●フェイズ00:「予習・復習」

 虚構の世界に旅立つ前に、まずは我々の世界の視点から史実の資料を大まかに見ていきましょう。
 まずはお金からです。

 史実の「八八艦隊」予算は、合計で約13億5000万円。1921年までの追加予算を合計して16億5000万円程度。それに付随する造船施設改修費用が、約1億2000万円計上されました。ただし、史実の予算編成を見る限り物価上昇などのため建造費は年々増加し、さらに毎年1億円程度の追加予算が必要となると考えられます。つまり1928年までにさらに7億円必要で、結果として24億円プラスαの予算が必要という計算が成り立ちます。アメリカの「ダニエルズ・プラン」の初期予算が11億5000万ドル(1ドル=2円)ですから、似たような規模の「八八艦隊」も、両国の所得格差を考慮しても、まあそんなもんでしょう。
 また、艦隊維持費用は一年間に建造予算の一割が目安ですから、艦隊完成時には年間2億4000万円が必要になります。
 これを既存艦艇を含めてバッサリと割ってしまうと、最大で年間2億5000万円の建艦予算、2億5000万円の海軍維持予算、1億5000万円の陸軍予算、トータル6億5000万円の軍事費と言う答えが出てきます。
 計画推進中の1920年の国家予算が約15億円で、このうち半分が軍備に投入されました。史実の1921年の海軍予算は5億2000万円、1926年だと2億3900万円なので、差額からもほぼ同じような数字が見えてきます。(この時期艦艇のほとんどはまだ建造中。)
 また、八八艦隊の戦艦たちのお値段は、初期艦艇の改装費用を含めて1隻あたり約9000万円、トータル14億4000万円です。(※最も小さい長門は、実際約6500万円。)
 これ以外の艦艇のお値段を単純に見ると、中型正規空母5000万円、大型偵察巡洋艦(※1万トン級重巡洋艦)3000〜4000万円、駆逐艦600〜1000万円、潜水艦が駆逐艦の一割増しのお値段と言うことになります。

 そして、《長門》《陸奥》は戦艦として既に完成するのは無論として、《赤城》《加賀》も戦艦(巡洋戦艦)として完成するので、この分の予算も戦艦に向かいます。問題となるのは、残り12隻の戦艦の建造費用。うち《天城》《土佐》も既に船体は完成し、機関、主砲も出来ている状態です。工事も半分以上終わっています。軍縮会議後の造船会社への助成金などが、予定通り艦艇建造と維持費に向かえば、予算面でも簡単に辻褄が合うでしょう。となると、残り10隻分が足りません。なんだかんだ言っても、トータルで見た場合「八八艦隊」計画予算の6割以上が戦艦の建造費なんですよね。
 逆に、史実と全く同じ海軍予算だと仮定した場合には、八八艦隊の戦艦のうち6隻は、史実と全く同じ予算でも建造できる事になります。維持についても、4隻分は問題ありません。
 足りないのは、残り10隻のモンスター戦艦の建造費と維持費です。維持費(人件費含む)や運用費は、合わせるとだいたい1年間で建造費の一割ぐらいになるそうです。建造費用が10隻合計で9億円、維持費が12隻で年間1億1000万円ほど。こいつをどこからか捻出しなければいけません。最低でも、建造費用はどこかで無理する必要があるでしょう。軍事予算の総額が4億円程度の時代に、です。しかし1923年9月以後は、関東大震災の影響でしばらく無理も出来なくなります。

 以上のように、やはり史実と同じ台所事情では、彼女たちの姿を見ることは難しそうです。「シベリア出兵」の浪費が全くなかったとしても、建造費はともかく維持費が出てきません。造船会社への助成金を計画通り建造費に戻しても、やっぱり足りないでしょう。この際一時的でも構わないので、日本自体が多少なりとも史実よりお金持ちになっている必要があるのです。
 そこで今回の平行世界では、最初に記したように、取りあえず作る分ぐらいのお金を歴史的変化と合わせて融通する事にしました。

