■解説もしくは補修授業「其の壱」

●宣戦布告
 ここで日本にとっての幸運要素を必要とするなら、アメリカ代表への宣戦布告文書受け渡しが間にあう事、それにつきるでしょう。
 数多ある架空戦記の第一関門です。昭和時代後期に放映された伝説のアメリカ横断ウルトラクイズで言えば、後楽園球場での最初の○×クイズです。
 また、真珠湾攻撃を奇襲もしくは絶妙のタイミングで強襲を成功させる為には、航空隊がロクに態勢が整わず米艦艇があわただしく動き出し混乱が最高潮に達しているのがモアベターです。時間を考えると、史実の想定上にもあった戦闘開始三〇分前後の宣戦布告というタイムラグが最良となるでしょう。この場合、アメリカ側の人的損害は、史実の倍以上になると分析できます。
 当然ここでは、より大きな成功をさせる為、戦闘開始は宣戦布告三〇分後程度とします。
 よって、真珠湾に対する奇襲効果は史実より大きなものとしました。そうです、二列に並んでいた戦艦群のうち、内側の戦艦も無防備な腹をさらしている可能性も高くなります。また少し沖合に出ている戦艦がいたら、浮上修理不可能な場所でノロノロ走っている可能性も高くなる事でしょうし、魚雷がまんべんなく撃ち込まれれば、それだけ艦艇の修理は遅れ、溺死者の数も膨れあがります。航空隊も、乗り組始めているのでパイロットや整備兵ごとスクラップです。
 そして何より、攻撃前の宣戦布告によって卑怯なだまし討ちと言う事象はなくなり、アメリカ国民に対するメッセージとしては少し弱いものになる事請け合いです。
 ただし、アメリカ合衆国領土が攻撃された、というこの事そのものが、アメリカ国民の戦意を奮い立たせる点は変わりないでしょう。また、アメリカ政府の宣伝により、イエロー・ジャップがスニーキーなヒールとしてつるし上げられるのは間違いなく、心理面での状況に大きな変化ないでしょう。
 しかし、完全な奇襲でない事から、後世史実ほどひどく非難される事はない、これは重要かと思います。
 史実じゃ、なんであんな事になったんでしょうね。日本の外交は複雑怪奇です。

●真珠湾奇襲?
 さて、架空戦記の第二関門「真珠湾攻撃」です。
 さてさて、どれぐらいヤンキーどもをやっつけてやりましょうか? 東郷元帥並の幸運が前提ですので、ここでは足腰立たないぐらいコテンパンにのしてやりたいところですね。
 ただ、よく架空戦記もので論じられている、真珠湾が丸ごとバーベキューになるような、真珠湾の港湾施設、燃料貯蔵施設を主目標とした第3次攻撃が起こる可能性は極めて低いでしょう。
 なぜなら、艦艇への攻撃こそが南雲提督に与えられた命令と言っても過言ではないからです(ソースはあえて提示しませんが、種々の文献によるとしておきましょう(笑))。
 また、基地施設に攻撃が行われても、工廠・重油タンクの破壊も論じられている程効果は薄いと思われます。それに当時の海軍の風潮からして、地上施設破壊が命令される可能性は極めて低いし、現地部隊が行う可能性もまた低いでしょう。
 上記の理由として、大量の重油を飲むべき艦艇の大半は大破、損傷しています。また重油は燃えると厄介ですが、その逆に火災にはなりにくい性質なので、艦艇ごと焼き払うといった芸当も難しくなります。無論、発火しやすいガソリンタンクを優先的に破壊するとか、燃焼効果を高めた焼夷弾などを多数用意すれば話しも違ってくる可能性もあります。しかし通常装備での攻撃だと、せいぜい嫌がらせ程度の効果しかないと思われます。そして史実と同じレールの上だと、真珠湾を焼き払うための準備などしていません。ガソリンタンクも、タンク群の中に無いわけではありませんが、日本軍が攻撃を意図しない以上関係ありません。
 またアメリカ側は、艦艇用の重油が不足するなら、当座の分だけタンカーを西海岸から呼べば事足ります。基本的にアメリカ海軍は、日本よりもお金持ちですし、すでに戦時計画でタンカーの数は増え始めています。
 なお、重油が燃えないなら流出による厄介な災害があるじゃないか、という意見が出てくるでしょう。しかし、話のネタや小道具として以上の価値はないと思われます。史実で、重油流出で壊滅した軍港もしくは港湾施設があるという記録を見つけることができないからです。
 また、工廠の破壊はある程度効果はあるでしょうが、反復攻撃を多用した徹底した空襲を行い、その後この地域での継続した破壊活動(潜水艦による通商破壊)を行わないのなら、すぐにも復旧されてしまうので効果が薄いと思われます。また、ドイツがたびたび受けた爆撃や、アメリカ軍が呉などに行った艦載機による襲撃から考えると、陸上の強固な港湾拠点そのものに対する効果は低いと判断できます。
 ただし、当時ドック入りしていた《ペンシルヴァニア》を《アリゾナ》のように誘爆で爆沈に追い込めれば、その効果はかなり高いでしょう。なぜなら、爆沈による破壊は艦載機の爆弾の比ではないからです。ドックに大きな被害を及ぼし、大量に発生する屑鉄(戦艦の残骸)除去だけで数ヶ月を要し、それだけ真珠湾の機能回復は確実に遅れ、艦艇の浮上修理のスケジュールにも齟齬をきたすからです。もっとも、お話以上のレベルでこれを行うのは、幸運以上のファクターが必要でしょう。
 そこで、中途半端な脱出途中の米戦艦を、水道の狭隘部で日本軍機が血祭りに上げる、という分かりやすい損害にしてみました。これで、アメリカ軍が数ヶ月真珠湾を使うのに、ずいぶん苦労する筈です。
 あと、宣戦布告後の強襲となるので、米防空戦闘機の迎撃が史実以上あるのは確実です。防空戦闘機の損害をどれだけ抑えられるかが、次の攻撃を行うか否かの鍵になるでしょう。
 このため離発着の混乱を突く形で、第二波攻撃隊の損害を下げる方向にしました。また、仮にある程度アメリカの迎撃戦闘機が離陸できたとしても、日本軍艦載機との訓練度と実戦経験の差から、対戦闘機戦闘では日本軍の圧倒的優位という図式に変化はないでしょう。史実での、他の戦線の状況が多くを物語っています。

