■「悪役令嬢の十五年戦争」

■  302 「暗殺事件?!」

 1933年2月16日、事件が起きた。

 その頃私は、3月3日に起きるであろう三陸沖の大地震に備えて、色々と水面下でだけど動いていた。
 2011年の地震と津波を多少なりとも知る者として、動かずにはいられなかった。
 明治時代、1896年にも巨大な『明治三陸地震』があったので、これを教訓とした啓蒙活動を主にしてもらった。明治の地震では2万人以上が亡くなり、特に岩手沿岸の被害が酷かったという事なので、尚更2011年と重なる。

 この3月に起きる地震について私は、2011年が起きた後でその明治の地震共々資料などを見たから、ある程度は覚えていた。
 被害は2011年より軽いけど、やはり大きな津波が起きる。そして津波に対しては、とにかく高いところに逃げるに限る。
 製鉄所があるから破壊されたら大変なので、釜石だけは試験的な名目で巨大な堤防を献金や賄賂を積んで作ってもらったけど、どこまで役に立つかは未知数だ。

 また、関東大震災を教訓としたという名目で、物資の備蓄や迅速な救援活動と支援物資の移動の為の準備も国主導で進めていた。これらは、さらに10年程先に頻発する地震にも有効な筈だった。

 そして私としては、ルーズベルトの大統領就任式も、ナチスが独裁政治を確立するのも、気にしてなかった。
 出来る事は情報取集を密にする程度しかないから、貪狼司令に任せていた。

(3日に地震、4日にルーズベルトの大統領就任式、5日にドイツの国会選挙。濃いイベント続きすぎでしょ)

 それでも全く気にならないわけじゃないし、3月まで間があるので愚痴りつつも情報を確認する。
 この時代の日本ではバレンタインデーは特に何のイベントもないし、私はバレンタインデーにそれ程思い入れもないから、21世紀スタイルを広める事はしていない。だから二日前日も特に何もなし。

 そして16日、その日も朝7時30分に鳳の本邸を車で出発して、川崎の生田にある鳳女学校へ。直線距離で20キロほどの道を、かなり速めの速度で移動するから30分程度で到着。29年頃から道をアスファルト舗装してもらったから、かなり快適に移動できる。
 8時過ぎには、関係者のみ使用できる駐車場から女子の側近達を後ろに侍らせつつ、悠然と学園の女帝を演出しつつ登校する。

 そして午前中の授業を受けて、給食タイム。
 私の数少ない癒しの時間であり、普通の庶民的な食事をする貴重な機会だ。
 鳳では中学校(女学校)いっぱいは給食だから、大学予科に上がるまでは楽しめる。
 メニューは鳳学園の特徴の牛乳以外は、この時代の普通に近い。ただし牛乳は新鮮なものを供給する為に、近くに牧場を用意する周到さだ。おかげでめっちゃ美味しい。この牧場は、他にも色々な動物を飼育していて、牛乳だけじゃなくて肉や卵も供給している。
 ただ、紅家の誰かの趣味も兼ねていると聞いている。

 全体の内容は、多い目のご飯。ただし麦を混ぜるか玄米飯を、紅龍先生推奨という事で食べさせる。そしてご飯は、基本お代わりが出来るくらい用意させる。ただし五目ごはんの日もある。また、たまにパン食も出る。
 主菜はタンパク質必須にさせているけど、時代を反映して魚が多い。クジラ肉の日もある。豚肉料理は人気メニューだけど、割高な牛肉メニューは滅多にない。
 それに何かの野菜料理が付くけど、生野菜は出ない。というか、この時代にサラダというものは日本に殆どない。本格的な洋風レストランで出る程度だ。
 汁物が主菜の日もあり、そういう場合、大半は豚汁だけど人気メニューだ。

 そして何より人気なのは、月に一度のカレーライス。これだけは私がめっちゃ推して、小学校の早い段階で導入させた。
 その日はカレーライスじゃないけど、やはり給食は私の至福の時間。その至福の時間に、お邪魔虫がやってきた。
 めっちゃ駆け足だ。

「玲子お嬢様、鳳総合研究所の貪狼副所長よりお電話です」

「貪狼から? 分かりました」

「こちらです」

 貪狼司令には、緊急事態にだけ電話連絡をするように指示してあるから、緊急とか急を要するとかの言葉がなくても緊急の用件だ。
 けど私は学園の女帝。お嬢様だ。こんな時でも、悠然と歩かないといけないのが少しもどかしい。
 だけれども、鳳の屋敷からの連絡じゃないから、一族の誰かに何かがあったわけじゃないのは分かっている。
 政治、経済、軍事の何かで不測の事態が起きたという事だ。

 すぐに思い至るのは満州情勢、大陸情勢あたり。けど、今まで学校に電話という事は一度も無かった。満州事変の時でもだ。
 一番の可能性は、有力政治家の誰かが倒れたか急死したか。何の兆候も無かったから、クーデターという可能性はない筈だ。
 それ以外だと、不意の軍事衝突くらい。満州の境界線はどこも安定していたから、起きるとしたら上海か、揚子江流域の共産党関係の事件。
 そんな予測をしつつ歩みを進め、そして電話を取る。

「もしもし、貪狼司令」

「お嬢様、米国で緊急事態が発生しました」

 電話の向こうからの第一声がそれだった。
 そのせいで少なからず混乱する。

(株が突然大暴落したとしても電話なんてしてこないわよね)

