■Case 05-00「国際会議」
欧州の中心、グロス・ベルリンにあるテンペルホーフ空港は、今や天地開闢以来とすら思えるほどの喧噪に包まれていた。 そしてその喧噪を作り上げているのは、もちろんそこを埋める群衆だったが、列強各国が送り込んできた怪鳥たちも大きな原因だった。 その怪鳥たちは、胴や翼の各所に星や太陽などそれぞれの国旗を意匠化したシンボルマークを描いており、自らがどの陣営に属するのかをこれ以上ないぐらいに示し、またその近くに各国の言葉で書かれた小さな文字が、その機体がこの日のために用意された政府専用機である事を訴えていた。 もちろん、各国首脳がベルリンに来た事そのものが民衆達に大きな驚きと喜びをもたらしていたのだが、その怪鳥たちが各国が最新鋭軍用機として送り出した巨人爆撃機の派生型だった事が、ベルリン子の度肝を抜いた。 先に着いて格納庫に入りきらずエプロン脇で翼を休めているのは「B-36-A」、「エアフォース・ワン」と名付けられたアメリカ合衆国大統領専用機で、たった今到着してドイツ国民の熱烈な歓迎の嵐にあっているのは「G10N」の開発名称を持つ「富嶽」の旅客機型「富士」で、純白の機体の尾翼に描かれた巨大な赤い日輪が示す通り日本の政府専用機であり、それぞれ6基のレシプロエンジンを備えた当時最高の技術で作り上げられた科学技術の結晶だった。 そして、その最新鋭機を「敵地」と言って良い場所に送り込んだ事こそが、それぞれの政府の決意を現しており、同時にこれだけのものを送り込めるのだと、自らの軍事的優位も主張していた。
そして、それらの怪鳥を興味深く眺めている人物がいた。 もちろんその瞳は、各国が示威を兼ねて送り込んだ巨人機に注がれていたのだが、その技術的な点に注目しているとしか見えないものだった。なぜなら、その目は好奇心に満ちた少年を思わせるものだったからだ。 だが、その人物こそが今日のこの日、米日両国の政府代表のみならず列強全ての代表をベルリンに参集させる事になったのだ。 そう、彼こそは自ら起こした戦乱により欧州の覇王となった、アドルフ・ヒトラーその人であり、この15年ほど世界を引っかき回し続けた人物だった。そして今回も、数ヶ月前に行った一つのラジオ演説が世界を揺るがし、各国の努力の結果現出したのが、眼前に広がる光景だった。
欧州の覇王は、純白に深紅をあしらった怪鳥に近づき、その腹の中から目的とする人物が降りるのを待ちかまえた。そして、彼が出迎えるという事は、同格の人物がこれから降り立つ事を雄弁に物語っており、暗殺が懸念される開けた場所に堂々と出てきた事こそが、欧州の覇王の決意を現していた。
「ようこそ、ベルリンへ。いや、ようこそ平和の祭典へ!」 欧州の覇王は破顔して招待者を出迎えた。
タラップから不自由な足を無視するかのように急ぎ降りてきた人物が、それに堅い握手を返しつつ答えた。 「初めましてヒトラー総統閣下。日本帝国首相重光葵です。日本政府を代表して、今日の良き日を迎えた事を、ここに格別のお喜び申し上げます」 大東亜共栄圏政策で辣腕を振るうとともに、欧州事情に通じているとされた外交巧者だが、今この瞬間は今のこの時を素直に喜んでいるようで、それを感じ取った欧州の覇王も上機嫌で返した 「全くおっしゃる通りだ。閣下のお顔を拝見して今回の会議の成功を確信しましたぞ」 世界中の新聞記者や普及途上にあるテレビカメラの前で二人は力強く握手し、人類の前途が明るい事を訴えかけた。
日本帝国首相の到着により、これでホスト国のドイツと招かれた側のアメリカ、英国、日本など列強各国の首脳が集った事になり、ここにその後の世界情勢を決定するための会議が始まりであり、ある意味政治の世界を舞台とした第三次世界大戦の始まりだった。
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「ドイツ」 この単語を聞いた時、ごく一般的に思い浮かべる事は何であろうか? ソーセージ、ビール、モーゼルワインなどが思い浮かぶ方もいるだろうか? それとも数々の童話を思い浮かべる人もいるだろう。いや、偉大な音楽家達こそその筆頭にあげる方が多いのだろうか? または、優れたドイツの工業製品を愛用する人にとっては、それこそがドイツに通じるのだろうか。 だが、「プロイセンは軍隊を持つ国家ではない、国家を持つ軍隊なのだ」という言葉を第一に思い浮かべる人も多いのではないだろうか。特に軍人、政治家の多くが、これを筆頭にあげるのではと思う。 フリードリヒ大帝、大モルトケ、クラウゼヴィッツ、ビスマルク、ヒトラー・・・数々の優れた軍人、政治家の存在は、このプロイセン的な部分を代表する存在だろう。しかし、このドイツという中欧に位置する国家は、本当に軍隊の国なのだろうか? もしそうなら、なぜそこに至ったのか。まずはその点から、可能な限り短く振り返って、これからの事を語っていきたいと思う。