■「悪役令嬢の十五年戦争」

■  154 「舞台袖」 

 鳳社長会の途中、中小の部屋に一旦別れた時だった。

「時田はん、あんさんのお嬢さん、あれはどう取ったらええ?」

「おっしゃられていた通り、一族当主麒一郎の名代ですよ」

 金子直吉が最初から関西訛りで語りかけるように、鳳伯爵家筆頭執事にして拡大が続く鳳商事の社長に返り咲いた形の時田丈夫は、誰に対する時でも同じように涼しげな態度で応対する。
 だが金子は、時田の言葉に手をヒラヒラと横に振る。
 周りでは、他との会話をする振りをして、二人の会話に耳をそば立てている者が多数いる。
 つまり金子は、突撃隊長として話を切り込んでいったと言える。

「そんなん誰も信じてへんて。一族の中で一人だけあないな大名行列までして、どう見ても勝利宣言やろ。玄二総裁の突然の退場は、クーデターがあったってのがもっぱらの噂やしな」

「誰がするというのですかな? まさか玲子お嬢様が、玄二様を? まさかまさか、有り得ません」

「常識的にはな。せやけど、あんさんのお嬢さんは鳳の長子や。しかも当主名代って、鳳ファンドの代理も同然やないか。つまり10億ドルの女帝や。皆気にしとる。ほんまの所、どないなん?」

 少し探るような言葉も混ざっているが、金子は真実の多くを知る立場なのにそれを口にしていないというだけで、二人にとっては周りに聞かせる話というのは、聞くものが聞けば一目瞭然だ。
 しかし海千山千な二人なので、周りは内々だけの見せても良い本音トークと取っている。しかも周りには、グループの中心に位置するような人ばかりなのをお互いが確認している。別の場所では、鳳ホールディングスの善吉に似たようなアプローチが行われているだろう。

 そして金子の一件明け透けな言葉に、時田はたまらずと言った感じで上品な苦笑を浮かべる。

「金子さんには敵いませんな。しかし、玲子お嬢様はまだ10歳。社会的に責任が取れるお歳でない事くらい、誰もがお分かりでしょう。ですから、公的には名代でしかありませんよ」

「暖簾に腕押しやな。けどな、鳳の家の中ではちゃうって取るで? 華族には色々とあるし、出来るからな」

「如何様にも。ですが、あえて申し上げるのなら、私は鳳伯爵家長子、鳳玲子様の筆頭執事でもあるので、全力でお支えするまで、といった所でしょうか」

「あんさんらは、それでエエやろ。・・・ハァ、まあエエわ。鈴木は今回の融資先変更で、完全に鳳グループの傘下や。金の出所には頭下げるさかい、あんじょう頼むで」

「それは勿論。最大限、配慮させて頂きます。ですので、引き続き鳳グループへのご協力をお願い致します」

 鳳の一族に対するのと違い、30度程度頭を下げる。実質的な力関係を考えれば、時田が頭を下げるのはへり下りすぎでもあるが、だからこそ頭を下げる事には意味がある。
 だから金子も大きく頷く。

「それはまかしとき。うちは、あんさんのお嬢さんを気に入っとるさかいな。それに、鳳がうちらが向きたい方向に向いていてくれる間は、全力で尽くさせてもらうで」

「心強いお言葉、皆を代表してお礼申し上げます」

 再び時田が、角度浅めに頭を下げる。これで2度目だ。流石に、周りにいた何人かが小さな声を漏らす。
 聡い者は、これで鈴木はともかく金子の立場が、今後鳳グループもしくは鳳一族における立場が分かるだろうからだ。
 何しろ時田は、鳳伯爵家長子の筆頭執事。鳳を国に例えるなら宰相に当たる。その宰相が頭を下げる相手が、どの程度の地位に位置するか分からない者は愚かという以上だろう。
 だが当の金子は、態度を崩すことはない。

