■「悪役令嬢の十五年戦争」

■  081 「春の弾丸ツアー?(3)」

「アレ? 製鉄所じゃないのね?」

「製鋼ちゅうても、製鉄やのうて鉄に関わる製品作る会社やからな。まあ行く行くは、一貫製鉄したいけどな」

 鈴木本社から車で少し東に行った神戸市内の沿岸に、神戸製鋼の工場があった。説明しているのも金子さんだ。
 そしてその説明通り、1920年前後に大幅拡張された、大型機械の一貫製作を行う製鋼、鋳鋼、鍛鋼各工場が目を引く。そして川崎造船とのつながりが強い事からも分かる通り、海軍の艦艇建造に関わるものだ。
 それと、私の想像に反して狭かった。
 一貫製鉄所じゃないから当たり前なのだけど、私が求める巨大な一貫製鉄所を作るには、すぐに山が迫ってくる神戸は少し土地が足りないとも感じた。
 少なくとも大規模な埋め立て工事で、相応の土地を作らないとダメだろう。しかしそれでは時間が少し足りない気がする。

「製鉄所作るの? なら、お金出すけど?」

「簡単に言いはりますなあ」

 金子さんが心底呆れ口調だ。ちょっとばかり、視線も私に厳しい感じがする。けど、もうすぐ本当に大した事じゃなくなる。
 何しろ、原爆とか連合艦隊の一揃えが作れるほどの金が現金化されつつある。

「アメリカで最新のやつを丸ごと買うことになるけど、土地さえ用意してくれれば来年くらいには日本に持ってこられると思うんだけど」

「丸ごと?! 幾らかかる思とんねん!」

 ついに怒られた。
 こうなったら、言い返すしかない。

「戦艦1隻作るより安いでしょ! 私は一貫生産で高炉とラインを最低でも4つ置けるだけの土地のある場所に、でかいの一丁作るつもりなの。それと、それが必要なくらいの日本をね。でないと、アメリカ相手に喧嘩どころか同じ土俵にも上がれないわよ!」

 ついでに、まだまだ平たい胸も逸らしてやる。
 当の金子さんは、しばらく目をパチクリさせている。

「いや、一貫製鉄は八幡と釜石とかの一部以外は、政府が止めとるやろ」

 話が大きすぎたのか、不意に現実レベルな話に戻された。
 まあ、それもハードルの一つなんだけどね。

「国内で銑鉄が全然足りてない方が大問題よ。なんで日本には、チンケな平炉しかないのよ。こんなだから、海外から銑鉄どころかクズ鉄まで輸入して、質の悪い鉄を作らないといけないんでしょ。デカイ高炉の建設と良質な鉄鉱石の輸入。それを目指さないでどうするの? この製鋼の鋼管だって、高品質の鉄鋼、粗鋼あってこそでしょ!」

「いやいや、したくても出来へんから、現状こうなっとるんや。だいいち、良質な鉄鉱石は近くにないやろ。満州の鉱山もあれやったし」

「あるわよ、豪州に。探すのはまた今度だけど」

「豪州? 聞いた事あらへんで。英国の鉄鉱石やと馬来の辺りちゃうんか? 鳳はどんな情報持っとんねんって、それはあんたの頭にしかない話しか?」

(まあ、そりゃそうだろう。豪州の北西部でアホほどの鉄鉱石が見つかるのは戦後の話だ)

「曾お爺様やお父様はご存知よ。まあ、もう少し先の話だけどね。それで、神戸にデカイの一つ作る土地ってありそう?」

「埋め立てれば、なんとかやな。一貫製鉄までは考えてへんかった」

「そ。じゃあ、次行きましょう?」

「次はどこへ?」

 金子さんはすっかり私に圧倒されたらしく、少し毒気が抜かれたようになっている。

「その製鉄所を作る候補地。そのあと、相生まで行くわよ」

「播磨か。いや、相生の辺(へん)に広い土地ないで?」

「製鉄所は姫路の辺りよ。じゃあ行きましょうか、みんな」

 私が振り向くと、シズ、ワンさんが恭しく礼をする。虎三郎は、年なのに色々連れまわすのも悪いので、先に廣島に向かってもらっている。護衛の八神のおっちゃんもだ。
 それにしても、八神のおっちゃん、ワンさんが同行する理由がまだ理解できないが、こうして連れて行くのは威嚇とか威圧する点で悪くはなさそうだ。

 

 というわけで、その日の午後には姫路の南西部の沿岸、広畑地区にやって来た。
 汽車を乗り継いだけど、今回の視察は各所に人と車は事前に手配してもらってあるので、この時代の最短時間で到着できる。ただし姫路城は、汽車と車の窓からチラ見した程度。それでも300年以上前の、建設当時の天守閣を見る事はできた。
 それに神戸で金子さんと話したので、姫路は視察が目的となっている。

