■「悪役令嬢の十五年戦争」

■  069 「天才との対決(2)」

「石油? 遼河とは別の?」

 流石に意外だったらしい。
 お父様な祖父も、『おいおい、ここで切り出すのか』という表情をごく僅かに見せる。しかし石原莞爾は、それに気づく余裕が流石に無かったようだ。
 だから畳み掛けた。

「お探しのものでしょう? 石油。石油の採れる油田の推定埋蔵量は、優に100億バレルを超えます。鳳が総力を挙げて採掘すれば、5年後には年産5000万トンをお約束しますわよ」

(あー、なんか悪役令嬢っぽいなあ)

 ちょっと自分の言葉や仕草に酔っているけど、私の眼前の石原莞爾は目を大きく見開いて驚いている。それに額に汗を浮かべている。
 けど、焦りとかからじゃない。天才が頭を高速回転させているのだ。

「悪巧みを止めるのなら、お教えします。うちとしては、遼河だけでも当面は十分ですので」

 さらに畳み掛けてみたけど、自分の考えに没頭しているのか話半分で聞いている感じで、そして私の言葉からたっぷり10秒以上してから、ようやく口を開いた。

(さあ、出光さんにもまだ話してないネタを披露したんだから、面白い回答待ってるわよ)

「その話、嘘ではないと信じよう。あんたには前歴もあるし、あまりに荒唐無稽に過ぎて信じるより他ない。だが、俺が答える前に聞きたい。俺はあんたの話を聞かなかったら、何をする?」

(さあ、どうしてやろうか)
 
 少し迷ったのでお父様な祖父に一瞬視線を向けると、目を閉じて瞑目中だった。
 好きにしていいらしい。

(それなら、徹底的にやるまでよ)

「満州に王道楽土を作るとか言って、現地軍閥を蹴散らして傀儡国家を立てます。まあ、お仲間は日本への併合を考えている人も少なくないようですけれど、石原様の本意では無いご様子」

 かなり酷い言い方をしてやったら、怒ったりせずにむしろニヤリと笑い返された。

「何でもお見通しか。これほど驚くのは久しぶりだな。で、俺に一人をその悪巧みから降ろして、満蒙の併合が狙いか?」

「どちらかと言えば、グダグダで終わる方が良いですね」

「ぐだぐだ?」

「あ、これは失礼。確かに、石原様お一人を除いても何らかの事態は起きるでしょう。ですけど、起きたとしても収拾がつかない方が良いんです。
 なまじ成功したら、日本は満州に国を立てる事で世界の列強から責められて世界中から孤立して、挙げ句の果てに二度目の世界大戦の負け組として途中参戦して大負けします。もう、ぐうの音も出ないくらいに。あなたの、石原様のある意味ご想像通りにね」

(さあ、どうだ。今度こそ怒り狂うかな?)

 けど、この程度の煽りは通用しないようだ。むしろ知的好奇心を刺激されているらしい。困ったオッサンだ。

「まあ、先の事は置いとくとして、つまり俺が参加しなければ『ぐだぐだ』で終わるわけか」

「その先までは見えませんが、『ぐだぐだ』の可能性がかなり高い筈です。何しろ今の日本で、石原様ほど完璧に国取りを実行できる人はおりませんので」

 言い切ってやると、一瞬「ポカン」とした表情を見せた後、大笑いした。凄く陽気な笑いだ。

「こりゃあ良い! 確かにあんたの見立ては間違っていない。俺じゃないと無理だろう。まあ、まだ具体的な策は練っていないがな。
 だが、蛇ってのは最初に頭を叩けばどうにでもなるってのを、秀才馬鹿どもは理屈以外で理解してないからな」

 強い視線を向けてくる石原莞爾を見返しつつ、自分の道を進むのを止めるつもりがないのを感じた。

(やっぱりそうよね。けど、想定範囲、いや予想通り。この人を何とかするには、軍からハブるしかないのは歴史が証明してるもんね)

 そう思いつつ言葉を継いでやる。

「だから、行動を変える気は無いのですね」

「その通りだ。満州で美味い菓子を食えないのは残念だが、こればかりは曲げられん。それに、鳳の巫女から成功するとお告げを頂いたようなものだし、これで止めては男が廃るというものだ」

(まあ、廃れて欲しいんだけど。しゃーないか)

 思わずクスッと笑ってしまう。
 やはりこの人には、一種のカリスマがあるんだろう。こうなると、後押ししたくなってしまう。

「飛行機便はともかく、鳳からお菓子は定期的に届けさせます。それと、やるからには完璧に可能な限り短期間に、そして無駄な事をせずに完遂してください。鳳も出来る事はさせて頂きましょう」

「それで大油田を独り占めか」

「それくらいの余禄は頂いても良いかと思っています。ただ、掘らずに済むのが一番なんですけれどね」

「何故だ? 理解できん」

「アメリカから買う方が、安いし質も良いんです。アメリカから輸入している工作機械用の潤滑油も、アメリカ産じゃないとダメですし。それに油田は世界中にありますから。あと、これが一番の問題なんですけど、満州の油って質が悪くて遼河でも苦労しているんです」