「まあ、あんさんのお嬢様には伝えといてんか。せやけど、半年ほどの旅で、あんさんのお嬢様どエライ事して来たなあ。うちは、脱帽どころか弟子入りしたいくらいやで」

「わたくしも、玲子お嬢様のご成長には目を見張るばかりです。流石に、この度は色々あり、肝の冷える場面もありましたがな」

 そう言って、言葉の最後に軽く肩を竦める。
 西洋仕込みで細身の時田がすると、実に様になる。

「時田はんが肝冷えるって、どエライこっちゃなあ。まあアメリカの株式市場が崩壊するんを直に見たら、冷や汗の一斗や二斗かくわなあ。それで、いつ具体的に動くんや?」

「お嬢様のお言葉では、今は国内での地固めを」

「その為の今回の改変か。・・・そないな大変な事になるんか?」

「お嬢様はそう見ておいでです」

 自然と声が低くなる。少し遠い者は、会話内容が聞き取れていないだろう。

「……さよか。ほな、そうなるって事やな。うちも踏ん張るわ、軍資金だけ頼むで」

「お任せを。それと数年後には、手が足りないほど忙しくなります。今のうちに休んでおく事をお勧めします」

「さよか。そないするわ。ほな、また後で」

「はい、それではまた後ほど」

 そう言って二人は別れた。そして会話の内容を聞いていた者達だが、その後時田に突撃しようという者はいなかった。
 金子以上に度胸がある者がいない証だが、多くの者が何か得体の知れない大きな話をされた事に肝を冷やされていたからだ。

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「あー、疲れたー」

「「お疲れー」」

 私が大宴会場が小窓から見下ろせる別室に退散すると、鳳の子供達が出迎えてくれた。それに答えつつ、そのまま豪華なふかふかソファーにドカッと倒れこむように腰を深々と下ろす。
 そこに、スッと液体が注がれたコップの乗ったトレイが、私の目の前に差し出される。
 新たに私のメイド兼護衛となったリズだ。

「テンキュー・リズ」

「……礼は不要ですお嬢様」

 気軽に返答したのに、意外に慇懃に頭を下げられた。リズの見た目は気さくそうだが、距離感は徐々に測っていかないといけないみたいだ。
 そんなリズが下がると、子供達に囲まれる。

「大したもんだな玲子!」

「それに凄い注目だったな。挨拶してご飯食べてただけなのに」

「でも、堂々としていて格好良かったよ」

「私には絶対無理。凄いね玲子ちゃんは」

 いつも切込隊長な龍一くん、冷静な分析の玄太郎くん、感性のままな虎士郎くん、一般女子的な目線な瑤子ちゃんという、いつもの並びで一言論評が付く。

「食べてはいたけど、味は殆ど分からなかった」

「だろうな」

 龍一くんが私の返しに納得して、全員が苦笑する。
 なぜ子供達が全員いるのかと言えば、私が呼んだのだ。それを曾お爺様、お父様な祖父も認めてくれたからだ。
 今年で10歳になる子が二人もいるし、そろそろ大人の世界を見てみるのも良いだろう、と。
 それと何より、私の立ち位置を見せておくという目的もある。だから玄太郎くんの目線は、少し厳しいものがある。

「なあ、玲子って、鳳グループの中で、その、どれくらいの位置になるんだ?」

 当然、そんな言葉も飛んでくる。他の子達も興味津々だ。

「公式には今日が初の顔出し。それに名代って言ってたでしょ」

「実質は?」

「曾お爺様やお父様には、随分前から口出ししてる。後、何人かとは、お嬢様以上の立ち位置で会ってるかな」

「日本行脚とアメリカ旅行も名代か? 流石に違うだろ?」

 玄太郎くんに加えて、龍一くんもちょっとお兄様を思わせる態度と視線で問いかけてくる。
 そして今日見せた以上、私も嘘をつく気は無い。

「違うよ。鳳の全権を預かってた。まあ、実際は虎三郎か時田がするんだけどね」

「つまり、一族内では実質一人前扱いか。・・・いいなぁ」

「いや、良く無いだろ。どれだけの責任になると思っているんだ。なあ玲子、アメリカで凄い金が動いていたけど、あれも玲子が動かしたんだろ。その、失敗してたら、どうなってたんだ?」

