■「悪役令嬢の十五年戦争」

■  056 「学習会」

 鳳の子供世代全員が小学生になったので、鳳本邸での午後の勉強もようやく5人全員が揃った。
 そして学校での一般授業は私達にとってはレクリエーションや義務で参加しているに過ぎない。
 特にこの世代は、いわゆる神童揃いだ。

(ま、ゲームの設定上って縛りのせいかもしれないんだけどね)

 ダブルスコアくらいの年齢の子供がする勉強を、鳳の子供達は優秀な家庭教師の指導のもとで難なくこなしている。
 そして私は、前世知識をこの体、悪役令嬢のチート頭脳が全部すくい上げた上にグレードアップすらしているので、ただ復習をしているだけだ。
 だから21世紀での一般大学の知識レベルの勉強になるまでは、他の事に知的努力を傾ける予定だ。また、この時代の経済や政治、要人の略歴の勉強と並んで、前世ではいい加減だった語学に力を入れている。
 だから一緒に受けている勉強では、こうして他の子供たちを眺める余裕もある。
 そんな余裕綽々な私をインテリキャラな玄太郎(げんたろう)くんが、時折見てくる。ライバル心を燃やしているんだろう。

 龍一(りゅういち)くんは、基本脳筋だけど真面目ではあるのでめっちゃ集中して他を見ていない。陸軍首席、つまり実質日本一の成績を狙っているに等しいので、勉強は必死にしている。
 虎士郎(こじろう)くんは天然&天才だけど、好きな事にしか全力を傾けないので勉強は普通にしかしない。それでも出来てしまうのが天才故だ。
 瑤子(ようこ)ちゃんが勉強では一番成績が悪いけど、それは鳳の子供たちが優秀すぎるからだ。普通なら、クラスで一番どころか最低でも学年で一番レベルだ。偏差値で言えば70後半か80代はある筈だ。
 そもそも小学1年に入ったばかりで、すでに高学年の勉強をしている時点で十分におかしい。

(ま、私が一番おかしいんだけどね)

 自分のことを特に韜晦(とうかい)しないから今している課題も終わったので、気分転換を思いつく。

「先生、お花摘みに行って来ます」

 そしてたっぷり5分ほどかけて勉強部屋に戻る時だった。
 ちょうど前から玄太郎くんが歩いてくる。どうやら彼も、お手洗いに用があるらしい。

「ちょっといいか?」

 珍しく玄太郎くんが声をかけてきた。
 そして隣の部屋を示す。一言二言で済まない話ということだろうが、この年で逢引もないだろう。

「良いけど、あんまり長引かせないでね。女の子には色々あるんだから」

 私の言葉に、玄太郎くんが返事もせず何か言いたげな視線を向けてくる。何か深刻な話だ。それに焦りが見える気もする。
 軽くあしらっても良いけど、男の子として言いたい事については、出来るだけ聞いてあげるのが女の役目だと諦め小さくため息をつく。

「それで、わざわざ二人きりを狙って何が言いたいの?」

「……蒼一郎曾お爺様や麒一郎お爺様、それに時田と何をしている?」

 少し逡巡(しゅんじゅん)があったけど、はっきり言われた。
 私がコソコソ何かをしている事は知っているぞ、と。

「何って、大人になるまでに学ぶべき事を教わっているのよ。これでも私、鳳の長子だから」

「長子か。けど、一族当主になるのは僕か龍一だ。玲子じゃあ爵位は継げないからな。龍一となら僕が財閥総帥で、龍一が一族当主でも良いと思っている。麒一郎お爺様達と亡くなられた龍一郎様の関係と、ほぼ同じになるからな」

「私は除け者?」

 少し目力を強め、さらに言葉遣いも悪っぽさを載せてみる。なんとなくゲーム上でのやり取りをしているみたいで、こんなシーンがどこかにあった筈だ。
 そしてそうすると一瞬嫌な表情をされた。しかし本当に一瞬で、今度は少し赤らめる。

