■「悪役令嬢の十五年戦争」

■  037 「最後の攻略対象」 

(うわっ、5人目じゃない)

 何の捻りもない感想が内心に込み上げる。勝次郎くんに続いて登場とは、ちょっとずるい気がする。
 間違いなく、もう一人の攻略対象、涼宮(すずみや)輝男(てるお)の小学生バージョンだ。

 しかしその姿はかなり酷い。服はどう見てもボロだし、頭もボサボサ、あまり清潔そうには見えない。
 見るからに、東南アジアのスラムにいるストリートチルドレンだ。
 この時代の日本の暗い側面を映し出すキャラ設定通りだが、こうして実際に見せられると衝撃は小さくない。

 輝男くんは身寄りのない孤児で、見た通り日本では『貧民窟』と呼ばれるスラム育ち。偶然才能を見込まれて鳳が抱えて、その中で才能を発揮して鳳の屋敷に仕えるようになる。
 ゲーム中では裏仕事もすると言う、さらに暗い面もある。
 当然とばかりに無口キャラで、出自も重なって影がありまくりだ。
 ついでに言えば、ゲームの中の悪役令嬢は輝男くんに暗殺されてしまう場合もある。そう言うキャラだ。
 その輝男くんと、こんな形で出会ってしまった。

 ゲーム中での過去の回想シーンでは、鳳の人間にスリを働いて捕まり、そこで見込まれた事になっている。
 だが、確かにそれは少しリアリティーが足りない気はする。だからと言って、この出会いもどうかと思う。
 そんな多少モヤモヤした感情はあったが、この屋敷の庭をよく知っている私の先導で、人目につかないように庭の隅を迂回。
 そしていつも開いている屋敷の使用人用の出入り口へ至る。

「困ります。お嬢様」

「「あっ」」

 扉を開けようとしたら、その扉から私のメイドのシズが出てきた。さらにその後ろの部屋の中には、私の執事の時田がいる。
 アメリカから戻ったばかりな時田も少し困り顔だ。

「皆様、どうされるおつもりですか?」

「えっと、あの、その」

 私がシドロモドロなのに、勝次郎くんは傲然と言い放つ。

「悪いようにしないと約束した。その約束は果たさせてもらうぞ」

(流石俺様キャラ。それに、一度口にしたことに責任を持つのはゲーム通りなんだけどエライ!)

 そして招待客の言葉なので、招いた側としては多少譲歩せざるを得ない。時田とシズが、共に小さくため息をつく。

「約束なされたのであれば仕方ありません。使用人の部屋までですよ。シズ、湯と簡単な食事、簡単な着替えを」

「畏まりました、時田様」

 そうして使用人が使う雑用場所にたらい、お湯、手ぬぐい、着替え、さらに食べ物が、シズの手でテキパキと用意される。
 揃うのを待つ間、輝男くんは黙々と先に出された食べ物を口に放り込む。もはや食べると言うより作業と言った感じだ。
 そしてさらに、シズが手際よく輝男くんのボロをひん剥いていく。意外なことに、輝男くんはなされるがままだ。

 だがひん剥く最終段階は、私にとっては少しばかり刺激が強かった。
 何しろ、たらいの真ん中でマッパだ。 
 その上、当人どころか誰も、私の視線から下半身を隠そうとしない。紳士を気取る男子どももまだ6歳では、性的な配慮に考えが及ばないようだ。
 時田もシズも特に気にしていない。

(アレ? 大らかなの? そう言うものなの? 私が子供だから? それに、なんてご立派な)

 6歳児とは思えないご立派なものを拝見してしまう事となった。
 これがアニメや漫画なら悲鳴の一つもあげるべきだが、周りがあまりにも普通なので、なんだかこちらまで淡々と受け入れざるを得なかった。
 まあ前世の私も、家族以外のものも見たことあるけどね。

