■「悪役令嬢の十五年戦争」

■  044 「昭和と令和の食文化の違い」

「ジャンクフード食べたい」

「じゃんくふーど?」

「何でもない」

 昭和2年(1927年)の正月三が日を超えた頃、不意に欲求がむくむくと込み上げてきた。
 思わず口に出た言葉を慌てて否定するも、クールメイドなシズが訝しげにこちらをチラ見している。
 たまに、転生前に使っていた現代日本語や和製英語などが口から出てしまうのだけど、周りは一応「夢見の巫女」が夢で見たものを口にしていると捉えている。
 けど、常に私の側にいるシズは、最近疑いの視線を向けてきている気がする。
 そのうちカミングアウトする時が来るのかもしれない。

 それはともかく、ジャンクな食べ物を、体じゃなくて魂が、前世の私が求めていた。しかもかなり切実に。
 以前からそんな事を思う時もあったけど、やはりおせち料理を食べ飽きたこの時期が一番欲求が高まる。
 私は超金持ちのセレブで、鳳は欧米の文物を熱心に取り入れている方だが限界もある。何しろ当のアメリカですら、まだファストフード店はない。

 アメリカから伝わったと多少情報を偽りハンバーガーやフライドポテトは作ってもらったが、ファーストフードじゃなくて立派な料理だった。
 私は手掴みで食べたかったけど、ナイフとフォークを余儀なくされた。それでもコーラは普通に手に入るので、少しは欲望も満たせた。おやつの時間の飲み物は21世紀にも存在するものが既に多いので、私にとっては癒しタイムだ。

 家の料理人が作った中で合格点のジャンクフードは、ポテトチップスくらい。けどこれも、まだ湿らないように保存するのが難しいから、気軽に食べられるというわけではない。湿気らないように缶の入れ物にしまわれたポテチというのも、なかなかにシュールだ。おせんべいじゃないっての。
 それでも家の人や来客にも好評で、静かに広まりつつある。

 そうした中で最大級の福音は、あの会社は創業していて本物の日本製マヨネーズが手に入る事だ。
 さすがに瓶詰めだけど、もうこれだけでご飯三杯いけてしまう。異世界ファンタジー世界じゃなくて本当に良かったと思ったものだ。

 それでも色々と料理長やうちに出入りするお店、さらには私の前世知識で21世紀にも存在しているお店などに、何かしらの提案をすることがある。
 そうした中で、ファストフードと並んで存在しない料理が日本風にアレンジされた中華料理だ。

 一応、中華料理店は日本にも出来つつあるというが、まだごく限られていた。けど鳳は大陸との関係が深いので、鳳の屋敷で作られる事もある。もちろん、多くが私がリクエストしてようやくなのだが、それでも食べられると喝采したものだ。
 ほとんどが期待外れだったけれど。
 中華は中華でも、やっぱり金持ちの料理なのでお上品だ。

 それでもそこは我慢するにしても、私にとっての定番料理があまりにも少なかった。
 唐辛子を盛大に使った料理は少ないし、焼売(シュウマイ)、肉まんと言った定番がない。唐揚げもなんか違っていた。中でもガックリなのは、焼き餃子(ギョーザ)とラーメンだった。

(焼き餃子が広まったのって戦後だったっけ? ラーメンは支那そばじゃないと通じないのよねぇ・・・ハァ。ラーメン、インスタントラーメン食べたい!)

「また、料理長に無理難題ですか?」

 私が妄想の中で食べ物を思い浮かべていたら、目の前にシズの顔がグイッと迫る。

(最近、距離が近づいてない? 親しくなれたと思っていいの?)

