■「悪役令嬢の十五年戦争」

■  099 「新聞王との対面」

「フム、真実を曝け出すには、私は信頼ならないか? それなら取材料を出しても良いが、無料なら私の信頼を買えるよ。それと、どちらにせよ口外などしないとも約束しよう。後者の方は、とある筋から止められているんだが、その辺もエンプレス(女帝)なら推測できるだろう?」

 私の質問に際して、心外だと言うアメリカっぽいゼスチャー付きで返された。
 同時に、それなりにカードも見せてくれた。
 だから、そろそろこっちのカードを何枚か晒す頃合いだろうかと思うも、踏ん切りがつかないのでチラリと紅龍先生を見ると、呑気に出された茶と茶菓子を所望中だ。
 それに人払いもされているので、その点からもある程度信頼するのがマナーだろうと覚悟を決める。

「ハァ。子供相手に何を話されるんですか? それと私、王女でも女帝でもありませんわよ」

「うん、知っている。『鳳の巫女 (プリーステス・オブ・フェニックス)』。なかなかにミステリアスだ。そして真実はもっとアメイジングだった。本当なら全米に暴露したいくらいだ」

「したところで、誰も信じないでしょうね」

(全米って言葉を生で聞くとは。んな事より、公表じゃなくて暴露とか言ったよ、このジジイ)

 私は少し半目をして見返す。だが、カエルの面に何とやらだ。
 まあこれくらいじゃないと、イエロージャーナリズムの王様は務まらないだろう。

「かもしれない。しかし、知っている者は知っている。そして私は、自分の目で真実を知りたかった」

「それでしたら、逃げ場のない飛行船の上が最高なんじゃないですか? 映画のワンシーンみたいに」

「それも考えたが、あの船のキャビンは狭すぎる。話し声が筒抜けになって、全員に聞こえてしまう。かと言って大きいだけの袋の中は事実上吹き抜けで、乗務員に丸聞こえだ。それじゃあ、秘密を独占できない」

「え? 狭いんだ」

 思わず日本語で本音が出てしまう。
 心が体に引っ張られている証拠だけど、それだけ心の平静も維持できている証拠だ。
 一方で、通訳もいないので、私の日本語にハースト氏は反応しようがない。軽く首を傾げているだけだ。

「失礼。飛行船ってあんなに大きいのに、中は狭いんですのね」

「ああ、乗れば驚くぞ。なんでも、見た目ほど浮力がないから沢山ものは積めないらしい。見掛け倒しの風船だよ、あれは。まあ、見かけには価値があるがな」

「そうなんですね。快適な空の旅だと聞いて応募しましたのに」

「快適さを取るなら、心の底から豪華客船をお勧めするね。それより今は、君の真実を知りたいんだが、もう少し教えてはくれないかな?」

 うまく話を逸らせられそうだと思ったが、全く無理そうだ。
 もう少し腹を据えるしかないらしい。

「伯爵家で財閥宗家の者ですので、どちらかと言えば王女が近いとは思っています。継承する封土は御座いませんけれど」

「今のフェニックスの資金があれば、国の一つや二つ買えるだろう。まあアメリカでもそこまでする者はいないし、国など持っても面倒なだけだから、持つ必要もないだろうがね。それで?」

「そうですね、一族の周りの者が言うには、わたくし幸運の女神だそうです」

「ハッ! 確かにそれは間違いないな。世界広しといえど、君ほどの幸運を掴んだ者は稀だ。私にもその幸運を分けて欲しいくらいだ」

「それは吝(やぶさ)かではありませんが?」

「ハ? 本当かね? 一族にしか幸運をもたらさないのでは?」

「一族の為になるならと言う前提ですが、ご助言はさせて頂いています」

「なるほど、それは道理だな。それで私が君の言う通りすれば、鳳一族に利益があるわけか。是非聞いてみたいものだな。これは純粋な興味本位ではあるが」

「正直な方ですね」

「それがアメリカ人の美徳、ビジネスの秘訣だよ。それでどうかな?」

「ご助言しても構いませんわ。ですけど、わたくしの言う事は聞いて下さいまし。でないと、責任は持ちかねますわ」

「そりゃ困った。俺は人の命令を受けるのは嫌いなんだがな」

「それでしたら、まずはビジネスのお話をしましょうか」

「それも良かろう。時は金なり、だ」

 なんかこの白人ジジイ、ノリノリだ。
 まあ、今回は私としても望外のコネが向こうからやって来たと思いたいところだ。何しろこの旅は、奈落の底を覗きに行く旅だ。
 そう思いつつ言葉を幾つか紡ぐ事にした。

