■長編小説「煉獄のサイパン」

●第七章 2

1945年2月22日

 「完部隊」の帰投から丸二日。部隊の無事帰還の興奮醒め止まぬ呉軍港に停泊する《大和》の長官公室では、熱のこもった議論がかわされていた。
「豪勢な作戦に対して、いかにも燃料が足りない」
「やはりここは、どれかを削るべきでしょう」
「しかし何を削る。ただでさえ戦力不足だ」
「我々は、作戦が決行される限り、降りるつもりはありませんぞ」
 様々な言葉が飛び交っている。熱は確かにこもっているのだが、いまいち貧乏くさい。
 それもこれも、今し方確定した書類が強く影響していた。
 以下が、その書類の概容だ。

 二月二一現在備蓄重油一覧
大和・残量2500トン 榛名・残量2000トン
第2水雷戦隊・残量合計1500トン
2月の備蓄割り当て1000トン
全体の一日の消費量=約150トン
 作戦必要量
第2艦隊満載時約1万8000トンの8割
 完部隊よりの移譲燃料
信濃・残量7000トン(1000トン移動可能)
信濃積載のドラム缶1万本・2000トン
伊勢、日向からの移動3000トン

「やはり、最低でももう2000トンばかりが足りませんね。できれば4000トンほど」
「作戦を前倒しにすれば、今ならばいけませんか」
「燃料で作戦決行日が決められるか。だいいち、完部隊からの参加艦艇は戻ったばかりだ。艦の整備、補修と乗員の半舷上陸であと5日は無理だ」
「それに、出撃するなら、第2艦隊将兵の半減上陸も急ぎしなければならない。作戦決行はどれだけ急いでも27日以降だ。上陸時には、少年兵の家族も呉か廣島に呼んでやらねばならん。人が増えるなら《大和》も燃料を食うが柱島に移動だ」
「ならば、《榛名》を削るしかあるまい。どうせ、もう警備艦扱いで、今行われている元に戻す作業だけでも大変だ」
「しかし、作戦内容を考えれば、成功率を上げるためにも戦艦は複数参加すべきです」
「では、《信濃》を削りますか?」
「馬鹿を言うな。じゃあ、俺達は何に乗ればいい」
「馬鹿とはなんだ」
「馬鹿だから馬鹿と言った。燃料なんか、徳山のタンク底をさらえば1000トンや2000トンぐらい何とかなるだろ」
「帳簿にはないが、実はそれも計算に入れてある。それでも何ともならないから、我々がこうして苦慮しているのだろう」
「ならば、方法は一つ。軍令部と聯合艦隊司令部、ついでに海軍省に掛け合いましょう」
「それができれば、誰も苦労せん」
「ではどうする。最低量でも、戦闘速力だと往復すらままならんのだぞ。片道出撃だぞ」
「問題は皆無、と言うわけではありませんが、これあるを予期して、ある程度根回しは終わっています」
 最後の発言に、口論状態になっていたほぼ全員が、一人の男に顔もしくは視線を向ける。
 男は黒尽くめの第一種軍装をスキなく着こなす中年にさしかかりかけた男、軍令部第一部から派遣されて来た、というより今回の作戦そのものを立案した男だ。
「それで山科大佐、どこから燃料を調達するのかね」
 上座で沈黙を守っていた伊藤整一中将が、静かに目線を向ける。
「幸い、シンガポールからの油槽船が1隻、無事に戻りました。重油1万5000トンを積載しています」
「昨日、徳山に帰り着いたというヤツだな。北号作戦の完部隊が、米軍を振り回したおかげだな」
「はい。そこで、この船からの最も割り当てが多い護衛艦隊から、彼らの割り当てを幾分かいただきます。このことは、軍令部第1部は既に内意を得ています。聯合艦隊司令部も、参謀の神重徳大佐が説得中です」
「護衛艦隊からだと? 日本の生命線だぞ」
「はい、私もそう考えます。しかし、輸血の心配より前に、焼け死ぬ事を阻止すべきでしょう」
 そう言った山科の顔は、3日前伊藤の元に不意に現れた時と同じく奇妙な険しさを湛えていた。

「お久しぶりです」
 制帽を取り丁寧に頭を下げた山科は、伊藤の勧めるまま長官執務室の応接用の机に腰かけた。
 《大和》の可燃物はレイテ作戦の前のブルネイで随分と降ろされたが、艦の威厳を損なわないためと、いまだ長官室近辺はそのままとされている。
