■「悪役令嬢の十五年戦争」

■  325 「北満州大油田(2)」  

「この先にはありませんね。ここで打ち止めです」

「了解しました」

「それでも鉄道沿線から30キロメートルほど来ました。南はこれ以上ですか?」

「そうだなあ、多分この倍、いや三倍くらい先かなあ? 実際に行ってみないと分からないです」

「そんなに。いや、分かりました。位置だけ記録したら、一旦拠点に戻りましょう」

 その日の午後早く、片道30キロメートルの草原を、池や沼、湿地を避けつつ1時間ほどかけて走破し、鉄道沿線の北側の調査は完了した。
 普通なら色々な機材を使って行うんだろうけど、私が行けば上を走っておしまいだ。深さとかは後で測るにしても、効率は随分と良い筈だ。
 それは、出光さんが見せた小さな苦笑でも明らかだ。プロから見れば、悪い冗談にすら思えるだろう。

 その後、簡単な測量を含めた位置確認を30分ほどで終えると、車列は拠点へと引き返した。
 そしてその道の途中だった。護衛のため前を走っていた車のうち1台が、最初に出光さんの乗る私たちの前の車へ、そして私たちの車に並走して来た。
 中の主は、ワンさん達だ。普通の車なのに、ワンさんが乗っているとかなりの小型車に見えてしまう。

「姫、どうも不埒な連中が接近中です。出光殿共々、護衛を付けますのでお逃げください」

「馬賊か何か?」

「恐らくは。この辺りの治安は完全とは言えず、従わない者が鉄道を襲うことすらあります。恐らくその類いでしょう」

「線路を外れた車の列なんて、格好の獲物に見えるわけね。けど、色々積み込んでいたでしょ。追い散らす事は出来ないの?」

 そう聞いたら一瞬の躊躇。この人にしては珍しい。
 
「そんなに危ないの? それなら一緒に……」

「いえ、微かですが土煙から見て数十騎。こちらには、軽機関銃が複数あります。この何もない平原で戦闘となれば、撃退は赤子の手を捻るより優しいでしょう」

「けど、私達がお荷物なわけね」

「いえ、決してそのような事は。ただ、ご当主様、それに殿下からも、極力姫には血を見せぬようにと仰せつかっておりますれば」

(なんだ、子供への配慮か。大人達はみんな優しいなあ)

 ちょっと嬉しくなったけど、嬉しいではなく、強めの笑みを向ける。

「気にしないで。巫女とか言っても、血の穢れとか私には無縁だから。それに私達に護衛を割くなんて、戦力分散ってやつでしょ。
 私はみんなに守ってもらって、邪魔にならないように小さく縮こまっているから、存分にしてちょうだい。私を姫というからには、ワンさん達は私の騎士なんでしょう。なら、私に格好いいところ見せてよ!」

 そこまで言い切ったら、瞬間呆気にとられたけど、すぐに満面の笑みが返ってきた。

「ご下命承りました。その眼で、我らが活躍存分にご覧下さい。ではお3人方、姫を頼みましたぞ。それと、我らの指示に従って下され」

 器用に一礼して、自分たちの車のホロを後ろに下げる。護衛のうち何台かは、オープンカーになれるよう改造された車だ。
 そうしてまるで馬に乗るように射場で体を風に晒しつつ、部下や他の車にテキパキと指示を与えていく。
 車のうち、四輪駆動車は私達と出光さんの奴だけ。万が一に逃げやすいようにという配慮だ。他に機材と人を積んだトラックが3台。護衛のトラック2台、車が3台。

 合計9台の車が、この場でほんの少しだけ地面が盛り上がっている場所へと移動する。そうして四輪駆動車を中心に置いて、他の車を円陣を組む形で停車させる。
 まるで、西部劇の幌馬車隊が、インディアンを迎え撃つみたいだ。
 そしてトラックの荷台に載せてある少し大きな武器を用いて、ワンさん達が手早く戦闘態勢を敷いていく。

 武器は見覚えのある軽機関銃が4丁、それに他は小銃。そして私のお付きになっている女子達も、リズは小銃を手にして、腰にはガバメントの拳銃。シズは私を守るのを最優先ながら、日本刀と拳銃を腰に。マイさんも、腰にホルスターを下げているので、その拳銃の確認をしている。

「リズは、上海の時みたいなマシンガンじゃないのね」

「あれは接近戦には向いているのですが、射程距離の問題で距離のある相手に効果が薄いのです。ですが、ご安心を。これは小銃ですが、マシンガンの一種です。1連射で数騎仕留められるでしょう」

 主に私自身の緊張をほぐそうと聞くと、リズにしては長い言葉。そして小銃を軽く掲げて不敵な笑みまで付いて来た。
 見た目は小銃だけど、自動小銃というやつなのだろう。私はM16しか知らないけど。
 これ以上相手にするとおたくトークされそうなので、違う女性へ。そうなると、相手はマイさんが良さそうだった。少し表情が青ざめている。

「玲子様は、豪胆ですね」

「ううん。何年か前に上海でテロが遭った時は、遠くで爆発があっただけなのに腰を抜かしました。今も凄く怖いです」

「それを聞いて安心した。いえ、しました」

「マイさん。こんな時だから、言葉なんて気にしなくていいですよ。それにワンさんが楽勝って言っているから、私達は流れ弾にでも注意して、身を低くしておくのが一番だと思います」

「はい。的確なご判断です。お嬢様は、この下に伏せていて下さい。マイ様は、申し訳ありませんが、緊急発進の準備を。ワン様達が万が一討ち漏らして中に入って来た場合は、私達が対処致します」

