■「悪役令嬢の十五年戦争」

■  271 「北満鉄道売却交渉開始」 

 1932年になると、日本とソビエト連邦、そして満州臨時政府、殆ど形だけの中華民国政府により、ソ連がロシアから利権を引き継いだ東清鉄道(中東鉄道もしくは北満鉄道)の最初の売却交渉が開始された。
 そしてそれを、少し遠くからイギリス、アメリカが注視していた。

 この状況になったのは、日本軍の全面支援で満州全域を満州臨時政府が統治するようになった結果、ソ連としては東清鉄道を保有し続ける意味が大きく減退したから。ソ連にとって、防衛まで考えるとむしろ重荷になる程だった。
 また、ソ連の外交方針が、1930年に大きく転換した事も影響していた。

 ソ連では、スターリンが独裁体制を強化した影響で、スターリンが主張した一国社会主義論を実現するべく、従来のトロツキーらによる善隣外交と革命の輸出という相反する政策をやめて、ソ連と資本主義諸国との平和的共存に方針を転換する。
 そして話の通じない張作霖の中華民国ではなく、日本の傀儡の満州臨時政府となら平和的な話し合いに応じる向きを見せた。

 もっともその裏には、現時点で極東での軍事的緊張は避けたいというソ連の方針もある。極東は裏庭だし、ロシア中枢部からの増援を非常に送りにくい。何より、まだまだ貧弱な国力、軍事力は、ヨーロッパ正面からの脅威に投入しないといけない。
 後世の軍オタの多くが失笑したんだと思うけど、この頃のソ連は真剣にポーランド陸軍を恐れていた。なんでも、ポーランドは騎兵の国でソ連建国頃に奇跡のボロ負けをしたトラウマがあるらしい。

 この時の交渉では、ソビエト連邦の外相はマクシム・リトヴィノフ。日本は、31年12月に成立した犬養内閣の外相が宇垣一成。
 交渉場所は、どちらかの首都ではなく争点となる東清鉄道の中間点 哈爾濱《ハルビン》。

 そして宇垣外相の求めで、第三者の立会いを日本側が求め、ソ連側もこれを受け入れ。
 そしてアメリカも手を上げたけど、大陸情勢に精通し最も多くの大陸利権を有するイギリスが、立会人を派遣してきた。その立会人が、私だけにとってはもう笑うしかないお人。あのリットン調査団のヴィクター・ブルワー=リットン伯爵だった。
 「ここで来るか、お前!」と情報に触れた瞬間に叫んでしまった程だ。とはいえ、アメリカからスチムソンが来るよりも、百万倍マシな人選だ。
 アメリカが仲介役だったら、国務長官のくせにスチムソンが来る気満々だったらしい。

 そうした中での最初の交渉の予備段階は、その年の春に開始され、この6月に最初の外相会談となった。私の前世の歴史のような事件が起きていたら、到底実現しなかっただろう。
 それにしても結局は満州に来るリットン卿とか、歴史の因果としか思えてならない。

 それはともかく日ソの交渉だけど、終始日本ペースというより宇垣外相ペースで進んだ。
 役者が違っていたと言う事なんだろう。
 ソ連のリトヴィノフ外相は、革命前のロシア時代から長らく共産主義者の外交官的な役割で活動し、革命後のソ連でも外務次官になり、1930年にスターリンの後押しもあって外相に就任した。言わば、ソ連の中では生粋の外交畑の人間だ。

 これに対して宇垣外相は、陸軍軍人としては海外にもその名を知られた人だけど、外相は初めてだった。けど、陸軍大臣を長く務めるなど、政治家としてのキャリアは長い。日本政府、陸軍内での処世術、交渉ごとも得意としていた。そもそも、やろうと思えば何でも出来てしまう頭のキレる人だ。

 犬養内閣の閣議でも、荒木陸軍大臣の影が霞んでいると早くから噂されていた。もっとも、キャリアと知識、陸軍時代の上下関係、人としての格の違いなど考えたら、残当でしかない。
 犬養総理が「宇垣君、陸相だったっけ?」的なボケをしたと言う逸話が、全てを物語っていた。

