■「悪役令嬢の十五年戦争」

■  331 「試作戦車(2)」

 虎三郎はごつい戦車を腕ごと指差しつつ、かなり自慢げに話を続ける。

「載せてる火砲は、最新鋭の『九〇式野砲』だ」

「野砲って、戦車用じゃないんだ」

「これだけ大きい戦車用の大砲なんざ、世界中探してもまともな奴は殆ど無いそうだ。それにこいつは、見た目通り砲身が長いから威力が出る。専門の硬い砲弾を用意すれば、1000メートル先の70ミリの装甲板を打ち抜ける計算らしい。戦車戦なら無敵の大砲だとよ。当然、野砲としても使える」

「その数字の有効性がさっぱりだから、私に言っても馬の耳に念仏よ」

「だろうな。実は俺もよく分からん。知りたければ、あとで来る軍人にでも聞くんだな」

「いらないわよ。有効ならそれで問題なし。けど、他の戦車に載っている、見るからに貧弱な大砲より全然良いわね」

「それは同感だが、貧弱なやつは砲塔丸ごと陸軍の今の主力だぞ」

「うん、現行の戦車で、同じやつは見た事ある。けど、こんな貧弱な大砲で、相手の戦車を倒せるの?」

「さあな。歩兵支援が主力らしいし、相手も似たようなもんだから倒せるんだろ。戦車の装甲と言っても、現行のやつで最大17ミリだ。頑張れば、この貧弱な奴でも貫ける」

「そうなんだ。けど、このごつい方には、見るからに効きそうにないわよね」

「当たり前だろ。載せてる大砲に合わせて砲塔前面で50ミリある。車体前面の上部も30ミリだ。現行の57ミリ砲相手なら、真後ろ以外なら弾き返す。しかも馬力に余裕があるから、やろうと思えば装甲はまだ増やせるぞ」

「……それがお高い理由の一つ?」

「まあな。だが、あっちの貧弱な大砲のままのやつも、車体は同じだ。砲塔も作り変える計画も既に立ててある。もっとも、陸軍さんが頭を縦に振って、採用されればの話だがな」

「そんなに高いんだ。ちなみにお値段は?」

「そっちの装甲車が4万円。貧弱な砲塔のやつが8万円、このごつい砲塔の奴は12万円だ。しかもギリギリ値引きして、多少は量産しての値段だ。現状だと、もう二割お値段上乗せだな。砲塔を強化したら、貧弱なやつは10万円になる。
 ついでに言うと、現状では鳳グループ以外の会社じゃあ生産は無理だ。うちのトラックと同じ製品基準でないと、正しい性能が引き出せんからな」

「なるほどね。ちなみに、今までの戦車のお値段は?」

「輸入した英仏の旧式が2万円というか1万ドルで、これが最初の開発基準になったらしい。それで確か、八九式が5万円くらいだ。それ以上のやつは、ほぼ試作だったり小さいから、そこが基準だな」

「他にもあるんだ」

「あるぞ。九一式重戦車と九二式重装甲車。他に、牽引用の装甲車。重戦車も開発中だ」

「それで目の前にあるのは、装甲車、戦車、重戦車ってところ?」

「そうだ。快速戦車が作れると言うのなら、特別に試作と評価試験をするってんで作った」

「快速戦車か。じゃあ、速いんだ」

「速いぞ。なんせ400馬力だ」

 馬力に拘りがあるのか、ドヤ顔気味だ。
 けど、私はあまり分からないから、説明を求めるしかない。

「他の戦車は?」

「八九式は100馬力。ディーゼルなのは面白いが、技術的にはまだまだだろ」

「ちなみに、目の前の子達はどれくらい快速なの?」

「装甲車で最大60キロ、不整地で45。戦車は50と30。重戦車で45と25ってとこだな。ちなみに八九式は、最大25、巡航20、不整地だと10キロ程度だ」

「重戦車ですら、現行の二倍なのね。圧倒的じゃない」

「値段も圧倒的だがな。まあ、鳳や小松としては、戦車くらい簡単に開発出来ますよ、と言うのを見せるのが一番の目的だな。正式に作るとしたら、トラクター、牽引車の後継車だろうな」

「国産のトラクターや重機は、うちの独占同然だもんね。そう言えば、今は戦車って陸軍工廠で作ってるのよね」

「いや。生産自体は三菱だ。それと装甲車は、石川島の自動車部門が作っている。それに陸軍からは、去年に鳳と小松、それに神戸製鋼にも八九式の生産に加わらないかと言う話があった。予算が増えたから、数を増やしたいらしい」