 少しばかり遠い目をしそうになったが、輝男くんが食べて着替えさせられて落ち着くのを待った。

「改めて問いますが、山崎様は何を約束されたのですか?」

「悪いようにはしないとだけ。普通なら殴り倒して放り出す程度だろうから、俺としてはこのまま家に帰してくれれば十分だ。・・・いや、待て。お前はどう考える?」

 勝次郎くんが一通り満足そうに言ってから、輝男くんに問いかける。そう、無口キャラだけに輝男くんはまだ輝男くんとすら名乗っていない。
 しかも問われた先の行動は、立ち上がり、すぐにも立ち去ろうとする。

「待て待て、一宿ではないが一飯の恩義くらいあるだろ。代金分だと思って話せ」

(商人の子らしい言い分ね)

 輝男くんはその言葉に回れ右してこちらを向き、少し考えてから頭を下げた。

「ありがとう。せわになった。もうこない」

「忍び込んだ理由を話して。それにどうやって入ってきたの?」

 私がそう問いかけると、じーっとこちらを見つめる。
 綺麗にしてこざっぱりしたら、めっちゃカワイくなっているので、思わず赤面しそうだ。

「良い匂いがしたから、他の人が入る隙に紛れ込んだ」

「なるほど、警備体制について考え直さないといけませんな」

 思わず時田が嘆息する。隣ではシズも少し深刻そうな表情で頷いている。
 そこで私はひらめくものがあった。

「ねえ時田、この子鍛えてみない?」

 そう言うと時田の視線が私を捉えて、私の側の片方の眉を上げる。興味を持った証拠だ。
 手をあごに軽く当て、しばらく考え込む。
 そして10秒ほどしてから口を開いた。

「少年、家と家族は?」

「ない」

「……どこの貧民窟ですか? 麻布、赤坂?」

「あかさか」

「お名前は?」

「てるお」

「苗字は?」

「しらない」

「どうやって生きてきましたか?」

「いろいろ。スリやひったくり。こじきもした。どろぼうも」

「その年で大したもんだな」

 龍一くんが思わず感心して声を上げる。どうやら勝次郎くんも同様らしい。玄太郎くんは少し眉をひそめているが、こっちが普通の反応だ。
 私はどんな表情をしているのだろう。ゲームキャラとしての輝男くんのプロフィールは知っている。今、時田と話している通りだ。
 孤児として貧民窟で生き抜いてきた浮浪少年だ。そんな彼と出会ってしまった以上、私の為すべき事なのだろう。
 そう考えて時田へ強い視線を送る。

「時田、この子を鍛えて。私の御庭番にするわ」

「……畏まりました。てるおくん、良いかね。君が受け入れれば、鳳は君に最高の教育を施しましょう。その代わり君は鳳に忠誠を誓ってもらいます」

 輝男くんが時田の言葉に首を傾ける。
 だから、少し難しい言葉なのではないかと思ったが、違っていたようだ。

「食べるものと寝るところは?」

「すべて十分に与えます。もちろん衣服も。賃金も能力に応じて。能力が高ければ昇進も。君は目の前の鳳玲子様のご直参となるのです。もし受け入れるのなら、この場で片膝をついて頭を下げ忠誠を誓いなさい」

 少し時代がかった時田の言葉に、輝男くんが「わかった」と素直に頷く。
 こっちとしては「えっ?」て感じだ。
 そしてこちらが小さく驚く間に、輝男くんが私に片膝をついて頭を下げる。そして数秒してから「これでいい?」と私と時田に問う。
 今の輝男くんにとって、食と住こそが最上なのだ。そのことに少なからず衝撃を受ける私がいた。

 前世の私の時代、なんだかんだ言って日本は豊かだった。底辺でも、余程の事がない限り衣食住はなんとかなる。私自身は、所得は平均以下だったが、生活自体にたいして不満はなかった。
 転生してからは、ブルジョアでも最上級な方のお嬢様だ。
 だから知識では多少知っていても、こんな子がいる事は衝撃だ。

 それは3人の男子達も似たようなものらしく、やり取りの間、ほとんど口を開こうとしない。
 一方で、時田は一見淡々としている。シズに至っては、「良い主人を見つけたな」と言わんばかりの視線を少年に送っている。
 そして私が少なからず衝撃を受けていると、時田の声がした。

