■「悪役令嬢の十五年戦争」

■  278 「夏の予定」 

 女学校最初の夏休み。鳳の女学校には通っているという以上じゃないけど、夏休みは夏休みだ。

 そしてこの夏は、なるべく遊ぶかダラダラする予定。幸い、私の仕事は少ない。世の中もそれなりに平和だし、好景気の機運で雰囲気も明るい。
 たまには、ブルジョアらしくゆっくりと夏の休暇と洒落込みたくもなる。
 発想が子供じゃないけど。

 ただ私は、安易に外を出歩けない。帝都の主要部か、鳳グループの施設が精々だ。それ以外となると、事前に現地調査した上で、かなりの護衛が付く。
 三越でのお買い物ですら、最低でもフロアを貸し切るくらいが丁度良いとか言われてしまう始末。どこのマイケルだよ、と文句の一つも言いたくなる。

 だから夏のヴァカンスの候補としては、鳳ホテル、鳳ホテルの保養施設、そして一族の別荘が妥当となる。それ以外の夏の風物詩だと、屋形船を何艘か借り切っての両国の花火見物くらいだろう。お祭り、縁日は行かせてもらえない。

 一方では、鳳内でのヴァカンスの状況は年々向上していた。
 鳳一族、鳳グループが拡大してお金持ちになったので、日本各地に色々なものを作ったから。その中には、鳳ホテルのようなホテルや大きな温泉旅館もあるし、社員の為の保養所、慰安施設も各所に増えた。

 元鈴木系列以外の鳳グループの地盤が一応瀬戸内海と関東圏なので、特にこの地域に多い。ただ瀬戸内海方面は、私が簡単に行ける場所じゃない。だから関東周辺が、休暇で過ごす場所になる事が多い。冬だと熱海の温泉が定番だ。

 鳳ホテルは、リゾート会社として拡大に転じていたので、熱海と横浜、大阪に新たにホテルを開業していた。けれども、ただホテルで過ごすだけなら、屋敷で過ごすのと大して違いがない。行くとしたら、温泉のある熱海一択だ。
 鳳グループの保養地は、従来の熱海の施設を拡大し、草津に立派なものを作ったりしているけど、そのせいで私達が立ち寄る場所に相応しく無くなっていた。

 となると一族の別荘だけど、湘南(鵠沼)、軽井沢に加えて、金持ちらしく鎌倉のお隣の逗子に増えていた。
 それに富士五湖のあたりにも、以前からある。その代わりと言うべきか、昔からの金持ちの別荘地の大磯には別荘、屋敷を持っていない。

 そうした別荘は、私やお父様な祖父はあまり使わないので、一体誰が使うのかと思ったけど、聞いてみるとそれなりに使われていた。しかも、子供が多いとはいえ一族が増えたので、別荘も増やしたらしい。

 軽井沢は外国人が開いた避暑地だけに、虎三郎一家が夏に愛用している事が多い。スウェーデン人を娶った紅龍先生も、最近は使うようだ。逗子の方は、かなり立派なものを作ったせいか、佳子大叔母様がたいそう気に入っていた。そう言えば、あまり屋敷で見かけない。
 富士五湖の方は、前々から鳳病院の結核用のサナトリウムがあったし、最近になって近くに製薬の研究所と学校関連の施設も増やした影響で、紅家の別荘って感じだ。

「てことは、鵠沼の別荘か。夏だし、海で遊ぶのも良いわよね」

「いえ、玲子お嬢様、現在鵠沼の別荘は改築中で、この夏は使えないものとお考え下さい」

「エッ、マジで?」

「はい。誠です」

 執事姿の時田が、いつものように恭しく答える。
 セバスチャンがアメリカ出張中なので、久しぶりに私の側に居る。代わりの人を頼んだのに、時田が来てしまった。「他に適当な者が見当たりませんでしたので」と、時田に言われては何も言い返せない。トリアも半ば子供に会わせてあげる為に、セバスチャンと一緒にアメリカでお仕事中だ。

 そして他の者となると、忠誠心だけ、能力だけなら他にも居るけど、両方兼ね備えた者となると、なかなか適当な人がいない。
 しかも、なまじ優秀な人を新たに執事にしたら、多分だけどセバスチャンがマジ泣きするだろう。それに、今はトリアもいるから良いけど、来年春からが問題だ。
 その問題に早くも直面したわけだ。
 そこで時田と相談して、第三執事を探させている。今日はそれも間に合わないので、ちょうど休暇中の時田がやって来た。

