■「悪役令嬢の十五年戦争」

■  025 「昭和一の革命家?」

 5月のある日、お屋敷に来客があった。
 私としては、私のお兄様である龍也叔父さんが来ると前日に聞いていたので、ウキウキでお出迎えしに玄関ホールまで行ったら、お兄様は誰かを連れ添っていた。
 その人物は、お兄様と同じく軍服を着ている。

「ようこそ龍也おに、叔父様! そちらの方は?」

 お兄様にダイブで抱きつきつつ、顔を来客に向ける。
 そうするとお兄様は私の頭を撫でつつ、にこやかにこうお答えなさった。

「彼は俺の幼年学校からの後輩の西田 税(みつぎ)君だ。俺に甘えてないで、ご挨拶なさい」

 その瞬間、私は凍りついた。

(ノーッ!! ネームドだ! しかも、とびっきり危険なネームドじゃない。なんでお兄様がそんなの連れてくるの?!)

 そんな凍りつく私に、お兄様が優しく声をかける。

「初対面の人だから緊張するのは分かるけど、鳳の人間なら、分かるよね」

「は、は、はい。えっと、鳳玲子と申します。西田様」

「これはご丁寧な挨拶痛み入ります。ご紹介に預かりました、自分は西田税と申します。鳳、いや龍也様には大変お世話になっております。伯爵令嬢」

「おい西田、俺の玲子をからかうなよ。ごめんね、悪気はないんだ。良いやつなんだよ」

「すいません、鳳先輩。ごめんね玲子ちゃん」

 いたずらをしました的な表情の西田が、おおらかに笑う。
 人好きのする笑みだ。彼を支援した人も少なくないと言うし、人誑(ひとたら)しなところの片鱗を見ている気がする。

(さあ吠えろ私の「歴女」知識。……えっと、確かこのくらいに軍を病気で辞めてなかったっけ? しかも、もう北一輝に汚染されてたよね。・・・これは、何としてもお兄様からこの危険物質を引き離さなければ!)

 思わず心の中で仁王立ちの決意をしてしまう。
 しかしまずは情報収集だ。こうして初っ端で出会えたのは、ある意味幸運だ。

「いいえ、ご丁寧な挨拶有難うございます。それで西田様は、今日はどのようなご用向きなのでしょう。お兄様は、この屋敷にとって来客のようなものですので、よろしければ私が歓迎させていただいのですけれど」

 私の幼児らしからぬ言葉遣いに西田は少し驚いた風だが、すぐに応対してくる。
 こう言うところは頭の良さと人間性が見える。

「お気遣い痛い見入ります、伯爵令嬢。ですが本日は、鳳家当主麒一郎様を訪問させて頂きました」

「俺はその案内人だよ。な。驚いただろ、西田」

「はい。鳳先輩が自慢するわけですね」

「お、叔父様が私を自慢ですか?!」

 色々な恥ずかしさで、思わずただでさえ高い幼女ボイスが、さらに1オクターブ高まってしまう。

「まだ小さいのに立派な淑女。俺の自慢の娘だよってね」

 お兄様は、そう言ってウィンクする。
 半分からかっているのが分かるし、その目で慈しんでくれているのも分かるのだが、思わず顔が赤くなるのを自覚する。
 この幼い身体に感情が引っ張られているのもあるが、イケメンにいい声&ウィンクなどされたら誰だって赤面する。
 前世で二次元以外にそう言う経験が非常に少ない私にとって尚更だ。
 そして一方で、この悪役令嬢としての冷静さのおかげで、すぐに身体が動いてもくれる。

「もうっ、からかわないで下さいまし。それでは私は、お茶の準備をさせていただきますね。今日は珍しいお菓子が手に入りましたのよ」

「それは楽しみだな」

 私の言葉に答えたのは二人ではなかった。
 ちょうど別の男性が、広い玄関ホールに入ってきたのだ。
 しかもここ最近よく会っているオッサンだ。

「紅龍叔父様?」

「うむ、久しいな玲子。それに龍也。そちらが例のお客人か?」

「初めまして西田 税です。この度は、紅龍様の発明された新薬のお陰を持ちまして、一命を取り止めました。誠に感謝申し上げます」

「何の。医者の務めを果たしたまで。ご快復された事こそが、私にとっての何よりの励みとなりましょう」

(うわ、このオッサン、普通に社交辞令できるじゃん? けど新薬って……)

 私が疑問に感じるのを一瞬横目で見つつ、紅龍さんが言葉を続ける。

「あ、そうそう、西田さんも使われた新薬ですが、この玲子が私に幸運をもたらしてくれたお陰なのですよ」

「そうなのですか?」

 西田の顔に驚きと好奇心が浮かぶ。
 それに紅龍さんか続ける。

「玲子が不摂生な私に差し入れてくれたみかんを食べるのを忘れていたら、すっかりカビてしまいましてな。しかもそのカビが、実験中のシャーレの中に落ちて、それが新薬発見の大きなヒントになったのです」

「その記事が書かれた先生のお話は読ませて頂きました。そうでしたか。そのみかんの送り主が、伯爵令嬢だったんですね」

「ええ、そうです。まさに私にとっての福の神。西洋で言うところの、幸運の女神ですな」

 ハハハハハと、いつもと違い大らかに笑う。だがその三白眼、つり目のせいで効果半減だ。
 なお、話している記事は私も読んだ。私のことは伏せられていたが、西田がお兄様の後輩で方々に関係が深いので、ネタを披露したと言う流れになるのだろう。
 こうして、突然新薬を発見した事を、さも自然に見せようとする演出をしているに違いない。なかなか芸の細かい事だ。

