■「悪役令嬢の十五年戦争」

■  291 「満州への資本参加?(2)」 

「そう言うわけだ善吉。他に出来る会社がないから、石油事業は鳳が全部もらう。他の事業に参入なりする場合は、アメリカ資本導入が大前提。そう伝えてくれ。それと俺の後輩どもは、こっちに回せ」

「分かりました。やはり、先に話して正解でした」

「善吉じゃあ、俺達ほどズケズケ言えないか?」

「相手は、あの関東軍ですからね」

 演技じゃない苦笑で、善吉大叔父さんが父様な祖父に答える。まだ、私の前世ほど悪名は轟いていないけど、20年以上も満州で好き勝手してきたから良い評判があるわけない、って感じだ。
 鳳のこの場にいる人達なら、満州事変で鳳が関東軍や石原莞爾らに一杯食わせた事を十分以上に知っているけど、それでも関東軍は関わりたくない相手らしい。
 私も同意見だけど、日本が手を出せる日本近在の大油田は満州にしかないので、ある程度は関わらざるを得ない。

 そして私とお父様な祖父は、以前の話し合いで、石油事業の独占とアメリカ資本参加を条件とする事を決めていた。だから私達二人にとっては茶番だ。当然、時田も共犯者だけど、今回の話の流れ上では第三者となっただけだ。
 ただ、決めてはいたけど、気になる事がある。私の前世の歴史がそうだったからだ。

「けど、その関東軍は、最終的に満州の全部を統制下に置こうとしますよ。時代も進んだんですし、私としては関東軍の組織や諸々は一度徹底的に見直して改変して欲しいくらいです。明確な違反はないけど、小さな独断専行は日常でしょう。こんなの、まともな軍隊じゃないですよ」

「無理だろ。どうだ龍也?」

「そうですね」

 お父様な祖父の私から右から左への言葉に、お兄様が少し考え込む。

「満州臨時政府になって、議定書も交わされた。駐留軍も実質3倍に増え、直接の兵力だけでも軍規模になった。組織改変には丁度良い口実にはなるでしょうね」

「それだけか?」

「出世配置としての側面を強化する事で、陸軍中央からの統制も強化。陸軍としては、この程度が限界でしょうね。ただ、関東軍司令官は元から大将が頭にくるので、抜本的な改革、改変は難しいでしょう」

 「そんなもんだろうな」とお父様な祖父も諦め半分な口調で言って、少し沈黙する。関東軍をどうにかするのは無理という事だ。お兄様も、言ってみただけ感が強い。
 それを見た善吉大叔父さんが、なだめるような口調で口を開いた。

「まあ、石油事業以外では、うちが関わる事はないと思うよ。玲子ちゃんの出したアメリカ資本参加じゃないけど、うちはアメリカとの関わりが深いから」

「では、どうして?」

「理由は二つ。まず他の財閥は、鳳がこれ以上巨大化するのを望んでいない。かといって、鳳以外が大きくなるのも望んでいない。みんな仲良く参入では、関東軍が一元管理できない。関東軍も、どこに話を持っていけば良いのか悩むほどだ。そこで二つ目」

 そこで一旦言葉を切る。

「うちに話を持ってくる一番の理由が、遼河油田だ。ただし陸軍も、あの油田がどれだけ深いところから石油を採掘しているかくらいは知っている。そして、他の会社では全く無理だという事も。それに製油に関しても、規模、質、技術特許、全ての面でうちが他を圧倒している。出光さんのお陰だ」

「いえ、鳳の皆様や時田様が、アメリカとの話を進めて下さったお陰です。ただ今回のお話、一つだけ確認させて頂きたい事があるのですが、よろしいでしょうか」

「外に話を持ち出さない限り、この場では何でも聞いてくれ。そう言う場だ」

 出光さんの問いに、善吉大叔父さんではなくお父様な祖父が応じる。今回は半分はグループの話だけど、一族当主が許可を与える方が話が早いからだ。
 そして出光さんも、お父様な祖父に軽く頷いてから話し出す。

「皆様の言葉から察するに、満州の油田が遼河油田だけではないと感じたのですが、他にあるのですね」

 言葉の最後に、出光さんの視線が私に固定される。私はそれを一回受けてから、お父様な祖父に視線を向ける。
 そして話せとのゴーサイン。

「あります。場所が北満鉄道の真下なので、今までは話しても意味がないから話しませんでした」

「もう、そこまで明確に分かっているのですか」

「正確な位置は私が現地に行った方が良いですけど、おおよその場所は。ハルビンとチチハルのほぼ真ん中。鉄道沿線の真下に、油田群の中核がある筈です。ただ油層が深くて、浅いところでも1キロくらい掘ります」