 一方、日本海軍の建造艦計画自体が戦艦偏重になるので、空母、巡洋艦、駆逐艦、潜水艦、補助艦艇といった他の艦艇にしわ寄せがきます。貧乏だから仕方有りません。
 上記したように建造費はなんとかしましたが、維持費が出てこないからです。他の艦艇保有量が史実と同じと仮定した場合、戦艦12隻分、つまり毎年1億円以上の海軍予算を上乗せしなければいけません。国家予算が赤字国債なしに15億、海軍予算が2億とか3億という頃の1億円です。とてもではありませんが、そんな金は日本にはありません。必然的に、他の艦艇の整備と維持にしわ寄せがいくでしょう。海軍内に止まらず、陸軍予算はおろか国家予算にも影響を与える筈です。
 最低でも海軍の補助艦の数は、史実よりもかなり少なくなるでしょう。目安としては、やはり横山信義氏の「八八艦隊物語」でも採用していた対米英5割程度が妥当でしょうか。五割にすれば、時期と比率の関係から大型巡洋艦4隻、駆逐艦20隻、潜水艦10隻ほどが建造されなくなります。他の補助艦艇で建造されない分と合わせると、合計5億円分ほどになります。これら作られない分の向こう10年間の維持費が、丼勘定で4〜5億円分。合わせて最大で10億円浮いてきます。これで、1928年に全艦揃った場合の、戦艦を建造しない分の維持費の約半分程度が出てくることになります。大型戦艦の建造が遅れていれば(間違いなく遅れるだろう)、これでほとんど予算が足りてしまうかもしれません。それでも水兵の数は、最低でも艦艇乗り組みだけで5000人程度が史実より増えている事になるでしょうね。

 一方建造施設ですが、当時日本には大型艦が建造できる施設が軍民合わせて四カ所ありました。呉の第四船渠、横須賀の第五船台、三菱長崎船台、川崎神戸船台の4つです。しかしこれらの施設で、戦艦だけでなく史実より数が少ないとはいえ、空母、重巡洋艦を建造しなければならないので、どうしても施設が足りません。
 「八八艦隊」計画が進んだ場合は、最低でも中型空母や重巡洋艦が建造できる施設が新たに作られているか、既存の施設を改修・強化して作れるようにしている筈です。我々の世界で1940年に完成した横須賀の第六船渠が、20年地殻前倒しで作られている可能性も高いでしょう。とはいえ新たに海軍工廠を作るほどの金はないので、民間と海軍工廠でそれぞれ1〜2箇所の建造施設が増えている程度だと考えられます。
 ここでは、大型艦用が横須賀第六船渠、川崎泉州船渠の2つが増えていると想定します。これで6箇所になるので、空母や重巡洋艦も平行して建造できるでしょう。
 一方整備施設、つまり本来のドックですが、ほぼ間違いなく佐世保の第七船渠が作られている筈です。大型戦艦用は、もう1つか2つどこかに作られているでしょう。

 では、ここで建艦スケジュールや維持費について考えたいので、史実に沿った形で軍縮条約の有無について考えて見ましょう。
 まずは「ワシントン会議」。何故会議は決裂するのかはさておき、会議が決裂してしまうので関連した軍縮条約も全部流れてしまいます。おかげで「四カ国条約」、「九カ国条約」も成立せず、日本の「KY」な行動に世界はドン引きです。でも、結果として「日英同盟」が残ってしまいます。「八八艦隊」と合わせて、アメリカも大弱りでしょう(笑)
 イギリス、アメリカ、特にお金のないイギリスは、何とかして海軍軍縮会議を再興したいと考えるでしょう。しかもなるべく早いうちに。史実では1927年に補助艦艇の軍縮を目指した「ジュネーブ会議」が行われましたので、仮にここに会議を設定してみましょう。日本もアメリカの様子(海軍拡張)が見えてきているので、かなり青い顔している筈ですから。
 で1927にジュネーブ会議開催ですが、日本にとってはのっぴきならない状態になっています。
 アメリカは「3年計画」または「ダニエルズ・プラン」と呼ばれる大艦隊建造計画を推し進め、この時期には主力艦艇の殆ど浮かべてしまっているからです。アメリカの16インチ砲戦艦16隻のうち、1923年内に最初の4隻は全て完成します。残り各6隻ずつの大型戦艦、大型巡洋戦艦も、1920年から1921年にかけてアメリカ各地の工廠や造船所で建造が開始されるので、1922年に建造再開したとしたら1926年から28年ぐらいに全て浮かんでいる事になります。対する日本は、大型艦建造施設が4箇所しかないので、同時に建造できるのは4隻までです。また予算不足、資材不足、開発能力の不足など、アメリカに比べてないない尽くしです。
 1927年6月の時点だと、《長門》《陸奥》《加賀》《土佐》《天城》《赤城》が完成。《愛宕》《高雄》が艤装中。《紀伊級》4隻が船体建造中。《13号艦級》4隻が資材収集段階といったところでしょう。しかも日本は、1923年に関東大震災があったため、《紀伊級》の恐らく2番艦が船台上で破損しています。国家予算自体も、復興のため軍備が大幅に削られる事は間違いありません。1927年どころか、1924年の段階で日本が悲鳴をあげるように軍縮を提案しているかもしれません。一方では、受注の増えた造船各社が大型建造施設を増設している可能性も十分にあるでしょう。
 一方イギリスですが、新規に4隻程度の戦艦を建造していると考えられますが、空母や巡洋艦をいくらか諦めたとしても、史実に計画した8隻の建造は多分無理でしょう。
 他の列強は、新規に戦艦を建造する余力はありません。
 そんな感じで、二度目の軍縮会議開催です。
 主導権は、超圧倒的優位に立っているアメリカ主導で進むかもしれません。
 まずは、現状での各国の大型戦艦保有数です。