「何があったの? 端的によろしく」

「ハッ。現地時間2月15日午後9時頃、アメリカ合衆国マイアミ市にて、現地で遊説中の新大統領フランクリン・ルーズベルトが銃撃を受け、病院に搬送されました」

 そこで声が止まる。それ以上の情報はないという何よりの証。

「……死んではいないのね」

「不明です。また、同行していたシカゴ市長アントン・J・サーマクも銃撃を受け、こちらも病院に緊急搬送されております」

「分かった。それで犯人は?」

「その場で捕まった模様です。詳細は不明。ただし凶器は拳銃。複数発射されました」

「他には?」

「電報による第一報ですので、これ以上はありません。追って詳細が入るものと考えられます」

「と言っても、現地は昨日の夕方か。追加情報が分かるとしたら、向こうの朝って感じね」

「恐らくは。マイアミには我々の情報網がありませんので、現地の発表か報道を待つより他ありません」

「この情報を他には?」

「ご当主様も情報収集に乗り出しておられますが、日本の外務省、他の財閥の商社も、これ以上の情報は掴んでいないかと」

「でしょうね。とにかく一報ありがとう。後は、昼からそっちに行って聞くわ。それじゃあね」

「ハッ。お待ちしています」

 それで電話は切れた。
 私のそばにはお芳ちゃん。電話口の声が聞こえるように、ピッタリと引っ付いていた体を少し離す。

「大変な事になったね」

「まだそうとは言い切れないわよ。銃撃を受けた。病院に運ばれた。情報はこれだけ。死んだか、怪我で済んだか、無傷か、まだ何も分からないもの」

「そうだね。それに新大統領であって、まだ大統領はフーヴァーだから、権力の空白もない」

「辛うじてね。新副大統領って誰だっけ?」

「ジョン・ガーナー」

「知らない人だなあ」

「候補選び中にルーズベルトを支持して、副大統領の座を掴んだ人、くらいかな。下院議長は務めていたから、政治家としてはそれなりじゃない」

「最悪その人が、次の大統領ね。色々考えるのは、昼からにしましょう。取り敢えず、食べに戻りましょう」

 それで話を切り上げて教室に入り、まだ途中の給食を終えてから学友達にさようならを告げて学校を後にし、車に乗って鳳の本邸じゃなく鳳ビルへ。
 その間私の頭の中は、グルグルと思考が回りっぱなしだった。一応、お芳ちゃんにもバレないくらい、シズにも悟られないくらいに上っ面を取り繕えていたけど、あまりにも予想外、想定外の事態にパニック寸前だった。

(えっ? エッ? エエーッ!? ら、ラスボスが、大魔王が登場前に消える? 万が一に備えた総力戦の準備はこれからだってのに。……もう、ゲームは上がりでいいの? 私、乙女ゲームのクリアだけ考えれば良い? それならもうクリアしたも同然なんだけど)

(イヤイヤ。いや、待て。待つのよ私。体の主とのゲームは、15年無事に走りきる事。ルーズベルトは生きようが死のうが、その先の話。関係ないわよね)

(そもそも、私の前世にルーズベルトって暗殺未遂ってあったの? アーッ、モウッ! 肝心な情報がインプットされてない! 前世の私のバカ! 事件が無かったか、取るに足らない程度の事件だったんでしょうけど、暗殺未遂祭りな総統閣下みたいにリサーチしとくんだった)

(仮にルーズベルトが死んだとして、政権はどうなるの? ガーナーって人じゃあ指導力に欠けるし混乱するだろうから、ニューディール政策どころじゃないわよね。実施したとしても、ショボくなるか中途半端になるのは確定)

(外交は……国務長官がコーデル・ハルだから変わりないかな。けど、やっぱり違ってくるわよね。それに景気対策が私の前世と違っていたら、民主党の支持もガタ落ち間違いなし。次の選挙で共和党が返り咲く可能性も高そうよね。まあ、そっちの方が私的には有難い気もするけど)

(それにしても、体の主とのゲームに専念しやすくなるから有難い? ……いや、待って。そうよ。そうじゃない! なんでこの事に先に気付かなかったの!)

(ルーズベルトがいなくなったら、無条件降伏を突然発表するおバカさんがいなくなる。だから仮に私の前世通りか、この体の主のループ通りに戦争が起きても、戦争の流れが変わるわよね)

(それに、ルーズベルトがいなくなったから、原爆開発が遅れるか、戦争中に開発されない可能性もなくない?)

(……そうか、そう言う事か)

 唐突に一つの事が閃いた。
 私の前世と夢の情景の情報が融合していく。
 
(無条件降伏フラグと原爆開発フラグが立たないから、湘南海岸に米軍が上陸してくるんじゃないの? 最低でも、本土決戦フラグに原爆フラグは直結しているわよね)

(ウワッ! 大魔王が死んだ方が、日本滅亡フラグが立つ可能性があるとか、洒落にもなんないっ!)

 推測に過ぎないけど、確定だと言う確信があった。

(この私が、ルーズベルトの生存を祈る事になろうとは。まさに運命の皮肉っ! て思っているのは、私一人というこの虚しさ……。まあ、何にせよ、仮定や妄想を膨らませていても仕方ないか)

 最後には自分を落ち着ける方向に強引に思考の舵を切ったけど、そこまで思考が進んだのは車が鳳ビルの地下駐車場へと入る頃だった。
 そして車から降りた私は、ちゃんと前を見据える事が出来ていた。今までモヤモヤしていた『悪夢』の情景の原因が、一つ分かったお陰だ。

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ルーズベルト銃撃:
史実でも同じ事件が起きている。史実では幸運にも無傷。
ただし、隣にいたシカゴ市長は銃弾多数を受けて即死。

時差:
東部沿岸部と日本との時差は13時間か14時間。

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