■「悪役令嬢の十五年戦争」

■  255 「仮面彼氏」

「初めまして、安曇野(あずみの)涼太(りょうた)です」

 自己紹介したのはマイさんの彼氏さん。
 その場で挨拶は万が一目立ってもあれだから、まずは移動。ここは鳳の縄張りだから、一族の者しか入れない区画が幾らでもあるから、そちらへと移る。
 そこでの第一声が今の挨拶という事になる。

(身長は170ちょいから半ばの間。この時代だと長身な方ね。けどこれくらいないと、マイさんとは高さが釣り合わないわよね。見た目は普通か、ややイケメン寄り。まあ、あとは好みかなあ。緊張はしてないみたいだけど、自然体ってよりは表情は薄めかな。体格と動きから、スポーツは苦手そう。この時代の人としては、背が高めな以外は偏差値60点台前半って感じの人ね。背がもう少し低かったら、ラノベの主人公にいそう)

「玲子、品定めしすぎ」

 ちょっと見ていただけなのに、サラさんに小突かれた。マイさんと涼太さんも苦笑気味だ。
 そして苦笑を収めたマイさんが、少し挑戦的に聞いてくる。

「それで、玲子のお眼鏡にかないそう?」

「そうですねえ。ねえ涼太さん、あ、涼太さんって呼んで構いませんか」

「はい、全然。何でしょうか?」

「マイさんの、表向きの仮面彼氏って事ですが、大変ですか?」

「特には」

「他人の目は気になりませんか?」

「まあ、他人は他人なので」

「マイさんの事はどう思っていますか? 好きです、愛しています、以外で」

 姉妹にまた引かれた。けど、惚気話を聞きにきたんじゃないし、私的には当然だ。だから苦笑いも何もしてあげない。ただ、真剣に彼氏さんを見る。
 その彼氏さん、じゃなくて涼太さんは少し考える素振りを見せる。けどそれも数秒で、私に目を合わせる。

「ずっと一緒にいたいです」

「死が二人を分かつまで?」

「出来れば、天国なり極楽なりで、二人でのんびり第二の余生まで送れたら最高ですね」

 カトリック教会の結婚式での神父様が言う言葉に、この返しだ。
 思わず吹き出してしまう。

(これだけ図太ければ合格ね)

「合格。それだけ図太ければ、貪狼司令の元でも萎縮しないでしょう。4日の朝に一緒に来て下さい。貪狼司令に目通しさせます。そこからは就業体験。夏までに根を上げなければ、そのまま卒業後に採用。在学中は学校優先でいいから、そのまま勤めて下さい」

「えっと、決定事項でしょうか?」

「あ、それもそうね。嫌なら、2日の朝までに伝えて下さい。他の案を考えます」

「いいえ、ただの確認です。ここまで用意して頂いて、本当に感謝しています。それで就業体験は、いつからでしょうか」

「それは貪狼司令と話してからかなあ。あくまで学業の傍らだから、涼太さんの都合は出来る限り反映させますよ」

「ありがとうございます。いえ、今のアルバイト先の次の人が決まるまでは、少し待って欲しかっただけです。それさえ決まれば、頑張らせて頂きます」

「そっか、急な話でごめんなさいね」

「とんでもありません」

「凄い決断力ね。涼太も大丈夫? 玲子って凄く人使い荒いって噂なんだけど」

 サラさんの容赦ないお言葉。私は、ちょっと傷ついてもいいだろうか。前世の記憶があるから、ブラックにならないよう気をつけていた筈なのに、この言葉だ。
 けどマイさんは、少し違うみたいだ。

「ねえ玲子ちゃん、その上司の人って貪狼って人で、司令が役職名?」

「ううん。私が勝手に司令って呼んでいるだけです。実際は鳳総研の副所長だったかな? けどしている事が、情報を集めて分析して部下に指示してって、職場とその雰囲気が軍隊の司令部みたいな感じだからです」

「危険はないのね」

 言葉とともに、私に真剣な眼差しが注がれる。
 (この乙女め、彼氏好きすぎだろ)などと、こっちがニヤケそうになるのを抑えつつ、相変わらずの散文的な事を口にする。

「正社員になれば守秘義務とか面倒はあるけど、職場自体は鳳ビルの地下の一番頑丈な場所だから、軍隊が攻めてきても平気なくらいです」

「それはそれで極端な場所ね」

 苦笑いで話が締められた。これで1つクリアだ。だから少し向きを変えてマイさんの顔を見つつ、私が思っていた別の案件を口にする。

「それでマイさんって、今は学業以外にモデルの仕事しているんでしたっけ?」

「え、ええ。と言っても、あくまで学業の傍らで、アルバイトってほどですらないわよ」

「もっと手を広げたいと思いませんか?」

「なに? 仕事でも紹介してくれるの?」

「はい。鳳の広報の仕事しませんか?」

「エッ?」

 冗談めかして聞き返されたから答えたのに、軽くびっくりされた。この辺りは、ちょっと甘さを感じる。
 そしてマイさんの代わりに、サラさんが先に到達した。

「お姉ちゃんも、玲子の近くに来れるようにするのね。それに、勝次郎君とも会いやすくなるもんね」

「そういう事。だから、サラさんもね」

「りょうかーい。それで、何するの?」

 ちょっと楽しそうなサラさんが、軽く身を乗り出す。

「写真や映像で、鳳グループの宣伝かな? 多分看板やポスターにもなる。うちって、鈴木系列はともかく、石油産業とかトラック、機械ばっかりで、財閥としては普通の人に訴える商品が少ないんですよね。精々お薬くらい? しかも今後も、鉄鋼コンビナートに化学石油コンビナート、馬鹿でかい工場を幾つもって感じで、やっぱりイカツイし。
 だから、商品を売るより人を集める方が中心。うちはこんな事をしていますって、映画の前にする広告で宣伝するんです。マイさんもサラさんもスッゴイ美人だし混血でしょう。インパクトがあると思うんです」

