■「悪役令嬢の十五年戦争」

■  219 「初盆」 

 
 8月半ば。日本ではお盆の季節になる。
 21世紀だと半ば休む口実で、盆参りより単に里帰りの機会を作る為の休日シーズンとなっている。けど、約1世紀も前のこの時代は違う。普通にみんな、先祖の霊を祀る。

 江戸時代までは旧暦の7月15日だったけど、それを単純に太陽暦(新暦)の7月15日にすると農業の繁忙期に重なるので、旧暦の7月15日に近い日取りの8月15日になった。けど、7月15日にこだわるところも多く、新暦の7月15日に行うところも少なくない。
 鳳は明治と共に隆盛した一族なので、新暦の8月15日に行う事になっている。

 そして中の人が20世紀末から21世紀の人である私は、ある意味転生時期が幼女で助かった。何しろ、前世ではまともにお盆に参加した事がない。前世の家では、祖父母が亡くなっても無縁仏で良いとか言う人だったらしく、また家自体が古い家の本家とかでもないので仏壇がなかった。だから、お坊さんを家に呼んだ事もない。
 お盆でした事と言えば、お墓参りと盆踊りくらいだ。

 けど転生後の世界は、20世紀のまだ前半。がっつりお盆はする。それでも4歳児からの参加だったので、周りを見つつ、また本などで知識を仕入れる事で、お盆に対応する事は十分に出来た。
 そして西洋かぶれとか言われる鳳でも、13日の盆の入りから、16日の盆明けまでガッツリする。

 そして一族全員が集まる数少ない行事なので、かなり派手目になる。特に今年は一族全体ではなく『蒼家』の創始者の初盆なので、蒼家としては盛大に催す必要がある。
 そして蒼家は鳳一族の宗家なので、可能な限り一族の者が参加する。この辺りは、葬儀の時と同じだ。

 違うのは参加者。一族、親族以外だと、本当に親しい人だけ。おべっかや金銭目当てのクズは、シャットアウトしてある。使用人はともかく、社員も最低限としている。
 また、軍人も何人か来たがったが、お父様な祖父やお兄様の関係者になるので、今回は全員お断りした。ただし断った本当の理由は、満州での件で余計な話を陸軍に気取られない為だ。

「初盆って、普通のお盆と何が違うの?」

 窓から屋敷の庭をぼんやりと見つつ、近くにいた時田に聞く。時田とゆっくり話すのは、なんだか久しぶりだ。
 そして時田が鳳の本邸に居るように、盆の入りギリギリに大連から戻ると、すでに鳳の本邸はお盆の準備が整えられていた。

「今日は迎え火を行い、あそこの素焼きの小さな皿の上でがらを炊き白提灯に火を灯します。白提灯は青山霊園の鳳の墓にもしております」

「じゃあ、法要とか食事会は明日? それとも明後日?」

「両方行いますな。なにぶん、人数が多いので人を入れ替えて行います」

「そっか。じゃあ、墓参りは? 青山霊園に行くのよね?」

「はい。本日、もう少ししましたら参ります」

「そっか、曾お爺様を出迎えに行かないとね。それに、お墓の掃除しなきゃ」

「蒼一郎様もお喜びになるでしょう」

 そう言って時田は相好を崩す。
 私も笑みを返すが、そうして見返した時田は私が転生した時よりも明らかに老けていた。そしてゲーム登場時の過去の姿にすごく重なった。つまりは、このくらいまではゲーム内もしくは私の体の主が3周した時は存命だったんだろう。
 けど、老けてはきたけど、見る限り健康そうだ。目にクマもないし、血色も良い。

「どうかされましたか?」

「時田も頭に白いものが増えたなーって。曾お爺様のお誘いに乗って、あっちに行ったらダメよ」

「大変魅力的なお誘いですが、わたくしにはまだまだやるべき事が御座います。せめて玲子お嬢様がご成人なさるまで、もしくはご結婚されるまでは、煙たがられようとも付き従う所存でございますれば」