「僕か龍一と結婚するから、それで十分じゃないのか?」

「かもね。それで、本当に聞きたい事は?」

 悪ぶったままもう一度聞いたら、少し嫌な顔が固定された。

「玲子、お前、曾お爺様達と何かしているだろ。勉強以外の事を」

(君のような勘のいいガキは嫌いだよ、って言えたらなぁ)

 心で苦笑しつつもそう思い、すぐに答えを言ってやるのも何となく気が向かなかったので、そのまま悪っぽいモードを続ける。

「そう思った根拠は?」

 そう聞けば少し考える仕草になり、そして数秒でこちらを向く。
 目が真っ直ぐ過ぎて、中身がアラフォーにはご褒美だけど、ちょっと眩しすぎる。

「鹿児島、満州と、よく分からない理由で旅行に行っている」

「あれは単なる旅行。外を知りたいって、おねだりはしたけどね。他には?」

「夜に、こっそり屋敷を抜け出した事がある。しかも蒼一郎曾お爺様や麒一郎お爺様もお出かけの夜にだ」

「よく知っているわね。誰から聞いたの、って言いたいところだけど、むしろ私初耳なんですけど。それに本当に誰に聞いたの?」

「詳しくは言えないが、ここに午後勉強に来ている合間に、鳳本邸の使用人から僕が強引に聞いた。万が一誰か突き止めても、言った者は責めないであげてくれ」

「それは了解。とは言え、それじゃあ証拠不十分じゃない?」

「じゃあ、これでトドメだ。……玲子を見るお父さんの目が怖い。一族の大人だけの話し合いに玲子も出て、玲子に何かあっただろ」

 最後に豪速球を投げられてしまった。お父さんとは、私の父の弟に当たる玄二(げんじ)叔父さんだ。
 「夢見の巫女」の話までは知らないか、何か知っていてもこんな場所で話さないだけの分別がある証拠だが、ここは知らないと見るべきだろう。
 だからその点を伏せるためにも、両手を頭の辺りまで上げてみせる。

「降参。大人と混ざって、実地で勉強しています」

「実地? それだけか?」

「それと、あなた達のお父様に嫌われる立ち位置に立つ予定が決まったわ。けど、七つの子供に何ができるのよ。何か言ったとしても賢(さか)しいって窘(たしな)められるだけよ。実際そうだし、まだ子供すぎて怒られすらしない。けど、良い勉強になるわ」

「そ、そうか。まあ、そうだよな。……僕もいずれ大人の話に加われるかな?」

 今度は質問で、子供らしい感情が色々と声に乗っている。
 男の子としては背伸びしたいところなのだろう。本当に可愛い。

「私は長子だから、万が一に備えてなだけよ。曾お爺様はもうお年だし、これを言ったら卑怯かもだけど、私の父もいないでしょう」

「そ、そうだな。いや、こっちこそ済まない。そんな事を言わせる気は全然なかったよ。ただ、最後にもう一ついいか?」

「何? 何でもじゃないけど聞いてあげる」

「紅家の紅龍叔父さんが、たまに本家に来ていたって聞いたけど、何しに来てたんだ? 玲子が接待してたとも聞いたけど?」

「ああ、あれね。私が色々と帝都中の珍しいお菓子を買い漁るから、あの人も食べに来てたのよ。実は紅龍先生って、超甘いもの好きなの。これ内緒ね」

 最後にちょっと可愛い仕草を添えてやると、少し赤面してくれた。
 ウンウン、男の子はそうでないと女の子としては張り合いがない。とはいえ、それも一瞬だ。

「そ、そうか。けど、ちょっと意外だ。確かに玲子が送ってくれるお菓子は珍しいよな。実は僕も好きだ」

 普通に感心している。
 まあ、まさか未来知識で画期的な新薬開発のヒントを与えていたとか、夢にも思うまい。
 しかし紅龍先生の少し間の抜けた話しのおかげで空気も和み、話をそこで切り上げる事ができた。紅龍先生もたまには役にたつらしい。
 それに理由がなんであれ、二人きりの時に好きとか言わないでほしい。

