■Case 00-03「狼の巣」

 1948年の冬に入ろうという欧州は、静かな混乱に襲われていた。
 「人の口に戸は立たぬ」とはよく言ったもので、欧州の覇者が休養先の「ケールシュタインハウス」に幾人かの重要人物を呼び、何か重要な話が行われたと言う噂がその発端だった。
 また、1948年の秋頃から総統の情報収集癖が強くなり、総統の手元に届けられる情報の密度と精度は高まるばかりだとも言われていた。
 もちろん、情報のほとんどは総統個人に使えるシュッツ・シュタッフェルによって遮られていたが、全てを覆い隠す事はできないという事か、もしくは誰かが故意に情報を漏洩させたのだろう。
 ただし、噂が飛び交っていたのは高級将校以上の軍人、高級官僚、中央政治家、企業家の間だけであり、広くみてもそのシンパの者の範囲に収まっていた。
 欧州の過半の者は、小さな不満と不安を抱えつつも、日々の暮らしを続けていた。

 だが、噂を語る者達は、自分たちだけにしか話が伝わらない場所、それぞれの秘密クラブ、二人きりになれるごく限られた時間を利用して情報を交換しあった。
 もちろん、情報が全て有機的に繋がっているワケではないので、そこから正しい答えが出る事はなく、それがかえって人々の不安を掻き立てていた。
 ある軍人は言った。
「レーベンス・ラウムの拡大か・・・伍長はどこまで俺達に征かせるつもりだ?」
 この言葉こそが、1939年9月以降の好意的、否定的を問わない軍人全ての疑問だった。
 ある企業家は言った。
「戦争にしろ平和ににしろ、何か大きな動きがあるのならその準備をしなければ」
 企業家と言う者が利益を追求する動物であると言うことを思えば、自らの頭上に爆弾でも落ちない限り、何が起ころうと同じという言葉の要約だろう。
 ある政治家は言った。
「自らは表面的に引退して、権力委譲の準備を行い、帝国を次のステップに持ち込む積もりではないだろうか」
 一人の男に全てを握られた政治家達の希望的観測の最たる言葉だったが、彼の行った社会保障政策や彼の年齢を思えば、全く的はずれだと言える人も少なかった。
 ある高級官僚は言った。
「ダス・ドリッテ・ライヒの再編成さ、何時までもそこら中が占領地のままじゃ不味いからな。忙しくなるぞ」
 確かに、戦争終結から5年以上経過したにも関わらず、ドイツの欧州統治はヨーロッパ・ロシアを中心に直接統治も多く、納得のいく答えに思えた。
 だが、これらは全て少数意見であり、過半の意見は以下の言葉だった。
「さあ、第三次世界大戦が始まるぞ」
 この言葉は、親ヒトラー派、反ヒトラー派を問わない共通意見で、事柄を肯定的に捉えているか否定的に捉えているかの差はあったが、これを否定できる者は皆無と言ってよかった。

 そして勝手な憶測がそれぞれの間で断片的にやり取りされるたびに混乱は広がり、それぞれの勢力は自らに似合った行動をオフレコで開始した。特に第三次世界大戦、次の大戦争が勃発すれば、それはドイツの破滅をもたらすと信じる反ヒトラー派は動きを活発化し、まるで薬品同士が化学反応するかのような極端な流れが作られていった。
 もちろん反ヒトラー派の行動の基本は、ヒトラーの抹殺でありナチス党一党独裁体制の打破に他ならなかった。
 そして、その混乱がピークに達しようと言う時、混乱がはじまってから約一ヶ月が経過した頃、ついに混乱の元凶が行動を開始した。
 ドイツ帝国総統アドルフ・ヒトラーは、第二次世界大戦が終了してより引き払っていた「ヴォルフシャンツェ(狼の巣)」へと舞い戻ったのだ。
 「ヴォルフシャンツェ(狼の巣)」は、第二次世界大戦中、ヒトラーが対ソビエト戦の指揮を取った旧東プロシア(現ポーランド領)のラステンブルク総統大本営の通称で、ここを総統が再び使用するという事は、万人に次の戦争が開始される号砲と取られた。
 そして、時を置かずして、主要な国家要人全てに招集命令が下された。

 1948年12月20日、日本の札幌では冬季オリンピックが準備が最終段階に入っていたこの時期、地球の裏側と呼んでよい場所は極度の緊張に満たされていた。
 「ケールシュタインハウス」での会合から約一ヶ月経過したその日、久しぶりに「狼の巣」での会議を通達した欧州の覇王は、この日に主要な軍人や政治家の全てを集めた。
 第二次世界大戦が終りを告げて約5年を経たその日、ドイツ第三帝国の新たな道標が示されると誰もが感じた。

 「狼の巣」に久しぶりに戻ったアドルフ・ヒトラー総統は、会議場を埋め尽くす将軍や閣僚達を前に熱弁を振るった。
 「諸君、今日のこの日、私は諸君らに新たな任務の始まりを告げようと思う。そうだ、第二次世界大戦が終わってより欧州の安寧の為に尽くしてきた君たちにとってさらに有為となるであろう、新たな方針を告げるのだ。もちろん余は特別な存在でもなければ、予言者でもない。故にこれから告げることが如何なる結果をもたらすかは断言はできない。だが、あえてこれだけは言おう。この決定こそが、我がダス・ドリッテ・ライヒにさらなる栄光をもたらすのであり、この私、アドフル・ヒトラーはこれからの発言に対して翻意する事もなければ、撤回する事もないだろう」
それだけ発言すると、一旦言葉を切り壇上をあまねく見渡した。当然、それまで以上の緊張がホールを埋め尽くし、次に総統から発せられるであろう、自らの運命の行き先を聞き逃すまいと耳をそばだてる微かな仕草が見て取れた。

 

果たして、ドイツの命運を決する覇王の言葉とは何であろうか?

 

 

 1. 再び戦端を開くことを決意し、
     そのための準備を指令する 

 2. 融和外交を展開し、
   軍事力を用いない発展の道を模索する