 まるで、山本五十六の霊魂に何かを期待するかのようだと誰かが言ったほど、就役時のままだった。木張りの室内、ビロードのカーテン、淡い絶妙の色合いの照明、そして重厚な色合いを見せる椅子やテーブル。加えて長官公室になると、革張りの椅子や本棚などの一級の家具も据えられている。《大和》が「大和ホテル」と言われた理由の一端だ。もちろん、空調も行き届いている。
 そうした部屋に、山科は妙に似合っていた。
(流石、公家の出だけあるな)
 そんな事を思った伊藤だが、山科と同じ配置になったのはかれこれ海軍省人事局長以来だ。その後伊藤は艦隊勤務に転じた。そして伊藤が山本五十六の参謀長となる頃、山科はシベリア鉄道を使ってドイツ駐在武官に出ていってしまった。同じく親米英派と目されていた山科にとっては、体の良い左遷人事だ。
 以来二人が合うことは適わず、去年の夏に山科が命からがら日本に戻り軍令部へと入っても、伊藤はちょうど入れ違いに第2艦隊司令長官へ親補された。わずかな間同じ軍令部にいたことにもなるが、互いの忙しさで会う暇もない。
 故に、直に山科に会うのは、かれこれ4年3ヶ月ぶりとなる。
「ああ、随分久しぶりだな」
 使者であると同時に客人である温かく迎えた伊藤は、山科がまずは個人的訪問ですと最初に言ったため、その日は客人として迎え入れた。
 従兵にも、普段自分が飲んでいるのと同じ紅茶を入れさせ、今できる最大級の歓待をする。少なくとも伊藤は、山科とのかつての関係からそのぐらいして当たり前だと考えていた。
 当の山科も、伊藤から見て妙に険しくなった顔こそ崩さないが、口調、仕草共に彼本来の雅た動きに深い敬意が感じ取れる。
 ただ山科は、いつものように話しかけてこなかった。口べたな伊藤としては困りものだが、ここはホストとしての役割を果たさねばと、駐米武官時代を思い出し切り出す。
「少し遅れたが、ドイツからの無事帰国おめでとう。軍令部を離れる前、米内閣下にお会いして山科君の事を聞いたよ」
 伊藤の言葉に丁寧にお辞儀をしてから、山科もようやく切り出した。伊藤は、山科が切り出しにくい何かを抱えていると踏んだ。
「恐縮です。しかし、結局は何の役にもたたなかったようです。ドイツはナチスという狂気に犯されていましたが、日本も殲滅戦争のただ中にあるのだと実感し、ただ徒労の毎日です」
「自身を卑下するものではない。米内閣下も井上閣下も、欧州の現状、世界の現状が分かったと、たいそうお喜びだった。それに徒労と言うが、《信濃》を無事就役に導いたのも、今《信濃》に物資を満載して戻したのも、山科君が関わったと言うじゃないか。今の海軍の現状を思えば大金星だ」
 伊藤の珍しく冗談めかした言葉に、山科が苦笑した。ひどく悲しそうな苦笑だ。伊藤も何かを感じ取り、表情を真剣なものに戻す。
「何か、あるのかね」
「はい。ここでの私的なお話が終われば、私は閣下以下一万の将兵に、死ぬかも知れぬ任務を伝えねばなりません」
「私も軍人である以上、いつでも死する覚悟のつもりだ。もちろん、理不尽な命令、無駄な事には異を唱えさせてもらうけどね。それで、その話は後でか、それとも今先に聞かせてもらえるのか? もし聞かせてもらえるとしても、私は断るつもりだよ」
 閣下のお心映えは存じているつもりです。そう答えてから、山科は続けた。
「しかし、今作戦を聞かぬと言うのであれば、私は閣下に理不尽なお願いを一つせねばなりません」
 言ってみたまえ。そう瞳で促された山科は、小さくうなづくと続けた。
「私は、ドイツで殲滅戦争が何であるかを直に見て参りました。ドイツの大都市の幾つかでは、300機もの迎撃を受ける1000機もの連合国爆撃機が無差別爆撃する様を体験しました。一度など、ほんの少しの幸運と第三者の献身がなければ、命を失っていたほどです。
 その中で確信したのです。今日のドイツの景色は、明日の日本を襲う景色でもある、と。
 そしてそうならぬよう、私なりに二つの手だてを考え動いて参りました。一つは伊藤閣下もご存じの事です。ですが、他の方々の尽力があってなお、今のところ実を結びそうにありません。そしてもう一つ、できれば使わねばよいと思っていた策です」
「米軍の無差別爆撃を阻止する手だて、というわけか。私達が関わると言う事は、艦隊にサイパンを叩かせるなどという、司令部の神参謀辺りが唱えそうな世迷い言のようだな」
