■「悪役令嬢の十五年戦争」

■  143 「29年後半の近況報告(2)」

(そう言えば、私、というか鳳として、石原さんには『お菓子』を届けてたけど、それで川島さん達にお金をばら撒いたわよね)

 話を聞きながら思い出したが、石原莞爾が満州に赴任する前の約束として、定期的に『お菓子』を送っている。これは辞書通りのお菓子も含んでいる。何しろ石原莞爾は大の甘党だ。
 けど鳳は悪徳商人であるからして、『山吹色のお菓子』も忘れてはいない。

 名目としては遼河油田の警備とか諸々を依頼する目的だけど、それだけをしてもらうには過剰な金額を流している。
 私個人としては、関東軍名物の阿片売買を拡大して欲しくないので資金援助をと言う気持ちもあるけど、まあ好意的に見る人はいないだろう。
 そして私の前世より多少はお金を持っているし、そもそも張作霖死んでいないので(代わりとばかりに長男が死んだけど)、別の方法を模索し始めたと見ていいのだろう。

「つまり、関東軍と言うより日本陸軍の満蒙派は、傀儡政権作って実権握るつもりって事?」

「さて、現状ではそう見えますが、張作霖がこのまま黙っているとは考えられませんし、北満は露助の利権です」

「けど、ソ連の第二次五カ年計画が完了したら、もう日本は満州に大きく手が出せないでしょ?」

「ですな。現状で露助はバイカル湖方面含めて20万。関東軍は2万に、朝鮮軍が平時の2個師団で2万。5倍の差に、戦車、重砲、航空機を大量に揃えられたら、関東軍どころか日本陸軍はお手上げですな。五年後には、南満州の利権すら売るハメになるかもしれません」

「まあ、何年か先にソ連が攻めてきたら、英米が味方してくれるでしょ。多分」

 貪狼司令は、私の諦め半分な言葉に「ハッ」っと鼻で笑う。

「極東で英米に何ができます。英国はシンガポールより東に、まともな陸軍を置いておりません。すぐに来るとしても、頭数にしかならないインド兵。大陸のゴロツキ相手はともかく、赤い露助には役に立ちませんよ」

「アメリカは?」

「あんなボーイスカウトども、インドシナを有するフランスの方が役に立つでしょうな。それとも、上海のイタリア軍の方が強いかも。お嬢様は、アメリカ陸軍とやらの実態をご存知で?」

「天敵の海軍にお金を吸われた可哀想な軍隊」

「大正解。兵数18万とは言え、内実は辞めさせられない将校と下士官ばかり。実戦部隊は平時編成の5個師団だけ。武装の大半は、前大戦のまま。断言しますが、平時陸軍としては列強最弱。前の大戦のような大動員でもしない限り、クソの役にも立たないでしょうな。シベリア出兵で、ただのボーイスカウトの遠足だったのが良い例だ」

 あんまりな言い草に、思わず苦笑して降参とばかりに両手を上げてしまう。
 その通り過ぎて反論も擁護も出来ない。私は前世でちょー強い米軍を知っているから、この時代の米軍を知って愕然としたものだ。
 海軍も装備と頭数は立派だけど、この時代のアメリカは民主主義国家として健全すぎる国なので、とにかく軍備に金をかけない。だから軍隊は、かなり可哀想な状態だ。
 どこかのコスプレ・コーンパイプが、植民地に逃げ出すわけである。
 まあ、あんな場所に住んでいたら敵なんているわけないと常識的に考えるだろうし、大金持ちなんだから金持ち喧嘩せずは凄く正しい戦略だ。

「それは私も反論なし。そして、だからこそ帝国陸軍の皆様は、満州を数年以内に切り取ろうとしている。そして動き始めたわけだろうけど、もう欧米は帝国主義時代じゃないのよ。そんな事をしたら、どう言う反応を示すか分かってない筈ないでしょうに」

「背に腹はかえられぬ、と言ったところでしょうな。帝国陸軍の天敵は露助であり、しかもアカだ。これを何とかする為なら、多少の無茶を押し通さないと日本は押しつぶされてしまう。少なくとも連中はそう考えているでしょう。そう言えば、お嬢様はアメリカでの反共宣伝を始められたとか?」

 不意に話題を変えてきたけど、確かこの件はまだあまり情報を下に回していない。時田に目線を向けてみても、ごく小さく首を横に振られただけだった。

「ハースト様にお金出して、お願いしただけよ。しないよりマシだから。けど、あなたの耳に入っているって事は、ハースト様はもう動いているの?」

「左様です。株価暴落以後の混乱を沈める一環で、『このような時にこそ、共産主義者は甘い言葉であなたの側に近づいて来る』と、新聞、映画広告で派手に宣伝しています」

「日本の啓蒙宣伝は?」

「それは見られません。共産主義の危険性と資本主義の団結を訴えるような宣伝ばかりですな」

「あっそ。まあ、片方だけでも早速始めてくれているなら良いか。それに反共宣伝がうまくいくなら、向こうの議員とかに献金とかロビー活動もしないといけないわね。予算足すから、その辺よろしく」

