■「悪役令嬢の十五年戦争」

■  195 「拡大準備中(1)」

「それでは、昭和6年度鳳凰会を開催します!」

 4月の後半に入ってすぐ、もはや恒例行事となった、鳳グループの社長などトップ達による懇親会の『鳳凰会』が開催された。
 懇親会だけど、みんなで一緒にご飯を食べるだけじゃあ勿体無いという事で、前後する日には様々な会合や会議がある。そして今年は、内に込めた熱気に包まれていた。
 今回も私はお父様な祖父の当主名代として出席する。そして2回目ともなると、グループの皆さんもこれが慣例になるんだろうくらいにしか思わなくなっていた。

「それにしても、今回は熱気が違うわね」

「周りが不景気の中での規模拡大ですからな」

「アメリカからも、この社長会は注目されています」

 私のテーブルには、前回同様に時田とセバスチャンが座る。中央はグループ総帥の善吉さん以下、一族の中のグループ中心の人達。真ん中を挟んで私達と反対側が、金子さん以下の鈴木商店の人達。これも前回と変わらない。
 そして今回の目玉は、前回も一応参加していた紅龍先生。何しろ日本初のノーベル賞受賞者。しかも、さらに最低1つは確実と言われる、日本が生んだ奇跡の天才医学者だ。
 それが目の前で拝めるというので、社長さん達も興味津々だ。
 さらに、今まであまり顧みられなかった紅家の製薬会社、大学、学園、病院の経営拡大も決まっているから、紅家自体の注目度も高い。そういう意味でも、発端となっている紅龍先生への注目度は抜群ってやつだ。

「けど、一番の注目は紅龍先生でしょ」

「そうでもありません。なにしろ、鳳が次に何を買うのか全米が注目しています」

「全米ねえ。まあ、売る側より預けている銀行の方が、気が気じゃないんじゃない?」

「かもしれません。担保物権を安く手にいれるチャンスでしょう」

「恨まれないようにしてね」

「心得ております。お任せを」

 悪党の会話でしかないけど、セバスチャンがめっちゃ楽しそうだ。時田も表情は明るい。

「国内は?」

「去年、国から降りた開発認可によって、各地での開発・造成が進んでおりますな。建設業界は大忙しです」

「そう。この熱気なら、もっと加速させても良いんじゃない?」

「左様でございますな。次の会議にかけてみますかな?」

「決定で」

「畏まりました」

 目の前のカボチャ畑、もとい社長さんの群れを眺めつつ、目があった人にはニッコリ笑顔をしつつも、さらに軽快なトークを続ける。
 そして、即決して良いと思えるだけの熱気だ。
 何しろ、日本中、いや世界中が不景気のどん底に落ち込みそうになる中で、鳳グループだけが大規模な事業拡大と設備投資を実施しているからだ。
 そして誰もが、鳳一族がアメリカ株で史上空前の大勝ちをして、その儲けを次の時代に向けて大量に注ぎ込んでいる事を知っている。

 日本に現金を、ドルを大量に持ち込む事はインフレ懸念などから難しいけど、一部を日本に持ち帰って回転資金にしている。それにアメリカにあるドルや金地金を担保にして、日本で円を借りるのも難しくはない。その上、鳳銀行は今や日本屈指の規模に肥大化したので、自力での資金調達力を十分に持っている。
 銀行単体で住友に匹敵し、巨大過ぎる自己資本を有するアメリカのフェニックス・ファンドなどを足すと、圧倒的になってしまう。
 何しろまだ散財していないドルが、全く公表されていないながらも15億ドルをくだらない。

 その上で、私がアメリカで散財を繰り返してどんどん色んなものを買い込んでいる。
 まずは重機。ショベルカー、ブルドーザー、ホイールローダ、ダンプカー、トラッククレーンなど、まだ日本では十分生産できない高性能で頑丈で故障知らずなアメリカ製の機械を、山ほど、船団を編成しなければならないほど買った。
 おかげで、自前の国際汽船だけでは船が足りず、三菱に頼んで日本郵船の船をかなり回してもらったりもした。ある時は、アメリカ側が無償で船を出してくれたりもした。

