■戦線膠着
1936年に北米大陸西海岸一帯を混沌の渦に巻き込んだ、日本軍による一連の攻勢作戦は、自らの戦略判断の甘さから中途挫折で終了します。 結果として、日本軍は海軍が向こう半年は使用できないダメージと艦隊の疲労を受けますが、アメリカ軍は、シアトル軍港・工廠、タコマの航空機工場が壊滅し、アメリカ海軍そのものを、また一から再建しなければいけない程の文字通りの全滅状態に追い込まれます。そして、中でも最大の損害は、35年末に行われた攻撃で、パナマ運河が完全に破壊された事です。これによりアメリカ経済は大混乱になり、復讐を叫ぶ市民の声とは裏腹に、海軍の壊滅もあり当面は海では何も出来ない程のダメージを受けることになります。 (日本側に中南米諸国への外交的配慮などありません。と言うか、大多数がそこまで考えていません(困ったもんだ)) しかし、アメリカ合衆国は、ついに本土が攻撃された事で、さらに徹底抗戦と復讐を叫び、日本側の停戦に応じる気配すらありません。 日本としては、戦争を止めたくて仕方ないのですが、それが適わない以上、勝利すべく戦うしかありません。ですが、当面こちらからの攻勢作戦は不可能で、戦力の回復を計るより仕方ないというジレンマに陥ります。それに、敵艦隊撃滅や西海岸攻撃すら戦争の決め手にならないのに、どうしようと言うのが日本海軍のそして日本政府のホンネでしょう。 こうしてしばらくは、日米双方とも戦力の回復と戦時生産のさらなる増大を計りつつ、結局はシーレーンの破壊と防衛に戻り、これに専念する事になります。 日本海軍としては極めて不本意ながら、選択肢に従い戦争のルールを完全に変更してしまうのです。 この戦いは、ハワイなど前線での戦いこそ苦労する日本側ですが、まだアメリカ側が、西海岸を攻撃された事でそちらに戦争資源が充当され体勢が十分に整っていないのと、彼らの拠点が西海岸しかないという事から、日本本土近海では極めて有利に展開しており、また同盟者の英国からの技術と戦略物資の供給と輸入も順調に進み、当面は問題ありません。 一方アメリカ側は、ただでさえパナマを破壊され補給線が長くなり負担が大きくなっているのに、ハワイから出撃してくる日本潜水艦に苦戦を強いられ、西海岸での混乱は収拾する気配すら見えない状態です。
そしてこの間、日本政府は戦争の一日でも早い収拾を図るため、英国に対する働きかけを強めます。 日本としては、自らの力では戦争の早期解決手段はなく、アメリカ政府と激昂した市民を鎮め、アメリカの常識を取り戻させるには、もはや大英帝国の参戦以外あり得ないと主張します。そうすれば、アメリカは第一次世界大戦での欧州列強のような本当の総力戦を行わなくてはならず、そして英国を敵とすることは世界を敵とするのと同義語なので、必ず常識が顔を出し停戦へと傾くはずだと。 もちろん、日本政府も失敗に終わった講和会議での反省から、和平条件にはずっと穏健なものを用意するとも意志表示します。 ですが、この時点で英国はこの日本の要請を断ります。 一回目の講和を蹴った事を間接的に非難した上で、欧州での混乱の始まりを示唆し(ドイツの復活と共産主義の強大化)、大英帝国はこれにまず対処しなければならず、その体制が整ってからでないと不可能だと言ってきます。 英国としても、支那利権のためにも、同盟国たる日本がアメリカの膨大な物量に押しつぶされるのをよしとしているのではなく、本当に体制を整えるための時間が必要な事と、日本の強大化した軍事力と、数年後復活するであろうアメリカの軍事力をもう一度ぶつけて、双方に大きな損害が発生した時点でグランド・フリートが大西洋に出て、この戦争を鎮めるという目算を立てます。 そうすれば、日米双方の軍事力は低下し、英国は停戦をリードしたという政治的得点と相対的な軍事力の上昇により再び世界帝国の地位を不動のものとできるはずです。 また、これにより日本を完全な政治コントロール下に置き、東洋の覇権をより確固たるものにする事も十分可能となります。 ただし、日本側に何もしないわけにもいかないので、これまでと同等かそれ以上に、技術と戦略物資での援助を行います。援助される物資や供与される技術の中には、英国でも最新鋭の兵器や技術がいくつか含まれており、英国は日米戦を兵器の実験場にしようとします。日本政府もこの英国の意図をさすがに見抜きますが、もらっても損はないので、これを有り難く受け自軍の強化に務めます。この最新技術の供与は、米国の生産力に対抗するには、個々の兵器で優越するしかないという点からも、日本軍は積極的に英国技術の修得に務めます。