「なるほど、確かにそこでは手は出せませんね。ですが遼河油田は、最大で2000メートルを超えます。その半分なら、今の我々なら容易いですよ。他に何か分かりますか?」

「油の質が、遼河と似たり寄ったりの筈です」

「それならむしろ、遼河の油と合わせて製油所の温度設定が楽というものです」

 続けざまに力強い言葉。流石ネームド。こちらも思わず頷き返してしまう。

「その時はお願いします。けど、北満鉄道の利権問題が片付いてからなので、今は遼河油田に総力を傾けて下さい」

「はい、お任せ下さい。ガソリンの消費量はうなぎ登りですが、製油用の触媒の量産の目処も立ちましたので、3年以内には800万トンの産油をお約束します」

「今の倍近いのか。それじゃあ、もう一つ掘る為にも、日本の国内消費をもっと増やさないとダメですね」

「本末転倒だな。だが任せろ。三年先なら、それまでに松田さんと小松が金沢に作った工場が、全力操業に入っている。神戸製鋼所の工場も時期は同じくらいだ。それくらいには俺のところも、乗用車の工場と二つ目のトラック工場が立ち上がる。ガソリン、軽油なら幾らでも必要になるぞ。それに播磨造船も、どんどん船を作っている。重油だって幾らでも必要だ」

 専門分野だから、虎三郎の言葉も力強い。

「それじゃあ、ガソリンスタンドも沢山作らないとね。けど、自分で言うのなんだけど、うちが石油を独占して他の財閥がよく黙っているわよね」

「それは、エネルギー消費という大きな括りで見ると、7割は石炭。石油はまだ5%程度。薪炭と同程度の比率だからです」

 思わず出た私の言葉に、出光さんが答えてくれた。

「北樺太の時なんか、鳳の取り分が半分でも大きく文句を言う奴はいなかった。他の連中は、まだよく分からん油田より、あそこの小さな炭鉱を欲しがったほどだからな」

「そうだったのね。じゃあ、北樺太は今のうちに沖合の利権も牛耳っておいて。半世紀以上先の話になるけど」

「半世紀先の話を今からか? まあ、ツバつけくらいしておくが、海底油田か?」

「油田よりガス田。だから当面利用価値がないのよね」

「ガス? 石炭ではなく石油由来のガスですか?」

 お父様な祖父との軽口になっていたところに、専門家の発言。出光さんも目ざとい。

「はい。天然ガスです。地続きだとパイプラインで運べば良いですけど、漏れずに運ぶとなると日本ではまだ技術不足ですね。パイプを作る鉄も足りません。それに海を挟んだ遠隔地となると、液化して船で運ぶことになるから、尚更先なんです」

「なるほど。それにしてもガスの液化ですか。相当高い技術が必要となりますね。しかし何に? 大量にとなると、使い道が今ひとつ見えてこないのですが?」

「火力発電に。石油の方も、大量の電力が必要になる時代になったら、水力じゃあ到底足りなくなるから、一時は石炭と並んで発電の主力になります」

「日本中でダムと水力発電所の工事が活発化していますが、足りなくなるのですか?」

「はい。水力発電の割合は、一割くらいになります。もちろん消費エネルギー全体じゃなくて、発電量全体の」

「……ちなみに、どれくらい先になりますか?」

「えーっと、2、30年先で重油火力の時代。天然ガスの時代は半世紀以上先ですね。だから今は、考えなくて良いです」

「分かりました。それにしても、何とも途方もない話だ」

「俺なんか、その途方もない話を毎日のように聞かされている。そのうち慣れるぞ」

 お父様な祖父のツッコミに、出光さんも少し力なさげなカラ笑いをする。話の流れで話してしまったけど、よく考えたら随分先の話を誰かにするのは久しぶりだ。

「分かりました。今の話は胸の内にしまっておきます。それと、話が決まって油田探査にまで話が進んだら、こちらに回して下さい。あとは、何とでもします」

「頼みます、出光さん。鳳は今の話の線で進むし、関東軍も鳳以外に石油は任せられない事くらいは理解している。他の産業の統制に関しては、少し間を開けて他の財閥に話を持っていくでしょう」

 「他の財閥」という善吉大叔父さんの言葉で、私は『日産』という昭和日本のキーワードが頭に浮かんだ。
 けどそれは確か数年後の話。それに満州での国家主義的な計画経済の実施も、同じく数年先だ。
 ただし、私の前世の歴史の知識で補える範囲を超えた動きが、年々大きくなっていた。それを現すかのように、10月2日に6月頃から極東にいたリットン卿が、本国と国際連盟に報告書を提出した。
 これがこの世界での『リットン報告書』で、諸外国には日本が極東での動きを加速させた事を詳細に伝えるものになった。

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軍規模:
日本では「軍」と呼ぶが、欧米的には「軍団(コーア)」。
「師団」の上の戦略単位。2〜4個師団程度を指揮下に持つ、陸軍の単位。

大慶油田 (たいけいゆでん、ターチンゆでん)
旧満州、中国東北部黒竜江省に存在する油田。正確には、かなりの範囲に広がり幾つもの油田の集合体による油田群。
究極埋蔵量が160億バーレルの大油田。油層が深く、油質は良くない。

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