Case 00-01「第一幕終了」
そこは、赤で満たされた場所だった。
赤い絨毯、赤に黒の裏地のカーテン、それらをあえて際だたせるかのような、名実ともに高級で重厚な調度品の数々も自らの輝きを誇るように、それらを反射して少し赤みがかっている。
中でも目に止まるのは、各国の国旗だ。我れらの旗、白地に赤い円を描いただけの単調な旗、赤と白のストライプが過半を占める旗、紺色をベースに幾重にも十字を重ねた旗、もうすぐ使われなくなるであろう鎌と槌の下地全てが真っ赤な旗・・・どうして人はこうも赤を国旗に用いたがるのだろうか。
やはり、血の色と同じからだろうか。
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まあ、どうでもいい事だ。
しばらくは、我らの旗以外を間近で見る事もないのだから。そう思えば気分も軽くなる。
二度目のモスクワ攻防戦勝利のすぐ後、シュペーアの強い懇願を受けて調査した主治医のモレルが藪医者と分かったので、これまで通りブラントに戻したおかげか体調も良好だったが、この数ヶ月の不毛な言い争いは、私の胃腸の調子を1年ほど前に戻してしまうのではと思わせるものがあった。
為政者たるもの健康管理は第一の任務と言えるが、これでは本末転倒ではないだろうか。
そのような埒もない事を頭の片隅で思いつつ、ゆっくりとした足取りで壇上の中央へと歩みを進めていく。
私の反対側から同じように近寄ってくる男の歩みもゆっくりしたものだ。
それにしても嫌みな顔をしている。
英国人は嫌みの天才と言うが、日本に要請して目の前の男を送り込ませたのではないだろうかと、邪推したくなる。
あれではまるで、チャーチルの模倣品ではないか。
そう言えば報告をしたハイドリヒが、趣向や性格も似ているなどと私見を交えていたか・・・。
笑うとますますチャーチルに似てくるな、と思いつつもサインをした高級な芸術性を感じさせる万年筆を置き、まるで鏡の中の人物のように目の前の男と同じような動作をした。もちろん、笑顔を浮かべ右手を差し出したのだ。文明国の元首たるもの、内に如何なる感情があろうとも、礼節を忘れるわけにはいかない。
だが、その後は空虚なやり取りだった。
「総統閣下、ようやくこれで悪い夢も終わりますな。誠に世界中の人々にとって幸いな事です」
「全く以てヘル・ヨシダのおっしゃる通り。あとはこの平和が末永く続く事を願うばかりだ。そして、それには世界を牽引する独日両国の友好が欠かせん。これからも、よろしく願いたい」
「もちろんですフューラー。我が大日本帝国は、カイザーから臣民一人一人に至るまでドイツとの友好を願っております。閣下のお言葉は、これ以上ない贈り物となることでしょう」
・・・その後は、私とチャーチルの模倣品の二人が集まった報道関係者を前にそれぞれ短いスピーチを行い、その「儀式」は幕を閉じる事になった。
そう、ここに「第二次世界大戦」と言われた大乱は終わりを告げ、新たな時代の幕が上がる事になるだろう。
ようやく蕾はふくらんだのだ、後は花が咲くのを見るのを楽しみとしたいものだ。
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