「そんなつれない事言わずに、私の孫が出来るくらいまで頑張ってよ。玄孫の顔を曾お爺様にご報告してあげて」

「ハハハッ、これは中々に難しいご注文をなされる。ですが、ご命令とあらば最善を尽くしましょう」

 そう言って恭しく一礼する。
 私の孫となると、早くてもあと30年くらいは先。もうすぐ還暦な時田は、私の命令を守る為には90まで頑張らないといけない。20世紀の終盤以後の時代ならともかく、この時代だとかなりの無理難題だ。
 けど時田は、嬉しそうにしてくれているので、それで十分だ。

 そしてノンビリとしたお盆は、初日だけだった。
 その初日ですら、この時期は満員御礼な青山霊園の墓参りでは、使用人や護衛が忙しかった事だろう。
 けど初日はまだマシだ。今回の本番は、お盆当日の二日にこそある。
 法要に来てくれる「親しい人」の一部と、主にお父様な祖父が色々と水面下の話をするからだ。
 特に14日は来客が多い。午前は民政党、午後は政友会の有力者が来る。ていうか、午前は加藤高明、午後は原敬が来るという方が正しいだろう。

 そして翌日、午前の加藤高明の方では、紅龍先生も同席していた。何しろ当時病に倒れた加藤高明を救ったのが、紅龍先生が開発して間もない新薬、ペニシリンだ。
 けどすっかり惚気た、じゃなくて「綺麗なジャイアン」状態になっている紅龍先生は、話し合いの最初だけ。要は加藤高明が鳳本邸に来るダシにされただけだ。

 私は濱口雄幸とは面識があるけど、加藤高明と面識はないので午前のお呼びはなかった。濱口雄幸は、加藤高明が預かってきた香典があっただけだ。これも、私に向けてではなく紅龍先生の薬のお礼のようなものだ。
 私が呼ばれたのは、その日の午後の事だった。

(ウワッ、このメンツにもう何人か加えたら元老院が再編成できるんじゃない?)

 私がお父様な祖父と来客を迎え入れると、西園寺公望、原敬、高橋是清、田中義一、犬養毅が、それぞれ待機していた部屋から入って来た。
 西園寺公望とか、ビックネーム過ぎだ。しかも帰った筈の加藤高明までが、別室待機でやって来たりしている。
 このメンツを前にして、お父様な祖父の鳳麒一郎の力、いや本気を見る思いだ。

(ホント、昼行灯な人。それとも力を貯めないと本気が出せない人なのかな?)

 横目で見るお父様な祖父の事が、未だによく分からくなる。けど、一見悠然と構えているように見えて、緊張しているのが分かった。

(流石に緊張しているか。私は、どうなんだろ? なんか現実感無さすぎる情景だもんなあ)

 私については、目の前の光景が本当にそう思えた。何しろ、歴史の教科書で見る顔がズラリと並んでいる。歴女として心に引っかかる人は少ないけど、壮観だなあくらいには思う。
 そして私の前世の記憶だと、この時点で既に二人いないという事が私の現実感をさらに希薄にさせていた。
 そんな景色の中、基本的に私だけが初対面な人がいるし、法要とはいえ客人を招いた側なので、お父様な祖父に続いて挨拶をする。

「お初にお目にかかる方もいらっしゃいますので、改めてご挨拶させて頂きます。玲子と申します。子供が同席する事にご不快に思われるやもしれませんが、鳳の長子としてこの場に居る事をお許し願います」

 言い切ってから(少し言葉を並べすぎたかな)と思いつつ軽く見渡すと、海千山千な人ばかりなので不快に思うような人は居なさそうだ。いても、表情に出すような人もいないだろう。
 そんな中、一人の老人が口を開いた。

「玲子はん、丁寧な挨拶おおきに。さて、今回の席は亡き鳳の老公、いうてもわしより年下なんやけど、まあ蒼一郎君が集めた席や。皆は存分に話してんか」

 客人としても最も上座に座る西園寺公望公爵が、元老院的な会議の開催を宣言した。
 

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西園寺公望 (さいおんじ きんもち):
最後の元老。公爵。昭和初期、日本の議会政治を守ろうとした。
幕末から昭和にかけて、4つの時代の多くの歴史に関わってきた人。
公家で京都人なので関西弁としました。

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