■「悪役令嬢の十五年戦争」

■  308 「陸軍幼年学校」 

 今年の3月末は、イベントが多かった。
 とにかく昭和三陸地震で色々としている間に月日が流れて、早くも3月も終わり。
 そしてその3月最後のイベントが、龍一くんの幼年学校の入学祝いになる。

 本来なら4月にする方が筋だけど、龍一くんは4月1日には幼年学校に入学して寄宿舎に入ってしまう。
 幼年学校は新宿の北、戸山。早稲田大学が程近い場所。要するに鳳の本邸からだと近いので、日曜日には帰って来られる。その点では悲しむ必要はゼロだけど、とにかくお祝いが出来ない。日曜にするにしても時期がズレてしまう。
 またお兄様は、地方から出てきた同級生の事を考え、家が近いからと日曜毎に戻るのは慎重を期すようにと龍一くんに教えていた。お兄様も、お父様な祖父もそうだったらしい。
 そこで入学直前の3月末に、先に壮行会的なものも兼ねて入学祝いをする事になった。
 そして3月末日の昼間。

「今日は俺、いえ、わたくしの為に集まって頂き、誠に有難うございます」

 叫ぶように言った龍一くんが、上座でピシリと最敬礼の深いお辞儀。それに、部屋に集まった人たちが拍手を送る。
 声変わりの途上なので、声がちょっと低音ボイスだ。
 場所は、人数多めなので鳳の本邸の一番大きな部屋。鳳の本邸に住む人々が集まれるだけ集まっている。唯一のゲストは、龍一くんにとっても幼い頃からの友人であり、ご近所さんでもある勝次郎くんくらい。

 他は鳳の一族か一部使用人。ただし虎三郎一家からはマイさんとサラさんだけ、紅家からは誰も来ていない。私のお兄様の龍也叔父様の子供だから、そこまで一族が一同に集まる事でもないからだ。
 逆に、玄二叔父さんが本当に珍しく本館にまで足を運んできていた。事がお兄様の家の事になるかららしい。
 また玄二叔父さんとお兄様の、それぞれまだ小さなお子さん達も、お母さんか使用人に抱きかかえられて顔を出していた。
 正月以外では珍しいショットだ。

 そして立食形式の気さくな昼食会なので、虎士郎くんの奏でるお祝いのピアノの演奏を聴いたあと、龍一くんがそれぞれの人の輪に挨拶回りをしていく。

「それにしても、先を越されたな」

「全くだ。それに大したものだ」

「有難う。でもまだ最初の関門を越えただけで、始まったばかりだ」

「こっちなんて、始まってもいない。少し焦るよ」

「そうだな。龍一が俺達より一歩前進なのは確かだ」

「一歩かあ。まあ確かに一歩だな。まだ三歩あるから」

 私と瑤子ちゃん、マイさん、サラさんの女子の輪の隣まで来た龍一くんが、さっきまで私達と一緒だった玄太郎くん、勝次郎くんと男同士で歓談中。しかも会話内容は、龍一くん上げ。これも珍しいショットだ。
 龍一くんは会話の時の突撃隊長だし、少し間の抜けた会話が多く、みんなからのいじられ役だったのに。

「『男子三日会わざれば刮目して見よ』って言うけど、ちょっとは成長したみたいね」

「三日どころか、みんなの前で虚勢を張っていただけで、中学の一年は家で勉強漬けだったのよ」

「わかるわー。私も大学受験は思ったより大変だったもん」

「鳳の大学くらい、予科での授業をちゃんと聞いていれば大丈夫って言ってたくせに」

「そう言ってたの、おねーちゃんでしょ。実際、受験勉強始めたら、大間違いだったし」

「それは、日々の積み重ねが足りてないのよ。龍一くんが陸軍幼年学校首席入学できたのは、一年間だけじゃなくて、それまでの積み重ねがちゃんとあるからよ」

「マイさん、お兄ちゃんを買いかぶりすぎです。遊ぶ時は、一番遊んでいましたよ。運動とかも一杯してたし」

「それは陸軍だから、体力を鍛える為じゃないの?」

「ウーン、そう言うのもあったけど、遊ぶ時は本当に頭良いのかなって悩むくらいなんですよ」

「息抜きもちゃんと出来るんだから、大物になるわよ」

 私の締めの言葉に、女子達はそんなもんかなあって雰囲気。
 そして話している通り、サラさんは今年の春から鳳大学の学生。マイさんは卒業して、明日からは私の秘書になる。
 そのマイさんの顔が、私に向く。

「ねえ玲子ちゃん、玲子ちゃんってもう帝大いけるくらい頭良いって聞いたけど、凄いのね」

「誰ですか、そんなホラを吹いたのは」

「でもさ、鳳の女学校に首席入学で、一年間首席のままだったんでしょう」

「成績の上ではねー。けど私の首席は、お芳ちゃんに譲られたようなものだから」

 そう言うと、三人の視線が髪の白いちょっと小柄な女子に向く。私の側近候補のうち、龍一くんとそれなりに交流のあるお芳ちゃん、みっちゃん、それに輝男くんも呼んでいた。
 それにさっき演奏していた虎士郎くんが、今はそちらの輪にいる。物怖じしない天然キャラだけあってか、輝男くんと親しげに話せると言う特技の持ち主だ。

