■「悪役令嬢の十五年戦争」
■ 262 「5月の鳳パーティー」
5月初旬の吉日。鳳ホテルの大宴会場『鳳凰の間』で、毎年恒例の鳳一族のパーティーが開催された。 世情も安定しているので、平和な雰囲気での開催だ。 私個人としては今月15日が凄く気になるけど、打てる手は打ったし、私の前世の歴史より状況は良い筈だから今日くらいはノンビリしたいところだ。
いつもの事だけど、パーティーは身内と親しい人だけを招待する。 関係の薄い人、割り込んでこようとする人は、毎回のお決まり文句の「身内によるささやかな宴」という事で極力シャットアウトしてある。 警備も強化してあるし、ホテル従業員並びに今日はホテルに入っている使用人達にもブン屋や忍び込もうという人への警戒を十分させている。こういう時は、鳳系列の皇国新聞の記者とよく使う探偵が活躍してくれる。
そして2月に井上元蔵相の暗殺事件があったので、警備強化をしても文句を言う人はどこにもいない。逆に危ないからと中止を言ってくる者もいたけど、鳳一族の力を見せつける時だとしてお父様な祖父が却下した。 何しろこのパーティーには、一族だけではなく相応に政財界の要人も来る。懸念はもっともだし、催しを成功させて不安を払拭させるのもまた道理だ。
もっとも、鳳は『血盟団』のターゲットじゃなかった。最近の善業が評価されたんだろう。そして私の知る限り、現状の日本がえらくご不満な海軍の若手将校さん達は、財閥はターゲットにしていない。 だから、例えばここにトラックで突っ込んで来たり、爆弾を放り投げてくる事もないだろう。 その上、その程度のテロへの対策は、可能な限りされている。それこそ、本格的な軍隊でもない限り、鳳の人間を害するのは難しい。
ただ世間では、私は脳内お花畑なお嬢様にされつつあるらしい。自分でも世間とのズレを覚悟で行動しているけど、せめてネジが外れている程度に表現してほしい。
「なんにせよ、平和が一番ね」
「何を当たり前の事を言っているんだ」
ジト目で指摘してくるのは玄太郎くん。虎士郎くんが、壇上で他の演奏家達とピアノ演奏をしているので、一人で暇なのだ。 何しろ玄二叔父さんは、こう言う場には表向きは体調を理由に、実際は「向いていない事はしない」と言って出なくなった。夫人の潔子さんは、生まれたばかりの赤ちゃんがいるので、こちらも気になって欠席。さらに今年3歳の慶子(けいこ)ちゃんも、一緒にお留守番。
とはいえ、鳳の本邸の旧邸住まいだから、気にならない。それに私のお兄様の龍也叔父様の方も、双子の赤ちゃんが出来て間のない幸子叔母様も今回は欠席している。 だから本家に近い者は今回、数が少ない。全員参加は、虎三郎の家族くらいだ。 そして今は家族タイムな感じなので、子供だけの私と玄太郎くんが浮いていた。
「そうは言うけど、平和って何もせずに手に入らないものよ」
「……どうしてそう、子供離れした事ばかり言うんだ? その通りなのかもしれないが、玲子と違って子供に何ができる」
「私は例外なんだ」
分かっているけど、ちょっと突いてみたくなる。 けど、意外にしっかり頷き返され、さらに顔をこちらに向けて目線まで据えられた。 メガネの向こうの目が、ちょっと凛々しい。
「みんなから色々聞いた。玲子が色々としている、いや、してきた事もな」
「みんなから、ねえ。けど、大した事はしてないわよ。実際動いてくれているのは、お父様や時田達だし」
「あのなぁ、大した事って言っている時点で、してるって言っているようなものだろ。それで、今度は何をしている?」
そう言って少し強めの視線。 けど、一応とぼけてみる。
「マイさん達の事なら、玄太郎くんも共犯者でしょ?」
「そっちは、事が大きくなったら僕は関われない。それにそうじゃなくて、最近警備が過剰じゃないか?」
強めの視線は変わらない。二次元なら眼鏡がそろそろ光りそうだ。
「2月に暗殺事件があったからに決まっているでしょ。あの暗殺した人達、財閥関係者も狙っていたのよ」
「そうなのか。それは知らなかった。……結構急だった本邸への引越しもそうなのか?」
「そうよ。うちはますます事業拡大を加速させるから、一面的なところしか見ない視野の狭い人達にとっては、財閥ばかりが良い目を見ているって映るからね」
「鳳は違うだろ。玲子が大勝ちしてきた金でしているんだから」
「視野の狭い人には、余程じゃないと言うだけ無駄よ。でなきゃあ、大量暗殺計画とかしないわよ」
「……それもそうか。それで、玲子が次にしているのはなんだ?」
「事業拡大以外に何があるの? 忙しいのよ」
「でもさ、危ないんだったらその対策とかしているんじゃないのか?」
「そう言うのは、お父様や大人の人たちがしてくれるわ。その辺は、自分の無力を感じるばかりってところね」
「そうなのか」
「そうよ」
「話が弾んでいるわね」
ちょうど玄太郎くんの表情が緩んだところで、華やかな声。顔ごと向けると、マイさん達がダブルデート中だ。 ただ勝次郎くんが、一瞬玄太郎くんに強めの視線を向けたのは、私的にはマイナスだった。 けど、パーティー会場で子供同士が辛気臭い話をしていたので、こっちとしては満面笑顔が簡単に出てきてしまう。
