■「悪役令嬢の十五年戦争」

■  273 「秘密会談の目的」

「ホウッ、この洋菓子はいけますな」

「そうでしょう。このところ、私のお気に入りです。他の店も真似しているが、相性が良いのか、ここのが一番です」

「これは素材と職人の腕でしょう。それに和洋の組み合わせが実に斬新だ」

「ええ。西園寺公も、洋の中に京の味わいがあると喜んでおられました」

 私達の横で、ちょっと一服中な原敬と加藤高明が、呑気に抹茶スイーツ談義に花を咲かせている。西園寺公望もお気に入りとか、ある意味で超レア情報だ。厳選した宇治茶使用が良かったのかもしれない。
 そして私の横はお父様な祖父なんだけど、前には宇垣一成が同じように抹茶スイーツを堪能中だ。殿下とのお話が終わって緊張が溶けたのか、さっきよりリラックスしたイメージを受ける。
 けれども、私だけがリラックスできていない。

「それでだ玲子、今回の会談の意味が分かるか?」

 一番リラックスしたお父様な祖父のいきなりの一言。とはいえ、ケーキもろくに喉を通っていないから、何か話している方がマシかもしれない。
 それに質問された事で、頭が正常回転を始める。

「……会談そのものに意味がある。むしろ、会ったのが露見しても良いくらい?」

「まずはそうだな。他には?」

 相変わらずハードルが高い。
 けど、お父様な祖父だけじゃないから、文句をブーたれるわけにも行かない。

「……殿下と宇垣様の間に共通認識が確認された。そしてそれを、政友会、民政党も確認できた……アレ? けどこれってまずくない?」

 思い至って、ツイ口調が砕け過ぎてしまった。だから右手のひらで口を軽く当ててから、言葉を再開する。

「政府、政党と、陸軍の実務を握っている人達との溝が、改めて見えただけですよね」

「そう、改めてだな。それで、この話が露見した場合の反応はどうなると思う?」

「……実務を握っている一夕会は、ますます殿下を蔑ろにせざるを得ない」

「でないと、自分たちのやりたい事が出来んからな」

「はい。それに動きを加速させる」

「内部の急進派を押さえつけないといかんからな」

 言葉のキャッチボールになっているけど、今話している程度の事は、この場の全員が分かっている筈だ。それを敢えて私に口にさせる事に、少なくともお父様な祖父は意味を感じている。
 けど、少なくとも私のおつむを試しているんじゃないし、3人に見せたいわけでもない。本格的な話の前の、共通認識の再確認作業ってだけだろう。

「……最悪の場合、クーデターもしくはクーデターの未遂騒ぎを自分達で起こすんじゃないでしょうか。勿論、一夕会が」

「なぜそう考えた?」

「一夕会が、荒木陸相らを推す天皇親政などを唱える感情的な一派と、永田鉄山らの合理主義的な一派に分裂する可能性が出てくるから」

(そうか。お父様達は、一夕会を内部分裂させて相争わせて、潰してしまう気なんだ)

「玲子、口に出して言っていいぞ。ここはそういう場だ」

 お父様な祖父が、目だけ少し鋭くして私の方へとその視線を向ける。だから、今考えついたことをそのまま口にした。

「驚いたな。そこまで読めるのか。お前の孫、じゃなくて娘さんは、噂通り大したもんだ」

「恐れ入ります、閣下」

「もう閣下じゃない。いや、外務大臣閣下ではあるのか」

 今まで黙っていた宇垣外相が、私に対して初めて反応を示した。言葉通り、表情には軽い驚きがある。
 そしてそのまま私に視線を顔ごと向けてきた。

「それで玲子さん、彼らはどんな行動を起こすと考えるかな?」

「そう、ですね。まずは、軍事クーデターの計画を立てます。ただし、あくまで計画だけ。そしてその計画を水面下で外に敢えて漏らして、同じく水面下で政治家を脅して事を押し通す。それが無理と分かれば、本当のクーデターの二段構え」

 言っていて、話し相手に対する皮肉を感じる。
 この世界では影も形もない陸軍のクーデター未遂計画の一つの首相候補は、目の前の宇垣一成その人だ。
 この話はお父様な祖父にも話してあるので、それを踏まえてだろうけど私の言葉に頷く。