 龍一くんの子供らしい素直な言葉を、玄太郎くんが即否定する。なんだか、玄二叔父さんが倒れてから玄太郎くんの大人ぶりが一気に高まったみたいだ。
 しかも色々と知った上で聞いてきた。

(まあ、そりゃあ大人にもなるよね)

 そう思いつつ、玄太郎くんにも肯定の頷きを返す。

「一線からは外れて、婿探し以外は子供に戻ってたんじゃ無いかなあ」

「私はその方が良いと思うけど、ダメなの?」

 言葉と共に瑤子ちゃんが、私を軽く抱いてくる。私も軽く腕を瑤子ちゃんの背に回す。虎士郎くんともども、この距離感が嬉しい。
 思わず、そのまま軽く頭を撫でてしまう。

「ダメじゃ無いけど、鳳は大変な事になっていたと思うよ」

「そっか。じゃあ玲子ちゃんは、やっぱり『夢』を見る人なんだね」

 以前から気付いている声と雰囲気なので、その言葉を素直に「うん」と肯定した。

「じゃあ、『夢』で私が誰と結ばれるか分かるの?」

 そう言って顔を私の前へと持ってくる。気分を変えたらしく、表情も声も陽性のものに変わっている。だから私も声を軽くする。

「個人は殆ど無理。大きな流れが見える感じね。だから、自分の事すらロクに分からないのよ」

「なるほどねえ。でもそれは、むしろ安心かも。自分の未来が分かったら、つまらないもんね」

「ほんと、そう思う」

 女子二人で「フフフッ」と笑い合う。
 なお、瑤子ちゃんと話している間は、不思議と三人の男子どもは口を挟まない。百合プレイを近距離で鑑賞しているのではなく、紳士としての教育も受けているせいだろう。
 そんな3人に目を向けると、虎士郎くんと目が合うと向こうから口を開いてきた。

「ねえ玲子ちゃん。玲子ちゃんがボクに教えてくれたお歌って、もしかして」

「ええ、そうよ。幾つかは私が『夢』の中で出会った素敵な歌」

「じゃあ、公に出さない方が良いよね」

 虎士郎くんらしくない、控え気味な質問。
 けど、少し背を屈めて上目遣いな遠慮気味ポーズはかなり卑怯だ。破壊力抜群で、思わず問題なしとか答えたくなる。

「多分ね。けどもう、未来の息吹は虎士郎くんの体の中に染み込んでいると思うから、それまで閉じ込めなくて良いと思うよ。それは虎士郎くんのものだし」

 私は思った通りの言葉を口にしたら、虎士郎くんの表情がパッと明るくなる。こういう時は、本当に天使のようだ。

「そう、そうだね。そうする。良かったぁ。あ、そうだ、『夢』を見るんだったら、歌はもっと沢山あるの?」

「あるにはあるけど、全部覚えていないのも多いし、流石に今の時代に合わなさすぎるのもあるのよねえ」

 思わず腕組みして顔までしかめてしまう。
 軽めのロックですら厳しいだろうし、ヘビメタとかは電子楽器がなくてめダメだろう。アコギのフォークソングあたりですら難しいかもしれない。
 けど、虎士郎くんの興味津々な声が追い打ちをかけてくる。

「じゃあさ、その辺も含めて、教えるだけ教えてくれないかな。絶対に外には出さないから」

「良いわよ。ただし条件があるけど、良い?」

「う、うん。お手柔らかに」

「一つ、簡単でも良いから楽譜を起こす事。一つ、私のために伴奏してくれる事。最後に、一緒にカラオケね!」

「からおけ? 何それ?」

「それも教えてあげる。良い?」

 ビシッとここで決めポーズ。虎士郎くんに指を腕ごと突きつけ、ドヤ顔で決める。
 ただ虎士郎くんにはあまり効いてないのは、いつもの通りだ。

「良く分からないけど、教えてくれるなら良いよ!」

「ずるいぞ虎士郎!」

「そうだ、ずるい!」

「うん、ずるい!」

「じゃあ、準備ができたら、みんなでカラオケよ!」

 もっと世俗的な話をするのかと思ったが、虎士郎くん天然のお陰で救われた気分だった。

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一斗や二斗
昔の単位。一斗樽=18.0391リットル。

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