「作っている報告は聞いたことないけど?」

「俺が断った。他所様のものを作るくらいなら、もっといいやつ試作して、それを作ってやるってな。それで今回の話になった」

「アハハ、虎三郎らしい。けど、それで良いんじゃない」

「だろ。だから玲子の戦車も作った」

「ん? 話が見えないんだけど」

 聞けば、ニヤリと返事。それで大体察せてしまった。

「陸軍が求めてないものを勝手に作った。しかも性能と値段の両方の高いやつをな」

「勝手な事するなって怒られて、それで話はご破算って算段かあ」

「ああ、そうだ。技術的には面白いが、端から兵器になる機械はあまり作りたくはないからな」

「少し勿体ないけど、今回は技術を見せる為って事ね」

「そんなとこだな。それと、色々と他にも禁じ手を使っているし、採用される事はないだろ」

「なに? まだワザと何かしたの?」

「重すぎたら、橋を渡るのもそうだが、何より船での荷下ろしが大変だそうだ。それに八九式はディーゼルを採用したから、ディーゼル使えってお達しだった」

「普段の荷下ろしなら、カーフェリー使えばいいじゃない。他にも、岸壁のない場所用に軍専用の船の情報もあげているのに。陸軍さんは、重たい鉄の塊をわざわざ貧弱なクレーンで荷下ろしするつもりなの?」

 愚痴全開だけど、正直私にとってはどうでもいい。そして不採用だろうと言うから、急速に関心も薄まった。
 虎三郎も、アメリカ仕込みの肩を竦める。
 だから、少し可愛く先進的な匂いのするデザインの装甲車に関心を向ける。採用されるとしたら、時速60キロを叩き出す、この子だろう。
 ただ、さっきから気になる事がある。

「そっちは分かった。それで、この見るからにごつい機関銃は? 陸軍の資料で見た事ないんだけど」

「それか? 確か龍也が玲子がオススメと言っていたから、陸軍が買った奴の筈だ。えーっと、12・7ミリ弾を使うM1921ってやつだ」

「12・7ミリ? ああ、キャリバーね。アメリカから買ったんだ」

「龍也が陸軍でな。本採用になれば、今ブローニング社で開発中のこれの後継の最新機関銃を載せるらしい。航空機用も兼ねて買って、取り敢えずライセンス生産するそうだ。こいつには、直に買ったものを載せてある」

「そう言えば、あっちのごつい頭の上の機関銃も同じね」

「あっちは、龍也曰く対空用も兼ねるそうだ」

「装甲車の方は違うの?」

「まあ、主砲だろ。機関銃というよりほぼ大砲だしな。試射を見たが、こいつは人に向けて撃つ銃じゃないぞ」

「そんなに凄いんだ」

「人間にまともに命中したら、胴体でも真っ二つだ。装甲板でも5ミリくらいなら簡単にぶち抜くから、柔い装甲車なら蜂の巣にできるぞ。なんせ、大砲じゃなくて機関銃だからな。アメリカは相変わらず贅沢なもんを作る」

 そう言って、虎三郎は妙な事に感心している。虎三郎の場合、武器ではなく機械や道具として見ているからだろう。
 私にとっての、このごつい機関銃の子孫は、米軍や自衛隊が使っている機関銃か、同じ口径の銃弾を使った狙撃ライフルとしてくらいの認識しかない。

(そう言えば、アニメで見た狙撃ライフルもマテリアル、対物用だったっけ。なんでアメリカ人は、こんなオーバーキルな機関銃を開発したんだろ)

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九〇式野砲:
陸軍の主力野砲の一つ。1932年正式採用。砲身が長い75ミリ口径の大砲。対戦車砲、戦車砲としても使われた。
ただし野砲だから、紐を引っ張って発射する。トリガー式にしないと、戦車砲としては不十分。

M1921:
ブローニングM2重機関銃の前身。M2は1933年開発。
普通の重機関銃は7・7ミリ口径だが、これは12・7ミリもある。
M2は、その後現在でも現役バリバリな名銃。
キャリバーとはM1921の頃は言われてない筈。

ちなみにお値段は?:
かなりどんぶり勘定です。史実のものは、時期によっても値段が違います。

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