米: 14インチ砲:11  16インチ砲:16
英: 15インチ砲:13  16インチ砲:(+4)
日: 14インチ砲:8  16インチ砲:6(+2)
 ※( )内は艤装段階まで進んでいる建造中の艦

 上記したように、就役数だとアメリカが日英の二倍持っている事になります。しかも1929年までのアメリカなら、新規の大型艦建造計画も立てているかもしれません。しかもイギリスには、13.5インチ砲装備の戦艦が、破棄していなければ14隻もあります。12インチ砲搭載の弩級戦艦も数に入れると、日本は一層不利です。米英に対して6割どころか5割の枠を確保できるかどうかでしょう。
 そして仮に6割が認められたとしても、「八八艦隊」は残り4隻の完成を見ることはありません。つまり、計画失敗です。「八八艦隊」を作ることを目的としたゲームであるなら、この時点でゲームオーバーとなってしまいます。
 では、そうならない道筋で、それでいて米英と日本が戦う世界を見ていくことにしましょう。

 ちなみに、架空戦記小説ではかなりお約束な、「日露戦争」で「日本海海戦」に勝利するも陸で敗北して大陸から追い出されるというフラグとその後のルート分岐ですが、このルート先に「八八艦隊」や「アメリカとの全面戦争」フラグは、普通に考えればあり得ません。特に「八八艦隊」が誕生する可能性は、外交、経済、世界情勢など様々な面から見てもほぼゼロでしょう。
 それでも、恐らくは満州ばかりでなく朝鮮半島からも追い出され、南樺太も得られないので、日本の国防の観点から海軍が重視される流れにはなるでしょう。加えて、日本の陸海軍を中心とする日本の内政事情だけ見れば話しも変わります。ですが、それ以前の問題として、やはり「八八艦隊」はありえません。
 「日露戦争」をドローにした先の日本は、第一次世界大戦まで恐らく国家の債務不履行に怯えながら国家運営をしなければいけないので、無理して大艦隊を作っているどころではありません。そして第一次世界大戦までの段階で躓いているので、第一次世界大戦で戦争特需があったとしても「八八艦隊」を浮かべられるほどの国家予算は編成出来ないでしょう。その後についても同様です。
 さらに言えば、満州という自前の資源入手先も失うのですから、イギリス、アメリカとの戦争は史実以上に可能性が低くなります。史実以上にお馬鹿でない限り、日本の側が戦う段階にまでたどり着けないんです。単純に考えても、石油どころか、鉄鉱石や石炭、食料すら足りない状態に追い込まれ、満州という資本投下先を失うので日本経済自体の縮小はほぼ確実です。対外輸出と外国からの投資、国内での公共投資による社会資本建設での内需拡大という手はありますが、行うにしてもアメリカ、イギリスとの長期に渡る友好関係が必要となるでしょう。中華に輸出する前に、英米から輸入しないといけないからです。
 つまりは、米英の風下に立ち続けなければならない可能性が極めて高いので、外交上では大艦隊など揃る以前の段階なのです。
 ついでに言えば、大陸から追い出されると中華民国との戦争フラグも基本的に消えてしまうので、尚更アメリカと戦争する可能性は低いでしょう。
 第一次世界大戦以後の進出や領土拡張は、それ以前の段階で大きくつまづいているので可能性はかなり小さくなります。中華民国との様々なゴタゴタ、シベリア出兵のフラグは成立しません。当然ですが、満州事変などあり得ません。
 なお、ナチスドイツとの同盟や連携のフラグですが、基本的に成立しません。大陸から追い出された日本の立場から考えれば、ナチスとフラグ立てるぐらいならイギリスとの協力フラグを立てている筈です。ソ連との対立を持ち出す方もいるでしょうが、その場合でも日本が手を向くべきは最低でもイギリスです。ロシア人の裏側のドイツというのは、北東アジアでの自らの地盤があってこそ出てくる視点の筈です。

 まあ、ぐだぐだと、別の可能性を考えるのもこの辺にして、そろそろ本題に入りましょう。



●フェイズ01:「「八八艦隊」への道のり」