「えっと、そのいかつい工場を女子が案内するの?」

「うん。明るく爽やかに」

「服とか化粧品の宣伝みたいに?」

「うん。柔らかく華やかな印象で。事務や業種によっては、女子も大量に採用するから宣伝が必要なんですよ。映画の女優さんとかで、今人を探していたところだったんです。けど、なかなかいなくて。
 マイさんなら車もぶっ飛ばせるし、時代の先端を行っていると思うんです。それに、仕事で私に会う機会も増やしやすいでしょ」

「なるほどねえ。私も車の免許取ろうかな」

「ホントっ! じゃあ、乗り方教えてあげる!」

(仲良いなあ。私も瑤子ちゃんと、これからはもう少し会えるのかなあ)

 二人を見ていると、仲の良い姉妹に憧れてしまう。半分くらいは、絵に描いたような美人姉妹ってのもあるだろう。そして私と似た感想を持つ目とカチ合った。涼太さんだ。涼太さんも、それなりに苦労してそうだ。
 そして私と目の合った涼太さんが、控え気味に聞いてきた。

「あの、僕の話はもう終わりでしょうか?」

(今日は終わりといえば終わりだけど、勝次郎くんには4日に改めて話せばいっか)

「あー、そうね。仮面彼氏って噂を広めて下さい」

「「エッ?」」

 3人が私に注目する。当然理由がある。
 だから人差し指を立てて、解説と洒落込む。

「マイさんには勝次郎くんという本命がいるから、涼太さんはただの虫除けじゃなかったって事です。そして涼太さん自身は、鳳に入る予定の人だからその役割を仰せつかったっていう設定」

「なるほどね。でも、勝次郎君は大丈夫なの?」

 うん。マイさんは良い人だ。勝次郎くんなら、放っておいても一人で何とかするだろう。けど、大丈夫だ問題ない。
 こんなもん、政権交代や満州でのゴタゴタに比べたら、チョロいもんだ。

「そこはもう一捻り。アメリカの王様の方の件に目処が付いたら、勝次郎くんの方が仮面彼女を欲しかったので、年は離れていたけど交流のあったマイさんに頼んだっていう『真実』の公表。
 そしてお膳立てをしたのが、勝次郎くんの友達である私もしくは鳳の子供の誰かって事にする予定。これで晴れて二人は、本当の恋を始めるのであった。というわけだから、あとは二人で頑張って下さい」

「「おーっ」」

 パチパチパチと3人から、感嘆の声と共に散発的な喝采を頂けた。
 そしてすぐあと小さく挙手。サラさんだ。

「私の、三菱のもう一人の方との事も、同じ感じ?」

「うーん、それはまた別の手を考えた方が良いかなあ。それに、そのもう一人の人との話し合いもまだだから。それとサラさん、彼氏か仮面彼氏はいますか?」

 その言葉に首をブンブン振られた。

「私ってこの通り金髪で白人っぽいせいで、男は殆ど寄って来ないから仮面彼氏とかいらないのよねー。それに、好きな殿方ってのもいないし。みんな軟弱だし、街中でたまに声をかけてくるおバカさんには、英語でまくしたてて追い払うし」

「それに私達も、玲子ちゃんほどじゃないけど同じ財閥令嬢でしょ。しかもお膝元の鳳大学だし、実際に寄ってくる男子は少ないの。気弱な子は近寄りすらしないし、腹に一物ありな人や図々しい人は家の人達が近寄らせないしね」

「それでも隙を見て近寄ろうとする男子が、お姉ちゃんの周りには多かったのよ」

「だから、同じ教室の私に素っ気ない態度しかして来なかった涼太に、仮面彼氏を頼んだってわけなの」

「そのあとは、結構大変だったけどねー」

 相変わらず、聞いてないところまで話が及び始めたけど、この二人は人生を謳歌しているってのがオーラで伝わってくる。良い意味での、お金持ちの子女って感じだ。
 ただ、前世が男性に縁の薄いアラフォー女子としては「爆発しろ」や「もげろ」と言いたくなるし、普通に羨ましい。
 そんな気持ちも込めて、「パンッ!」と両手を叩く。

「ハイハイ、その話はこれから根掘り葉掘り聞くから、大学の食堂にでも行きましょう。それと、涼太さんは4日に面接には来てもらうけど、しばらくは仮面彼氏として以外、マイさんへの接近禁止。マイさんも。良いですね!」

「「えーっ!」」

 二人同時にハモられた。マジで「爆発しろ」お前ら。

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