 もっとも、中学での勉強はあまり頑張ってする気は無いらしく、やれば出来るのに程々にして、音楽に打ち込んでいる。入学成績も、トップグループというだけで首席じゃなかった。
 今ちょうど話している輝男くんの方は、鳳の中学では首席らしい。しかも文武両道過ぎるから、なんで一中行かなかったと周りによく言われるらしい。

 他の人の輪は、大人の男達、幼子を連れた母親達、それにお兄様の家の使用人も今日は出席者の側なので、同じようにグループを作り分かれている。
 仲の良い大家族だと一つの輪になるんだろうけど、時代、男女格差、身分格差、それに大人と子供などなどで別れてしまうのは、まあ普通といえば普通の事。
 それでも今日は身内だけの祝いの席なので、雰囲気も和やかだ。
 乙女ゲーム『黄昏の一族』の、龍一くんの過去回想シーンで出てくる幼年学校入学祝いのシーンとは、かなり違っている。

「皆さん、改めて今日はありがとうございます」

「幼年学校首席合格、おめでとうございます」

「おめでとう、龍一君!」

「だってさ、お兄ちゃん」

「夢が一つ叶ったわね」

 後ろに勝次郎くん、玄太郎くんを従えるように、龍一くんが私達の輪にやってくる。年上のお姉さんもいるので、相応に顔を赤らめているのが初々しくて良い。けど、成長期に入りつつあるから、ちょっとお兄様に雰囲気が似てきている。

「うん。でもまだ最初の一つだ。これからも気を引き締めていきたいと思っている」

「いつになく真面目ね。けど、良いんじゃない」

「真面目にもなる。それにもう、子供も卒業だからな。ちゃんとしないと」

「龍一くんなら出来るようになるわよ。ただ、幼年学校に行って、勉強ばかりで視野を狭くしないようにね」

 褒め過ぎてもあれだから少し苦言を添えておくと、苦笑が返ってきた。今までは殆どなかった事で、ゲーム中でもレアなショットだ。

「父上からも散々言われている。だからと言うわけでもないが、皆さんも俺の視野が狭くならないよう、ご指導ご鞭撻を賜りますよう今後とも宜しくお願い致します」

 と、最敬礼ばりの深いお辞儀。
 それに「こちらこそ」など在り来たりな返しをする。そうして私達の前を後にして、虎士郎くんと私の側近達のところへ。
 鳳の女子組はそれを見送り、軽食を摘みつつ雑談に戻る。

「幼年学校や士官学校って、厳しいってほんと?」

「上級生が下級生を夜中叩き起こしたり、備品確認をして不備を見つけたりして、ダメなら鉄拳だったっけ?」

 私の歴女知識には、そんなボーイズな作品もあった。ハッキリ言って、腐女子視点から見れば日本中の知的エリートが、しかも10代半ばの男子達が一つ屋根の下で研鑽し合うとか、ご褒美すぎるシチュエーションだ。
 厳しいから、案外「何も起きないはずがなく」とはいかないらしいけど。
 そんな事実を瑤子ちゃんも肯定する。

「お父様は、鉄拳は余程の事がないとしないって言ってた。それに先生方は、どの科目も当代一流の人達が揃っているから、すごく勉強になるって」

「そっか、瑤子ちゃんのところは、親子揃って陸軍の将校さんになるのね」

「それどころか、お父様から数えれば一族で三世代続く事になるから、ここだけ見れば軍人一家よ」

「本当ね」

 私の言葉に三人がハモる。
 けど、改めて見ると、鳳一族は変わっている。
 財閥で華族だけど、紅家は医者と研究者や学者、それに教師の一族。蒼家は、多くは財閥と軍人、虎三郎のところは技術系と様々な分野に散らばっている。
 基本、初代の地頭が良く身体能力も高いDNAが強いお陰だろうけど、私のメタ的な考えだとゲーム設定の反映だと思える。美形揃いとなれば尚更過ぎて、苦笑すら浮かんでしまう。

「何笑っているの、玲子ちゃん?」

「ん? お父様や龍也叔父様も、若い頃はあんな風だったのかなあと思って」

 そう返してお父様な祖父、私のお兄様へと順番に視線を流していく。自分で言ってなんだけど、こうして見ていくと一族の歴史の一面を見る思いに囚われる。
 そしてこの世界が、ゲームが影響したと仮定しても、決してゲームの中などではない事を教えてくれているように思えた。

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陸軍幼年学校 (りくぐんようねんがっこう):
大日本帝国陸軍において、将来の将校候補者として教育するために設けられた全寮制の教育機関(軍学校)。

要するに、陸軍将校を育てる為の全寮制の予備校。
明治時代には、優秀な将校育成が大変なので必要性もあったが、日本がある程度発展して以後は、視野の狭い知的エリート育成は弊害を生む。

旧尾張徳川家の下屋敷跡に作られ、現在の東京都新宿区戸山ハイツの辺り。近くの公園には名残も残されている。

※龍一は、順調に行けば55期(1941年卒業)になる。
史実通りだと55期は半数以上が戦死する。

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