 けどソ連側はそこまで宇垣外相に詳しくはないので、軍人上がりと舐めて交渉に挑んだらしい。
 そして交渉は、終始宇垣ペースで進んだ。

 日本側としては、東清鉄道は最終的に欲しいけど、可能な限り安く買いたいだけだ。そして、そこまで急いではいなかった。すぐに手に入れたところで、満州北部の地固めが出来ていないし、何よりソ連に対する護りの備えが出来ない。
 まずは南部全域を固めるのが先で、北部は後回しで良い。手に入れるのは、2、3年先で構わなかった。
 

 そして最初の交渉でソ連側は、最初6億2500万円(2億5000万ルーブル)を吹っかけてきた。円の対ドルレートが大きく下がっているのが理由だと説明した。
 これに対して強気の日本、ではなく宇垣外相は5000万円を提示。その上、ソ連側が東清鉄道や満州北部に軍隊を置くなと交渉してきたのに、関東軍の自由配置を要求した。しかも満州全土での。
 この追加条件で、宇垣外相は陸軍内の多くを味方につけたと言われる。

 もっとも、交渉の最初だからこんなものだとお互い案件を持ち帰り、本国と連絡した上で数日後再度の交渉。ここでソ連側は、予定通りなのだろうけど5億円に値下げ。2億円くらいで売れれば、ソ連としてはウハウハだからだ。
 そして今のソ連は、『後で取り返す予定の海外利権』よりも、当座の外貨が欲しかった。

 もっとも、あのソ連が当初から値段を下げてきたのは、それなりの理由があるからでも、吹っ掛けすぎたからだけでもない。
 日本が満州全土を制圧して、満州に3個師団の兵力を置いた事も影響していた。朝鮮と合わせると5個師団。有事なら10万名の兵力となる。

 これに対して極東ソ連軍は、約10万名。満州里の西側からバイカル湖にかけてのザバイカル方面軍も約10万名。今まで日本の関東軍が少なかったので、ソ連は極東で大きな優位に浸っていられたけど、日本軍が増えたので少し焦りが見えた影響だ。

 しかも10万名以上いるとされる満州臨時政府の軍も、張作霖の軍閥より強力という話がソ連側にも伝わっていた。そしてこの軍閥も、関東軍が主力となるなら警備や後方支援などで戦力としての意味がある。それに騎兵は、純粋な脅威だった。
 さらにスターリンは、油のある日本海軍が日本海を戦艦で定期的にパトロールするようになってから、殊の外警戒感を高めているのだそうだ。

 そうした優位を十分以上に知っている宇垣外相は、強気の姿勢を維持。向こうが1億円以上譲歩したのに、金額的な譲歩はなし。しかもソ連側が日本に情報を内示した上での事なので、リトヴィノフも鼻白んだと言う。
 挙句に、満州での治安維持の為に、陸軍の追加派遣をするかもしれないと言う情報を故意に漏らさせた。

 ただ宇垣外相も、ここでの交渉段階で関東軍の案件を取り下げて、常識範囲内での少数の鉄道警備兵の配置に譲歩。
 ただし、5億円と5000万円ではまとまるはずもなく、宇垣外相はそれ以上の譲歩姿勢を示さなかった事もあり、日本側が交渉の席を立つ形になった。

 そしてこの後、リトヴィノフはスターリンに相当怒られたという噂が流れてきた。
 いいようにコケにされたわけだから、怒られても仕方ないだろう。
 一方で、この交渉で日本は、ソ連、共産主義に安易な譲歩と妥協はしないという外交得点を獲得。さらに、日本の満州への領土的野心が、諸外国が思っていたより少ないんじゃないかという評価もたった。

 アメリカは、スチムソン国務長官が満州の市場開放を求めるとか言いつつも、日本の反共姿勢を支持した。
 これはアメリカ国内で共産主義に対する反感が強まっている証拠でもあった。現にアメリカでは、日ソの交渉が新聞で大きく書かれたりした。ハーストさん、頑張りすぎだろ。