また、この辺りで日本に必要以上に力を喪失して欲しくない勢力が、世界的に顔をもたげてきます。ご存じアドルフ・ヒトラー総統率いるドイツ第三帝国です。 彼らとすれば、日本がアメリカの戦争にかまけて満州防衛を疎かにして、ソ連が感じる極東の軍事的脅威を減少させる事でさえ、あまり喜ばしい事態でないのに、この上日本が軍事的に敗北すれば大変です。ソ連が日本の弱体につけ込んで満州を征服してそちらにばかり目を向ければいいですが、反対にその力が欧州に向けばドイツの存亡にすら関わります。 もちろん、日本が敗北した後、アメリカが軍事力的な面での肩代わりをするかも知れませんが、支那市場に必要以上にアメリカが進出する事は、英国が黙っていないので、その妨害を考えると、短期的にはそれもあまりアテにはできません。 それに、兵器や物資をいくらでも買ってくれる国の存在は、自国経済の復活のためにもよい事です。 そんなこんなで、ドイツは日本への軍事援助まではいきませんが、それとなく兵器を融通したりなど便宜を計るようになります。 ただし、ドイツは英国の手前それ程極端にはなりませんが、アメリカにも当たり障りのないものが中心に武器輸出などを行います。 また、武器輸出や貿易の肩代わりには、フランスやイタリアなどもそれぞれの外交方針により日米に勝手に行います。要するに、第一次世界大戦とは正反対の状況が発生すると言うことです。
そして、1936年も秋にはいると、ようやく内地で修理と再編成を行っていた連合艦隊主力の出撃体勢が整います。 しかし、日本にとってハワイに大艦隊を置く事は、補給線の維持からすでに困難であり、取りあえずアメリカに十二分に対抗できるだけのマーシャルに艦隊を配備して、無為の日々を送ることとなります。 戦争は、決戦戦争でなく総力戦争へと移行し、日本海軍も好むと好まざるに関わらず体勢の変化に対応しなければいけなくなった事、そして戦争が日本側が一方的に攻勢に出る段階から、むしろ日本側が守勢に回らなければならないという不快な事実が、この状態を容認する事になります。 しかし、戦艦数で言えば19:4と圧倒的という言葉ですら表現できない程の差がある筈なのに、何も出来ない事は政府、軍部はもちろん民衆に大きな不満を持たせる事になり、この事態を沈静化するのは容易ではありません。 鎮めるには、再び大規模な攻勢を発動し、アメリカ合衆国に大打撃を与えるしかありませんが、それが難しいのは分かり切っているので、海軍としては動く事はできません。 今は、1隻でも多くの潜水艦で西海岸の通商路を破壊する方が利にかなっており、また1隻でも多くの対潜艦艇を揃えることこそ国益に適っている行動です。 しかし、内政を無視する事もできないので、国民の不満を鎮めと言う目的と、シーレーンをより確固たるものとするのに合致した場所への攻勢作戦が企図されます。 攻撃対象となるのは、アメリカがいまだに維持しているアメリカ領サモア諸島とライン諸島です。ここから通商破壊を展開し、それ故ここから細々と伸びている、アメリカ海軍のラインを遮断し、日付変更線のこちら側の安全を確固たるものとするのです。 攻勢作戦そのものは、アメリカ側が使える戦力が空母2隻に鈍足の戦艦が4隻だけ、後は巡洋艦以下が多数かあるぐらいですので、日本側としては、それぞれに1個艦隊ずつを派遣すれば事足ります。そこで、ここは国民へのアピールを兼ねて派手に同時攻略を行うことになり、久々に大規模な攻勢が開始されます。 攻撃開始は、1936年11月ぐらい。 戦力は西サモアが第二艦隊、ライン諸島が第一艦隊の担当で、それぞれに航空戦隊と護衛艦を伴った船団を付けて、短期間で一気に攻め取ります。 この日本軍の攻勢に対して米軍が出すことが出来る戦力は、上記のように本当に空母が2隻に戦艦が4隻だけです。多数就役を始めている軽艦艇もまだ訓練などの問題から投入できるものは僅かしかありません。 それにこの頃は、まだ航空機の威力は認められていないし、その機材もまだ貧弱と言えるので、ここで無謀な空母による攻勢はなく、戦艦も相手が1個戦隊でも歯も立たないので、嫌がらせの潜水艦での攻撃以外は指をくわえて見るより他ないというのが現状となります。 しかも、ただでさえ日本の潜水艦の前に補給すらロクに送れないのですから、ここに増援部隊や艦隊を派遣するのは自殺行為と言っても良く、アメリカは当面西海岸の防衛のみに重点をしぼり、現地撤退のための艦隊だけを派遣して日本軍の攻撃を事実上無視します。 よって、日本軍は難なくこの二カ所を攻略し、アメリカの海外領土を太平洋上から完全に消し去ることに成功します。
