■Episode. 0:2003年8月15日〜1945年8月15日
 トラック環礁春島・永田町某所

 春島空港に到着した超音速巡航旅客機から降り立った私の眼前には、太平洋の湖と称される巨大な環礁が翡翠色の水面(みなも)を南洋の太陽のもと誇らしくさらし、その湖上には距離感を疑わせる程巨大な白亜の人工物があり、海と空との狭間で見事なコントラストを作りだしていた。
 眼前に広がっているその構造物には、いまだこの地域を統治している日本帝国のものである事を示す旗が小さくはためいていたが、本来巨大なものである筈の国旗を小旗のように小さく見せるというだけで、構造物の巨大さがしれようものと言えるだろう。

 そうして白亜の構造物を見ていると、ある人物の事とその出会いが思い出され、私は自然と小さな苦笑を浮かべてしまったようだ。
「どうかしましたか、大おじい様?」
私の様子を見とがめた家族たちが少し化現げに問いかけてきた。
「いや、何でもない。ふと昔の事を思い出してね」
 家族の問いに、私はさらに苦笑の笑みを大きくして答えざるをえなかった。いったい何を考えていたのだろうか。
「だめじゃないですか、お父さん。未来に向う場所で過去の事を思い出すなんて」
それを聞きとがめた息子が、いかにも海軍軍人といった声に少し芝居がかった調子をのせて快活にかえしてきた。
 そう、確かにその通りだねと答えその場をおさめ、私は小さな曾孫たちの手をとりなから未来へと向って歩きはじめた。
 ただ、歩みとは逆に心は遙か昔へと急激な速度で還ろうとしていた。それは、その思い出した情景が、この眼前に広がる光景を作りだした事象の一つに他ならないからだった。

 1945年8月半ばの良く晴れた日、私は帝国の官庁街である永田町の外れにあるとある小さなビルの一室、もともと視界と日当たりが悪くその上この熱いのに分厚いカーテンまで締めた一室にいた。
 その部屋には私の他に二人の男がいて、会話を交わしていた。私はその傍観者という訳だ。
 ただ会話と言っても、話しているのは私の側にいる男だけ、彼は熱心に対面する人物に語りかけていただけなので、これを会話というには少し無理があるかもしれない。しかも私は彼の後の小さな机でその会話記録を取るために記録作業を行っているだけだ。私は、本来なら録音機が果たすであろう役割のためにこの部屋にいたのだ。私学の大学を出たばかりの私には、書記やタイピスト紛いのこの役割が似合いと言うことだろう。そして、熱心に語りかけている男は、組織上では私の上司という事になる。
 男は言った。
「博士、わが国があなたに求めているのは、確かにドイツとその傀儡政権となったあなたの祖国が求めたのと同じロケット開発です。しかし、彼らとは全く目的が違っています。その点はご理解いただけたと思ってよろしいでしょうか。」
 彼の言葉は流ちょうなロシア語だった。多分モスクワ生まれのロシア人が目を閉じて聞いたなら、ロシアの上流階級の人間が話しているのだと勘違いしただろうと思わせるほど見事なものだった。私などと違い、彼は語学の天才というやつなのだろう。それとも見かけによらず努力家なのかもしれない。
 しかし、彼が語りかけているもう一方の男は、それを無条件に信じているとはとても思えなかった。如実に顔に出ていた。根は正直な人なのだろう。かわいそうに。そう、彼はある意味哀れな人間だった。たまらず祖国を逃れたというのに、その先にも心の楽園はなかったのだから。

 私が無責任な同情を頭の片隅でもてあそんでいると、私の上司は口調をそれまでの快活なものから少し影のあるものに変え続けた。
「あなたのご懸念はごもっともです。確かに、あなたの手により作りだされたものはドイツ人と同様のものにもなるでしょう。それは認めます。ですが私達が、いやわが国が求めるものはもっと他のものなのです。帝國が第一に求めているのは、少し高いところから相手が何をしているかを盗み見る事、そしてあの広大な空き地を好き勝手に使う事なのです。その為にあなたの力が必要なのです。セルゲイ=パヴロヴィッチ=コロリョフ博士!」
上司は、最後の名前のところに力をいれて言葉を結び、宗教家のように目を見開いて相手を凝視していた。もともとはこういう人なのだ。
 少なくとも私はああいった立場は御免だなと、その博士と呼ばれた男を横目で盗み見ていると、不意に彼は私に視線を向けた後、上司に向き直りある種の決意をしたようにようやく重い口を開いた。
「分かりました、作りましょう。宇宙の全てをただの農場に変えてしまえるほどのロケットを。私はそのためにここまで来たのですから」
言ってしまったら腹が据わったのか、上司を見つめるその瞳は炯々と輝きを放っていた。
 そして、この瞬間日本の往くべき道がひとつ決まったのだ。

 あえて小説的に表現するなら、この時の私の心象風景は以下のようになるだろう。では、ここから先は、歴史的な事実を軍事を中心に追っていく形で可能なかぎりこれまでの歴史的な事柄についての記録を留めていきたいと思う。

■Episode. 1:1950年6月25日
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