聖地恋愛大事情
- Mr.Cの喜劇はこうして始まる -
| 聖地 世界を統べる中枢部。 そんな聖地に住んでいる、ちょっと特別な名で呼ばれる人々。 しかし蓋を開けてみれば、なんて事のない普通の人々。 これは、そんな中に住んでいるとある一青年の悲劇、いや喜劇の幕開けの物語である。 輝かしい聖地を、影のようにたゆとう長身の青年、ひとり。 聖地、しかも聖殿の庭を幽鬼のように彷徨う人間と言えば一人しかいない。 その身に纏う漆黒のローブに違わぬその名、闇の守護聖クラヴィスである。 いい加減この聖地に赴任して長い彼は、17歳という外見にも関わらず、すっかり妙な方向に老成している。同僚たる地の守護聖ルヴァとはまた違った意味で、彼は若者らしくない。 そんなクラヴィスにも、最近春がやってきた。 「クラヴィス様!」 「…アンジェリークか」 その『春』は今日も今日とて短いスカートなどどこ吹く風、高い木の上からクラヴィスを手招きしている。 余談ではあるが、クラヴィスは一応紳士である為、真下からそれを見上げるような事はしない 腰まで豊かに伸ばされた、彼の人の性質を現すかのような真っ直ぐな金の髪は、赤い制服によく映える。 一見、単なる女子高生であるが、騙されてはいけない。彼女こそ、第255代女王候補の片割れなのだ。 「アンジー、またお前はそのような所に……落ちたらどうするのだ」 「大丈夫よ、クラヴィス様。クラヴィス様もいらっしゃって」 「…仕方のない娘だ」 ところで、クラヴィスのローブは、見た目よりもずっと重いことをご存じだろうか? 光の守護聖ジュリアスのローブは、無駄にひらひらしてるように見えても実はかなり軽い素材を使っている為動きやすいが、クラヴィスのローブはそうではない。彼は常に子供一人分に相当する重量を着て歩いているのだ。だから、実は脱ぐとそれなりに筋肉が付いていたりするが、想像すると怖いのでここでは追及しない。 そんなわけで、重い重い衣装を纏っているクラヴィスであるが、この金の髪の女王候補の願いだけは無碍に断ることが出来ない。別に、罪のない笑顔で肋骨を折られる事を恐れているのではなく、単に彼が彼女にベタ惚れだからである。 暫く木の幹をじっと見つめた後、クラヴィスはえいっと幹に手をかけてよじよじと登り始めた。まとわりつくローブに引っかかって無様に落下したりしないのは流石だと言えよう。 しかし、その姿は本人達以外の者から見れば非常にアンバランスかつ情けないものであり、今日も新人の女官が背後で卒倒し、銀の食器が床に転がる耳障りな音が響いている。 最も、クラヴィスにしてもアンジーにしても、他の人間の事なと知った事ではない。自分たちふたりさえラブラブならばそれでいいのだ。 そして、今日もどこからともなく首座の怒声が聞こえてくる。 これ以上なくマイペースなふたりは、アンジーが女王になってしまってからも変わらなかった。 闇の守護聖の執務室が必要以上に暗く、あちこちに黒い布が張り巡らされている理由をご存じだろうか? ここだけの話ではあるが、闇の執務室のあのカーテンをめくると暗証番号でロックされている扉があり、そこから女王の間の裏側に通じる秘密の通路が抜けているのである。 この事実を知っている者は、女王とクラヴィス、それに女王補佐官と地の守護聖の4人だけである。 幸いな事に、クラヴィスの執務室には最も目くじらを立てるジュリアスはあまり寄りつかない。仕事上仕方なく彼の執務室を訪れる際にも決して長居はせず、そそくさと帰っていってしまう。その為、このような仕掛けがなされていることに、首座たる彼は気づいていないのである。 謁見の間と闇の執務室を結ぶ直通回線は、主に謁見が始まる時刻になっても恋人の元から帰ってこない女王を女王補佐官が呼び戻す為に使用される。稀に間に合わず、カーテンで仕切られた玉座には精巧に作られた機械仕掛けの人形が代役として座らせられていることもあるが、それも一部の人間達だけの秘密である。 さてさて、こんなマイペースなふたりにも、人生の節目というものはやってくる。 そう、結婚である。 残念ながらアンジーが女王の任に付いていた5年間はそういった形式を取ることが許されていなかったが、晴れて自由の身となったからにはそうは行かない。 慣例では退任した女王は聖地を去る。女王補佐官も同様に、サクリアをかつて持っていた しかし、ここに、歴代でも比類なきサクリアを持つと言われる女王ロザリアが君臨した事により、自体は一変した。 彼女は古い慣習を見直し、不要なものは容赦なく撤廃したのである。 実は、これは、彼女の親友たる女王補佐官の為であった。女王補佐官アンジェリーク=リモージュの夫たる炎の守護聖オスカーと、女王ロザリアのサクリアのどちらかが先に尽きた場合、慣例では女王は女王補佐官と別れねばならなくなる。女王補佐官が守護聖と婚姻関係を結んでいた場合は大抵夫の退任と共に外界に降りるからだ。ロザリアはその別離を良しとしなかったのである。 