■「悪役令嬢の十五年戦争」

■  117 「幽霊船(2)」

 まずは、乗客が来られる一番上のデッキ、ボートデッキに出る。その名の通り、脱出用のボートが並んでいる。当時としては標準以上の数だが、この不足で多くの犠牲者が出たと言うので有名らしい。
 しかし今は用はない。と言うか、用が出来たら大変だ。

 とにかく、大階段を出てすぐ側には、巨大な4本の煙突のうちの1つがそびえ立っている。
 そして水平線と天頂の半ば辺りには月が輝いていた。禍々しいまでの赤い月が。

「今日って皆既月食だったんだー。って、そんなわけないわよね」

 思わず空を見上げつつ、呆れて両手を腰に当ててしまう。
 もう、ここまで演出してもらえると、気持ちが開き直ってくる。

 それに私は事前に調べたので知っているが、あの日は満月じゃなくて、むしろ新月に近い細さだ。月明かりは無かったという証言もあった。もし満月の夜で晴れていたら、もっと遠くが見通せてて、もしかしたら悲劇は避けられていたかもしれない。

(つまり月は偽物、もしくは死者の魂の願望が形になったのかも?)

「そう考えれば、私も死者の魂の願望が呼んだって事? 救えとか言わないでよ。もう結果が出ているんだし」

 そう思いつつ視線を巡らせた先にあるのは、向かって後ろにスポーツジム。前は確か船の運航に関わる区画だ。その証拠に、甲板上でもチェーンで立ち入り禁止とされているのが見える。
 それでも一度行くべきだろうと、前の方に歩みを進める。
 そしてチェーンのかけられている前まで来たが、手前側は無線室だった。無線室は乗組員も使うが、乗客へのサービスとして無線が送れるようになっていたので、乗客もここまでは入る事ができる。

「御用でしょうかお嬢さん?」

 部屋の扉にいた乗員が、にこやかに聞いて来た。私が無線を打ってもらいに来たと思ったんだろう。
 だからにこやかに笑みを浮かべる。

「はい。明後日着きますと、迎えに来る家族に伝えたいのですが、お願いできますか?」

「もちろんです。こちらに来て、内容と送信相手など必要事項を記入してください。ただ、他にも多数依頼があるので、少し遅くなるかもしれませんが、ご容赦下さい」

「そうなんですね。けど、少しくらいなら構いませんわ」

「畏まりました。ではどうぞ」

 そう言ってその人が席を用意してくれたので、とにかく何か書いておく。けど、どうぜフェイクなのですぐに書き終えたのだが、応対してくれた人の姿がない。また扉の方に戻ったらしい。
 しかし他にも人はいたので、気にせず声をかける。

「書けました」

「……」

 反応が無かった。その後何度か呼んでも完全無視。

(なっ! 私が有色人種だからか? アァッ?!)

 内心キレつつ、つい手を肩にかけたのだが、不思議そうな表情を肩に向けて、ゴミでも払うように手を払われた。

「っ! ちょっと、客に失礼じゃなくて!」

 思わずそう怒鳴ると、扉の方から「どうなされましたか?」と先ほどの船員が慌てて戻ってくる。
 そうして「この人に無視されました。私が有色人種なので仕方ないと思いますが、この件は会社に訴えさせていただきます」と抗議すると、私と話をする方の船員は平謝り。そしてその船員に話しかけられて、ようやく私を無視した船員が反応するが、どうにも様子がおかしい。
 二人の話がかみ合わず、どうにも私を無視したのではなく、存在を感知できてないとしか思えない。
 それでも話せる方が無視した方の頭を私に下げさせ、とりあえず私も矛を収めた。と言うより、ここに来て正解だった。
 間違いなく何かのヒントだ。物語とか映画、ゲームならそうに違いない。
 急いで無線室を出て、一人になれる場所で考える。

(私を認識出来る人と出来ない人が居るのは、何のヒント? 死者と生存者の違いとかかな? それだと分かりやすくていいんだけど。まずは、その確認ね)