(それにこの西田なら、方々で話を広めてくれそうよね)

 私としては、とりあえずその場で淑女のお辞儀をして離れるしかなかった。

 そしてメイド達にお願いしてお茶の準備をしつつ、私は部屋の一角で思考を進める。

(えっと、確か西田税は陸軍士官学校34期。34期は色々問題児が多いから、よく覚えている。こうなると、あの服部 卓四郎も出てくる事を覚悟した方がいいかも。けど、服部は単なるエリート参謀なだけで、問題は西田の方よね。何しろ『歩くクーデター』だし)

 少し考えを進めるだけで、冷や汗が落ちてくる。
 そこで少し現実逃避へと走る。

(えっとお兄様は、天才だから小学校を1年特進されていて、陸軍士官学校33期になるのよね。うん。天才でマジ良かった。で、幼年学校予科、中央幼年学校、陸軍士官学校を全部首席。今通っている陸軍大学も首席間違いなしって言われる文武両道のウルトラエリート。しかも私のせいで虎ノ門事件を未然に防いで、功績、知名度も抜群。はぁ、やっぱりお兄様はお兄様ね)

 そこで深呼吸だ。そしてここからが本題。

(で、一年後輩になる西田は、きっとお兄様の計らいで鳳の病院か、もしかしたら慶應の病院に入院。そこでペニシリンのお世話になったって事よね。軍服だから、私の前世の世界と違って陸軍将校のまま。まあ、ヘタに将校辞めるより、変な事しなくなるのかな?)

 うん。考えていたら少し落ち着いてきた。
 だからこそ、思考を深めることもできる。

(けど、何でわざわざうちに? お礼を言いにきたにしても、少し大げさじゃない? 一応お礼が名目だろうけど、その先があるって事よね。何しろ、チートコネ野郎だから。お兄様の同期にも皇族がいたと思うけど、34期って秩父宮雍仁親王殿下よね。それに西田って、確か徳川家とつながりが有ったような・・・尾張家だったかな? とはいえ、この時点で誰と知り合いとか、流石に分かんないなあ)

 ぐるぐると思考を巡らせているうちに、話終えた3人が私が待つ部屋に入ってきた。
 そして私は、接待役としての役割だけ果たして部屋を後にしようとしたのだが、引き止められてしまう。
 しかも客人の西田から「伯爵令嬢もご一緒されませんか?」とにこやかな笑顔で誘われては、断る事など出来るはずもない。

 そして4人でお茶となったが、紅龍さんは一人モリモリと新作お菓子のモンブランケーキを幾つも平らげている。
 お兄様と西田が紳士的に食べているのとエライ違いだ。
 私も無害な幼女を装って、ケーキに首ったけの様を見せておく。

「パクパク」

「しかし、西田君の交友関係の広さには驚かされる。だがこれで、新薬の普及も進もうというものだ、感謝する」

「頭を上げてください紅龍先生。俺はご恩をお返しするだけなんですから」

「だが、おいそれと口に出来ない方々まで懇意にしているとは、流石に驚かされたよ」

「そういう鳳先輩、じゃなかった龍也先輩も、虎ノ門の一件でそれこそ雲の上の方達の知己を得たじゃありませんか」

「あれは、顔と名前を少しばかり覚えられたという程度のものだよ。親密な関係からは程遠い。だから西田には感謝している」

「どういう事なのですか、龍也叔父様、紅龍叔父様?」

 なんとなく察せる会話だが、一応幼女らしい仕草で質問しておく。

「西田は交友関係が広いやつでね。今ひとつ広がりが遅い紅龍の新薬普及の手助けをお願いしたんだよ」

「では、西田様が当主様にお会いしたのではなく、鳳が西田様にお願いしたと解釈すれば宜しいのでしょうか?」

「その通りだ。さすが玲子だな」

 そう言ってお兄様がニッコリと笑みを浮かべる。その笑みをずっと受けたくなるイケメンぶりだ。
 そしてそのやりとりを、客人の西田が穏やかな表情で見てくる。そしてその表情のまま、爆弾を投げつけてきやがった。

「伯爵令嬢は、龍也先輩をお兄様と言うんですね」

「あ、アハハハ。分かってはいるのですが、私には兄弟がおりませんし、祖父が私の父となって頂いているので、甘えているんです」

 ごまかし笑いと苦しい言い訳で逃れる。何しろその真意は、アラフォー女子の憧れと妄想だからだ。だがこれ以上厳しい追及は、お兄様と何より紅龍さんの前で見せたくない。
 故に攻撃あるのみだ。

「けど西田様も、たいそう龍也叔父様をお慕いされていらっしゃいますわね。まるで兄弟のようですわ」

 そう言うと、お兄様と西田の二人がおおらかに笑う。

(ああ、西田が、西田じゃなきゃあ、私的にはかなりの天国なのに!)

 そんな内心を知らない西田は、機嫌良さげに言葉を返す。
 そしてそれは、私が思いもよらなかった話題へと向かう発端だった。

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西田 税 (にしだ みつぎ)
二・二六事件の首謀者の一人。その他、昭和日本のクーデターの多くに関わった、日本一のクーデター屋。
色んなところに色んなコネを持っていた。
悪運はかなり強いが、基本的に運が悪そうな印象がある。


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