それが結果的に、クラヴィスとアンジーを結んだ。いや、こんな事がなくても彼らならなんとかしてみせただろうが、棚からぼた餅とばかりに彼らは話に便乗したのである。 「結婚式はやっぱりどっかーんと派手にいかなくっちゃねぇ〜! クラヴィス、あんた何回お色直ししたい〜?」 お節介なのか単なる趣味なのか判然としないが、結婚式の衣装関係は夢の守護聖オリヴィエが取り仕切った。同時に式を挙げたルヴァとディアも巻き込み、アンジーとオリヴィエによっててきぱきと衣装がデザインされて行く。クラヴィスに白いタキシードを着せた時、オリヴィエは普段とのギャップに『……誰?』とのたまったが、それはさて置き。 式次第は、やはりこれもお節介なのか、女王陛下御自らが計画した。第256代女王試験が終わるや否や、先に夫婦の契りを結んでいたオスカーとアンジェリークが仲人を買って出て、聖地はにわかに騒然となった。この時、アンジーの着用したオーガンジーのドレスが外界の結婚情報雑誌で紹介され、メーカーの生産が追いつかないほどのブームを巻き起こしたのだが、ひとまず本人達にとっては与り知らぬ話である。 結婚式まで1週間、という頃、クラヴィスの身に災難が降りかかった。 「お帰り、クラヴィス。遅かったな」 その日、いつも通り執務を終えて帰宅したクラヴィスを、妻になる女性は喜色満面の笑みと共に迎えた。 何となく、背筋がぞくりとした。彼女がこんな風に笑う時、それは何かよからぬ事を考えている時であると、決して短くはない付き合いの中でクラヴィスは学習していた。 「……どうした?」 努めて平静を装いながら紡いだ声が、僅かに震えていたような気もしたが、それはさておき。 「ふっふっふっ……クラヴィス、私は常々思っていたのだが」 「…なんだ?」 「その髪……切れ」 じゃきーん! ちゃきちゃきと鋏とバリカンを鳴らしながら、絶世の美貌が艶やかに微笑む。 クラヴィスは額に一筋汗を垂らし、ゆっくりと後ずさった。 「前に行ったな? 昔は髪を切るのは母上の役目だったが、これからは私に任せてくれると」 「いや……それは、言ったが……」 「結婚式前だし、丁度良い。クラヴィス、私は、やはり男は短髪だと思うのだ」 ちゃきちゃき…… 鋏を慣らすその姿には、奇妙な圧迫感がある。 クラヴィスは、ちょっと泣きたいような気分になりながらも、とりあえず訊いてみた。 「…しかし……どのようにしたいのだ?」 「髪型か? ああ、モデルはこれだ」 ばばーんと目前に突きつけられた、外界のファッション雑誌……かどうかは定かではないが、ずらりと並んだ髪型モデルの一角に赤で大きくマルがしてある。 「し…のもり…あお…し……?こういうのが好みなのか…?」 「きっと、お前も髪を切ればこんな感じになるはずだ! さあ、クラヴィス!」 「待て……本当に…大丈夫か?」 「大丈夫だ!ちゃんと練習もした! さあさあ、クラヴィス!」 嬉々としてクラヴィスの腕を引き、風呂場に連行して行く未来の妻に大人しく従いながら、クラヴィスは『練習って、一体誰で練習したのだ…?』と鬱々と考えていたが、自慢のキューティクルヘアーに鋏を入れられる頃にはすっかり忘れ去っていた。 翌日、アンジーの"成功作品"として聖殿を歩いていたクラヴィスが、見事なモヒカンを靡かせて泣きながら歩いている水の守護聖に出会った時、ようやく事の次第を把握したのであるが、やはりラブラブなふたりには何ほどの事もなかった。 こうして、妙にさっぱりとしたクラヴィスと相変わらずマイペースなアンジーは、周囲の迷惑も省みずマイペース過ぎる新婚生活を始めたわけであるが、その様子はまた別の機会にでも語るとしよう 聖地 世界を統べる中枢部。 そんな聖地に住んでいる、ちょっと特別な名で呼ばれる人々。 しかし蓋を開けてみれば、なんて事のない普通の人々。 Mr.Cの喜劇はこうして始まる 2001.1.5 かの掲示板短編『Mr.C』の続編、と言いますかマイペースカップルのなれそめ、です。タイトルはC&Aの『Mr.Jの悲劇は岩より重い』から |
◆佐々木さん有難うコメント(光樹より)◆
佐々木さんといえばオスアンの大家(おおやではない)ですが、
他のカップリングの小説も私はなかなかのお気に入りなのです。
ここでは語り尽くせませんが、アンジェにはまって6年目にして
この私がこんな最初からあるカップルに今更ハマルとは思いませんでした。
というわけで佐々木さんのサイトで公開された『Mr.C』のなれそめが
読みたいな、とぽつりと漏らしたところ、快く書いてくださいました。
もちろんこのカップルとは「クラvアンジー」なのですが、私は常々
「アンジーvクラ」だと思っております。陛下素敵。抱いて。
やはり出会いは、クラヴィスの頭上の木からアンジーが遠慮会釈なく
落ちてきたところから始まる(佐々木さん談)、もうひとつの
ネオロマンスですね。大好きです。
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