの小動物達。そしてパン。〈第1主題部〉にも〈第2主題部〉にもたくさん現れてくる『動機達』はそれらを表しているように思います。そして両主題部に君臨するのが『夏の主題』。そういう構図でこの楽章が作られているように思います。

『第1主題』をどのように名付けるかは、それぞれの聴く人の感性だと思いますが、ホルンの『大自然の動機』というのはあたっているように思います。

マーラーの《提示部》は複提示であることが多いですね。この曲の場合『第1主題』本体は《第2提示部》に現れるのは一目瞭然ですが、《第1提示部》においてすでに、顔を出しているのですよ。これが今回僕の気付いたことなのです。
『第1主題』はA音の延ばしで始まりますね。『王様、王様、早くお出ましを』という家来の動物たちの声に『ウォー・ウォー』と叫んでいるのがこのA音なのです。
《第1提示部》をよく見てください。3の4小節目、4の1小節前そして4の8小節目にトロンボーン他のA音があるでしょう。特別大きな音で吹かれるこれが『第1主題』なのです。
だからホルンの『大自然の動機』はその応答なのです。

ちょうどブルックナーの「第八」のフィナーレ再現部でファンファーレが頭だけ出てあとのないのと同じ手法です。ですから、『第2主題』が『第1主題』より先に出るという不都合もないわけです。両主題とも《第1提示部》ではその本体を表さないというのがこの曲のやり方です。

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神様、仏様、やすのぶ様ぁ! 投稿者:ホラぼや  投稿日: 5月23日(水)19時20分22秒

トロンボーンによる主要(重要)な主題が『大地のテーマ』とも呼ぶべき『第1主題』と言えばよいのですね?

《第1提示部》のA音!?!?!?!?!?!?!
これが『第1主題』かあぁ!!! チ、チラリズムの極致!!
や、や、やすのぶさん、僕は今、感動に打ち震えていますうぅ。大阪方面を向いて深々とお辞儀をしましたぁ!
すっきりますねーー!

僕は2年前に3番のあの解説を書き上げたとき、それまでより自分なりにかなりすっきりしたのですが、少しひっかるものがありました。それが〈第3主題部〉と《展開部のような再提示部》だったわけです。
それも解決かあぁー!
すっごーーい! 凄すぎ。神様、仏様、やすのぶ様ぁ!
こんなのまーーーったく気が付きませんでした。教えてもらわなければ、気が付く気もしません。

それにしても、レークナーの『安住部分』のなんて美しいことか。



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M3/10 投稿者:やすのぶ  投稿日: 5月23日(水)20時31分46秒

そこまで言っていただくと、赤面します。3年間たまった便秘が、くそして一気にすっきりしましたか。
『第1主題』もまさに、チラリズムですね。
ただ、『大地のテーマ』はやっぱりホルンでしょう。僕はそう思います。
王様は孤独なのです。屹立しているのです。
この『第1主題』はもっぱらトロンボーン専門で提示・再現されますね。都合4回出てきますが威厳に満ちた3回に対して、夕立のあとのモノローグは孤独な心情が切々と語られます(33)。しかし特に注意したいのは4回目の最後(61の7小節目)、最後の言葉が[CBA]であることです。Aの意味は属音として始めに戻ることですが、CBはこのAを引き出すためにお付きの侍従長(バス)が最初にお伺いを立てている言葉です《第1提示部》。すなわちこの『第1主題』は最後の最後で最初に戻るのです。怒りが慰めに変わって。そしてそれを優しく包みこむようにチェロが「第9」のフレーズを奏でるのです。こういった連関が私の『第1主題』チラリズム説を、より強固にしていると思います。

そして[CBA]が『第2主題』の[ドシラ]と似ていることです。2つ目の音が半音高いか低いかだけの違いですね。それが〈第1主題部〉と〈第2主題部〉の性格を分けているのかも知れません。『第2主題』の時に言ったモットーは、実は『第1主題』をも支配していたのです。ますますブラームス的ですね。



これで外堀(第2主題)、内堀(第1主題)が埋められましたね。それでは、最後に本丸突撃。
大坂夏の陣!!