 当然だけど、宇垣外相の国内外での株も上がった。
 ただし陸軍の一夕会にとっては、宇垣外相が政治的に強くなってやりにくくなったので不満足の結果だった。
 ただし、関東軍は余計な仕事が先送りになったし、日本の最前線でソ連と向き合う者としては、政府のソ連への強気の姿勢は評価できた。しかも宇垣外相は、犬養総理の方針もあって、満州臨時政府を支持している。
 この為、一夕会に一応は所属していた所謂「満州組」との間に亀裂が入ったのだそうだ。

「というところで玲子、北満鉄道のお代ってどれくらいが適正なんだ?」

「そんなの専門家に聞いてよ」

 夕食後、お父様な祖父と軽快なトークタイムでの事だった。
 一族の多く鳳の本邸に引っ越したと言っても、みんなで集まる事は意外にない。子供達は勝手に遊んでいるけど、大人達は月に一度会えば多い方だ。
 本館は、善吉大叔父様達と私が住んでいるけど、佳子大叔母様が私の事を嫌っているから、一緒に食事をとるのが精一杯。それもお父様な祖父とお母様な祖母である瑞子(たまこ)さんがいるから、仕方なく同席するという程度だ。
 当然、ロクな会話はない。私が食事中に会話するのは、書生扱いの私の側近候補達くらい。
 だから軽快なトークとなると、食後しかない。
 そして特に夕食後のひと時、離れに移動してお父様な祖父との時間を過ごすのが日課になりつつあった。

「今から呼ぶのも悪いだろ」

「まだ仕事していると思うから、電話でも無線でもしたら?」

「そこまでして聞く事でもない」

「じゃあ、善吉大叔父さんに聞くのは……ちょっと悪いか」

「だろ。他も今は家族団欒の時間だ」

「だから私達も家族団欒で、何か話しましょうかって? だったら、もっとマシな話題はないわけ?」

「玲子とじゃあ、重なる趣味は殆どないだろ。だいたいお前、ほぼ無趣味だろ」

「そっ、そんな事ないわよ! えーっと、お絵かきとか好きだし」

「考える時点で趣味と言えるのか? 確かに絵は結構上手かったな。っと、今はそれより、北満鉄道なんだが?」

「あー、ハイハイ。日本側は、1億円以上は出したくないでしょうね。出来れば8000万円以下。純粋な経済価値は、それくらいしかないわよ。けどソ連は、2億以上。欲を言えば、幾らでも吹っ掛けたいでしょうね」

「間を取れば1億2、3000万ってとこか。それで適正なのか?」

「適正価格なんて、この場合あってないようなものよ。けど、宇垣外相が強気を通してくれたから、ソ連の言い値で買う可能性が減ったし、今の所は日本優勢じゃない?」

「そんなとこか」

「うん。私も1億2、3000万円くらいで妥協すると見てる。なんなら有利になるように、うちがドルか金地金の一部を用立ててもいいわよ。そういう話をしに行くんでしょ?」

 そう言ってやると、顔だけ昼行灯モードなまま少し目を細められた。そう、近々お父様な祖父は、帰国した宇垣外相と会う予定だからだ。

「お見通しか。だが、これは知るまい」

 そう言って今度はちょっとドヤ顔。何か水面下の話を付けてきたのだ。

「娘に勿体振るような話?」

「いいや。むしろ、本来なら話さない類の事だな」

「けど話してくれるんだ」

「おうっ、たまには父を褒めろ。なんと、閑院宮載仁親王殿下と宇垣さんの話し合いの場を作った」

「っ!! マジで! やるーっ!」

「いや、そんな軽い反応するなよ。せめて、流石ですお父様!って龍也にするみたいに頼むわ」

「うん。それはまた今度ね。それで、どこで?」

「ここでも良かったが、鳳ホテルでするよ。お二方ともここよりは来やすいし、あそこの方が多少は覗き見している連中から誤魔化せるからな」

 私が軽く流したので一瞬嫌そうな表情になったけど、結局最後はドヤ顔を決めた。
 ちょっと曾お爺様に似てきた表情だった。

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北満鉄道:
史実の売却価格は、日本円で1億4000万円。さらにソ連側従業員の退職金3000万円を加えた金額を満洲国が負担することとされた。
ソ連側の言い値が通った形。現実的な価格は、1億2000万円程度と言われる。
ちなみに、この鉄道のロシア人職員達は、帰国後に大半が大粛清の対象となって多くが獄死した。

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