甘い匂い。 |
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| 甘い匂いをさせて柳生が自分の部屋に帰ってきたとき、ベッドの上で仁王はいつものように丸まっていた。 (また猫の子みたいに…) 机の上に紙袋をおいて柳生は銀色の猫にそっと近づく。シーツの上には髪を束ねていたゴムが解けたままで。 それを指先に取り上げて、イスに座った。 軋む音を少しさせて、ベッドを覗き込むように近づく。 (ああ…) 無防備だ。 今なら誰の手にでも、落とせるほど。 その髪を撫でてみる。 ん、と小さな声を漏らすものの、起きる気配はない。 一度眠ってしまうと、眠りが深くて、その上、寝起きが悪いのだ。 (しかもこんな無防備に…) 自分でもそれは解っているらしくて、仁王はまず、人前で眠ることはない。 こんな風に他人の家にきたからと言って、まず、眠っているなど。 (というか部屋の主が帰ってくる前にさっさと上がって勝手に眠っているというのも…) 思わず苦笑してしまう。解りにくい甘え方だ。…つまり、これは甘えているのである。 最初はただ、迷惑なだけだったが、甘えているのだと解ればそれはそれなりに可愛げもある。ベッドの所有権を譲り、柳生はネクタイを緩めた。ボタンを外し、首元を広げていると、ふ、う、と声を上げ、近くでゴソゴソする気配がした。 「仁王君…目がさめましたか?」 「ん…、――――ぬ」 駄目らしい。 ベッドの上で何度も寝返り、声を上げて、伸びたり丸まったりする様を、柳生は存分に観察する。仁王はかなり長い間そうしているけれど、柳生にとってそんな仕草は実はちょっとした目の保養であったりする。仁王はやっと体を起こし、ベッドの上に座った。 「本当に貴方は寝起き悪いですね…」 「ん…」 こくり、と頷いた首筋に長い髪が零れる。俯いたまま何度も目を瞬かせて、それでやっと仁王は目を覚ましたらしい。まだねむそうな顔をこちらに向けた。 「何」 「いや、ここ私の部屋ですから」 何じゃなくて。 突っ込む柳生に、ふあ。と仁王はあくびをした。眠ってるときと寝起きは子供っぽく見えるんだけれど。と柳生は心のなかで思う。 「あまい」 「なんですか」 「甘い匂いが」 言葉が足らない。 よろり、と力のない指が、柳生のシャツに指を引っ掛けて引っ張り、はじいた。そのまま、近寄る頭。 「甘い匂いがする。」 くん、と、柳生の胸元まで近づいた鼻が動く。見あげたまなざしが、色に濡れる。 「………」 柳生が思わず重ねてしまった唇に、無意識のように吸い付いて、仁王は、ああ、と呟いた。 「チョコレート」 そのまましがみつくようにして抱きついて来るので、まぁ、されるがままにしておこう。 「そうです。チョコレートの匂いですよ」 さっきの唇は罪にとわれないようなので、ぼんやりした声に答える。 「貰ったんか」 「…ええ、まぁ。でも貴方も頂いたでしょう?」 「ある程度」 「まさか」 仁王が貰うのが、そんな、『ある程度』なんて控えめな量じゃないのはいくら自分でもわかる。 「違う…ウザイからとっとと帰ってきたんじゃ。帰る前に貰った分も、ブンにやったしの」 ぴら、と手のひらを振る。…抱きついたままで。 「丸井君をあれ以上肥えさせてどうするつもりですか…」 苦笑して抱きとめる。だんだんもたれかかってくるのが重くなってきた。イスごとひっくり返って倒れそうで、抱いた腕に思わず力が篭る。 「いらねぇし」 「チョコレートがお嫌いですか」 「別に」 そういって、くん、と、仁王はまた鼻を鳴らした。 「でも何となくお前が甘ったるい匂いしてるのはなかなかムカツク」 「はあ。…それはなんというか」 これか。と柳生は机の上に何とか手を伸ばした。指先に紙袋を引っかけ、手元に引き寄せる。覗き込むと、なんともロマンティックなピンクのリボンでラッピングが施されたカップケーキが一番上に、その下にはやたら地味な色みのラッピングの箱たちがいくつか入っている。 柳生は迷うことなくピンクのリボンを引っ張って解いた。そのまま、そのリボンで、まだぼんやり自分の胸元に埋まっている仁王の尻尾部分を適当にとって結んでやった。柔らかな色みのサテンのリボンは、ものすごい不自然さで仁王の髪にからまる。 「仁王君」 「あ?」 「何となく今更気付いたことで申し訳無いのですがそれはヤキモチというやつでしょうか」 「…」 仁王は顔を上げた。顔を上げると、その不機嫌そうな顔の向こうにピンクのリボンがチラッと見えて、尚更になんだかシュールな光景になった。 「お前はホンマに失礼じゃ」 「でしょうね」 「のうのうと」 「…だって甘い匂いの正体はきっとこれでしょう?」 紙袋から出したのは、チョコレートでデコレーションされたカップケーキ。 くん、と鼻を鳴らして、仁王はむすっとした顔のまま頷いた。柳生の手から紙袋をむしる。中を覗きこんだ。 「他のものは箱ですし、匂いはしないと思います」 「やの」 そういって、仁王は紙袋をペイ、とそこらに放り投げた。床に散らばるチョコレート。 「ところで、やはりヤキモチなんでしょうか」 不特定多数から貰ったチョコレートなどに興味はない。床の上に目を向けることもなく。 …目の前の、この人の気持ち以外には、今、他に興味なんてない。 「話題を蒸し返しやがったな…」 至近距離で睨みつける仁王は、やっと柳生から離れた。がりがり、と頭を掻く。あくびをかみ殺した。 「それを俺が認めたら?」 「至極幸福です」 「…ああ、そ」 そうです。と頷いて、柳生はリボンの取れたカップケーキのラップを解いてしまう。甘い匂いが、更に部屋に広がって。 「仁王君」 「なんじゃい」 「しかもこれが頂いたものではなく、家庭の実習で、私が手作りしたものだといえば君は食べてくれるんでしょうか」 答えより先に、あぐ、とおもっきり開いた口が柳生の手の上に覆い被さるようにしてカップケーキに食らいついていた。 「柳生」 手のひらの上の、かけたカップケーキ。 …もぐもぐ口を動かしながら、仁王は呼びかける。 「なんでしょう」 かじられた形のカップケーキをもったまま、柳生は眼鏡を押し上げて答える。 「お前が作ってる所を想像するとかなり気持ち悪い」 「……まさかそんな感想をいただけると思いませんでした」 いいから寄越せ、と仁王は手を出した。 部屋中、甘い甘い匂い。 俺ん時は搾り出しクッキーやったのに、家庭科教師め。バレンタインにあわせて粋な計らいしくさってからに。と呟いた仁王に、柳生は、君が鉄板の上にクッキー搾り出してる姿もかなり想像できません。と反撃の一声を向けた。 ―――――――――――――――――――――――――――――――― 祐也さんに原稿料として書いた柳生仁王。人生初柳生仁王。 |
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煩悩ストリッパー珠姫ふじや嬢にいただきました。 |