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究極のチラリズムぅ! 投稿者:ホラぼや  投稿日: 5月24日(木)10時24分05秒

やすのぶさん!
「・・便秘が、くそして・・」はないでしょう。本当に感動したんですから!
くどいでしょうが、もう一度言わして下さい。
『第1主題』は《第1提示部》(この言い方も良い)の『A』の音なんだー! 究極のチラリズムぅ!
あ〜、すっきりした。
これ、知ったかぶってみんなに言ってもいいですか?・・・と、インターネットの掲示板はみんなが見ているんでしたっけネ。

61から62は実に感動的です。2番の第4楽章『Urlicht』の3の前にそっと現れるオーボエもそうですが、あの回転音型はマーラーにとって、とても大切なものなんでしょうね。
「テーマ=主題」としなければいかんかなと思ったまでで、テーマもそういう日本語とすればいいことに気が付きました。けっこうどうでも良いことなんですが『動機』『テーマ』『主題』を使い分けるということです。



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M3/11 投稿者:やすのぶ  投稿日: 5月24日(木)12時19分05秒

どうぞ、ご自由に。これは僕が言っているのではなく、マーラーが言っていることですからね。しかし、注意!あの若くて博識の壁男さんですら反応しないのだから、相手を見て言うように。バカにされるのが落ちですからね。

レークナーの『安住部分』はそんなに良いのですか?シノポリでもレヴァインでも十分楽しめますが、どこが違うのですか?

テーマというのは日本語としては非常に自由に使えるのではないでしょうか?たとえば「タイタニックのテーマ」とか。したがってテーマと言えば何でも有りであり、音楽用語ではないのだと開き直れるわけです。

しかし、主題と動機ははっきり区別される必要があります。音楽用語としてはっきり認識されるべきですので。初歩的楽典の本には分かりやすくしようとしてか、主題は8小節、動機は2小節などと解説されていますが、そう規定すると例外だらけになってしまいます。
主題とは、起承転結のある(カデンツァと言い換えても良い)ひとかたまりの楽段であると規定出来ます。もちろん和声が付いていなくてもかまいません。
動機とは、それ自体で独立し得ない特徴的なフレーズを言います。また、部分動機というさらに細分化された用語もあります。

ブルックナーの「第八」で具体的に例をあげれば、最初にみんなが主題と言っている低音で提示されるひとかたまりは実は動機なのです。『第1主題』はこの動機がいくつか続いてフォルテッシモで最初の形が繰り返されるところの直前、Cの音で解決するまでの全体を言います。そしてタタンとかタタタンというリズムは部分動機になります。

M3でいえば『夏のテーマ』は主題です。2の2小節前まであります。ここには8つの動機があります。『大地のテーマ』は4番目の動機です。そしてタタタン1つだけを取ると部分動機ということになります。《第2提示部》のトロンボーン主題を『大地のテーマ』と捉えるのなら当然それは主題ですね。しかしぼくはこの主題は非常に人間的なまたは個人的なもののように感ずるのですが。

本丸攻撃、これが、ミソやクソのことでなく本当に僕が言いたいところのものです。
答は一番最初に言ってありますが、ホラぼやさん一度どういうことか考えてみてください。3日の猶予を与えましょう。

攻撃に先立って、おさらいとして簡単に第1楽章を分析しておきましょう。

区分 細区分 練習番号
《第1提示部》 『夏のテーマ』 .
〈第1主題部〉      2
〈第2主題部〉    11
《第2提示部》 〈第1主題部〉    13
〈第2主題部〉    18
〈小終止部〉    27
〈終結部〉    28
《第1展開部》 夕立    29
モノローグ    33
『第2主題』の展開    35
『終結主題』の展開    39 
《第2展開部》 パンの動機の主題化    43
パンの動機 繰り返し    46
『夏のテーマ』とパン    49
《再現部》 『夏のテーマ』    55
〈第1主題部〉    57
〈第2主題部〉    62
〈小終止部〉    69
〈終結部〉    73


 

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バカにされるぅ!? 投稿者:ホラぼや  投稿日: 5月25日(金)10時10分25秒

>レークナーの『安住部分』はそんなに良いのですか? シノポリでもレヴァインでも十分楽しめますが、どこが違うのですか?
@単に好みの問題です。
響きが美しいのはシノポリやサロネンもそうなんですが、40の「Sehr zart」でテンポを絶妙に落とし、4小節目のヴァイオリンのグリッサンドを怪しく生かすのです!

やすのぶさんの本当に言いたい本丸攻撃って、《提示部》と《再現部》が逆転しているというやつですか?