 そんな事を一瞬思うが、より強い想いになるのはやはり食べ物に対してだ。
 生き物なのだから、胃袋に逆らう事など出来よう筈がない。その上ジャンクフードは心の栄養だ。

「そう。食べたいものがあるの。大陸で知った食べ物なんだけど」

「またですか。今度は何ですか? こないだ包(パオ)と餃子(チャオズ)は食べましたよね。飲茶(ヤムチャ)もしましたよね。まだご不満ですか?」

「う、うん、支那そば、それもちょーっと変わったやつがあるんだけど、相談だけでもして、いいかな?」

 上目遣いでお願い目線を送るも、ジト目で返される。
 しかし数秒後に小さなため息が出た。オーケーサインだ。何しろ私がご主人様なので、使用人が逆らえるわけないのだ。ましてや子供の願いは聞くものだ。
 そう意を強くするも、口にする言葉は決まっている。

「ありがとう、シズ。大好きだよ」

「お好きなのは、お料理の方ではないのですか?」

 シズの返しも、ここ最近の定番だ。

 そうして意気揚々と厨房へ。
 うちの料理長は、基本的には西洋料理中心の人だ。他に和食担当がいるし、補助で数名いる。
 屋敷に住む一族は多くはないが、何かの催しに備えておかないといけないし、大きな屋敷を維持する為に必要な使用人の数がそれなりに必要なので、使用人用の料理人が勤めていた。
 そして彼らが比較的暇な時間に、こっそり覗き見しては周りからはモダンもしくは奇妙奇天烈と言われる料理をお願いしに行くのだ。
 
「これは玲子お嬢様、今日はどんなお料理がご希望ですか? それともお菓子の方ですか?」

「あ、そうそう、ジャガイモ以外の薄揚げを研究中ですので、近々お出しする事が出来ると思います。レンコンの薄揚げは、ご当主様もたいそう気に入って御座いました」

「こないだ作り方を教えて頂いたふわとろオムライス、外のお店の人にも凄く好評でした」

「先日、朝食にお出ししたポーチドエッグはいかがでしたか? まだ改良の余地があると思うので、何でも言ってください」

(ウンウン。うちの料理人たちは、研究熱心で嬉しい。主に私の舌と胃袋が)

 満足しつつ、まずはみんなの言葉へ一言二言コメントを添えていく。また、ちょっとした思い付きなども添える。他にもこの時代にない料理についての提案などもする。
 うちの料理人達は洋食が強いので、私の簡単な前世知識を反映しやすい。

(そのうちイタリア料理にも挑戦してもらおう。この時代、日本にイタリア料理のお店ってあったかな)

 しかし今日のお題は少し厳しいだろうと思いつつ、話が一区切りついた時点で切り出した。

「支那料理ですか。焼き餃子は今練習中ですので、もう少しお待ちください」

「あ、それ嬉しい。けど、今日は全然違うものなの」

「前言っていた、チリソースというやつを使う料理ですか? 何にせよ支那料理は庶民的なものが多いので、お嬢様に教えて頂いた料理は使用人には好評なんですけれど、お出しするには正直難しいものばかりでして」

「アハハハ、今日もそうかも」

(そうよね。けど、和風でもホイコーローは食べたかったよー)

「何でしょうか? 支那料理も研究はしているので、出来る限り努めさせて頂きます」

 気を取り直し少し挑むように私を数名の料理人達が見つめる。
 それに少し気圧されつつも、私は切り出した。

「あのね、まずは支那そば。これはお店も東京のどこかに出ていると思うんだけど、私が食べたいのはそこのとは少し違うの」

「支那そばなら、すぐに作れなくはないですね。それで、どう違うのでしょうか?」

「スープ、お汁の味付けが違うの。鰹節や煮干しを基本に、鶏ガラ、豚骨をじっくり煮込むんだけど・・・」

 そのまましばらく、熱くラーメンのスープについて語る。
 恐らく今ある支那そばも素朴な感じで悪くはないけど、21世紀に生きた前世の私の舌は、21世紀風の味がどうしても恋しい。
 そして話した末、面倒さを除けば出来なくもないという結論に達した。やる気を見せている料理人もいるので期待大だろう。