ところで、ここで西サモアやライン諸島をこの時点でアメリカが保持しているなら、それを人質にしてアメリカの補給線を痛めつければいいではないかと言う、火葬戦記のお約束をすればいいと思われるかも知れませんが、史実の日本軍にそのような発想は、どこを探してもありません。あるのは、攻撃、攻撃また攻撃だけです。そして、それが出来なくなれば後はズルズルと後退していくのみです。 ハッキリ言って、史実から見ればシーレーンの破壊と防衛を熱心にする日本海軍すら奇跡に近いのですから、この上火葬戦記的高等戦術が選択される事はまずありません。 日本海軍が目指すのは、全戦力を突っ込んでの壮絶な殴り合いだけです。と言うより、奇策がうまくいった戦争なんて早々ないのですから、こちらの方がより健全な考え方と言えるでしょう。 「ペテン師ヤン」は、おとぎ話の中だけで十分です。
ともかく、日本による全太平洋からのアメリカの軍事力の駆逐は年内に完了し、太平洋の全てが日本の手に帰する事になります。もはや、日本が攻撃すべき場所は、本当にアメリカ本土ぐらいです。それ以外だとアラスカしかありません。ただ、アラスカは天候の問題から攻略が難しく、少なくとも夏になるまでは手がつけられる状態ではありません。
明けて1937年、戦争も停戦を挟んで3年、実質的には2年強程度戦争を継続しています。 この年に入ると、日米双方の戦時計画艦艇のうち、戦艦を除く大半の艦艇がドックや艤装岸壁から前線へと出てくる事になります。 また、日本側はしばらく用のない戦艦たちを戦隊単位でドックに戻して、徹底した近代改装に着手する事になります。これはアメリカ側の新型戦艦に対抗するものです。改装期間は全て完了するまでに1〜1年半。一部の戦艦の改装は、西海岸攻撃の時受けた傷を癒す時に合わせて行われているので、1年程度で終了します。 そして当面は、日米双方ともシーレーン獲得競争に狂奔しなければいけませんが、順当にいけば37年中にアメリカがによる空母を用いた限定攻勢作戦か、日本側のアラスカ攻略が発動される事になります。 ごく常識的に判断すれば、空母が戦力になるとはまだ判断されていないので、アメリカが攻勢に出る可能性は極めて低く、日本側のアラスカ攻撃が37年夏に行われ、それをアメリカ側が阻止すべく艦隊を派遣するのが可能性として高いと言えるでしょう。 1937年6月、日本海軍が投入する兵力は、1個水上打撃艦隊とそれに付随する航空戦隊、そして上陸部隊を伴った護衛艦隊です。対するアメリカが用意出来るのは、僅かな数の戦艦と、新造艦を編入し合計4隻〜6隻に膨れ上がった空母です。一方の日本側もその気になれば、就役したばかりの新型空母2隻程度を含む同規模の母艦戦力を揃える事も可能です。 ただ、双方の航空機材を比較すると、戦争で史実より多少技術革新が進んでいたとしても、日本側はどうにか単翼艦戦、単翼艦攻、複葉艦爆が出てくる程度で、アメリカ側もせいぜい同じか、史実通りならそれ以下で、全ていまだに複葉機と言う可能性も十分にあります。しかも、搭載量は史実の第二次大戦の頃に比べ低く、航続距離は短く、速度も遅く、大艦隊が打ち上げる対空砲火に向けて突撃させるには、まだまだ酷と言えるのが実状です。 また、アメリカ側のアラスカ基地航空隊も、せいぜいB-17が頑張れるぐらいで、当時の機材ではあまり期待できません。 しかも、日本側も西海岸での戦訓を得ているので、空母を増勢して作戦に望むのは目に見えており、その上で多数の戦艦にまで来られては、アメリカ側としては余計な損害を受けないためにも、迎撃を控える方が良いようにも思えます。
まあ、アメリカ側の艦爆がかろうじて1000ポンド爆弾を搭載できる機種が登場するので、これを用いれば何とかなるかもしれないので、激突した場合を少し見てみましょう。