「他の別荘も先約ありなのよね」

「はい。短期間でしたら空く場所も御座いますが、時期があまり相応しくはなくなりますな」

「じゃあ、熱海に出来たばかりの鳳ホテルしかないか。確かあそこの温泉保養所って、改築中よね」

「はい。鳳ホテル熱海店の別館として建て直し中です」

「仕方ない。熱海のホテルで我慢するか。温泉もあるしね」

 とそこで、時田が少しだけシンキングタイム。

「先に聞くべきでしたが、休暇期間はどの程度をご予定でしょうか?」

「欲を言えば、夏休み全期間。けど、仕事を多少持ち込んだとしても、流石にそれは子供としてダメだから、2週間ってところね。今月末に竜(りょう)さんの渡米送別会があるから、その後からお盆までの間が理想ね」

「2週間程度でしたら、瀬戸内海方面でも宜しいのではないでしょうか」

「道後温泉に保養所作ったんだっけ? 他にも幾つかあったわよね。そのどれか?」

「左様です。完成したばかりで、まだ誰も使っていないところが丁度ございます」

「じゃあ決まりね。それに寝台特急で丸一日かけて行くのも、ゆとり的には夏しか出来ないし、オツかもね」

「いえ、往復は私用の船をご用意します。場所も、船でないと行けませんので」

「船? どこかの島?」

「左様です。島を丸ごと一つ買い込み、鳳グループの保養施設と研修施設を合わせて建設しました。その一角に高級別荘も御座います。往復と現地での警備を考えると、理想的かと」

「なるほどねえ。海かあ。砂浜は?」

「勿論ございます。内海ですので、高い波もありません」

「緊急時は?」

「台風が来ない限り、問題ありません。連絡も、島の施設に無線もあります。将来的には、陸からも近いので海底ケーブル敷設も予定しています」 

「研修や保養の人の邪魔にならないのね?」

「何せ島なので、十分な量の水を確保する設備はまだ建設中で、まだ少人数でしか利用ができない状態です」

「なるほどね。邪魔にならないし、邪魔もいない。まさに理想的ね」

「はい。往復2日は船旅となりますが、多少でもごゆっくり過ごされるのでしたら、手頃かと」

「島丸ごとが手頃ねぇ。ま、良いわ。この夏は、そこにしましょう」

「畏まりました」

 そう言って下げた頭を見て、また白いものが増えたなあと思いつつ、次のステップを考える。

「そこの施設の規模は?」

「貴人用でしたら、使用人抜きで最大20人程度滞在頂けます」

「さらに一般用もある、と。ちょっとしたホテルね。じゃあ、みんなに声をかけておいてね」

「夏の予定の定まっておられない、蒼家の方々で宜しいでしょうか」

 聞かれたので思い浮かべてみるけど、確かにもう予定が決まっている人も少なくない。再確認の為、声に出してみる。

「そうねえ、虎三郎達は毎年軽井沢だし、佳子大叔母様は逗子でしょ。善吉大叔父さんは、休めと言っても働いちゃう人だし、こういう付き合いは佳子大叔母様以外は、あそこの家族は全員が遠慮するものね。龍也お兄様は軍務があるから長期は無理だろうし、意外に少ないかな? まあ、声をかけられる限りで良いわよ。それと、私の側近候補達全員ね」

「畏まりました」

「うん。あと、仕事する使用人は最低限にしてよ。みんなも、ちゃんと休んでね」

「はい。心得ております」

 そうニコリと笑みを浮かべるけど、その時田を見て思いつく。

「命令だから、ちゃんと休みを取りなさい。仕事も、夏にはひと段落しているでしょ」

「畏まりました。お言葉に甘え、十分に休暇を取らせて頂きたく存じます」

 そう言ってまた恭しく頭を下げる。
 それを見つつ、常に私の側にいる人影へと、顔ごと視線を向ける。

「シズもよ。聞いた通りだから、今回は交代で連続休暇も満喫する事。良いわね」

「はい。ご配慮、痛み入ります」

 命令がましく言わないと休まないというのも考えものだ。そもそも、この時代の日本人は働き者過ぎる。
 鳳グループ全体でも、半ドン以上の週休を取らせる動きを広げさせているけど、基幹企業の一部以外では日曜だけが休みで、他はせいぜい土曜午前中就業、つまり半ドンが精一杯だ。週休二日はまだ遠い。

 年末年始はそれなりに休むけど、夏季休暇もお盆を数日取るくらい。それでも明治初期より随分休むようになったと言うのだから、感心を通り越して呆れそうになる。
 しかもシズなど一部の使用人は、休みを与えても屋敷内で過ごすから半ば待機状態に近い。
 本当に心身が休まっているのか疑ってしまうけど、当人達は気にしていないし、見た限り悪い影響もないから、あまり強くも言えない。
 だから、軽く溜息をついて、一言添えるだけだった。

「あんまり休んでないと、縁談話を持ってくるわよ」

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