《再現部》のような始まりをしていたら、序的主題・第1主題・第2主題をハッキリ認識できますね。《提示部》のようにチラリズムの手法で《再現部》をやったら、分りやすいかもしれません。しかしそうすると既にチラリズムの意味がなくなっていて、平凡になってしまうってこと?
う〜ん、良く分りません。
もっと全然深い意味があるのでしょうか?

『第1主題』は最重要なもので、やすのぶさんの言うように人間的な主人公という感じがしますね。それが最後に(《再現部》の前の方)出てきたとき、例の回転音型で終わるというのは意味深いです。

『夏のテーマ』は8つの動機から作られている主題だ、という意味ですか?

僕が最初に『第1主題』と呼んでいたホルンによる部分は、「テーマ」というより「動機」 としたほうがいいのでしょうか?
「テーマ」と言うには不安定で「動機」と言うには長いような気がしたもので…。



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M3/12 投稿者:やすのぶ  投稿日: 5月26日(土)09時34分19秒

<40の「Sehr zart」でテンポを絶妙に落とし、4小節目のヴァイオリンのグリッサンドを怪しく生かすのです!>
分かるような気がします。アラビア風の衣装をまとった美しい女占い師がにこっと微笑みながらウインクしているのに、ぞっこん参るという風な感じでしょうか。他の演奏は気の抜けたビールか、なにかひと味足らない明太子みたいなものですね。

<やすのぶさんの本当に言いたい本丸攻撃って、《提示部》と《再現部》が逆転しているというやつですか?>
その通りです。もちろん、平凡という意味もあります。くだんの解説者も、ひっくり返っていればちゃんと分析出来たかも知れませんのでね。まあもう少し考えてみてください。ヒントは調性です。

<『第1主題』は最重要なもので、やすのぶさんの言うように人間的な主人公という感じがしますね。それが最後に(再現部の前の方)出てきたとき、例の回転音型で終わるというのは意味深いです。>
主題的に重要なのは、前にも言ったように、トロンボーンが最後に語る[CBA]の下降音形です。回転音形はおまけみたいなものですよ。

<『夏のテーマ』は8つの動機から作られている主題だ、という意味ですか?>
そうです。ちなみに8つめは大太鼓の変なリズムです。最も重要な動機は最初の学生歌みたいな動機ですが、その他のものも適宜活用されています。たとえば、第6動機が『第1主題』の中で出てくる場面なども印象的で象徴的ですね(14の8小節目)。

<僕が最初に『第1主題』と呼んでいたホルンによる部分は、「テーマ」というより「動機」 としたほうがいいのでしょうか?
「テーマ」と言うには不安定で「動機」と言うには長いような気がしたもので…。>トロンボーンを『第1主題』とすると、〈第1主題部〉に含まれるこのホルンや、重要な4度下降で始まるトランペットは何なんだということになりますね。

これは、『主題』と『動機』の概念を明確に区別して認識することによって、理解が可能となります。そのためにはブルックナーの「第七」と「第八」の冒頭主題を見てみるとよいでしょう。両方とも最初の形がオーケストレイションを増強してもう一度現れるところまで全体が第1主題です。「第八」では最初の動機が何回か繰り返され3連符の結尾になっていますね。「第七」ではチェロとホルンの動機のあとすぐに別の動機が出てきますが、それらは第1主題を構成する補助的な動機であると言えます。

両曲の最初の動機はあくまでも動機であって、それ自体が第1主題ではないのです。従って、動機が原調で再度現れてもそれは再現部ではないのです。主題全体がもう一度現れる時が再現部であるということになります。


さて、マーラーのこの曲の場合、ブルックナーの「第七」の第1主題と同じようなものだと考えてください。数多くの動機を含み17でニ短調に完全終止します。16で現れる4度下降が、トランペットの動機の基です。ホルンの5からの4小節は16からの4小節から来ているのです。『夏の主題』からのパパパンは、もちろんそこから導かれたものですが、第1主題としてみれば、前打音であると、考えてみてはどうでしょう。

トロンボーン主題の最初のAの前にもこの2つの前打音があれば同じように響くことになります。Trb.(〜)ミー(〜)ミー@ファーミー、Hr.〜レー〜レー〜ファーミー。ということで、トランペットやホルンは第1主題を小規模変形・再確認する、ソナタ形式で言うところの『第1主題の確保』という部分にあたります。