 伊藤の言葉に、山科は力強くうなづく。
「左様、ほとんど世迷い言なのは、私自身理解しているつもりです。しかし私は、ある人物に日本の空を守ってみせると誓約しました。命を賭して果たそうとも、自身に誓いました。
 もちろん感情論だけでなく、手だては出来る限り講じました。この数ヶ月、そのために動いて参りました。それでも尚、作戦の成功確率は、時期と運を得て三割と言ったところです。艦隊の生還確率は二割もないでしょう。しかし、今が最後の機会なのです」
「ハハハ、相変わらずズケズケというな、山科君は。ものはついでだ、全て言い切ってしまいなさい」
 吹っ切れたように笑う伊藤に、山科は頭を一度深く下げてから続ける。
「信濃や第四航空戦隊の持ち帰った燃料を用いて、第二艦隊及び《信濃》にサイパン島を叩いて頂きます。既に軍令部には作戦案を提示して、内密に承諾を得ました。内密にした理由は機密保持の為です。本作戦は……」
 本当に全てをぶちまけ始めた山科に、伊藤が慌てて制する。
「待ちたまえ、作戦の詳細は後ほどみんなと聞く。それで、君は私に何をして欲しいのかね」
「はい。では、単刀直入に申し上げます。何も言わず、監視役という名目で構いませんので《大和》に乗せてください。お願いします」
 あまりにも思い詰めた顔と声だ。そうして頭を下げたままの山科を見つめた伊藤は、小さくため息をついてから山科の頭を上げさせる。
「軍令部の甲部員が艦隊に同行するなど、普通なら誰も承諾しないだろうな。理由は、聞かせてもらえないのかね」
「はい、理由は私一人が背負うべき事ですので」
「軍務とは関係ないか。……いや、失礼。しかし、艦隊に乗り込む全ての者の命を預かる身としては、承伏できかねるよ。私も共に背負うから言いたまえ。これは、山科君を乗せるためのこちらの条件だ」
 少しばかりきつい口調だ。しかし、山科が見た伊藤の目は悲しげでもあり、人として厳しくもあった。
 山科は、その日何度目かの頭を下げる。
「では、私が他の場所で同じことを言わない限り、決して口外しないでください」
 伊藤の莞爾とした顔を見て、山科が続ける。
「サイパンには、……年の離れた末の妹がいたのです。ドイツに行くまでは、随分と甘やかしました。機会があるのなら、せめて島が見える場所から拝んでやりたくて」
 絞り出すような声だった。

 伊藤と山科の会談後すぐに、伊藤の名で集まれる限りの第2艦隊幹部の集合が発令された。午後5時に作戦会議を行うとの指令だ。
 その席上で、軍令部第1部甲部員の山科は、「第2艦隊より強い要請のありました、《大和》《矢矧》を作戦に使いたいとの件に対して、軍令部よりの命令をお伝えに上がりました」と切り出した。
 集まった幹部それぞれの机の上には、「防号作戦要項」と書かれた冊子が置かれている。
 時勢を反映して中身はザラバン紙のゲラ刷りだが、中の活字は紙面を開けた者全てを驚愕させた。
 全員を代表して、参謀長の森下少将が問う。
「軍令部からの作戦内容は了解した。軍令部が人を直接送り込んできたという点で、決意の程も分かる。しかし本作戦において、軍令部はどれほどの勝算、いや成功確率があると考えるのか。可能な限り正確な数字を提示願いたい」
 一見淡々とした言葉だが、けっして世迷い言や精神論を振りかざすことは許さないという決意がみなぎった声だった。
 そんな森下の冷たくそして熱い視線を正面から受け止めた山科は、臆することなく全てを口にする。
「正直申し上げまして、攻撃の成功確率は三割、艦隊が帰投できる可能性は二割に満たないと判断します」
 全員に殺気、怒気、緊張など様々な感情が走る。感情は人によってそれぞれだが、好意的なものは一つもない。唯一、先にある程度内容を知っていた伊藤が、上座で静かに沈黙を守っているだけだ。
「二割だと! 日露戦争の第一軍ではないのだぞ」
 誰かが叫ぶように噛みついた。それを手で制して、森下が口を開く。
「三割、二割の根拠は?」
 依然として、万に一つや精神論を持ち出すことを許さない目だ。