 そしてもう一つ重要なのが、ハワイ付近海面を行動していた空母《エンタープライズ》の捕捉撃沈です。この空母の戦歴を見る限り、その後の戦局にすら影響を及ぼすのは確実ですので、撃沈できればバタフライ効果は大きいでしょう。
 また、その随伴艦艇の撃沈も戦争序盤の米海軍の艦艇不足に拍車をかけることができるので効果は無視できないと思われます(史実の戦死者は約2400人。ここではその約三倍。加えて、ソロモンで連合国は巡洋艦不足に悩んでいた)。それに空母を見つければ、南雲艦隊は慌てふためいて攻撃する事は間違いないと思われます。日本海軍とは、そうした海軍のはずです。
 そして空母を一隻でも撃沈すれば、他の血の気の多い提督達も納得して、南雲艦隊は意気揚々と帰投するに違いありません。

 よって、ここでの幸運は真珠湾の史実よりも徹底した破壊ではなく、ハルゼーの艦隊の発見、攻撃により彼の艦隊に壊滅的打撃を与えるとしました。
 また、史実よりも三〇分早く動き出した艦艇多数が、戻ってきた乗組員の手により少し沖合で撃沈破され多数の乗員を失わせるとしました。これにより一九四三年までの米海軍の艦艇と艦艇を操るセイラー不足は、さらに一〇%程度深刻化する事となります。しかも開戦時で。
 なお特にこれ以上触れませんが、当時の南雲機動部隊なら、全く問題なくハルゼー機動部隊の撃滅が可能だったでしょう。何しろ彼らは、それまでの実戦経験と血のにじむような訓練、そして真珠湾作戦の為に世界最高と称して間違えない技量をこの当時保有していたのですから。

 そして《エンタープライズ》撃沈により、アメリカ軍は《サラトガ》の損傷(史実に準拠)もあって、当面空母部隊をまともに運用できなくなります(※稼働空母は「レキシントン》のみ)。
 この当時大西洋を含めて活動していた空母は、六隻(※《ホーネット》はまだ訓練中)で、大西洋から太平洋に回せる空母数も《ヨークタウン》を回すのが精一杯です。何しろ同時に、ドイツの潜水艦隊が大西洋で活動を開始して、アメリカ軍はえらく苦労しています。
 全てを加味して、エンプラ撃沈の二ヶ月後に《ヨークタウン》が真珠湾に来ると想定すると、一九四二年二月まで作戦行動に出る事はできません。史実で行われた米機動部隊による日本の南洋諸島各地のヒットエンドラン攻撃は、仮にできたとしても一グループしか活動できないので、行われたとしても規模は小さくなるでしょう。しかも、すでに空母から撃沈艦を出している以上、慎重にならざるを得ないでしょう。

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