■「悪役令嬢の十五年戦争」

■  135 「帰国後の一族会議(2)」 

 私が色々と思いつつ目の前の人達を見ていると、お父様な祖父が軽く咳払いをする。

「聞いての通りだ。経済の奈落に落ちたアメリカ経済にとって、勝ち抜けた鳳は嫉妬の的だ。同時に鳳が持っている金は、何としても毟(むし)り取りたいと思っているだろ。その為には、当面は鳳に良い顔をしてくるのは間違いない。だからこそ、その財布に手を突っ込むなと言うわけだ。まあ、全員未遂なので今はとやかくは言わない。今後、気をつけろ。
 それで玲子、使い道は?」

「はい。向こうに残している16億ドルのうち、8割を使い2割は残して何年かしたらまた株投資に回します」

「残す二割は、保険みたいなもんか?」

「そうですね。けど、株にしておけばまた儲かりますし、ドルの株だから、お金が必要ならそれを担保に日本で金を借りれば良いと思います」

「金なら日本にも随分持ち帰っただろ」

「はい。それは当面の鳳グループのそれぞれ必要なところに注ぎますし、国内での買い物に使います。黄金にした分は、溜め込みますけどね」

「時田?」

 「はい」と答えた時田は立ち上がると、立て板に水で話す。

「金塊のうち1億万ドルをアメリカに留め置き、5000万ドルをスイス、5000万ドルを日本に移動済みです。現金の2億ドルは既に日本に持ち込んで鳳グループ、鳳ホールディングスに収められております。この影響で、自己資本比率はかつてないほど高まって御座います」

「それまでに持ってきた1億ドルは?」

 時田の言葉をお父様な祖父が継いで、私にさらに問いかける。
 この二人が言葉を続けると、たまにこんな風につながってしまい、対応を急かされる。出来過ぎる人間も考えものだ。

「それは別。それにもう全部使ったでしょ」

 ここで口調を改める事とした。よく考えたら、一族しかいないから猫をかぶる必要がなかった。

「確かに。あれで鳳は息を吹き返したからな」

「それどころか、鈴木を飲み込んだじゃない。あ、今回戻した分で、台湾銀行の鈴木への融資分を肩代わりしといてね」

「それで半分以上は消えますな」

「良いのよ消えて。身綺麗な体でいたいものね」

 曾お爺様ではなく、時田が返事をする。私も時田に向けて言った。そしてそうしたのを見せるのも、この席順、テーブル配置の意図だろうと考えたからだ。

「畏まりました。では、テキサスの石油利権の当座の売却分の利益は?」

「あれって、日本に送金されるのよね」

「はい。既に一部は振り込まれております」

「流石はロックフェラー様。その金は、全グループの全社員に公平ばらまいて。日雇いは振り込まれている金額次第では後回しでも良いけど、丁稚にもよ。名目はなんでも良いから。あ、でも、一部は国に献金ね。それと、慈善事業への寄付と奨学基金への追加にも回して」

「畏まりました。ですが、宜しいのですかな?」

「天からの賜り物よ。独り占めにしたらバチが当たるわ」

 私の言葉に時田が恭しく一礼する。
 そしてそのやりとりを見ていたお父様な祖父が再び口を開く。

「小遣いは俺にもくれよ。軍人は儲からんからな。それで、アメリカの8割は?」

「7割はもうだいたい使い道は決まってるの。けど、残り1割は決めてないから、鳳グループ全体で自由に決めてもらって良いわ。善吉大叔父様、紅家の方にも十分回してね」

「勿論、心得ているとも。だが、こんな簡単に決めて良いものなのかな? 国家予算の二倍の額が今動いているようなものだ。私には怖くて出来ないよ」

「所詮泡銭よ。泡が弾ける前に使い切ってこそ、お金としての意味があるわ。それに用途の決まったお金なんて、お金じゃなくて物よ、物」

 「確かに」と言う善吉大叔父さんが、たまらずと言った感じで合わせて苦笑する。
 善吉大叔父さんは、一族内では気弱な振りを見せているだけで、色々「もの」は見えているし、堅実なだけに信頼が置ける。それに「風向き」も読める人だと思うので、私が金と主導権を握っている限り味方でいてくれるだろう。
 それに善吉大叔父さんは、一族の代表というより鳳グループの代表と思うべきだろう。私が危険な程の無駄遣いや散財、博打をしたら、多分牙を剥いてくる。グループと社員を守る為に。

「そういう訳だが、紅家の方は何かあるか?」

 また少し考え込んでいたら、お父様な祖父が片方のテーブルへを視線を向ける。
 それに対して、紅一さんと祥二郎さんが互いに視線を交わすが、口を開いたのは二人を無視した瑞穂さんだった。

「うちは、先にお告げをもらった紅龍のおかげで儲けさせてもらっている。知名度もうなぎ上り。まあ、欲を言えば、新しい研究所に研究費の増額、あと新しい大きな病院が欲しいところだし、大学も最新機材が欲しいんだったか?」