「ご命令、承りました。ちなみにハースト様にはいかほどの宣伝費を?」

「反共と日本の宣伝に、それぞれ毎年100万ドル」

「そ、それは剛毅ですな」

「日本だとね。けど、アメリカの新聞王相手よ。100万ドルでも端金でしょ? よく引き受けてくれたって思っているくらい」

「確かに。恐らく利害一致を見たか、お嬢様に興味があるからでしょうな」

「それは面と向かって言われた。けど、ハースト様も株の暴落で大変でしょうに、それでも契約は実行してくれているんだから評価はしないとね」

「そちらは、お嬢様からお手紙などお出し頂ければと。では、反共つながりで、大陸情勢の続きですが、よろしいか?」

「どうぞ。中国共産党を殲滅したとかなら、凄く嬉しいんだけれど」

「残念ながら。ですが、権力をある程度取り戻した蒋介石が、国民党の左派、山奥に逃げた共産党の『掃共』作戦に力を入れております」

「続けて」

 そうして貪狼司令の話が続くが、私の前世の歴史から大きくずれた大陸情勢は、少し見知った形に戻りつつあるように思えた。

 蒋介石が中心となった元国民党の右派勢力は、揚子江流域の勢力を掌握。
 しかし、張作霖と彼を中心とした名目上の中央政府がある華北沿岸部には、軍事的に手が出せず。
 蒋介石は、満州、最低でも北京辺りの支配を取り戻したいと考えているらしいけど、何もしない張作霖と旧満州帝国残党の裏で動く日本が疎ましい。とにかく日本が、張作霖を物心両面で支援しているので、現地財閥(浙江財閥)などによる支援程度では歯が立たず。

 上海に大きな支店を構えている鳳グループにも、金を持っているのを知っているので金を無心しに来る始末。けど鳳は浙江財閥の宋家とは仲が悪いので、いつものように門前払い。
 鳳はそれでも良いけど、張作霖に肩入れする日本と蒋介石の関係は次第に悪化しつつある。

 けど、権力がまだまだ弱い蒋介石率いる国民党(右派)は、英米など揚子江地域を中心に根をはる列強からの資金援助、支援を受ける為に、華中の山奥の共産党への対処、周辺軍閥の統制に力を注がざるを得ない。
 当然矢面に立たされるので、華北に軍を向けるなど出来る筈もなし。ついでに言えば、援助する英米などの目が厳しいので、勝手な動きが取れないでいる。
 数年遅れで多少は私の前世の歴史に近い形になってはいるけど、当分は蒋介石の苦労は続くらしい。

「結局、日本は二股なわけね」

「一応は満蒙は満州系で、万里の長城以北は張作霖にと言う形ですな。蒋介石は、日本が積極的に支援する事はもうないでしょうが」

「中華民国を全部平定しても?」

「旗を元に戻したら、政府、軍も考えを改めるやもしれませんな。ですが、どちらにせよ話は共産党を滅ぼしてから、と言ったところでしょう」

「滅ぼせる? しぶといわよ」

「しかし山奥の山賊と大差ありません。脅威とお考えで?」

「お考えよ。あ、そうだ、上海の支社と鳳に関係ある大陸の人達に伝えて欲しい事があるんだけど」

「何なりと。全てお伝えしましょう」

「うん。共産党って、既存社会を全部壊して、その上に自分達が座る積もりで動いているから、今までの権力簒奪とは全然形が違うって出来る限り強く伝えて」

「出来る限り強く、ですね。確かに、村八分な連中に村長や地主を殺させ、『解放』とらやらをしていると言う報告は来てますな」

「それよそれ。小さいうちに芽を潰さないと、広がってからだと止めようがないわよ」

「村の爪弾き者を使うのは軍閥も同じですが、連中は奪いこそすれ歯向かわなければ殺しまではしませんからな。しかし、国民党が対処するのでは?」

「そのうち仕切れなくなるかもしれないから、各方面に注意だけでも伝えといて。張作霖と蒋介石にもね」

「畏まりました」

 そこで座りながら小さく一礼されたが、よく考えたら私は話を聞く側だった。

「あ、私ばっかり話したけど、話はこれでおしまい?」

「あとは国内情勢。と言っても、半分ほどはすでに話しておりますが、続けますか?」

「うん。最後まで聞く。聞きそびれて、後で後悔したくないから」

「では、早速」

 そう言って再開したのは、主に日本陸軍内の動きだ。


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