「もう、工事を始めとるんか?」

「今はまだ、土地の買収とか工事用の道路整備の初期段階ね。あ、もう護岸整備とその関連で埋め立ては始めてたかも。とにかく、国が製鉄業の合同を進める前に、既成事実化しておきたいから」

 姫路の広畑にしたのは、私の前世の歴史では今から10年後くらいに、ここに日本製鉄の製鉄所が作られるから。
 それに調べさせたら、この場所は地盤が安定していて埋め立ての必要がなく、人口が少なくて農地の買収も楽だった。他にも、側に相応の河川が流れていて、製鉄に沢山必要な水の確保が簡単だ。
 加えて、ここに製鉄所を作るのならと、地元の電鉄会社が支線を引いてくれると言う交渉が進んでいるのも大きい。
 そしてこの地に作るのは、大阪と呉、つまり陸軍と海軍に大量の鉄を供給しやすいからだ。

「政府には? 地元は?」

「政府というか高橋さんは、八幡や釜石とかと価格競争になって問題が出たら話を持って来てくれって。金を全額うちが出すなら文句も言いようがないでしょ。政府から補助金もらうどころか十分献金もしたし、地元にもばらまいたし。地元は大喜びよ」

「製鉄する技術者は?」

「今国内では応募の準備中。もう選抜は始めているわよ。他に国内で新たに育成中。あとアメリカに、技術者養成で100人ほど派遣中」

「もう動いとるんか。何時くらいに?」

「2、3年後、最悪でも5年後には本格稼働してもらうわ」

「高炉の数は?」

「まずは2つ。4つ置けるように土地は買い進めて、そのあとは埋め立てもする予定」

「それで、どんだけ鉄を作る予定や?」

「高炉1つにつき年産50万トン。アメリカと本気で張り合うんなら、この規模をもう2つか3つ欲しいわね。それと各施設自体は、将来を見越して大きく拡張できるようにする予定」

「……どえらい話やな」

「えっ?」

「えっ?」

 あまりの意識の差に、思わずジジイと見つめ合ってしまう。

「いや、だって、前の戦争でも欧州列強は1000万トン前後の鉄を生産して戦争しているのよ。この規模3つ揃えても年産600万トン。アメリカの現状生産の1割程度しかないのに」

「……なあ、今の日本の生産量知ってるか?」

 残念な子を見るような目線で見られてしまった。
 心外だ。現状が貧弱すぎるから作るのに。

「そんなの関係ないわ。私は先を見てるの。採算は10年後取れたらいいのよ!」

 言い切ると、今度は両手を挙げられた。

「降参や。うちとは見とるもんが違いすぎるわ。嬢ちゃんはどこ目指しとんねん?」

「勿論、名実ともに世界の一等国よ」

(何しろ、アメリカと張り合えないくらいじゃないと、待っているのは私の破滅だからね)

 今ひとつ金子さんとの意見が合わないまま、次は車で姫路から10数キロ西の相生にある播磨造船へと至る。
 ここでは、増資による施設強化の上で、大型タンカーを中心にしてタンカーを作れるだけ作らせている。
 しかし、鳳が望むだけの船を作る造船能力はない。1万トンクラスの大型船となると一度に1隻が限界だ。
 そこで、播磨造船所自体の大幅拡張工事をさせ、別の場所に新しい造船所の計画を進める一方で、船会社の国際汽船の大株主の川崎造船に大型タンカーの建造を依頼した。

 川崎造船所では、重巡洋艦の足柄さんと摩耶さんを作る半年の隙間に、同じ船台で1000万円もする積載量1万5000キロリットル、最高速力18ノットの高速タンカーを建造してもらった。

 船自体は播磨造船で建造したのと同じだけど、流石に海軍の最新鋭艦を作っているだけあって技術が高く、建造速度が違っていた。
 1928年の5月に起工し同年11月に進水式というスピード建造で、その前後に重巡洋艦の進水と起工が挟まるというまるで戦時のようなハードスケジュールだ。
 けど、発注のあまりない時期だったし、お金をいっぱい積んだので、川崎造船は喜んで仕事を引き受けてくれた。何しろ1000万円もする船だ。
 国際汽船の大株主同士と言う事もあって、川崎との関係も大いに進んだ。川崎造船社長の松方幸次郎からは、感状と共に高価な西洋絵画を頂いたりもした。

 なお、『鳳凰丸』『玄武丸』と名付けられるタンカーは、鳳のフラッグシップに近いタンカーなので贅沢に使ったのだ。もっとも、性能が良すぎたので、海軍が戦時に貸して欲しいとか言ってきた。
 だが、やらん。
 いや、海軍が必要とするご時世になっていたら私的には『詰み』なので、どうでも良いかもしれない。
 それはともかく、川崎は大小4つの船台を持っているので、空きがあれば1万トン級の大型タンカー建造を順次依頼している。
  
