■Case 01-00「クロムウェル」
「クロムウェル、クロムウェル、全部隊はただちに所定の配置に付き行動に移行せよ。繰り返す。クロムウェル――」 ロンドン郊外に新設された、とある地下施設の中は俄然喧噪に満ち溢れた。理由は言うまでもなく、ドイツ軍が再びドーバー海峡を推し渡ってきたのだ。 もちろん、今は空だけだが、それでさえ決して楽観できる事態でないのは、施設の中央部に位置する地図上に出される敵の数と対する友軍の数、そして敵の進撃速度が雄弁に物語っていた。
「将軍、敵の進撃が早すぎやしないかね?」 英国人的な中年太りに幾重えもの顎をふるわせながら、一人の初老の男が派手やかな飾り物を多数付けた高級将校に訪ねた。 「首相閣下、あれはドイツ空軍が有するロケット戦闘機、いやジェット戦闘機と言う方が的確かもしれません。」 「メッサーの新型か・・・しかし、我が国にも同様のものが多数配備されていたかと思うが」 苦い顔をしながらも首相と呼ばれた男は、さらに訪ねた。もっとも答えは既に知っており、確認したいだけという風な問い方であり、答える側の将軍もそれを踏まえての返答となった。 「確かに我が国でも同様の技術はあり、とあるルートから手にした各国の技術を元にしてさらならる改良が加えられた機体が多数配備され、今この時も迎撃に参加すべく各飛行場を離陸しつつあります」 その後、小さなやりとりが幾つかあった後、首相は本来聞きたかった事を問いかけた 「時に将軍、我が軍はハンどもを防ぐ事は可能なのかね」 まさに極論であり、その言葉は首相が多数の人がいる場所で口にするには露骨な質問だった。 もちろん首相は、将軍とのやり取りを周りの何でもない兵士にあえて聞かせる事を意図しているのであり、何度目かになるドイツ人との戦いに対して、何か劇的な言葉が欲しいと考えていたのだろう。 そして、それを察している将軍が、息を整えた後に答えを返した 「はい、首相閣下。ドーバーにドイツ人をたどり着かせない事は可能です。ですが、それには幾つか条件があります」 「それは何だね」首相は即した 「ハイ。まずは、この初期の迎撃に最低1週間は耐え抜く事。これは前提条件以前の問題です。次に、カナダを始めとする五大連邦との海上交通線が維持されること、そしてこれが最も重要ですが、ドイツ人以外の敵を作らないこと。もしくは、作らせない事です。」 もちろん、最後の事象は軍の任務を離れるので、閣下以下外務を担当される方などに委ねざるを得ない事ですが、と続け最後に 「それさえ達成され続けるのでしたら、我々は何年でもドイツ軍機を落とし続け、最後に勝利をつかみ取る事ができるでしょう」と結んだ。 それは首相ではなく、それ以外の人々が聞きたかった言葉であり、たとえ真実でないとしても今は信じるしかない言葉だった。
その後、ガラス張りになった司令室に下がった二人は、さらに幾人かの将軍や側近と共に、まもなく激突が始まるであろう両軍の部隊配置の動きを追いつつ会話を続けていた。 「さて将軍、皆の手前ああ言ってもらったが、実際のところはどうなのかね? 前回のように本当に防ぎきる事はできるのかね? まあ、君でなくてもよい。真実を告げる勇気があるものは、正直に答えてくれたまえ。私は裸の王様はご免被りたいのでね」 最後に皮肉っぽい笑みを浮かべた首相は、全員を見回して先ほどよりもあからさまな言葉を吐き出した。 それはまるで先ほどの会話が、敗北する国家の景気づけの言葉としか考えていない発言だった。 そのためか、先ほどの将軍も少し言葉に詰まってしまい、変わってそれよりも若い将軍が彼に代わり発言を求めた。 「首相閣下、我が国と敵との国力差は直接軍事力の総量に結びついており、アドバンテージの大きい海軍力こそ総量としても我が方が有利ですが、空軍力はよくて互角、もしウラル戦線や中東にいる彼らの部隊が大挙してドーバーを押し渡ってきたら、残念ながらロイヤル・エア・フォースにこれを押し止める力はありません。その場合、奇蹟が訪れるのを期待する以外、本土脱出の時間を稼ぐのが精一杯です。そして陸軍力の差については今更説明の必要もないかと存じます。閣下におかれては、この事を常に頭の隅に止めて置かれる事を切に願います」 言いたいことを言うヤツだな、という顔をしてその返事とした首相は、次はという顔でさらに見回した。彼が求めているのは、軍事でなく外交に関してだった。 「ロシア人との連携は可能です」全てを心得ているとばかりに外務卿が答え、さらに次の言葉を待つまでもなく続けた。 「それ以外に関しては、我が国が自国の存続をどのレベルに置くかという点が重要になり・・・」 「我が国が、国王陛下以下連合王国だけの存続以外の全てを捨てる決意をしなければ、ドラ息子や不肖の弟子達に助けを求める事もできないし、彼らも助けようとはしないでしょう・・・か」首相自らが彼の言葉を継いだ。そして、それを認める事は、米日の民族自決主義と自由資本主義を全て受け入れると同時に、大英帝国の完全な終焉を認める事であり、今までの政府の姿勢を根本から変えない限り、全く実現の見込みのない事だった。 「ドイツ人の軍門に下るか、ヤンキーやイエローの下で屈辱に耐えて生き延びるか、か? あまりにも酷い選択肢しか残っていないものだな」 その言葉を最後に首相は沈黙し、反対に司令室の外はそれまで以上の喧噪に包まれる事になった。 二度目となるドイツ人との「バトル・オブ・ブリテン」がいよいよ始まったのだ。