「いいえ、退屈していたところ。マイさん達は楽しんでますか?」
「お陰様で。でもね、勝次郎さんも毅太郎さんも博識だから、年長者の威厳が総崩れ。もう、可愛くしているしかないのよね」
悪戯っぽい表情のウィンクと軽く肩をすくめるのコンボで、無駄に可愛い。少なくとも、今の勝次郎くんには勿体無い。
「マイさんもサラさんも、自然体でも凄く可愛いですよ。羨ましいくらい」
「ありがとう」
そこまで言った時点で、少し目線が動く。私を一度見て、さらに周囲に視線。勝次郎くんも似た感じ。 そこで察したので、シズ達をもう少し呼び寄せて、あとは自分たちも加えて、周りから少なくとも会話が聞き取れないように位置を変える。 そして顔だけは笑顔で、お話再開。
「どうですか?」
「虎三郎が、来週くらいに向こうに打診予定。そっちは?」
「私のメイドが、向こうに情報が伝わっているのを確認済み。噂話と2回目のダブルデートも」
「もう? どれだけ見られているのか、ちょっと怖くなるわね」
「まあ、見ているだけだから、学校の教室で横目で見てくる男子程度に思っておけば良いですよ」
そんな私自身が体験した事のないアドバイスに、「了解」と苦笑する。マイさん達には、思い当たる事がありまくりなんだろう。 なお、この2カップルは、4月に2回のデートを行なっている。1回目は東京観光。けど東京観光の遊覧バスじゃなくて、マイさんの車で。 マイさんの赤いデュースは目立つ事間違いなしな感じだから、見せびらかすにはもってこいだ。
ただ2度目はマイさんがやんちゃして、郊外にある鳳自動車の走行試験場でかなり飛ばしたらしい。 この鳳の走行試験場、虎三郎の趣味で試験場というよりはオートレース場に近い。たまに本当にオートレースもしている。 さらに土地を無駄にしない為、外周トラックの中の一部が自動車教習所にもなっていた。
マイさんは、場所が空いている時にたまに走らせているそうだけど、虎三郎に聞けばデュースのタイプJを輸入したばかりの一時期は、テストドライバーまがいのことをしていたらしい。 そしてそこで、久しぶりに思う存分走らせたそうだ。 ただし、車の中は阿鼻叫喚。俺様キャラの勝次郎くんもグロッキーしたらしい。時速100マイル、160キロオーバーをいきなりは、流石に同情する。
さらにマイさん、サラさんは、鳳の広報の仕事も始めているから、学校の終わった勝次郎くん達の放課後に落ち合って、軽くお茶をするなどさらに親密さをアピールしている。
そんな話を、私達は鳳のメイド喫茶や鳳の本邸に遊びにきたマイさん達、男子どもは勝次郎くん達から聞く。当然、使用人や周りの人に聞こえるよう、大げさに騒ぐ。 この話のミソは、使用人以外は大人が絡んでいないように見せる事。そして今のところは、成功しているらしかった。
「じゃあ、あと1回くらいはデートしたら、ってところかな?」
「エッ? まだするのか?」
勝次郎くんが、珍しく後ろ向き。マイさんのスピード狂ぶりに、相当参ったんだろう。ちょっと笑ってしまう。
「わ、笑うな。玲子はあれを知らないからだ」
「知ってるわよ。学校の帰りに何度も乗せてもらっているし、あの走行場でも乗せてもらったもの。全速で」
「あ、あれを、しかも全速で?! あ、いや、失礼」
「良いわよ。私も反省してる。あの時はゴメンなさいね。玲子ちゃんがケラケラ笑っているから二人も大丈夫かと思ったけど、玲子ちゃんが例外なだけだったのね」
「だから言ったじゃん。あれは普通無理だって」
サラさんもゲンナリ気味に姉を小突く。 ただ、ちょっと気になった。
「あの、マイさん、涼太さんは隣に乗せたことあるんですか?」
「ん? あるわよ。ほおが引きつってたけど、楽しかったって」
そう言って、いわくありげに笑う。さっき見せた笑いとも違いは殆どないから、まあバレることはないだろうと思う。 演技だとしたら、なかなかのものだ。勝次郎くん達の方が、演技共々嘘くさい。 なお、マイさんの本当の彼氏の涼太さんは、4月中ばから鳳総研に顔を出すようになっている。早速、貪狼司令に使われているけど、貪狼司令曰く「いけるんじゃないですか」で、涼太さん曰く「頑張ります」だ。 数日前に総研で見かけた涼太さんは、忙しそうにしていたから、多分このままで大丈夫だろう。
そしてその数日後、この秋から虎三郎の次男の竜(リョウ)さんの、MIT(マサチューセッツ工科大学)への留学が決まった。 夏までには、予定通り仮面彼氏の話も全部暴露して、マイさん達の交際も表立って出来るようになるだろう。
「世界情勢とか政治も、こんな簡単に事が運べば楽なのになあ」
それが私の、この件での総評だった。
__________________
世情も安定している: 「満州事変」は前年のうちに完全終息。「第一次上海事変」が起きず。 「血盟団事件」は、1人が殺された時点でほぼ全員検挙。 4月29日の「上海天長節爆弾事件」も、フラグ自体が未成立だから事件自体がない。
遊覧バス: 1925年から東京遊覧乗合自動車が運行。徐々に変化、拡大していく。はとバスの前身。