さて、音楽もLPレコードやカセットといったアナログからCDやMDといったデジタルの時代になりました。2000年の冬から本格的にテレビもデジタル放送時代に突入し、音声や画像がすべて0と1で表現されるようになりました。さて、今回は【第弐話】芸術・自然と数学の融合でも触れた数列について、音という私達の感覚の世界に登場するもののお話です。
【音階の数学的な考察について】
現在学校の音楽の授業で習う音階は、普通ドレミファソラシドですよね。必然的にその音を演奏する楽器も、それに基づいて作られています。これは日本の音階(レミソラシド)とは異なり、西洋からきた音階です。でも、ドレミファソラシドってどうして決まったのでしょうか?これには数学的な説明が必要になってきます。それは、人が聞いて心地よい和音(調和)は、簡単な整数比で表せるからです。
西洋音階を最初に考えたのは古代ギリシャの「三平方(ピタゴラス)の定理」でも有名なピタゴラスであるといわれています。その音階を自然(ピタゴラス全)音階といいますが、その他に西洋音階の代表的なものとして、平均律音階、純正調音階があります。これらはいずれもドレミファソラシドを確定させていますが、正確には少しずつ音が異なります。それでは、その音階の決定法について数学的にみていきましょう。
音階において、最初に登場したのは、西暦紀元前45年にピタゴラスによって発見された自然(ピタゴラス全)音階です。ピタゴラスは、弦の長さと音階の関係を以下の@〜Bの規則によって完成させました。
ピタゴラス音階の構成理論では
主音に対する周波数比hで、任意の整数x、-1≦y<10の範囲の整数yによってh=2x3yで表せる音階
また、1オクターブ内に限定して考える場合は、周波数が2倍になったとき、ちょうど1オクターブ上の音が得られるので、1≦h<2とすればよい。
ということになっていますが、具体的には次のように考えていきます。
@長さ1の音をドとすると、長さ(2-130)の音は1オクターブ高い音(ド)である。
A長さ1の音をドとすると、長さ(213-1)の音は5度高い音(ソ)である。
B@、Aとは逆に、1オクターブ低いドは弦の長さを2倍に、5度低い音は倍にすればよい。
さて、この規則を用いて弦の長さを変えて、ドやソ以外の音もつくってみましょう。
音 | 音を作る方法 | 弦の長さ | 周波数比:h |
レ | ソの音を5度上げてから1オクターブ下げる | ××2= | 233-2 |
ラ | レの音を5度上げる | ×= | 2433 |
ミ | ラの音を5度上げてから1オクターブ下げる | ××2= | 2634 |
シ | ミの音を5度上げる | ×= | 2835 |
ファ | 1オクターブ高いドの音を5度下げる | ×= | 2-231 |
数列とは「ある一定の規則にしたがって並んだ数の列」のことで、2,5,8,11,14,・・・のようにはじめの数に同じ数を次々と加えていってできる数列を等差数列(Arithmetical
Progression)であるということは【第弐話】芸術・自然と数学の融合フィボナッチ数列と黄金比でも触れました。
さらに、1,,,,,・・・で並んでいる数列は、この逆数をとると、はじめの数にを次々と加えていった数列になります。
このような、各項の逆数が等差数列になる数列を調和数列(Harmonic Progression)といいます。自然音階では最初の規則で登場した3項1,,がこの順に調和数列になっていますよね。
英語で和音のことをハーモニー(Harmony)といいますから、洒落た命名だと思うのですがいかがでしょうか。
この考え方は中国でも三分損益という音律測定法で説明されていました。その後、中国から日本に伝わったのは、江戸時代の頃で、学者が度量衡と同列に扱っていたそうです。
さて、自然音階では、転調する際に複雑になるという欠点や、1オクターブを12分割すると、正確にはy=−1のときとy=11のときで同じh=1にはなりません。具体的にいうと、最後のファをつくるのはシからではなく、1オクターブ高いドを5度下げてつくっています。のシから始めると、1オクターブ高いドは262144/531441≒0.4932701となり、にはなりません。1692年に中根璋が『律原発揮』でもこの問題を指摘しました。そこで平均律音階が登場することになりました。
【平均律音階】
この音階は、近代ヨーロッパ音楽では、転調が自由であり、ピアノや五線譜にも適しているためによく用いられてきました。
平均律音階の構成理論は
主音に対する周波数比の列{hj}が等比数列をなし、h0=1のとき、ある正の整数kに対してhk=2となるとき、{hj}をk分割平均律全音階である。
周波数比が等比数列になっているということは、隣り合う2音の音程がすべて同じであるという意味です。
また、h0=1,hk=2は1オクターブがk個の音で構成されているという意味です。
実際に計算すると hj=2j/k
ということになっていますが、これについても同様に、具体的に考えていきましょう。
例えばピアノの鍵盤には白鍵と黒鍵がありますが、1オクターブの間はこれらによって12に分けられています。