 マイさんの返事より先にシズが長々と口にしたので、マイさんが口をパクパクさせている。
 そんなマイさんにクスリと笑みをもらって、姿勢を低くしながら外を伺う。
 すると視界には、何故かワンさんが頭を地面につけている姿が目に入った。片方の耳が下になっているから、音でも聞いているのかもしれない。マンガとかで見た事あるけど、実際見るのは初めてだ。そしてこんな状況自体が、全て初めてだ。
 だからだろう、恐怖よりも興奮とか興味の方が上回っている。血を見たり、誰かが撃たれるのを見たらガクガクブルルになるんだろうから、出来る限り気持ちを強く持つように自分に言い聞かせる。

 そうして数分すると、車のエンジンのアイドリング音に混ざって、何かが近づいてくる音がする。そして私の目にも、僅かに土煙が上がっているのが見えた。
 方位はほぼ前方。そして沢山の馬が駆ける音が響いてきたところで、ワンさんが獣のような大声でその集団に声をかける。
 殆ど分からないけど、恐らく満州語だ。

 しかしその声に応えたのは、銃声の音だけ。
 一瞬ビクッとしてから、恐る恐る前を見ると、ちょうど後ろを振り向いたワンさんと目があった。
 ワンさんは、獰猛な笑みを浮かべて私に応えると、「仕事に取り掛かるか」くらいの気軽な雰囲気で一見緩慢に動く。

 けどそれは、持っているのがかなり大きな銃のせいだ。多分機関銃。銃の長さは1メートル以上あるんだろうけど、ワンさんが大柄だから普通の銃くらいにしか見えない。
 そしてワンさんと対になる場所に、似た姿がもう一人。息子の武曲(ウーチー)さんだ。

 その二人は、一見無造作に立ち上がると、合わせて銃撃を開始。腰だめの姿勢で放つのは二人とも機関銃だから、一発二発じゃない。「タタタタタタタタタタッ!」と軽快な音を響かせ、薙ぎ払っていく。
 そして車やトラックの影の向こうでは、小さく見えていた人が乗った馬の群れが、ゲームの駒のように次々と倒れていく。

 二人以外にも機関銃の音、小銃の音はそこかしこで鳴っている。一方で、最初数発撃ってくる音があったけど、最初の一連射以後は殆ど聞こえなくなった。
 そして最初の一連射で、私はシズに頭を押さえつけられ車の下へと隠れたので、音でしかその後の事は分からなくなった。

 そして数分したか十数分したか、さらには数十分したか、私には少し分からなかったけど、気がついたら銃撃音は止んでいた。私と私を守ってくれる3人は、結局車の中で待機したままで終わったらしい。
 私はシズが私の体を押さえつけるのを止めたので、ゆっくりと起き上がり、座る位置までやってくる。

「……外、どうなってるか分かる?」

「馬がバラバラになって遠ざかるのが見えました。一部の馬には人も。襲撃した馬賊は、ほぼ逃げたのではないでしょうか」

 銃のスコープで遠くを覗いていたリズが、そう報告してくれた。ただ、その表情は少し残念そうだ。
 シズはいつもながらの冷静さで周囲の警戒を続けていて、マイさんはずっといつでも車を出せるように待機した姿勢のままだ。

 私はと言うと、感覚的には結構平気だ。けどこれは、現実感がないだけかもしれないし、遠目でしか死体とか見ていないからなだけかもしれない。ただ、人より馬が可哀想と思うあたり、自分でも感覚が少し変な気はする。
 それでも動くのは支障がなさそうだし、竦み上がると言う事もなかった。腰も抜けてないし震えもない。
 
 そうして4人が周囲を伺っていると、近づいてくる大きな人影。まだ大きな機関銃を抱えているワンさんだ。
 そのワンさんが、車の前まで来ると腰を屈める。

「盗賊どもは追い払いました。現在、その場で倒れた者の生死を確認中ですので、今しばらくお待ちを」

「襲ってきたのは、盗賊なの?」

「恐らくは。普段着に装備は旧式の小銃が少し。古臭い猟銃や、弓や刀の者が大半でした」

「襲ってきた理由は分かる? 盗賊って事は、単に強盗目的?」

「そうですな。女性がいるとは向こうは思ってないでしょうから、連中から見れば線路を外れた間抜けを見つけて襲ってきた、と言ったところでしょうな」

「妨害工作とかじゃないのね」

「それならば、もう少しマシな武器を持っているでしょう。もっとも、あの者達が囮や足止め目的なら、十分だったやもしれません」

「……ワンさんが慌ててないって事は、その線もないのね」

「恐らくは。拠点の方は、交代ですが1個中隊が守備にあたっております。騎馬の群れなら、先ほどの戦闘のように機関銃の掃射で蹴散らせます。それに、この辺りを治めている将軍の配下が大半です。アカも、既に追い払っております」

(マヌケがノコノコ来ても大丈夫な状態になっているからこそ、私がこうしてやって来れているって事か)

「じゃあ、今回の襲撃は突発事態なのね」

「そう推測しております。ただ、今後の油田探索は、もう少し計画を練り直した方が良いかもしれませぬ」

「確かにワンさんの言う通りね」

 軽く溜息を付きそうになりながら言葉を返す。
 するとそこに、駆け足でやって来た別の人影。

「頭、南西より騎兵の集団が接近中。かなりの数です!」

 どうやら、騒動はまだ終わりじゃないらしい。

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見え覚えのある軽機関銃:
恐らく、ZB26軽機関銃。

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