日本側のオーダーは、純粋な打撃戦力が戦艦が7〜9隻、正規空母が新型を含めて3隻、軽空母が2隻に二個水雷戦隊です。一方のアメリカ側は、戦艦が鈍足すぎるので今回は不参加として、正規空母が4隻に彼女たちをエスコートする多数の巡洋艦と二個水雷戦隊です。 双方の艦載機数は、日:米=260:320とアメリカ側が優勢になります。それにアメリカの場合はこれに基地航空隊が100〜200機程度がいます。 これらの戦力が前提条件を万全と仮定して、航空打撃戦を展開すると、米基地航空隊は相変わらず重爆の水平爆撃なので、牽制以上の効果はあまりありません。日本側の戦艦1隻を後退させるのが精一杯でしょう。(この当時、対艦攻撃を前提にした陸上攻撃機をまともに開発しているのは日本ぐらいです。) また空母艦載機も、当時はまだ戦術が確立されておらず、それ程高い能力を持つわけでもないので、投弾率はせいぜい5%程度でしょう。この仮定で攻撃機が互いに半数程度とすれば、日:米=13発:16発の命中弾が発生する事になります。 このうち、日本側は大半が雷撃、対するアメリカ側は大半が爆撃による戦果です。となると、意外に壮絶な結果が出てくる事になります。ただし、これに双方とも防空隊によるインターセプトが入ったりするので、実際命中するのはさらにこの半分程度に落ち着きます。 そして、双方とも二波の攻撃隊を放つでしょうから、命中弾はさらに多くなります。 ただ、アメリカ側の第一ターゲットは、日本の攻勢意図を挫くためにも戦艦となります。これを何とかしないと日本側の攻勢を止めることが出来ないからです。対する日本側は、相手に大きな目標が空母しかないので、仕方なく空母がターゲットになります。 結果から見れば、日本側は戦艦2隻程度が中破、アメリカ側は空母2隻程度が大破か撃沈に匹敵する程度の損害に落ち着くことになります。また、距離が近距離での航空戦になるので、30ノットの快速を誇る日本戦艦部隊が突っ込めば、大破した米空母の捕捉撃沈も可能かもしれません。 しかも、日本の空母は無傷なので、翌日も戦闘を継続すれば、アメリカ側の壊滅となります。まともな神経の持ち主なら、恐らくその前に撤退するでしょう。 結局、マトモにぶつかれば、米艦隊の敗退はほぼ確定です。 やはり、この頃では航空機の活躍はまだまだ望むべくもなく、戦艦多数を擁する日本側の優勢は動きません。 ただし、西海岸といい今回のアラスカ作戦といい、戦艦を後退させる事ができる空母の価値を、攻撃された側の日本の方が高く評価する可能性は高くなるので、日本側でも来るべき決戦の漸減戦力として、空母、基地航空隊の整備をそれなりに熱心に行うようになります。
アラスカ作戦は、結局大艦隊を擁する日本側が押し切る形で終了し、日本側は多数の損傷艦こそ出しますが、米空母1隻などを撃沈しアラスカも攻略に成功し、その作戦目的を達成します。 ただし、日本側にとってこれで本当に攻撃するべき場所を喪失してしまい、これでもアメリカが停戦に乗っこない以上、これまで以上の勢力に再建されるであろう、米艦隊がハワイ奪還を目指して襲来してくるのを待ちかまえ、最後の決戦におよびこれを撃滅するしかありません。 そうすれば、三度艦隊を再建する事が主に戦争経済と言う点で不可能なので、今度こそ戦争を終わらせる事が出来るからです。常識的に考えればその筈です。 なぜ、三度不可能かと言うと、39年夏頃に発生するであろう決戦時期が戦争のほぼ5年目にあたり、単純に再度同規模の戦艦を大量に就役させようとすればさらに4年の歳月が必要で、それを待って戦争を続けていればアメリカの戦争経済が勝手に崩壊してしまうからです。これは日本も同じですが、決戦に勝利すればそう言うこともなく、アメリカにも常識が顔を出して停戦に傾くはずと考えるのが、いささか楽観的ですが妥当な予想と言えるのではないでしょうか。事が双方の財布事情ですので、日本として期待したい所です。 しかし、この決戦に敗北してしまえば、そのまま34年の米艦隊と全く同じ状況に日本側が陥り、1年から長くても2年で帝都に彼らの攻撃を許すことになり帝国の完敗となってしまいます。 つまり、日本海軍にとっては、次なる決戦こそが太平洋戦争での日本海海戦であり、今までが旅順艦隊を相手にしていた程度と言う事になります。 さすが世界最大の経済大国アメリカ相手です、スケールも桁違いです。
ともかく1937年中に日本側の方針が決定したので、それに向けての準備がシーレーン獲得競争をしつつも、可能な限り進められる事になります。 なお、シーレーンでの攻防は、日本側に欧州からの技術援助と地の利もあるので、アメリカの物量に押しつぶされる戦争5年目までは、日本側が有利に展開できます。そう言う意味でも39年夏の決戦は何が何でも勝利しなくてはいけません。