■「悪役令嬢の十五年戦争」

■  048 「南京事件(2)」

「そうだね。けど、貴重な話を有難う。確かに今の陸軍の若手と中堅の一部、それに市井にいる右翼、左翼はおかしな動きをし始めている者が少なからずいる。
 俺は、妙にそういう話を集めるのがうまい後輩達に話を集めさせて、少し上の方にも相談したり、可能なら釘を刺すようにしているんだが、関東軍となると俺の手の届かないところだな」

 お兄様は、言い終わると軽く腕を組む。頭の良すぎる人だから、仮想でも手立てを考えているんだろう。
 けど私にとって、聞き捨てならない言葉が出てきた。

(その後輩達って、間違いなく西田税だよね。他に誰がお兄様の手足になってるの? お兄様、危い事してないよね?)

 私の懸念が顔に出ていたらしく、お兄様がもう尊死しそうなほどの優しい笑顔を私に向ける。

「玲子、俺は危い事、軍の規律に触れる事一切してないから安心して。俺がしている事は、正しい方法、正しい道を示す事だけだからね」

「それで抑えられている間はまだいいがな。ところで、玲子の夢で張作霖はいつ殺される。あと個人的な興味だが、殺害方法は?」

 一応は懸念を添えるお父様な祖父だが、まだ楽しそうにしている。

(聞かなくても、予測がついているんじゃない? まあ、歴史のターニングポイントはもう切り替わっているから、ぶっちゃけて問題ないよね)

「えーっと、殺害されるのは1928年6月4日。方法は、北京から満州への逃亡中の列車ごと爆破されます」

「爆殺かっ! 列車ごととは豪気だな。ちょっと見てみたかったぞ」

「不謹慎ですよ」

「だが乱世を迎える狼煙としては、なかなかに気が利いていると思わんか?」

「俺は乱世なんてゴメンです」

 龍也お兄様は、どこまでもご立派だ。
 私としては、お兄様の理想をどこまでも手助けしたいところだ。その前に、鳳財閥と私が破滅しないようにしないといけないけど。

 鳳の屋敷ではそんな話をしていたけれど、政友会内閣というより軍人から政治家に転向したばかりの田中義一が首相なので、決断は速攻状態だった。
 日本政府は、閣議決定と共に佐世保から追加の陸戦隊を即座に投入。翌日には軍艦数隻の艦隊が上海、南京に追加派遣。すでにイギリス、アメリカも自国民保護で現地の兵力を追加していたので、事実上の連合軍状態となる。
 ここで仮に全面衝突すれば、清朝の頃にあった『義和団の乱』と似たり寄ったりな結果になりそうだった。

 それでも1日遅れで、史実通り蒋介石が南京の国民革命軍の動きを抑えにかかるも抑えきれず。
 特に共産党が、この動きの前に動員していた暴徒の動きが制御不能に陥る。そこに共産党と国民党左派の一部が加わった。
 そして暴徒や野盗と大して違わない軍隊とも呼べない集団なので、やる事は一つ。いや一つではない。焼く、奪う、殺すの数千年の歴史を誇る最悪三点セット状態だ。

 しかも北伐により北京政府の軍が逃げた状態なので、上海はともかく南京の租界は無防備。これが、日本が海軍陸戦隊を追加で派遣した一番の原因になる。
 そして領事館の要員は逃げても、租界の全員が安全な場所に逃げられる筈もなし。外国人も一部犠牲になった。

 当然だが、英米そして日本がブチギレ。
 主に南京で戦闘が発生し、揚子江に浮かぶ軍艦からは艦砲射撃まで行われたと情報が入った。
 小さな戦闘艦艇ばかりとはいえ、日米英の艦艇が並んで艦砲射撃とか、なかなか見られるシチュエーションではないだろう。

 そして陸戦隊とは言え正規軍に、当時の大陸の軍隊が敵うはずもなし。ましてや南京の共産党の大半は、一部の扇動した者達以外は暴徒も同然だ。ただの民間人も多かった。
 だから列強の正規軍を見ただけで逃げ出すし、艦砲射撃をすると共産党自体が街から逃げ出した。
 しかし数が多いので、列強も租界や自分達の縄張りとその周辺の治安を回復した後は、南京入りしていた蒋介石になんとかさせようとした。