「うん、俺の推測と同じだ。それで、連中は誰を担ぎ上げる? 宇垣閣下は、この通り敵陣営だ。政党もこの通り」

「普通に考えると、荒木陸相か真崎参謀次長。そのまま首相と陸相が無難でしょう。要人暗殺は、世論の反発を考えて可能な限りしないけど、一時的な幽閉くらいはするかも。ただ、問題は参謀総長の殿下ですね。流石に皇族をどうこう出来ないだろうし、一夕会の中の皇族への想いが強い人達の反発が出てしまいます」

「そんなところだろうな。しかし軍人だけで、さすがに政府は動かせんぞ。どうする?」

「政友会の内閣を潰す以上、民政党内に協力を仰ぐしかないでしょう。それとも挙国一致内閣にして、協力するなら政党などは問わずって方向も有りうるでしょうね」

「それで連中の望むようになるか?」

「えっ? ならないでしょう。一度クーデターなんて仕出かしたら、あとは自分の思う通りにしたい人達が、表舞台から一通り消えるまで潰し合いになって、最終的に主だった人は退場するんじゃないですか。
 そもそも一夕会って秀才の寄り合い所帯ですから、他人の、しかも同格程度の相手の言う事を聞きたくないでしょう」

「だそうです、お三方。何かありますか?」

 そう言って3人を順番に見る。3人の顔に浮かぶのは、「まあそうだよなあ」って表情ばかり。この場で仮面をかぶる必要はないから、分かりやすくて助かる。
 そして私は、お父様に誘導される形でかなり気軽に言葉を続けたけど、そこまで分かっている風だ。
 予想通り、お父様な祖父の視線が私で固定される。

「じゃあ続きだ。実際、今言った可能性は低いと見ているんだろ」

「うん。じゃなくて、はい。軍備にばかり予算を注ぎ込む政府を、どこの誰が支持するんですか? 国を憂うる国士の皆さん? 軍需で潤う財閥? 海軍も今は軍縮条約に縛られて好き勝手に軍艦を作れないから、ありがた迷惑でしょう。じゃあ、それ以外は?」

 ズケズケと言うと、お父様な祖父以外が苦笑や微笑を浮かべる。
 そう、今年度は国家予算全体の拡大のおかげで軍事費も大幅に増額したけど、同じくらい公共投資、つまり土建業を中心に地方に注いでいる。
 だけどエリート軍人達の望む予算編成にしたら、公共投資が軍事費に回って地方経済が死ぬ。兵士の供給先である地方、特に農村が死ぬ。国民だけじゃなくて、軍内部からも反発が出るだろう。
 それを誰もが理解している。それに、そもそも、だ。

「そもそも、自分達の結社じみた派閥を維持する為の軍事クーデターは、当事者達以外の全てを敵に回します。利権に擦り寄る人もいるでしょうけど、お金に擦り寄るだけで人にも組織にも擦り寄ってはくれません。もちろん、クーデターに際してそれらしいお題目は掲げるでしょうけど、みんなすぐに真意に気づくでしょう。一夕会って、一部陸軍将校のお友達クラブみたいなものですし」

「で、秀才連中もその程度の事は分かっているから、実際のクーデターまではしない、と見ているわけだな」

「はい。最初は仲間内での議論でしょうね。そしてお互いに相手を、自分が正しいと考える理屈でねじ伏せようとする。当然、決裂して分裂。あとは派閥抗争じゃないですか」

「クーデター以外に避ける方法は?」

「最終的にはないと思います。宇垣様の派閥の方々を全員軍の中央から排除しても、今度は一夕会の中で派閥内抗争になります。……あっ、一つありました」

「ホウ、それは是非聞いて見たいな」

 お父様な祖父じゃなくて宇垣外相が、少し楽しげな表情で聞いてくる。面白い事を話している気は全然ないけど、宇垣外相の敵をディスりまくりだからだろう。
 ただ私としては、お兄様も一夕会の準一員だから、あまり言いたくはない。けど、この場は言わないわけにはいかない。
 だから、彼らにとっての最悪を避ける手段を告げる事にした。

 

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影も形もない陸軍のクーデター未遂計画の一つ:
「三月事件」
1931年3月20日を期して、日本陸軍の中堅幹部によって計画された、クーデター未遂事件。
最終的には、首相予定の宇垣一成の同意が得られず未遂に終わった。

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