 結局、1億ドルくらい使って、アメリカのキャタピラー社など関連する企業、財閥からは、『救世主』だと下にも置かない扱いだ。
 感謝状やトロフィーなどが、荷物と一緒に届いたほどだ。感謝を伝える祝電も一度や二度じゃない。
 荷物を届けに、社長自らが日本に訪問したことまであった。

 そしてまだ次の段階には本格的に移行していないけど、様々な巨大工場をラインごと、無数の工業機械、技術特許の使用料、買い物予定は山のようにある。
 何しろ、日本の国家予算より多い金額を使う予定なのだ。
 アメリカで鳳が、何処かのスミスさんが言ったように『買い物王』と呼ばれる日も遠くはないだろう。
 そう言えば、オーバーアクションなミスタ・スミスも一度来日した。

 そして建設重機に続く第2陣として、一貫製鉄所のラインを2つ買い付け、移動準備中だ。事業拡大に日本の鉄鋼生産力では追いつかず、買い叩く前に計画を前倒しした形だ。
 それを見た八幡製鐵所が、少し慌て始めたという噂も聞こえてくる。せっかく、生産体制を増強して欲しいってお手紙も出し、さらに鉄を沢山買ってあげているのに、需要がないとビクビクしているからだ。
 このせいで、神戸製鋼所の次の製鉄所を作るのも決定に近い。ここの親玉が、製鉄所建設にえらく乗り気らしい。

 一方の日本各地では、整地して、掘り返して、埋めてと忙しい。土を用立てする為に、埋立地の近くの山も切り開いている。
 また、工場を作れば電気と工業用水もいるから、山の中でのダムの建設も始まっている。というか、国にさせている。
 ただ、ダムの水力発電では間に合わないから、多少無駄になっても良いと割り切って、重油の火力発電所計画まである。幸い燃やすクズ油は、掃いて捨てるほどある。

 加えて、田んぼ以外何もない場所に巨大な工場を作ろうとすると、色々なものを揃えないといけない。
 例えば姫路の広畑製鉄所の場合、海辺に面した農地を根こそぎ買収。その後、整地を進めて、道を敷いて、上下水道、埋設型の将来を見越した地下電線網などを作り、工業用地を整える。また川西財閥の手により、近在の姫路市の中心部から伸びる私鉄の支線の整備が始まっている。

 そして路線周辺では、道の整備と並行して宅地造成が始まる。この中には、私の発案で鉄筋コンクリート製の中層アパートメントの集合体、つまり『団地』が一部に形成される事になっている。
 鉄筋コンクリート製だと、この時代では多少お高くつくけど、鉄とコンクリの需要拡大にはもってこいだ。それに多少高くても、かなりを社宅として会社から提供するから、社員の皆様に過度の負担はない。

 また、住む家だけ作っても話にならないから、人が暮らすために必要な様々な社会資本(インフラ)の整備が前後して開始される。この中には上下水道はもちろん、電気、電話、ガスといったものから、食料品、日用雑貨を手に入れる商店街の形成が不可欠だ。
 ここでは、小売の商店を束ねた商店街ではなく、萬(よろず)商店、いわゆるスーパーマーケットの導入を図る事にした。

 これで鳳も小売業への本格的な進出を行う事になるけど、短期間で街を形成しないといけないので、多少の困難が伴っても仕方ないと割り切った。
 そしてスーパーだけど、日本では新しい概念だから、私が色々と分かる事を思い出して書いて渡した。そして鳳商事の傘下に、新しい会社を立ち上げる。また、食品系は鈴木系列の会社が強いので、側面をガッチリサポート。