 その後、勉強会はつつがなく終わったが、龍也お兄様がお父様な祖父と一緒に屋敷に来るというので、龍一くんと瑤子ちゃんはお兄様と一緒に帰る事になった。
 けど、仕事が長引いているらしく夕食を終えてもまだ戻らず、子供達三人で居間で寛ぎつつ待つ事になる。待たずに帰っても良かったけど、瑤子ちゃんがパパと帰ると譲らなかったからだ。それなら是非もなしだ。
 しかし食後の睡魔に襲われて、瑤子ちゃんはお兄ちゃんな龍一くんに寄りかかってうたた寝モードだ。

「なにニタニタ笑ってんだよ。気持ち悪い」

「き、気持ち悪いって、瑤子ちゃんが天使すぎるから仕方ないのよ」

「瑤子が天使なのは当然だが、お前瑤子の前だと顔がよく崩れてるぞ。あんまり変な顔で瑤子にくっつくなよ」

 相変わらずのシスコンぶりだ。文句言いつつ、私より瑤子ちゃんに目線がいっている。
 だがすぐにこちらに視線を据えてきた。しかもかなり真面目モードだ。

「それよりさ、お前父上の事をお兄様とか言っているけど」

「お爺様が私の父になるから、お兄様でしょう」

 お兄様と言うのを止めろとか言われる前に機先を制しておく。
 けど、言いたいのはそうじゃなかったみたいだ。

「いや、それは別に良いんだけど、俺や瑤子を甥っ子姪っ子くらいに思ってるんじゃないよな」

「ハァ? そんなワケないでしょ。むしろ瑤子ちゃんは妹に欲しいわよ」

「それは絶対にやらない。……いや、一つ方法があるぞ」

 いたずらっ子、いやガキ大将な笑みだ。子供の頃の龍一くんは、こういう表情がよく似合う。そして言わんとしている事も、多分言った当人以上に理解しているつもりだ。

「そうね。けど、血統的に少し離れた龍一くんじゃあ、鳳当主の道は遠いんじゃない?」

「大丈夫だ。玄太郎が帝大首席でも、俺は父上と同じように陸軍の4つ全部を首席で出てやる。そうすれば、お前をもらっても誰も文句はないだろ」

 めっちゃドヤ顔だ。
 けど私は、私の前世の歴史の知識、ゲーム知識とこの体の前世体験からの予測で、彼の望みと野望は途中で潰える事を知っている。何しろ帝国陸軍は、彼が陸軍大学に入るまでに無くなってしまうのだ。
 しかしそんな事をおくびにも出さずに私は語る。

「あっそ。恋の鞘当て頑張ってね。私は勝った方を待つだけよ。それに敵は外にもいるのよ」

「ああ、勝次郎か。悪い奴じゃないけど、鳳がここまで大きくなったら、むしろ両家を結ぶ目はないだろ。周りが邪魔するに決まっている」

 その言葉に少し驚いた。この年でそんな分析が出来てしまうのは流石だ。
 私は脳内で脳筋と小馬鹿にしているけど、さすがお兄様の長男だけあって、脳も筋(きん)も超一流だ。
 だからこそ私は、龍一くんが野望を達成できるように頑張ろうと決意を新たにしそうになる。

(いやいや、その前に私自身の破滅避けるのが先よね。それに、そもそもこいつらって、私よりゲームヒロインの取り合いするのよね)

「えっ、何急に不機嫌になってるんだ? まさかって事はないよな?」

「あ、えっ? ああ、ごめん。違う事考えてた。私も勝次郎くんとの縁はないと思っているし、そもそもこの年じゃあそんな気が起きるワケないでしょ」

「それは言えてる。俺もこんな事言ってるけど、今は楽しく過ごせたら一番だよ」

「それ、すっごい同感」

 そうして二人で笑い合うと、「うーん、もう朝ー?」と二人の天使を目覚めさせてしまった。


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