「それは商人の考えだな。対立して絶たれたらどうする?」

「だから遼河は掘り当てました。海軍さんは大喜びしてくれましたよ。それに、今の日本の海運と海軍なら、あれで十分ですし」

「だが結果として、あんたは俺をけしかける。何故だ?」

「まあ、半分は今の話の成り行きですね。あと、私はあなたを嫌いになれそうにもないって分かったからです。だから賭けても良いかなっと。ただ、やるからには」

「徹底的に、だろ」

「そうですけど、横紙破りと独断専行は止めてください。もう本気の本気で止めてください。やるなら、軍上層部、政府、特に外交の方と歩調は合わせて下さい。でないと、誰が何をしても後で後悔する事になります」

 なるべく言葉を強く意思を込めて言った。ここが重要だからだ。

「外交ね。政友会内閣なら何とでもなるだろ」

(ダメだ。全然分かってない。というか、天才の頭脳からみれば、何もかもがまどろっこしいんだろうけど)

「だから政府が後追いしてどうするんですか、って言っているんです。色んなところに禍根を残しますよ。それと石原様、そんなんじゃあ、あなたが足元を掬われます」

「俺が?」

 心底不思議そうに聞いてくる。本気でそう思っているらしい。これだから天才は度し難い。

「結果を出せば独断専行も許されるって風潮が生まれて、あなたの後ろに『小石原』が続いて、次々にやらかしますよ。ダメなことばっかり」

「俺の真似を出来るやつが、陸軍にいるとは思えん。辛うじて永田さんか、そちらの龍也君くらいだ」

 そう言って顎を撫でて嘯(うそぶ)くけど、本気で言っているらしい。

(ダメダコリャ。って言いたくなるレベルね)

「完璧に出来なくても真似は出来ます。少なくとも、そう考える『小石原』がごまんと湧いてきます。秀才って、小賢しくもありますからね。しかも陸軍は日本一の秀才集団ですよ」

 なるべく噛んで含めるように言葉を積み上げる。
 そうすると、流石の自信家な天才にも多少は理解できたらしい。

「……そんなに馬鹿が湧いてくるのか? どいつだ?」

(武藤とかって言いたいけど、流石に言えないなあ。どうしてやろう)

 私の話しを全然理解していない石原莞爾は、このままだと『小石原』を探し出して、馬鹿はお前か止めておけと言って回りそうだ。
 それにしても、実際に躓(つまず)かないと人は気づけないものだという、何よりの証なのだろう。
 天才にしてこれなのだ。いや、天才だからこそ、こうなのかもしれない。

「ハァ〜〜」

 思わず深すぎる溜息がでる。
 そうすると、お父様な祖父が大笑いしだした。

(いや、笑ってないで説得しろよ、ジジイ)

 そのまま心で悪態をつきつつジト目を流す。
 私の説得もここまでのようだ。私の溜息を降伏宣言ととったらしい。その通りだけど。

「石原、後ろは俺が、というより鳳が出来る限りしてやるよ。日本の為だしな」

「それは心強い。それでは戦車か飛行機、出来れば両方お願いします」

(欲しいのはそっちかよ。もっと政治と外交を考えろよ! 幼女でも全力で考えているんだぞ!)

 目の前ののーてんきをイライラしつつ見返してしまう。
 いい加減ガチギレしそうだ。

「そういう権限が俺にあると思うか?」

「ありませんな。鳳閣下がお得意なのは謀略だ。俺でも年の功には勝てそうにないと尊敬申し上げております」

 そう言って、両手を膝につけ祖父に恭しく一礼する。
 石原莞爾は、分かっていて戦車をくれって言ったのだ。その証拠に、一礼したそのままニタリと私に笑いかけてくる。

「いや、楽しかった。まだ十(とう)にも満たない子供とは思えなかった。それで、油田はどこにありますかな、伯爵令嬢」

「……満州全土を完璧に占領したら教えてあげる」

「完璧にね。ということは、露助のいるあたりか」

「大当たりよ。本当にお噂以上の人ね」

「その言葉、そのまま返させていただこう。こんなに驚いたのは、本当に久しぶりだ。それに菓子も美味かった。今日は良い日だ」

 本当に満足そうにウンウンと頷いている。
 そして最後にこう結んだ。

「あ、そうそう。この残っているやつを、包んでもらえるかな?」

「これ以外にもあるから、お好きなだけどうぞ。けど、生クリームは足が早いから諦めて下さい」

「なんと、この世に俺が諦めねばならぬ物もあるとは。これは最後に一本取られた」

「いや、取ってないし」

 思わずぞんざいに返してしまった。
 どうやっても、本物の天才には勝てそうにないらしい。

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武藤
武藤 章 (むとう あきら)
色々やらかしたし、大戦中に主要な地位にいたので、A級戦犯となり処刑された。
どちらかというと、永田鉄山の真似をした人かもしれない。
頭の切れる人。自信家すぎるから足元を掬われて失敗する。

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