「米海軍、特にスプルアンス艦隊の動向如何です。他の部隊の攻撃ならば、《大和》《信濃》の防御力と最低限の艦載機さえあれば、仮に攻撃を受けても許容範囲の損害で耐えられます」
 言下に山科は言いきる。
 スプルアンスの言葉に伊藤が小さな反応を示したが、視線が山科に集中しているため気付く者はいない。
「スプルアンス艦隊の母艦数は、レイテの時よりさらに増強され、情報が正しければ最大で20隻を超えています。艦載機数にして最低で1200機以上です。これに出てこられては、いかなる作戦、部隊であろうとも、作戦の成功確率はほぼ皆無となります」
 そんな事は言われんでも分かっている。また、誰かが噛みつく。しかし、山科にとって今の言葉は前置きにすぎない。
「しかしスプルアンス艦隊は、一昨日とその先日の16日に関東一円を大規模に空襲したばかりです。昨日空襲がなかった事から、少なくとも次の攻撃場所である硫黄島周辺海域に移動したと判断されます」
 それがどうした。全ての視線が続ける。硫黄島には今日米軍の上陸があったとの電文が、日本列島を駆けめぐっている。とは言え、来るべきものの一つが来たというに過ぎない。すでに、米軍搭乗員の捕虜から、硫黄島の事ばかりか、3月予定という沖縄侵攻についても分かっているのだ。
 しかも、硫黄島の戦いと友軍の力戦奮闘に対して、特攻隊出撃の声が各所から出ている。本来大本営が、捨て石と考えていた島に対してだ。
 そうした気分的なものに便乗するのではないか、という感情が山科に向けられる。
 それを見越したかのように山科が、一端切った言葉を続ける。
「硫黄島に関しては、私の職権外です。ただし、スプルアンス艦隊に対しては注目すべきです。彼らの無線情報から、2日から長くて5日程度しか現場海域に残らない事が概算ですが見えてきました。つまり、米機動部隊は硫黄島攻撃を数日で終えると拠点のウルシーに引き返すという事です。まだ確定情報ではありませんが、硫黄島で約3日、硫黄島からウルシーまで3日の合計6日。つまり2月27日が米機動部隊が拠点に入る最も確率の高い予定日となり、以後整備と補修、乗員の休養が行われます」
 何が言いたいのか見えてきた者が、それぞれの微妙な仕草で次を促す。
「スプルアンス艦隊は、残念ですが世界最強の艦隊です。空母約20、戦艦10、艦隊総数120隻以上。後方を支援する油槽船だけで20隻近くになります。残念ですが、今の第二艦隊、いや聯合艦隊が総力を挙げても太刀打ちできる相手ではありません。しかし、巨体であるが故の欠点も抱えています。一回の作戦行動で、我が軍のミッドウェー作戦を凌駕する燃料を消費するという点です」
「補給のスキを突くというわけか」
「はい。一度入念な整備と休養、そして補給作業に入った場合、最低でも1週間、彼らはまともに身動きができません。しかも連合国の次の目標は、我が軍が固く守る沖縄です。既に大和田通信所は、太平洋各地で膨大な数の艦艇、輸送船、上陸部隊が動き始めていることを掴んでいます。最終的な規模はまだ図りかねますが、同作戦に準備される戦力は将兵40万人以上、艦隊総数1000隻を超えるでしょう」
 おおっ。声なき声が広いはずの《大和》長官公室を揺るがす。そのうねりをそよ風程度に無視した山科が続ける。
「恐らく連合国は、硫黄島を手早く片づけ次の作戦に差し掛かるよう、急ぎ準備はするでしょう。しかし、3個師団も用いた作戦をしたばかりです。どうしても今から次の作戦の物資を補給しなければなりません。特に、最前線で戦い続けている米機動部隊の補給は、まさに拠点に帰ってから始まります」
「2月27日から1週間が、我々が動く最大にして唯一の機会と言うわけか。だが見つかれば、慎重と言われるスプルアンスと言えど目の色変えて我々を沈めに来るのではないか。マリアナでは、周到で執拗だった」
 誰かの発言に山科も頷く。
「そうです。レイテで逃した《大和》、南方で逃避行を続けている《信濃》は、米海軍にとって垂涎の獲物でしょう。だからこそ、作戦は可能な限り秘匿し、米軍の目を向けるための支作戦も同時発動します」
「それだけではダメだ」