 そこからは、客船内の人が自由に集まる場所を手当たり次第訪ねては、誰でも良いので話しかけていく作業を繰り返す。
 それに話せば何かヒントがあるかもしれないし、最低でも私を認識できるかどうかが分かる。そして話すまでもなく分かった事は、確実に私を認識できない人がいる事。
 ある場合などは、複数の人とすれ違ったのだが、向こうは避けるそぶりもしなかった。
 最初の一度目は、私が向こうが避けるだろうと思っていたので軽く肩をぶつけたのだが、そのぶつかってきた人は不思議そうに周囲を伺うだけだった。

 また一方で気づいた事は、私を誰も有色人種と蔑んでこない事。
 アメリカに来て時折感じるような差別の視線もなければ、わざと聞こえる嘲笑もない。私が見える誰もが、私を白人と思っているらしい。
 そして何となくだが、すごく視線の気配を感じる。しかも方々から見られている気がするが視線を向けている人自体はいないので、かなり気持ち悪い。

 そんな状況を確認した私は、3人の人物を探す事にした。
 私が自発的に見た夢でないなら、この夢に招待した誰か、もしくはこの夢を見させている誰かがいるという、物語的なお約束を確認する為だ。

 一人は、ニューヨークで見ていた資料に写真付きだった人物。タイタニック号の保有会社のホワイト・スター・ライン社長ブルース・イズメイさん。この人は生存者で、逃げ出したとしてめっちゃ叩かれていた。
 別の一人は、タイタニック号の設計者。トーマス・アンドリュース。この人は女性に脱出ボートの席を譲って亡くなったと資料にあった。設計者なら船で知っている人も多いと言う読みもある。
 それともう一人、タイタニック号の船長さん。資料では船と運命を共にしたと書かれていた。この人も写真付きだからだ。

 そうして3人がいそうな場所だが、豪華客船の船長と言えば色んな場所に顔を出して乗客と話したり様子を見て回ったりするものだ。すれ違いが多く、一番遭遇が難しいだろう。
 あとの二人は、紳士の社交場である喫煙室かラウンジ辺りが狙い目だ。すでに夕食のメインタイムは過ぎているが、次点でどこかのレストラン。この船にバー専門のレストランはないから、いる可能性は高いだろう。

(そう言えば、アメリカと違って普通にお酒が飲めるのよね)
 
 ラウンジと喫煙室は同じAデッキにあるので、最初にいたボートデッキのすぐ下。とはいえ、色々と軽く見て回ったので一度かなり下に降りたので、再び上へと戻る。
 そして最初の事実上の一周では、写真で見た顔には出くわしていない。また帰り際に見かけた乗員に船長に会えないかと問うてみたが、どこにいるか分からないと言う返事。
 上級船員なら知っているかもと助言を受けただけだった。

 そして少し降りてCデッキにやってきた。この階には、大食堂と談話室がある。しかし談話室は外れ。さっきも来たが、同じように何もなし。お目当の人はいない。

「どうぞ、お入りください」

 食堂入り口のボーイの許可を得て入るが、さっきと違いすごい誘惑にかられる。
 何しろここは一流の料理しか出さない最高級のレストラン。そこらじゅうから良い匂いが漂ってくる。「グゥ〜」と思わずお腹も鳴ろうと言うものだ。

「げっ!」

 音が聞かれていないかと周りをキョロって見るが、幸い誰も笑っていない。
 それにしても良い匂いすぎる。これが夢なのかと大いに疑うほどだし、何か食べたくなってしまう。

(今後数時間動きっぱなしだろうし、軽くでも何か胃に入れておく方が良いかな? けど、沈没時間になったらアウトかリセットってのがお約束だろうから、時間もあんまりないのよね)

「お食事の相手でもお探しですか?」

「っ!!」

 かなりの時間考え込んでいたらしく、不意に誰かの声が聞こえてしまい、思わず後ずさり。同時にそちらに向くと、両手を軽く上げて無害をアピールする白い服の人。

(あっ、この髭面。ジジイだし、まさに船長ね)

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