■「悪役令嬢の十五年戦争」

■  014 「投資」

 私は説明を始めた。と言っても、大した事じゃない。
 5000万ドル相当の金塊を担保に、三倍のドルを借りる。そしてそれで、株が下がるタイミングでどんどん買い進める。
 そして次に、その株を担保に同じ額の借金をする。そしてそれも株に投じる。あとは出来る限り、限界までそれを続ける。
 最低でも3億ドル分の株を買う事ができる。大元が金塊と伝えてしまえば、もっと借りられるかもしれない。
 また、その都度一部の空売りを実施して、借金返済の資金と回転資金を確保する。当然、レバレッジも利用する。そうやって、膨大な量の株を借金の塊ではなくプラスの財産に変えてしまう。

 ちなみに、アメリカのダウ・インデックスの時価総額は、1924年で200億ドル台前半。今は詳しく知る術はないが250億ドルは超えない筈。鳳による投資は多少のブーストにはなるだろうが、数億ドルを投じても瞬間的に全額を投じない限り極端に大きな影響はない筈だ。
 そして1929年のあの日の手前辺りになると、空売りをしなくても時価総額は約4倍に膨れ上がる。少し手前で売れば、売り抜けるのも容易だろう。

 なお、私の案では、資金の調達や投資に関しては、可能な限り中立国の銀行などを介して行う。出来れば自分達のペーパーカンパニーを作り、そこを経由して最終的にスイスの口座に繋がるようにする。21世紀の映画などを参考にしての提案だが、少しでも安全性を高めるためだ。
 また投資する会社自体も、鳳を一応の中心とするも、そうしたペーパーカンパニーを使う。

 株に関しては、基本的にはダウ・インデックスで良いが、跳ね上がるGM(ゼネラル・モータース)を24年の段階で買う。さらに数年先の27年辺りで、大きく伸びる航空メーカー関連を買い漁る。これで利益をさらに大きくできる。他に企業株を買う場合も、基本は大衆消費財を作る会社に投じる。
 
 ちなみに、3億ドルは現在の価値で2兆平成円より多い金額。一方で、この時代の日本の国家予算は、国債抜きで7、8億ドル程度。1ドル約2円で、大正時代の「1円」は現代の4,000円くらい。
 何を仕出かそうとしているのか、この数字だけで分かるというものだ。

(私、何をしようとしているの? もし史実と違ってたら、奈落の底どころじゃないよね)

 そう思うが、引こうという気は不思議と起きない。
 それに対して、曽祖父、いや4人共が私の説明を静かに聞いてくれた。
 そして全て話終わると、曽祖父が静かに口を開いた。

「その勝算は? 未来を見たと言っても、それが実現するとは限らないと聞いたが?」

「世界全体で私の知らない大事件が起きない限り問題ありません。ですが、小さな変化は存在すると考えた方が良いと思います」

「なるほど、細かい調整は必要か。時田」

「はい。ご隠居様」

「最初の仕込み。それと株価が大きく変動する時期は渡米せよ。いや、最初は渡欧も必要か。差配は任せる。それと、以後私にではなく玲子に尽くせ。これは私からの最後の命だ」

「畏まりました」

「お父さん!」

 面白げに見ていた祖父の麒一郎が、曽祖父の蒼一郎の最後の言葉に反応した。そしてその言葉を、曽祖父は視線で封じる。

「良い。もともと近いうちに、死んだ麒一に時田を付けるつもりだった。それが少し変わっただけだ。それにな、少なくとも鳳は新しい時代に入ったのだ。動かずしてどうする。ん?」

 最後はドヤ顔とでも言えそうな挑戦的な曽祖父の表情に、祖父が折れた。だがそれも一瞬だ。

「……分かりました。現当主として、時田の移動は認めましょう。ですが一つ」

「なんだ?」

「玲子の後見人、法定代理人は俺がします。可能なら家族関係の変更も。時田を玲子に付けるなら、直系の長子継承というウチの伝統を通すためにも、一族内ではその方が通りが良いでしょう」

「良いだろう。玄二は小心者だからな」

 ため息交じりな小心者という言葉に、お兄様が小さく苦笑する。親族の悪口なのに苦笑を浮かべるのは、二人の関係が垣間見えてしまう。
 玄二叔父さんへの小心者という評価も、私を相続問題で利用する可能性を示唆しているように思う。
 実際ゲームでの玄二叔父さんは最初は私に付いていたくせに、最後の土壇場で主人公サイドについた。そういうところは、一族内では見透かされているんだろう。
 しかしお兄様の苦笑も一瞬だった。曽祖父が声をかけたからだ。

「龍也、お前は麒一とも仲が良かった。軍務もあるだろうが、出来る限り玲子を守ってやれ」

「勿論です。ですが、宜しいのですか、ご隠居様?」

 その質問には祖父が、「ハッ!」と大きく失笑してから続けた。

「構わん。次の当主継承は、俺がギリギリまで頑張れば20年くらい先の話だ。そうなれば玲子も十分大人だし、旦那が当主という流れになる。お前に文句ないのなら、玄二の出る幕はない。それにだ」

