■「悪役令嬢の十五年戦争」

■  046 「青田買い?」 

 新しい内閣が予算編成の表と裏で色々と動いている間、鳳財閥は次の一手を打つべく動いていた。
 どこかで聞いたけど「戦いとはいつも2手3手先を考えて行うものだ」ってやつだ。
 だから、まだまだ小学校低学年な私だが、「夢見の巫女」として大人顔負けのお仕事もちゃんとしている。なんだか前世より仕事している。

(給料が欲しいくらいね。いや、そもそも、悪役令嬢って我儘三昧で働いたりしないわよね。私、おかしくない?)

 などと思ったところで、幼女がままごとで愚痴を言っているようにしか見えないのが辛いところだ。
 そして心で愚痴を言っている間にも、目の前の現実に引き戻される。

「東北大学への研究支援と海外を含めた技術パテントの取得支援ねえ」

「そうよ。あ、でも、東北大学への支援は今まで行ってきた人か団体がいるから、そことちゃんと相談してね。あと、技術を開発した八木、宇田、岡部、高柳さんにも技術に詳しい人をやって、ちゃんと話を聞いてもらってね」

「この研究が何になるのかが、私にはもう分からないよ」

「私も詳しい事は分からないけど、将来絶対に必要なの」

 時田が案件についてのメモを取っているが、私の話を曾お爺様の蒼一郎が半信半疑で聞いていた。
 この時代の最先端技術の話なので、少し理解が難しいらしい。
 かくいう私も、今ひとつ分かっていない。八木アンテナなどの件は、知識で上辺を少し知っているだけだ。せいぜい、昔のテレビアンテナやアマチュア無線のアンテナで見たことあるくらいだ。
 けど、この世界での日本の産業や技術、そして資源について色々と調べたり、調べてもらった上で分かった事がある。
 日本には「何もない」という事が。

 日本は地下資源の宝庫と言われる事があるが、それはあくまで研究レベルでの話。種類は沢山あるけど、大量に埋蔵されている地下資源が殆どない。
 銅は少し例外だけど、その銅ですらあと10年もしたら輸入するようになる。しかも銅は鉱毒問題があるから、日本初の公害問題を起こしたりしている。
 本当に明治政府は、米と桑(+蚕)だけで近代日本を作ったに等しい事が良く分かる。
 諸外国に比べて日本がいかに貧乏なのかを思い知らされるが、そりゃあ貧乏な筈だと嫌でも実感させられる。

 それなりの量の石炭があるのがせめてもの救いだけど、国産の石炭の質は多くが良くない。
 日露戦争で日本海軍はイギリス製の高品質な石炭を使い、イギリスがロシアへの石炭輸出を止めたせいで、質の悪い日本の石炭はドイツなどを経由してロシア海軍が使ったなどという話もある。
 つまり、当の日本ですら出来れば使いたくない程度の質という事だ。

 そんなこんなで、やはり日本は人を育てる事が最も重要になる。
 だから東北大学への資金援助もその一環だ。そして当時の東北大学は、地元から潤沢な援助を受けていたからこそ、世界的な発明が花開いたのだ。
 福沢諭吉は本当に正しかった。

「まあ、将来への投資という事で割り切るが、うちに電気業をしろというのか?」

「うちがしていなくても、必要なら会社を買収すれば良いのよ。お金あるでしょ?」

 そう言って時田を見ると苦笑気味に返す。

「玲子お嬢様が最初にお示しなさった通りの売り買いで、かなり」

「事前に知っていても恐ろしいほどだな。いや、事前に知っていればこそだな。そういえば三菱が、うちの後追いで去年の夏くらいからダウ・インデックス株を買い進めているぞ」

「そりゃあ何より。じゃあ、後で恩も売れるかもね」

「文句を言われる可能性の方が高そうだがな。それで買うのか?」

「電気製品はまだまだこれからだから、すぐに大きな商売にはならないの。それよりも、これから伸びる機械工業の基礎固めというか青田買いを進めたいの。これがリスト」

 そう言って、まとめた紙面を二人の前に見せる。
 今日はお父様な祖父は、本業、陸軍のお仕事が詰まっていて屋敷にはいない。

「確かに機械工業だが、知らない名前ばかりだな」

「話が機械なら、虎三郎を呼べばよかったな」

「玲子お嬢様、川西機械製作所というのは、車か電車ですかな?」

「ううん。そこは飛行機。中島飛行機から別れた人がしているの。川西財閥さんのところだけど、飛行艇を作りだしていると思うから接触して、出来るならがっつりお金突っ込んで。いずれ旅客機とか作って欲しいから」