「ではまずビジネスから。こうしてハースト様にお会いできたのは何かの縁です。鳳としては、幾らか資金を出しますので、アメリカでの反共宣伝と、親日宣伝、つまり日本の認知度の向上をしていただけないでしょうか」

「ビジネスというなら是非もない。それにこれが、君との繋がりを保つルート作りという事だろ。なら私の答えはイエスだ。あとで正式に文書にもしよう」

「有難う御座います。では、一つの件につき1年で100万ドル。その後も続けるか、それ以上出させて頂くかは、その年の最後に決めさせて頂く、という事で宜しいでしょうか」

「流石フェニックスのエンプレス。この場で毎年200万ドル(現代の価値で120億円くらい)の宣伝費を即決とは恐れ入る。しかし、日本政府がする仕事ではないのか? それとも日本政府から何か?」

「いいえ。私個人の考えです。共産主義は華族、財閥の敵です。そして日米友好は鳳に大きな益をもたらします。本当はアメリカに渡ってから、どなたかにお話を持って行こうと考えていたのですが」

「私以外におるまい。その決断と金額は正しい。それにコミュニストを叩くのに金までくれるんなら、喜んでしよう」

「有難う御座います。いえ、宜しくお願い致しますわ」

「うむ。それで、ビジネスはこれだけか? なら、今回の渡米目的の一端なりを教えてはもらえないか? そちらの紅龍博士の講演会がダミーだという事くらいは察しが付く。プリーステス(巫女)は、どんなお告げを受けて彼の地に赴くんだ? 今、全米の上流階層が知りたがっているんだ」

「全米ですか?」

(全米ねえ。やっぱ泣くのか? まあ、11月くらいには全米が泣いてると思うけど)

 思わず現実逃避してしまうけど、扱っている額が額だから注目されているだろうとは思っていたが、アメリカの鳳から報告されている以上らしい。

「そうだ。当然だろ。このままいけば、9月半ばまでにフェニックスは株を全て売却し、20億ドルもの現金を手にする。いや既にその8割を手にしている。海軍を一揃え作れる金額だ。一体、次は何を買うんだ? いや、どの株を買うんだ? もうその話題で、水面下から雲の上まで大騒ぎだよ。モルガンなどから株以外のものを大量に買い込むという噂もあるが、それもブラフだろ」

(ああ、この人も永遠を信じてるんだ)

 グイグイと話しかけてくるハースト氏を見て、強くそう感じた。ダウ・インデックスは永遠に上昇を続けるという共同幻想に浸りきっているのだ。
 私はこの人がどういう人生を歩むのかは知らないけど、商売抜きで言葉が自然に出てしまう。

「何事にも永遠はありません。だから鳳は、モルガン様などを通じて株以外のものを買う予定です。ハースト様も、もし火遊びが過ぎているようでしたら、少し手控える事を強くお勧め致します」

 言葉にした途端、ハースト氏から興味の色が急に消えるのが分かった。少なくとも取材対象、ネタとしての私は面白みに欠けるという事だろう。

「本当にそれだけか? 嘘はないんだな?」

「鳳にも日本にも、株よりもドルよりも必要なものは沢山あります。株もドルも、手段であり目的ではありません」

 頷きつつ言葉にしたが、さらにハースト氏の熱気というかオーラのようなものが引いていくのが分かる。

(まあ、言うだけ無駄か。けど、ちゃんと言ったから恨まないでよ)

 私もそう思うだけだ。それ以上の義理はない。
 それでもハースト氏は、まあ流石は大人、と言うかビジネスマンだった。

「まあ、警告は受け取っておくよ。それとビジネスの件も了解だ。それなりに面白い話も聞かせてもらった。ただなぁ、ちょっと拍子抜けだ。なあ、最後に一つだけ良いか?」

「はい、お答え出来る事でしたら?」

「じゃああんたは、何しにアメリカに行く? 祭りに参加しに行くんじゃないんだろ? 商売ならあんたの忠実なスチュワード(執事)にさせれば済む話だ。わざわざ行く理由が分からないんだが?」

 そんなの決まっている。他の人にも言ってきた事だ。

「歴史をこの目に納めに行きますの」

 悪役令嬢っぽくちょっとポーズを付けるサービスまでしたのに、呆れポーズを返されてしまった。
 
「そうかい。じゃあ、記者を付けさせてもらっていいか?」

「高くつきますわよ」

「100万ドルって事はないだろ」

 その言葉に、今度はこっちが呆れポーズで返してやった。


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