 そんな女傑風な瑞穂さんの言葉に、おっさん二人は首をコクコクと縦に振るのみ。そして瑞穂さんの求めは、私の思惑と合致している。

「製薬事業は継続的に大きく強化したいし、大学の名声も上がったから土地も買って新しい学舎くらい作りたいわね。病院は大きくするのは賛成だけど、人は?」

「今なら幾らでも集まってくる。紅龍サマサマだ」

 サマサマの方は少し嫌そうな顔をしているが、瑞穂さんは上機嫌だ。そう装っているのかもしれないが、向いている方向が私と同じなら気にはならない。

「じゃあ、必要な額を書いて監査に回しといて」

「ちょっと良いかしら?」

 私の言葉が切れるタイミングで発言したのは、佳子大叔母さんだ。
 基本的に善吉大叔父さんを焚きつける事しかしないのに、なんだろうと視線を向ける。
 そうすると意外に冷静な視線が返ってきた。

「アメリカに残る3億2000万ドルと、各方面に分散した金塊2億ドル分が鳳長子のもので、現金の2億ドルは鳳グループ、鳳ホールディングスが自由にして良いお金でいいのかしら?」

「ええ。使う為に鳳会社と銀行に入れました。鳳グループが、商売で使ってもらって構いません」

「鳳一族、鳳伯爵家には一文も入れないという事ね?」

 そこで一旦頷く。けど、それで終わりではなかった。
 今ひとつ佳子大叔母さんの真意が見えてこないが、ゲーム上の設定を思い出して多少は手綱を緩める事にした。
 そう、鳳の女子は浪費癖を持つ人が多い。この体の主もそうだし、確か何年か前に出戻りした末に実質幽閉された叔母さんがいたはずだ。
 だから話しながらも、さらに手綱を緩めようと思った。私的にはユルユルだ。

「そうですね。けど、テキサスの油田での上がりを多少は鳳一族に入れても構いまわないから、合わせて100万円程度は入れましょう」

「40億円以上儲けたのに、たった100万なの?!」

(21世紀だと30億か40億円の金を「たった」呼ばわりとか、金銭感覚どうなってんの?)

 ガタンと椅子からた立ち上がっての絶叫。雰囲気と表情から見ても、魂の叫びらしい。
 けど、ちょっとキレそうになった。
 多分、今の私は目が据わっている。

「あの、たった100万円でも、純粋に私が見つけたお金ですよ。それと社交や付き合いで他に渡す金は、ちゃんと別に用意します。
 それに唯でさえ鳳は他から色々と疎まれているのに、今回のアメリカ株の成金騒動で一族全体が良くない目で見られているんですよ。それなのに派手な贅沢するんですか? 暴漢に刺されても知りませんよ?」

「っ!!」

 私のあからさまな煽りに、佳子大叔母さんが顔色を色々変えて激昂しようとしたところで、別のテーブルから豪快な笑い声が響いてきた。女性のものだ。

「アーッ、ハッハッハッハッ! 面白い娘だとは聞いていたが、これほどとは思わなかった。気に入った! 紅家は玲子を、いや玲子様を全面的に支持する! いいね、紅一兄さん、祥二郎」

 テーブルで二人がコクコクと首を縦に振る。紅家内での実質手品力関係が如実に分かる光景だ。男女の差とか以前に、人としての格の違いが人間関係になっているらしい。製薬会社のトップだから虎三郎に近い性格なのかと思ったが、思った以上に女傑なようだ。
 瑞穂さんの言葉に、佳子大叔母さんも呑まれて口をパクパクさせている。

 そしてその女傑が席を立って私達のテーブルへと、ズンズンと数歩だけだが歩いてくる。鳳一族らしく女性でも背は高めで、60歳前後なのに足腰もしっかりしている。もうすぐ老人とは思えない足取りと覇気だ。
 そんな女傑が、私の前に仁王立ちして右手を差し出す。
 有無を言わせない動作なので、誘われるがままに私も手を差し出すとそのまま向こうからギュッと握られた。
 子供相手に、えらい握力だ。

「って! 痛いです、瑞穂叔母様」

「おおっと、ゴメンよ。こうして見るとただの子供なのに、大したもんだ。『夢見の巫女』は伊達じゃないんだね」

「イタタ。私は子供ですよ。大人だったって思いますけど」

 そう返すとまた大笑いする。目の前だから喉の奥が見えそうだ。ただ、何がどう気に入ったのか、さっぱり分からない。

「まあ、何でもいい。紅家は、紅龍があんたの言葉を聞くようになってから、久しぶりに高待遇を受けている。その上、金を積み増してくれるって言うんだから文句はないよ。強いて言えば、もっと儲かる薬の知識が欲しいところだけどね」

「もうネタ切れです。あとは、何年かしたら紅龍先生がノーベル賞取る筈だから、それで我慢してください」

「この紅龍がノーベル賞ねえ。期待せずに待っとくよ。とにかく紅家は玲子様を神輿に担ぐ。家の総意だから、蒼家の分家一つ分くらいの発言権にはなるだろ」

「それ以上だよ。それより、話、続けていいか?」

 瑞穂さんの言葉の後半を受けてお父様な祖父が言葉を返すが、確かに突然笑い出して話の腰を折ったのは目の前の女傑だ。
 そしてその女傑が悠然と席に戻るのを待って、お父様な祖父がまた小さく態とらしい咳払いをしてから話を再開する。もしかしたら、腹黒狸だから司会進行的な役は苦手なのかもしれない。

(会議、長引くのかなあ。ちょっと眠いのに)

 味方が増えたので少し心に緩みが出るが、これは前世の私自身の心と、まだ子供なこの体の双方の影響だろう。
 チラリと見た限り、大人達はまだまだ元気そうだ。

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