全体に、主題提示が逆になっているので、全てが解りにくくなっているのです。

<続き>
それはそうと、《第2提示部》と《再現部》の最後に、3度転調する場面がありますが(28の12小節目と74)ホラぼやさんは、これをどう思いますか?ぼくはデュカの「魔法使いの弟子」で魔法使いが魔法をかける場面の音楽を連想してしまいます。


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本丸が見えない。 投稿者:ホラぼや  投稿日: 5月28日(月)10時12分59秒

確かにあの場面は魔法をかけるような感じがします。

やすのぶさんの説明で、構造上はトロンボーンの[CBA]の下降音形が重要なのは分りましたが、感覚的にあの回転音型が印象に残ります。

本丸攻撃、良く分りません。ヒントは調性ねえ。それが一番難しい。どうぞ、教えて下さい。『第1主題』の「A」みたいに感動的なことかなあ。






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M3/13 投稿者:やすのぶ  投稿日: 5月28日(月)13時21分08秒

多楽章の器楽曲のもともとの起源は、大きな1つの楽章のあとにいくつかの小曲をつなぎ合わせたものだと思います。すなわち、最初の楽章を「シンフォニア」または「オーヴァーチェア」(序曲)と言い、これは最も重要な楽章です。あとに続く楽章は舞曲のような軽いもので、最初の楽章に対するアンコール・ピースのようなものと考えてください。そういった姿を現在でも聴ける具体的な作品で例示するとすれば、有名なバッハの「組曲第2番」や「組曲第3番」などがぴったりでしょう。

ハイドンによって確立された「交響曲」においても同じ精神が引き継がれました。ハイドン、モーツァルト、ベートーヴェン、シューベルトの交響曲はすべて第1楽章で最も重要なことを語っているのです。そして、4つの性格の異なる楽章は古典の様式の中で均衡を保っているのです。

ロマン派も中期以降になると、この多楽章の交響曲にも全体の有機的統一が求められるようになってきました。そのとき障害になったのが、この第1楽章の性質です。第1楽章で全てを語って完全終結してしまえば、あとに何が続くのか?また第1楽章と、残りの3つの楽章との断裂をいかにカヴァーするのか?この問題は、交響曲の作曲家達に大きな試練を与え、この問題を解決した作曲家が名曲を残すことに成功したのです。

ブラームスの交響曲はいずれも第1楽章が最も重要ですね。しかし彼はこれらの第1楽章に完全な終結を与えず、弱く終わらせることによって断列を避けることに成功したのです。唯一、強く終わる「第4交響曲」は、曲本来がバロック志向であるための措置であり、ホ短調で終わることも幸いして、様式的均衡を保っているのです。

ブルックナーは、フィナーレを、より高い段階に持っていくことで、この問題を解決しようとしました。「第四交響曲」や「第五交響曲」の成功はその典型ですね。しかし、「第六交響曲」や「第七交響曲」では彼の意図は正確には指揮者や聴衆に伝わっていません。そして、さらに巨大で複雑になった「第八交響曲」では、改訂によってブラームス風に第1楽章を弱く終わらせることでこの問題に対する明確な線を出しました。「第九交響曲」では離れ業として、壮麗な内にも第3音を欠くという空虚5度の手法で見事にこの問題をクリアーしています。

さて、マーラーの場合はどうでしょうか。「第1交響曲」はその由来において標題音楽的でありますが、リヒャルト・シュトラウスの行き方とは反対に、彼はどんどん多楽章の交響曲形式の方に魅力を感じ、また、彼の表現の方法がこの形式に合うことを悟ったのです。彼は、後の作品でその様式を極めることになるのですが、「第1交響曲」では、まだ過渡的な様相を呈しています。私はこの曲を聴くと第1楽章ですでにフィナーレの中にいるような不思議な感覚によくなります。

「第2交響曲」はフィナーレに合唱を用い、ブルックナー的な、フィナーレを第1楽章より高い段階に持っていくことによって、この問題をクリアーしています。

それでは、「第3交響曲」はどうでしょうか?「第2交響曲」と同様、作品を第1楽章の『第1部』と残りの楽章の『第2部』に分けることによって断列の危機は、より強められているのです。マーラーはどうのようにこの問題を解決したか?それはある意味で”コロンブスの卵”なのです。すなわち、《提示部》と《再現部》を逆転させることによって、この第1楽章を、完全には終結させないことに成功したのです。