「玲子お嬢様、てるおに名前を与えてあげて下さいませんか。苗字もなしでは、締まりがありませんからな」

 少し冗談めかしているのは、ショックを受けている私への配慮だろう。
 そして主人としては、使用人に応えないといけない。ましてや私が持ちかけた話だ。

「え、ええ、分かったわ。そうねえ」

 考えるフリをするが、名前は最初から決まっている。
 私にとって、ゲームの名前以外にある筈がない。

「涼宮(すずみや)輝男(てるお)。涼しい、お宮に、輝く男よ」

「涼宮? 聞かない苗字ですね。鳴る鈴の方なら聞いた事がありますが」

 シズが珍しく自分から話しかけてくる。良い傾向だ。
 きっと、自分より下っ端が出来たからに違いない。多分。

「何かのお話で見かけたの。それによると、日本人にはいない苗字だそうよ。つまり日本でただ一人」

 そう、元ネタになった小説の私的な考察にそう書かれていたのだ。ずっと未来の話だけど、この子の子孫には世界ではなく鳳一族を大いに盛り上げて欲しいものだ。

「創作苗字というやつですな。仕える者は、平凡な方が仕えさせる側も分かりやすくて良いのですが、お嬢様がお使いになるのですから問題もございますまい。
 輝男、君のこれからの名前は涼宮輝男だ。書き方は追って教える。名前を与えて下さった鳳玲子様に、誠心誠意お仕えするように」

「……わかった。なまえ、ありがとう。レーコ」

「玲子様、だ」

「うん。れいこさま」

「よろしくね輝男くん」

「うん。よろしく」

「……フム。相当初歩から仕込まないとダメのようですな」

 輝男くんの話し方は漢字を知らない話し方なので、流石の時田も『どうしたものか』という表情だ。

「時田が教育するの?」

「そうしたいのは山々ですが、信頼の出来る者に任せます。そしてある程度形になれば、鳳の学校に入れて勉学もさせましょう。戸籍など与えるなら義務教育くらい受けさせねば、素性の面でいらぬ疑いを受けたりしますからな」

「お願いね。で、私に仕えるのは今日から?」

「まさかまさか。最低でも2年。能力を見定めてですが、3年程度はしっかり教え込んでからになるでしょう」

「随分かかるのね」

「人一人に初歩から教育を教え込むとなると、こればかりは如何ともし難く。ですが、鳳の中枢で仕えるに相応しい者に仕立てて見せましょう」

「ま、まあ、程々にしてあげてね。まだ良く分かってないだろうし」

「ねどことごはんくれるなら、なんでもする」

 そんな輝男くんの少し拙い言葉にズキンときた。
 「何でもする」はゲーム中にも出てくるセリフで、作中で暗殺の請負を頼まれた時にも口にしているからだ。
 出来れば、そんなロボットみたいな人にはなって欲しくはない。
 しかし大きな財閥や一族に仕えるとなると、命令に忠実な者はどうしても必要になる。
 時田に連れられて、屋敷の裏口から出て行く輝男くんを見ながら、その輝男くんを仕えさせると決めた私には見送るしかなかった。
 
「なに深刻な目をしてる。良かったじゃないか、人助けができて」

 龍一くんはあっけらかんとしている。財閥や華族の上に立つ者は、このくらいの感覚でないとダメなのだ。玄太郎くんとも似た表情だ。
 勝次郎くんに至っては「流石、俺が見初めた女だな」と、自分が助けたはずの輝男くん自体には興味なさげだ。

「ハァ、園遊会に戻りましょう」

 既定路線に載せたとはいえ、人一人の運命を変えた事でしばらく悪夢を見そうだ。

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貧民窟 (ひんみんくつ)
要するにスラム街の日本名。戦前の大都市に点在。
残飯を回収して日々の食事とする事が多い為、多数の人間が集団で食事をする場所の近くによくあった。

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