「畏まりました。それにしても飛行機ですか」

「うん。今はまだ水上機全盛だし、日本の場合各地に飛行場作るのはずっと先でしょ。まずは大きな飛行艇を使って空を結べば、あんまりお金かけないで済むかなって」

「なるほどな。しかし飛行機はそこだけか。では、この紡績会社は?」

 今度は曾お爺様が、少し不思議そうに問いかけてくる。
 知らなければ、何故と思うだろう。

「そっちは、虎三郎(とらさぶろう)大叔父様に付いて行ってもらって。発明家の人で虎三郎大叔父様と知己があるって話だけど、まだ会社がないかもだから。
 あと、そこだけじゃないけど、取り敢えずそこは自動車を作りたがっている人が居ると思うから。
 廣島の方の会社は火事から立て直したばかりだから、他に取られる前にアメリカ製の自動車かトラックをあげて複製を作らせて。こっちも出来れば虎三郎大叔父様に話させて」

「廣島は鳳の地盤とも言える場所だ。周りの銀行が何かをしていても、割り込むのは容易い。場合によっては、銀行ごと飲み込んでも良いだろう。それだけの価値があるのだろう」

「虎三郎大叔父様と似た人が居るはずよ」

「あのような方が、方々に居るものなのですな。それにしても、なんとも妙なお話ばかりですな。ではこの石川県の会社も?」

「えーっとそこは、取り敢えず世界中から買い集めた重機、トラクターをあげて。あと資金援助もね。他もそうだけど、低利の融資で良いと思うけど。それとそこは気をつけて。外務省の吉田茂様のご兄弟が創業者だから」

「吉田茂・・・牧野さんか。それは根回しも必要だな」

「うん、お願い。けど、会社自体は小さい筈だから」

「小さいところ、苦しいところなら、買収してうちに引き入れても構わないだろう。あと、最後の会社、戦車は作らせんのか?」

「えっ? 戦車って陸軍以外が作って良いの?」

 そう聞くと曾お爺様が苦目の表情を浮かべる。

「逆だな。今、大阪の陸軍工廠で開発中だが、そもそも日本のどこにも戦車を作る技術がない。軍も一から模索しているような状態だ。関わっている龍也が渋い顔をしていたよ。日本にはまだ難しいとな」

「お兄様がお困りなら、全力で作らせましょう。と言っても、戦車の現物って民間が手に入るわけないわよね」

 思わず立ち上がって、握り拳を胸元で二つ作って仁王立ちしてしまうが、すぐに問題山積みな事に思い至る。

「そこで何か無限軌道で動くものを作れば、麒一郎と龍也に動いてもらって発注すれば、軍が英仏から買った先の大戦で使った戦車を技術見本で渡せる筈だ」

「なるほどー。で、会社ごと買うの?」

「他の財閥が手を出していないなら、向こうの意向次第だろうな。玲子が挙げた会社は、どこも大きくなるのだろう」

「私が見た夢の通りになるかは断言できないけれど、私が見た夢の中ではどの会社も大きくなるし、時代時代に日本を引っ張るほどの会社に成長するわ。あと」

「まだあるのか?」

「うちの傘下にするかどうかに関わらず、いずれ海外との競争に備えて生産管理を合理的にしたいの。職人気質じゃなくて、誰でも使える工作機械を沢山並べて沢山作るという形。フォードみたいに」

「それならば」

 時田が声を挟む。
 流石時田、なんでも知っている。

「虎三郎様の知己の経営学者に心当たりがございます。その方に協力を願えないか、頼んでみてはいかがでしょうか」

「お願いね。なんなら、うちで丸ごと抱えて、うちの財閥全体の面倒も見て欲しいくらいだけど」

「流石にそれは気が早すぎるし、うちも規模の小さい工場が多い。まずは小さな会社を食って、他の財閥に負けない体制を作るぞ」

「はーい」

 そんな感じで悪巧みは進んだ。
 どれもこれも、チートな未来知識と現在モリモリ増えているお金があればこそ出来る事ばかりだ。
 

_____________________

八木、宇田、岡部、高柳
東北大学で新発明をした博士たち。
魚の骨のような八木アンテナ、マグネトロン、電子式テレビを発明している。
けど、当時日本では理解されないものが多く、海外で利用されているのを知って初めて価値に気付くといった事もあった。

話に出てきた会社
川西機械製作所 =川西飛行機
紡績会社 =豊田自動織機製作所 =トヨタ自動車
廣島の方の会社 =東洋工業 =松田自動車
石川県の会社 =小松製作所

経営学者
この時代だと上野陽一しかいないだろう。
史実の戦前ではいまいち活躍できなかったが、戦前日本にはそう言った人材はどこかに居たりする。

前にもどる

目次

先に進む