j(k=12) | 1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 6 | 7 | 8 | 9 | 10 | 11 | 12 | |
音 階 | ド | ド# | レ | レ# | ミ | ファ | ファ# | ソ | ソ# | ラ | ラ# | シ | ド |
周波数比
(hj) |
20=1 | 21/12 | 22/12 | 23/12 | 24/12 | 25/12 | 26/12 | 27/12 | 28/12 | 29/12 | 210/12 | 211/12 | 212/12=2 |
音の振動数は1オクターブでちょうど2倍になるので、2を12に分割します。
振動数で考えると、分割比Xは、X12=2だから、両辺の常用対数をとって、
12log10X=log102 ここでlog102≒0.3010だから、log10X=log102=×0.3010≒0.0251
よって X≒1.06 となります。
つまり、ある音の半音高い音は、その音の振動数を1.06倍した振動数をもつ音で、全音高い音は1.062倍の周波数比をもつ音ということになります。こうして得られた音階を平均律音階といいます。
平均律音階は、ピタゴラス音階のように直接的な音の調和を問題にせずに、数学的な合理性を優先して決定されています。よって、移調が容易になり、どの音を主音に選んでも音の高低が変わるだけで、曲の流れには変化が起こりません、ただし、音の調和という点では少し問題が残りますが、実際に演奏してみるとその差は一般人にはほとんど聞き分けることができないそうです。
左の図はチェンバロという楽器にみたてています。音域がピアノよりも狭く、4から5オクターブの楽器です。例えば、図のように4オクターブとして1オクターブごとのドの音に注目すると、弦の長さは次々に2を掛けたものになっています。そして、それぞれの弦の長さの底を10とする対数(常用対数)をとってみるとチェンバロそのものの楽器の形になっているのです。
ピアノの場合は8オクターブにもなるので、チェンバロのようにすると、一番高いドの音の弦を10cmとして理論上最も長い弦が12.8mにもなってしまうので、弦の太さを変えたり、銅巻き線を用いることによって調整をしています。
さらに、人類は完全な調和を求め、それは純正調という音階の各音の音程関係を簡単な整数比で表す方法に委ねられることになりました。
【純正調全音階】
純正調全音階の構成理論では
主音に対する周波数比hで、任意の整数x、-2≦y≦2の範囲の整数y、-1≦z≦1の範囲の整数zによって
h=2x3y5zで表せる音階
ということになっています。具体的には次のように考えていきます。
@弦楽器である音を奏でると、整数倍の周波数をもった倍音が生じる。
A@の現象から、周波数比が簡単な整数比となる2つの音は調和する。
上述のピタゴラス音階の構成理論【弦の長さと音の関係について】での説明のように、1≦h<2とし、底を2とする対数をとると、
0≦x+ylog23+zlog25<1
で、この条件に-2≦y≦2の範囲の整数y、-1≦z≦1の範囲の整数zの、条件を加えて(x,y,z)の組を求めると、hが小さいものから並べると、下表のようになります。
音階 | ド | レ | ミ | ファ | ソ | ラ | シ | ド | ||||||||
1 | 2 | |||||||||||||||
周波数比
x,y,z |
0,0,0 | 4,-1,-1 | 1,-2,1 | -3,2,0 | 1,1,-1 | -2,0,1 | 2,-1,0 | -5,2,1 | 6,-2,-1 | -1,1,0 | 3,0,-1 | 0,-1,1 | 4,-2,0 | 0,2,-1 | -3,1,1 |
音純正調全音階の16個の音から7個のドレミファソラシの音を選んだのは次の規定に沿っています。
【純正調音階について】
@最も簡単な整数比として G(ソ)=,F(ファ)= を考える。
AC(ド)=1としたとき、G/C=2C/Fが成り立ち、低いドとソの音程が、ファと高いドの音程に等しいことがわかる。この音程は完全5度と呼ばれ、最もよく調和するとされている。
BC<D<E<F , G<A<B<C , C:E:G=F:A:2C=G:B:2Dと規定する。
Bの規定によって、主要3和音を構成することができます。また、各和音の3つの音の周波数比がすべて同一になるようにしています。
@〜Bから、 D(レ)=9/8
E(ミ)は2つの可能性があり、6/5のときA(ラ)=,B(シ)= (純正調短音階)
5/4のときA(ラ)=,B(シ)= (純正調長音階)
となります。
【最後に】
人間の音楽的感性は、音の物理的な調和の上に根拠を置いて育ってきました。その意味では、音階は必然的にドレミファソラシドになっているということになります。しかし、人間の耳が1オクターブ中で12個程度の音に違いしか聞き比べることができないのでしょうか?実際は、もう少し多くの音を聞き比べられるそうで、18分割平均律音階や24分割平均律音階の研究をしている方もいらっしゃいます。この新しい音感の世界によって作曲された音楽を是非とも聞いてみたいものです。