すなわち、第1楽章の終わりは、まだ《提示部》の終わりに過ぎないのです。曲の精神は続く楽章に引き継がれ、フィナーレにおいて完結するのです。したがって楽章自体は完全に見えるソナタ形式を採りながら、完全に終結しないというパラドックスを、このことによって見事に解決したのです。具体的に言えば、普通、ニ短調のソナタ形式の調性は次のようになりますね。

《提示部》 〈第1主題部〉 ニ短調
〈終結部〉 ヘ長調
《再現部》 〈第1主題部〉 ニ短調
〈終結部〉 ニ長調


ここで、注意したいのは、シューベルト以降のソナタ形式においては『第2主題』はどんな調を採っても良いということです(3度転調が多いのですが)。そして《提示部》の終わり、《再現部》の終わりにソナタ形式で規定された調へ向かえば良いのです。このことによって、彼らのソナタ形式の活性化と巨大化が図られたのです。
マーラーは「第3交響曲」でこのように作曲しています。

《提示部》 〈第1主題部〉 ニ短調
〈終結部〉 ニ長調
《再現部》 〈第1主題部〉 ニ短調
〈終結部〉 ヘ長調


ここで注目したいのは、27からバスに固執低音(Aの音)が20小節続くことです。Aとはニ長調の属音ですね。属音は待つ音なのです。ブルックナーならいざ知らずマーラーが20小節もバスを動かさないということは28からのニ長調をいかに大切に思っていたかを証明することになるでしょう。
そして、《再現部》で72から前座に『終結主題』が現れることも本来の《提示部》であるからこその措置なのです。

もし、ホラぼやさんにひまがあれば、この第1楽章を細工して、本来のソナタ形式に変えて聴いてみられるのも一興かと思います。
そのためには、23の7小節目のアウフタクトで64のアウフタクトに移し、75で29の1小節前に戻し、64のアウフタクトで23の7小節目のアウフタクトに移し、29の1小節前で75に戻すのです。最後は回転数を短3度分低いピッチに変えるとニ長調になります。本当はホルンの『大地のテーマ』の小節で変えたいのですが、この場合1小節分短3度高くしないと上手く繋がりません。


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感謝と感動 投稿者:ホラぼや  投稿日: 5月29日(火)10時12分56秒

 昨夜やすのぶさんの投稿を読んで、すぐに返事を書こうと思いましたが、こんな丁寧な解説はかみしめて読むべきだと思い直し、プリントアウトしてじっくり読みました。

 「第1楽章の問題を解決した作曲家が名曲を残した」というのは蓋し名言。

 ハイドンによる「交響曲」の起源から、ブラームス、ブルックナーの具体例を持ち出しての説明は、分かり易いだけでなく実に説得力があります。
 前にも言ったことがありますが、今まで何気なく雰囲気でぼんやり感じていたこと(即ち理解はしていなかったということ!)を、しっかり言葉にしてもらった気持ち良さがジワジワと感動を誘います。

 第3番の第1楽章にそんな仕掛けがあったとは・・・。第1主題の「A」よりも、ぐさーーっと来る感動ですぅ。流石やすのぶさん、ポイントでの理解をしっかり体系
づけられておられるということ。自分が如何に何も考えていなかったかを痛感します。

 だからごめんなさい。全く反論などできないし、感動するばかりです。だって、こじつけの感じが全くしないんですから・・・。

 そしてこの丁寧な解説に感謝します。有難うございます




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M3/14 投稿者:やすのぶ  投稿日: 5月29日(火)13時25分04秒

どういたしまして。
僕も20数年前クーベリックで聴いていたときは、『第3主題』があって、どうのこうのと解説書の通り理解していました。LPが聴けなくなってこの作品にはずっと遠ざかっていたのですが、ホラぼやさんに触発されてレヴァインやシノポリを聴いて、解説書はおかしいとつい最近思うようになったのですよ。その点ではホラぼやさんに感謝・感謝です。

この作品の大枠は大体このようなものでしょうが、細部にはいろいろ仕掛けがあるようで、楽しみは尽きませんね。



2001.6.11
文責:川崎高伸
ホラぼやさん、ご協力どうも有り難うございました。


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