「はい、無論です。故に作戦では、私のように直にお伝えする伝令を使います。敵に何らかの動向を教えてしまう電報、暗号は止むに止まれぬ場合を除き厳禁としました。しかし目視による偵察や、物資集積や出撃準備など物理的行動までは完全に秘匿できませんので、支作戦を表向きに動かし、米軍の目をそちらに向けます」
「B29はどうする。日を追うごとに、我が物顔で内地の空を偵察するようになっている。それに、海峡出口辺りで網を張っている潜水艦は」
「潜水艦に対しては、持ち帰った揮発油をエサに航空隊に出ていただきます。この件に関して既に軍令部内で内意は頂いています。B29に関しては、敵が大規模爆撃をしかけた時が最大の機会となるでしょう」
「軍令部か大和田は何か掴んだのか」
「はい。本日昼間も東京がB29およそ150機の空襲を受けました。爆撃を受けたのは1月27日同様、市街地との報告を受けています」
 無差別爆撃か。また誰かが呟く。
「そして、こうした大規模爆撃の際、B29は富士山上空、爆撃箇所に恐らく気象状況を調べるための機体が陣取ります。そして爆撃の前後は、より高空を飛行する偵察型の機体を数機寄越します」
「そして、爆撃される街以外の日本本土偵察は疎かになるという事だな」
 誰かの言葉に、山科は首肯した。とにかく見せられるだけのあめ玉を見せるしか、今の山科に目の前の男達を納得させる術はなかった。山科自身、ドイツで長らく過ごしたせいか、精神論だけは言い立てたくなかった。精神論など、敵と戦う以前に自身の知的敗北だ。
 そして精神論を一度も口にしなかった山科の作戦は成功したように思えた。それに、能動的行動というのが全員の士気を上げているのは確かだ。作戦に最低限の裏付けの成功確率があるのだから、軍人として怯むべきでないという矜持もあるだろう。
 そうした全員の気持ちを汲んで、司令官の伊藤がようやく閉じていた口を開いた。
「作戦の成功確率に関しての根拠については分かった。ましてや、出撃しろというのなら是非もない。サイパンのB29を基地ごと粉砕するという作戦も了解した。巨大な敵を出し抜いて急所を突くという作戦は、いっそ痛快ですらある。だが、腑に落ちない点が一つある。君が作戦成功率と生還率が別々に言った点だ」
 思っている事があるのなら全部言ってくれと、伊藤の瞳が語っている。山科は、伊藤に向き直った。
「本作戦部隊がサイパンから500キロ圏内まで見つかることなく近づければ、いかに慌てようともスプルアンス艦隊は間に合いません。ウルシーからサイパンまではおおよそ900キロ。しかも彼らは大所帯だけに、泊地から出て陣形を整えるだけで四半日はかかります。
 しかし、サイパンもしくはグァムには、B29用以外にも飛行場が多数あり、主に米陸軍機が多数運用されています。これらの攻撃ばかりは回避することが難しく、艦が損傷し、速力が落ちれば機動部隊に捕捉される可能性は格段に高まります。また、帰路は敵潜水艦の哨戒ラインも突破せねばなりません。
 軍令部としては、戦略上《大和》には是非にも帰って来て頂きたいのですが、帰投まで作戦を練り込む余地はありませんでした。
 正直申し上げ、本作戦は特攻と紙一重の作戦になるでしょう。だからこそ、生還率を別に申し上げた次第です。そして上げた数字も、楽観的に捉えた数字と考えて頂かなくてはなりません」
「なぜ、《大和》残存にこだわるのか。作戦が成功すれば、艦隊が差し違えても良いとは考えないのかね」
 山科はゆっくり確実にかぶりを振って続ける。
「《大和》はアメリカ軍が脅威と認識している戦闘艦です。内地に存在しているだけで抑止効果があります。ましてやサイパン基地を破壊して帰投したとなれば、アメリカ軍は常に《大和》を警戒した布陣を敷かねばなりません。これは欧州での話しですが、ドイツの戦艦に《テルピッツ》一艦のために、英国は本国艦隊の半数近くを常に拘束されていました。艦隊現存主義にも、一利あるのです」
「ならば、なぜ今回の攻撃的、いや投機的な作戦を立案したのか。今の話しならば、このまま我々が瀬戸内海に居ることの方が意味あるようにも思えるが」
「このまま座視していれば、おそらく3月中に今までの2倍以上の規模で、大都市を対象とした無差別爆撃が開始される公算大と判断されます。これは米軍の無線情報から、B29の着実な増勢が確認されているので、ほぼ確実です。また欧州同様に、低高度無差別爆撃に戦術が転換されれば、1機当たりで二倍、爆撃規模は投下量の面で現状の4倍となります。