 そこで祖父は言葉一旦区切るが、その顔には苦笑が浮かぶ。

「玲子は今ですらこうだぞ。10年後に実質的な財閥総裁や一族当主になっていても俺は驚かんよ。ついでに言えば、お前にも10年くらい前に似たような恐怖に悩まされたものだ」

「買い被りです」

 今度はお兄様の顔に苦笑が浮かぶ。

「そうか? なら何故軍人を選んだ。少なくとも財閥総裁のレースから降りるためだろ」

「ええ、そうですよ。麒一郎叔父さん、あなたと同じ様に」

 二人の一族が睨み合うように視線を重ねる。
 二人とも優秀すぎるから、敢えて退いたらしい。それでも祖父は一族の長子だから一族当主になった。
 そして今度は、長子である私の父が亡くなったので、次男の玄二と大叔父の子供で分家になる龍也お兄様が、次代の一族当主の座を競いかねないのを、この場で私を立てる事で実質決めてしまったのだ。
 そしてそれを龍也お兄様が了承した以上、一族の総意に近い。

 だが、このやり取りを見て違和感を感じた。
 まず何より、私の知らない、ゲームにはない莫大な隠し財産。
 夢見の巫女は、ゲームでも一族の導き手として「巫女」が登場するので居ても納得できるが、ゲームにこんな設定はなかった。
 それにこうして見る限り、一族はすごく結束している。多少没落はしても破滅する可能性は凄く低いとしか思えない。
 みんな優秀で賢明だ。

 だが一方で、この場にいる4人全員がゲームでは過去話でしか登場しないという事で、逆にゲームの設定に納得もさせられる。賢者がいなくなったから一族はダメダメになり、争いの末に破滅するのだ。
 そして私が知る限りの生き残りに、賢者はいないことになる。
 ある意味、悪役令嬢である私は、一族と財閥を救おうと奔走するも、相続争いに負けて、いや、巻き込まれて破滅したと言えるのかもしれない。

 とにかく資金面の問題はクリアできた筈なので、次の課題はやはり一族が早期に欠けていくのを如何にして防ぐか、だろう。

(とはいえ、怪我や病気、もしくは寿命なんて、どないせーっちゅーねん!)

 そんな愚痴など色々思っていると、徐々に意識が遠ざかるのを感じる。色々話して疲れたからだろう。何しろ体は三歳児だ。
 単に眠くなったというだけで、この意識の遠ざかり具合は納得だ。

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「ん? 眠ってしまったか」

「まだ3歳ですからね」

 気がつくと目の前の幼女、彼らの親族の幼子が気持ちよさそうに寝息を立てていた。4人の表情も穏やかなものになる。
 だから、それぞれが手元の酒やつまみに手をつける。
 時田は、玲子をとりあえずその場でちゃんと横にして、念のため用意してあった毛布を玲子にかける。
 ただ、部屋に運ぶのはもう少し先のようだ。

「それで、投資会社とペーパーカンパニーだったか、あれの名前などはどうする」

「それでしたら、ここに」

 今度は左側に座った時田が指差した紙面の先に、やや拙い文字でこう書かれていた。

『鳳投資資金 Phoenix Fund Investment(フェニックス・ファンド・インヴェスティメント = PFI)』

「ファンド? 投資? 銀行か証券で良いのでは?」

 麒一郎が首を傾げるが、その言葉に龍也も頷く。
 そしてそれは蒼一郎も同じようだ。

「恐らく、先の言葉なのだろう。だが、先取りしすぎる事もあるまい。鳳銀行の支店がニューヨークにはあるし、本土にしかない鳳証券の支店をそこに被せれば良いだろう」

「はい。ですが、『オオトリ』ではなく『フェニックス』は、向こうで通りが良いやもしれません。名義のみのペーパーカンパニーでは名前を使いたいかと。それと、会社の一つは『フェニックス・ファンド』と致したく」

「好きにしろ」

 時田の提案に、蒼一郎は少しぞんざいに返すが、名前自体に興味がないようだ。
 それよりもと言わんばかりに、横になった幼子に視線を向ける。

「それにしても、この子は一体どれだけ先の未来を見たんだ?」

「さあ、この歳では、当人ですら良く分かってないのでは?」

「かもしれん。しかし、一族の行く末を照らす「光」だ。もしかしたら、日本を照らすかもな。なんとしても守らねばな」

「はい」

 それは4人全員の総意だった。

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金本位制(きんほんいせい)
金(黄金=Au)をお金の価値の基準とする制度。
政府の銀行が、発行した紙幣と同額の金を保管しておき、いつでも金と紙幣を交換することができる制度。
パックス・ビクトリアやパックス・アメリカーナを支えた制度でもある。

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