■Case 00-02「鷹の城」

 ドイツアルプスにあるベルヒテスガーデンのとある別荘、標高1,834mのケールシュタインの頂きにある「ケールシュタインハウス(Kehlsteinhaus (英名"Eagle's Nest"))」は、静かな緊張に包まれていた。
 そこで何が行われるかは、124メートルの岩盤をくり抜いた特別製エレベータを使い上がれるものは限られていて、そこが誰のものであるかを知っていれば推して図れるだろう。
 そしてそこは、ドイツ引いてはピレネー山脈からウラル山脈に至る欧州大陸全てを支配する現代のローマ皇帝たるアドルフ・ヒトラーのあくまで私的な別荘であり、彼の招待を受け
、そこを絶対の忠誠心を以て警護する親衛隊のチェックをクリアしたものだけが至る事のできる、現代の神の頂、もしくは魔王の城だ。
 今そこに、数人の男たちが呼び出されており、欧州の帝王からの歓待を受けていた。
 あるものは新たな都の建設が進むゲルマニアことリンツから、またあるものは帝都ベルリンから、遠くモスクワから来ている男もいた。
 だが、集められた男たちは、お付きの者を除けば至って少数で、それはあくまで労をねぎらうという形が取られており、永遠に真実を知る事のない市民レベルの目から見れば、数年前の戦乱が嘘のような平穏に満ちた筈の欧州の、統治者たちの日常の一風景に過ぎないものだった。
 時に1948年11月も暮れたある日、平和の祭典「東京オリンピック」も閉会し、年も押し迫り始めた頃の出来事だった。

 「諸君。諸君達に集まってもらった理由に関して、既に文書で報せてあるので再び説明は行わないし、諸君からの意見も聞くつもりはない。余が求めているのは、余の質問に対する回答だけだ」
 館の主人は、ケールシュタインハウスの王と自ら呼ぶジャーマン・シェパードたちをなでながら、それまでの半ば意味のない談笑を取りやめ、静かに、しかし力強く話し始めた。
 しかし、次の瞬間破顔し続ける。
 「臆する事はない。確かに卿らは、国家を代表するとは言い難いし、身分も違えば立場も違う。だが、幾つか共通する事柄がある。それは、全員が我がドイツが誇る逸材であり、これから我が帝国を牽引していく立場にある、と言うことだ」
 さあ、話すのだ。ブロンディも、館の主も話を聞きたがっているぞ。くだけた調子で続け、さらに話を即した
「ここでの会話は、余と諸君達しか知る事はない。もちろん、ゲーリングもボルマンも一切知る事はない。ゲッベルスも今は麓で家族と団らん中だ。ヒムラーも子飼いの部下共々下がらせた。部屋の掃除も済ませてある! ・・・余が求めているのは誠実さに満ちた真実であり、俗物どもの虚飾に満ちた言葉ではない。さあ、諸君らが帝国の未来の航路図を余に見せるのだ」
 欧州の覇王、アドルフ・ヒトラーは言い切った。
 だが、そこに集まった数人の男達は、しばらく互いの視線を交錯させたが、なかなか話し出そうとはしなかった。


 

 しかたない、誰かを指名する他ないだろう。この場で序列を気にする必要はないだろうが、ホストがホストとしての役目を果たすのは、この場合致し方ないだろう。
 さて、誰から指名すべきだろうか。
 今この場には、数人の男が必要書類を片手に座っている。

 

 

 ヴァルター・モーデル元帥 東部方面司令長官 

 アルベルト・ケッセルリンク元帥
  第二航空艦隊司令兼中東方面軍総司令 

 カール・デーニッツ提督 ドイツ海軍総司令 

 ラインハルト・ハイドリヒSS上級大将(対外情報担当)

 アルベルト・シュペーア軍需大臣