 さらに流通網の整備も必要なので、さらに鳳商事の傘下にある鳳貨物の物流会社に、食料雑貨を扱う専門部署を作った。
 21世紀の日本だと当たり前にあるものばかりだけど、90年近く前だと同じものは何もないから、何でも作って運用してみるしかなかった。

 肝心の工場の方は、まずは沿岸の埋め立てと港の造成が進められる。用地買収からだと、28年に開始されている事業だ。
 沖合を一部埋め立て、その後の拡張に備えた埋め立て区画を確保しつつ、一部では浚渫(しゅんせつ)も実施。
 鉄鉱石、石炭などを持ってくる為、将来を見越して従来にないほどの大型船が接岸できる岸壁を作る。同時に、作った鉄を運び出す岸壁も用意する。

 工場自体も、基幹部品、主要機材はアメリカの高性能で頑丈なものを導入するけど、本当に工場丸ごと買っていたらキリがないので、出来るところは日本で用意する。この辺りは、神戸製鋼だけでなく川崎財閥の助けも借りた。
 そして受け入れ準備もあるから、先に進めないといけない工事もかなりを占めていた。
 すでに最初のラインはアメリカで船に積み込む段階だから、時間との競争だ。人夫と重機などの機械をさらに導入し、工事が加速している。

 そして人の方だけど、不景気のご時世だから単純労働者なら幾らでも集まる。さらにそれ以上の人材も、大財閥ですら大リストラの最中なので、一定程度の人材なら濡れ手に粟だ。熟練工ですら、結構簡単にリクルートできた。

 そして鳳が行なっている巨大工場の建設は、広畑の製鉄所だけじゃなかった。
 製鉄所は、数年後にさらに神戸に。出来るなら5年以内にもう一つ。他にも、大規模な化学石油コンビナートを岡山の水島に建設予定で、既に大掛かりな埋め立て工事が進んでいる。私が前世に教科書で見た情景が、半世紀近く早く出現する事になるだろう。
 他にも、信州での精密機械製造の為の拠点建設、東北、北関東、北海道での新規産業、新規工場の建設計画も動いている。

 また地面を弄る工事なら、播磨の相生以外でも四国の今治で開始されている。こちらは、ドック式の大規模な造船所を建設予定だ。
 そして今までと違って、遠方から資源を大量に輸入しても採算が取れるよう、何もない臨海部に巨大工場を据えて巨大な船で資源を運び、そして製品を積み出すようにする流れを生み出すべく、従来にないほど巨大な建造施設を作り始めている。

 当面は海軍の呉を手本にした規模の建造ドックを作るけど、周辺部に余裕を持たせてあるので四半世紀後に数十万トンの船でも作れるようにさせておいた。
 同じ事は、姫路の相生にある播磨造船でもしている。
 ただそこで船を作るとなると、私はノウハウ自体知らない。だから海軍に頭を下げて献金をして、この時代での超大型船を作る体制を構築中でもある。
 話を聞いた者、請け負った担当らは、口々に「鳳にも山本権兵衛がいる」と呆れたそうだ。

 なおこのドック建設では、西日本で海軍と海軍の工事をよく請け負っている廣島の水野組に発注した。他の場所の浚渫や岸壁工事のかなりも、同じく水野組に頑張ってもらっている。
 そして相生、今治で作る大型タンカーも、有事には海軍に優先的に回すという約束で、海軍からのドックでの建造技術の導入を予定していた。
 当然だけど、電気溶接の技術者も大量に養成中だ。
 私じゃなくて、虎三郎がそうさせていた。

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大リストラ:
史実だと、三菱ですら直系の会社の社員が半減近く減っている。
終身雇用は戦後日本の習慣で、この時代は成果主義だから、労使の関係が弱い。
逆に主従と言える極端な関係もあるけど、欧米に少し近かった。

水野組:
現在の五洋建設。戦前は海軍の工事を多く請け負っていた。海辺を掘るのが得意。
戦後はスエズ運河の拡張工事が有名。

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