夢の狭間、君に

 いつか行こう。2人で。
 もう少し、強くなれたら。



 知らない景色だというのに不安というものは少しもなく、ただ陽射しが強くて僅かに彼は目を細めた。
 とめどなく寄せては返す波の音は心地よくて、どこか懐かしさを帯びているようだった。
 熱い砂の感触と吹く風の穏やかさが、彼の意識を遠くへと浚いかけて弄ぶ。
 静寂さをただ感じて目を閉じると、やけに空が近いように感じられた。慌ただしい日常は蜃気楼のように朧気で、思い出せなくなってくる。

 自分以外、まるで誰もいないような。
 こんな空気は嫌いじゃない、と彼は呟く。それはあまりに小さくて彼自身の耳にさえ、届かなかったかも知れない。
 波が全てをかき消していく。
 足跡も、声も全て。
 そうして、ただまっさらな砂浜がどこまでも続いていく。
 彼はただ歩いた。
 空も海もやけにその色は濃くて、こんな青をどこかで見た、と彼は思った。あれは一体、いつだっただろう。
 確か、もっと暑かった。体中がどうにかなりそうなほど、全力で酷使した。頭の中は真っ白で、今の静寂はあの時とよく似ている。
 無我夢中。
 体の境界を感じないほど、ただあのコートだけが世界の全てのようだった。

 立ち止まり、彼は手をジッと見つめた。
 何を失い、何を得たのか。
 答えはまだ出せなくて、ただ前を向くだけで精一杯で。
 それでも、歩き続けることを止めはしない。
 辿り着くその先に何があるのか。この手が掴んでいるのは何なのか。
 まるでまとわりつくような熱い空気に身を晒して、そして彼はようやく気づいた。
 この熱はもはや残り火でしかないことを。
 
 夏はもう、終わるのだ。
 
 

 
 
「手塚、先輩」
 
 唇から零れるように、響く声。
 その震えを知っている。
 長い三つ編み、それがどんな風に揺れるのかも。
 目が覚めて最初に見えたその指先を、彼は本当は絡ませたかった。
「竜崎、来ていたのか」
 まだ霧が晴れきらないような意識とは裏腹に、スルリと言葉は出てきていた。
「す、すみません、起こしてしまいましたか?」
「いや、いい」
 すまなさそうなその顔は、夕日が射して余計に紅く色づいている。白一色の病室は、オレンジに染まっていた。
 ようやく全てがはっきりしてきて、手塚はさっさと体を起こす。検査が終わったその後で、どうやら眠り込んでしまったらしい。
 …朧気な夢の中、確か自分一人だけだった。
 目的も、目指す物も見失いかけたままで、黒い何かに呑まれてしまいそうだったのに。
「手塚先輩?」
 穏やかに名前を呼ぶ声。
 それだけで、こんなにも心震わされる。こみ上げる安堵感は一体どこから来るのだろう。  
 知らず、手塚の腕は伸びていた。気遣わしげに見上げる桜乃を躊躇せずに抱き寄せる。足りない何かを埋めるように、無くした何かを見つけたように、その腕はとても強くて、でもとても優しかった。
「…礼を言う」
「あの、何のことなのか…」
「気にするな。こちらのことだ」
「?」
 わけがわからないといった顔の桜乃だったが、その腕の力強さが気にすることを止めさせた。
 全部をわかることは出来ない。それでも、側にいることは出来るから。

「…いつか、教えてくださいね」
「そうだな。いつか」

 遠からず訪れる、その日。






                                 END




大変勝手ながらあの素敵イラストを描いてくださった
光樹祐也様に捧げます。

フラット組曲の天野様から頂きましたテニプリの手塚v桜乃。
なんとキリ番でお贈りした拙作の
「揺れる波間、君と」に添えて
頂いたのです! あ、あんな牧歌的なイラストにこんな深い小説を。
せ…切ない…(T_T) 夢から覚める直前の文章がとても好きです。
実はあの絵の空の色はもっともっと濃い、夏の空の色に塗りたかった
ので、この小説のイメージがまさにそれで、指摘されたような
気すらします。流石。アニメ、ついに氷帝戦終ってしまいました。
彼らの夏はこれからだけど、山場だっただけに、夏は終りという感じ…。