 それはともかく今は播磨造船に着いたわけだけど、周囲を山に囲まれた入り江というか相生湾内にある。軍港にも向いてそうな地形だが、軍港にするには少し狭そうだ。
 そうしたところに、山肌にへばりつくように大きな船台がある。
 船台は他にも幾つかあり、そのうち1つが大型船も建造可能な規模があり、大きなクレーンなども見えている。
 そして今も、鳳が油を運ぶために作らせているタンカーが建造中だ。

「船って、陸の上で作るのね」

「なに当たり前の事言うとんねん」

 もはや金子さんは、私のツッコミ役だ。
 ちょっと悪い気がするが、付き合ってもらおう。

「いや、掘り下げた場所で作って、できたら海水を引き入れる方が作り易くない?」

「ああ、ドック式か。小型ならともかく大型船は難しいな。海軍の呉の造船所が大型船もできるけど、あそこだけやな」

(そう言えば、そんな記録を読んだ覚えが・・・けど、あるんだ)

「じゃあ、海軍に教えてもらって、作れば良いんじゃあ?」

「あんなあ、ドック言うても整備用と建造用は形が全然ちゃうねん。せやからドックを一から掘って作らなあかん。そんな金かけんでも、船台で作ればええやろ」

「ドック建造の利点はないの?」

「せやなあ。溶接技術がもっと発展したら、大型船もドックで作る方がやり易くなるかもなあ。詳しくは知らんけど」

(出ました関西人名物『知らんけど』。いや、ちょっと違うか)

 しかしこの人も流石に詳しい。私ももっと勉強しないといけないと実感させられる。

「溶接かあ。ブロック建造と溶接は鳳でも研究しているし、海外に技術者育成で人も派遣しているんだけど、船に使うのは案外難しいらしいわね」

「当たり前やろ。新技術やで。それより、今日は播磨造船で何するんや?」

「いや、姫路まで来たついでよ。それに次の目的地は廣島だから、途中でもあるし」

「今度は廣島か。えらい忙しいな。そりゃ護衛もつけるわけや」

「言っとくけど、廣島ヤクザと喧嘩しに行くわけじゃないわよ」

「ハッハッハッ。この男やったら楽勝やろけな。兄ちゃんも、気張ったりや」

 鈴木さんは冗談なんだろうけど、見た目フィジカルモンスターなワンさんなら「じゃけんのう」な皆さんも、まとめて倒してしまいそうだ。
 当のワンさんも、社交辞令で合わせて笑っているが、この笑いはナイスジョーク。俺の方が格段に強いぜ、な笑いだ。

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神戸製鋼:
一貫製鉄所を作って銑鋼一貫体制になるのは1959年。それまでは、鋼鉄の圧延など加工が中心。

原爆とか連合艦隊の一揃えが作れるほどの金:
昔の架空戦記小説で、原爆を作る予算を計上したら「連合艦隊の一揃えが作れる」という大蔵省の役人が驚いたという描写が出てくる。
実際、原爆開発にアメリカは20億ドルを投じている。

1928年の日本の粗鋼生産:
約190万トン(史実)。
この世界は、史実よりほんの少し日本全体の重工業力が伸びている筈だが、主人公の言っている事の方が常識はずれで間違いない。

年産50万トン:
日産で1300から1400トン。史実では、この少し後に八幡製鉄所に新設される高炉が日産1000トン程度。これでようやく世界水準の高炉と言われた。
高度成長期後半に作られた日産1万トンクラスの高炉はまだまだ遠い。

製鉄業の合同:
史実では1934年に、国策会社の日本製鉄が誕生している。
当時の日本のほぼ全ての製鉄会社が一つになった。

川崎造船所:
数多の日本海軍艦艇を建造した民間造船所。のちの川崎重工。
鈴木の本社からも、海を挟んで見えなくもない場所にある。
川崎財閥の中核企業の一つ。
昭和金融恐慌で一度破綻。しかし海軍の大型艦艇を建造できる貴重な造船会社なので、海軍の協力とその後の日本の軍拡路線もあって復活。
ここからは鉄道事業と航空機会社などが分立して行く。

松方幸次郎:
川崎造船所の社長。美術品の収集家として有名。そのコレクションは、散逸などもあったが現代でも松方コレクションと呼ばれる。
この世界では川崎造船の破綻がないので、美術品の散逸はない筈。
この人は三男で他の兄弟も皆一廉の人物ばかり。特に四男は、タイガースを作ったやきうには欠かせない人。

父は明治の元勲で第4代、第6代内閣総理大臣の松方正義。
作中だと、お兄様の鳳龍也が虎ノ門事件のお褒めの言葉をもらう時には、まだ元老として存命。
めっちゃお子さんや子孫が多く、財界を中心に凄い閨閥を形成している。

昭和金融恐慌がなければ、昭和になったら松方家で大同団結して財閥を形成する可能性があるかもしれない。

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