 これを今少し分かりやすく申し上げれば、一度に押し寄せる爆撃機の数が100機程度から200から300機に、爆弾投下量が250トンほどから一気に1000トンから1500トンに達するという事を意味します」
 予想以上の数字が次々と並べられていくので、ざわめきが大きくなる。それを伊藤が制して、小さく頭を下げた山科が言葉を再開した。
「しかも今挙げた数字は、恐らく最少に近い数字です。最大であれば、三ヶ月後にはさらに二倍の規模に膨れあがります。アメリカはB29だけで1000機以上の量産計画を実行中で、さ来月からは毎月200機体制での増強が可能となるのです。
 翻って我が方は、先日の米艦載機の襲撃で、陸軍は本土決戦に備えた体制に移行しつつあります。しかも悪い事に、もし夜間無差別爆撃を行われれば、電子装備の優劣から我が軍にB29を効果的に邀撃する術はありません。三ヶ月後の被害規模は、1回当たりですら現状の10倍にも達するでしょう」
「で、現状でのB29の数は?」
「大和田の無線傍受と敵の戦術単位から、サイパン島に200機、テニアンとグァムにそれぞれ50機程度と考えられます。このうち稼働率は5割から6割程度なので、週に一度程度150から200機程度襲来する状況が、2月一杯続くものと考えられます。そして3月第1週を過ぎれば、B29の数はさらに2割り増しとなります。しかし、3月半ばぐらいから沖縄での戦いが始まれば、その間だけは内地への都市爆撃の密度は低下するでしょう」
「それで、沖縄での戦いが峠を越えて以後の、日本本土の損害、いや被害予測は。そうだな、米軍が無差別爆撃に本腰を入れて一ヶ月程度でよい」
「残念ながら、軍令部では正確な数字はまだ出ておりません。総力戦研究所の資料も概算であり、予測数字としては根拠不足です。しかし」
 「しかし」その言葉と共に誰かが「ゴクリ」と息を呑む。
「しかし、概算による被害予測は、東京、大阪、名古屋、横浜、神戸、川崎の6大都市での被害は、死者10万人以上、焼失家屋100万戸以上、罹災者の数は最大で500万人に上ります。これらが地方都市に及び、爆撃が三ヶ月間継続されれば数字は3倍以上に膨れあがり、日本列島に都市と呼べるものはほとんど無くなると予測されています」
 山科が語り終えると、座が完全に静まりかえってしまった。誰もが、ある程度戦況を認識はしているつもりだった。だが、今耳にしたほど苛酷な数字が待ちかまえているとまでは想像の外だった。もはや物量の違いなどで表現できる差ではなく、艦隊が特攻まがいの作戦を行うのも止む無しという気分も分からなくもない。
 そうした雰囲気を見た伊藤は、静かに全員を見回す。
 全員が伊藤の言葉を待っているのが分かる。座して破滅を受け入れるか、自分たちが死を賭して破局を少し遅らせるための任務に赴くのか、その全てが伊藤の言葉にかかっているのだ。
 伊藤は、一度しばし瞑想するかのように目を閉じ、ゆっくりと開くと同時に言葉を紡ぎだした。
「山科中佐、最後にもう一度問う。これは海上特攻ではないのだね」
「無論です。敵の出方によって作戦を甲案、乙案、丙案のどれを取るかは全て伊藤長官と第2艦隊司令部に委ねます。ですが軍令部としては、暗号、無電を極力控える作戦の性格上、どうしても連絡員を配置しなければなりません。そこで、同行1名の許可を頂きたく思います」
 言葉の後半を聞いた幹部の多くが色めき立った。軍令部は軍監を付けるのか、と。代表したかのように、第2艦隊先任参謀の山本祐二大佐が啖呵を切った。
「我々は軍令部のお目付などなくとも、立派にやってみせます」
 その言葉と目線を受け止めた山科も、個人的理由ながら引き下がるわけにはいかない。彼も強い視線を言葉の主に注ぐ。
 そうしてしばし睨み合いとなったが、伊藤の言葉がその日の会議の締めとなった。
「作戦の委細について決めるのは、明日完部隊が合流し、部隊の陣容が固まってからでも遅くはないだろう。それで両者ともいいね」



●第七章 3 へ