「で、もう一つ、試して欲しいものがあるんだけど良いかな?」

「お嬢様の頼みです。是非がある筈もなし。なんでもおっしゃって下さい」

「じゃ、じゃあ、話すね。えっと、その支那そばを乾燥させて即席麺ってやつにして欲しいの」

「そくせきめん? 何ですそれ?」

「保存食の一種」

「ああ、それで即席。けど何でまた?」

 予測していた質問なので、そこで予め用意していた言い訳を開陳する。

「軍人さんに、戦地で少しでも美味しいものを食べて欲しいの」

 そこで「ハハーン」という表情をする料理人が数名。
 まあ隠すまでもないが、家族、一族の事を考えてと思ってくれている。そこは目論見通り。

「ご当主様や龍也様を思っての事ですな。そういう事でしたら、頑張らせて頂きますよ」

「まあ玲子様の場合、龍也お兄様を想ってでしょうけど」

 そこで小さくない笑いが起きる。
 もはや公然とはいえ、流石に小っ恥ずかしい。その恥ずかしさを打ち消すように、話を強引に進めることにする。

「わ、私の事はいいの! それよりちゃんと聞いて。あのね、支那そばの麺だけを油でさっと揚げて乾燥させて、それをお湯で戻すと簡単に食べられるようになるから即席麺って言うのよ」

「はー、そんな事が出来るんですか」

「私も詳しくは知らないのだけれど、高温の油で揚げると、麺の中の水分が一瞬で蒸発して小さな穴が一杯開くから、お湯を注いだらすぐに元の麺に戻るのよ。凄いでしょ」

「確かに、それが出来れば大したものですね」

「でしょ」

「それで出汁の方は? これも別ですか? 乾燥野菜は聞いた事あるんで、具材は何とかなるでしょうが、出汁はその場で味噌や醤油から作るしかないかな?」

「ダシは濃いのを作って瓶詰めして湯で合わせればよくないか?」

 もう考え始めている。
 さすがうちの料理人達だ。まあ、最近は私に鍛えられたとも言うが、この姿勢は有難い。

「えっと、その麺に先に味を染み込ませるのが一つ目の方法。出汁だけ乾燥させて粉末状にするのがもう一つの方法。私的には、食べる時の簡単さを突き詰めて、麺に味を染み込ませる方法を試して欲しいの」

「なるほど。それは野外での持ち運びと調理に便利そうですね。それで染み込ませるのは、さっき言ってた鶏ガラや豚骨ですか? それとも他に何かご希望は?」

「鶏ガラ。軍の糧食にって考えたら、少しでも安い方が良いでしょう」

「確かに。・・・分かりました。こう言う変わったものを作るのが好きな知り合いもいるので、一緒に進めてみます。ただ、すぐにってわけにはいかないと思うので、その辺はご容赦の程をお願いします」

「もちろん。必要ならシズか時田に言って、援助もしてもらって。本当にモノになるなら、もっと本格的にしてもらっても良いわよ。それと、出来たら絶対に試食させて、良い?」

「分かりました。そこまでして頂けるのでしたら、必ず成功させて見せましょう。って、これお屋敷でお召し上がりに?」

「少しの量ならおやつにも良いと思うんだけど?」

「なるほど、そう言うのもアリかもしれませんね。その方向も少し考えてみましょう」

「お願いね」

 私は満面の笑顔で、うちの調理人達にさらにハッパをかける。

(けど、こう言うのが好きな人って、もしかしてネームドじゃないわよね。だったら、凄い因果を感じそう)

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支那そば、支那料理
当時の言葉として使っているので、ご容赦頂ければ幸いです。
中華料理大好きです。

ネームド=安藤百福
1910年生まれ。
言わずと知れたインスタントラーメンの生みの親。
台湾生まれで、この時点では16歳。流石に関わるのは難しいと思われる。

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