 そして蒋介石も、自身の為になんとか事態を収拾しようとしたが、扇動で動員された暴徒相手に制御が効くはずもなし。しかも多数派の国民党左派と共産党から、今こそ「排外」、外国勢力の排除を実行するべきだと突き上げを食らう始末。
 ほんと、義和団の乱と何も変わってない。
 そして結果も、義和団の乱と似たり寄ったりになった。

 近隣国で最も兵力を派兵している日本がやる気満々なので、とりあえず日本が音頭を取れと諸外国に半ば言われるがまま、日本、イギリス、フランス、アメリカ、さらに上海租界にちょっとだけいるイタリアまで顔を並べて、国民党に対して『開戦も辞さず』と最後通牒を突きつける。
 うん。上海租界に閉じこもってただけのイタリアずるい。

 そして内と外から押しつぶされた形の蒋介石は、揚子江の艦隊から砲列を突きつける事実上の連合軍に対して、条件を全て受け入れる形で全面的に謝罪。
 一方では、諸外国に折れた蒋介石を、既にナショナリズムに目覚めつつある支那各勢力や民衆が許す筈ないので、責任を取る形で国民党軍司令官を辞任して下野。その後の亡命までセットで、こういうしぶとさは蒋介石らしい。

 国民党自体は、共産党と手を結んだまま左派の汪精衛(汪兆銘)がトップに立つ。
 そして蒋介石が下野してしまったので、蒋介石が約束した事件関係者の処刑で何名かの下っ端の現行犯処刑以外、おざなりにされてしまう。
 賠償金も、そもそも金など持っていないので、中華民国が清朝から溜め込んできいる借金に上乗せという以外に手がなかった。

 一方で国民党は分裂せず、しかも共産党も呉越同舟したまま。一部が下野か離脱した以外、残った右派が強い不満を持ちつつも少し左寄りな国民党になる。
 当然だけど、諸外国は揚子江各地の租界(上海、南京、武漢)を中心とする利権の防衛を強く言うも、あまり信用しなくなる。
 何しろ共産主義者とつるんでいるのだ。最悪、国民党全体が共産党化する可能性を列強は危惧した。

 そして必然的に北京ででかいツラしている大元帥な張作霖は、自分は何もしてないのに棚ぼた勝利でバカ笑い状態。日本を中心とした諸外国も、華北の利権確保の為に張作霖の支持を続ける事になる。
 張作霖は、列強から支援の資金援助をもらって治安維持にはそれなりに努めるも、勢力拡大に大きく舵を取った。
 それでも、すぐには一度は逃げ出した南京奪回とはいかないけど、冷静に分析した限り内部で不協和音と対立が続く国民党、国民革命軍に勝ち目は薄そうだった。

(ということは、『張作霖爆殺』は完全にフラグ未成立ね。アレ? 大陸情勢にあんまり変化ないから、『東方会議』をそもそもする必要ない?)

 それが、とりあえず事件が落ちついてからの私の感想だったけど、後で聞いても田中内閣は特にこれといった対外方針変更の話し合いはしなかった。
 私にそんな気は全く無かったけど、一つの変化(内閣の早期交代)が意図しない歴史の変化になって現れてしまった。
 おかげで日本国内は軍靴の足音が少し遠のいたように思うけど、歴史の動きには注意しないといけないだろう。

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海軍陸戦隊 (かいぐんりくせんたい)
ヨーロッパの伝統や慣習として、沿岸部の小規模な海外植民地や租界などでの平時の警備やちょっとした戦闘程度は、海軍の地上戦闘組織である陸戦隊(もしくは海兵隊)が担う。
当時の上海には、列強各国の陸戦隊や海兵隊が常駐している。

東方会議 (とうほうかいぎ)
会議によって決まった「対支政策綱領」が発表され、当該国に通知された。

東方会議の決定に基づき、田中義一首相が天皇に上奏したとされる文書。同4年に中国側が暴露し、その内容が以後の日本の中国侵略と一致していたために日本の侵略性を証明する重要資料とされたが、現在はその信憑性は疑われている。らしい。

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