第十三回・「機密空母赤城」

著 者:福田 誠

発行日:1997年9月5日〜1998年10月6日

発行所:学研(学習研究社 歴史群像新書)

機密空母赤城1
機密空母赤城2
機密空母赤城3
機密空母赤城4

 今回はボードゲーム型のゲームデザイナー出身の作家の作品を採り上げてみたいと思います。

 本作は、ゲームデザイナーの作品だけに、世界観がよく作り込まれた「歴史改変型」架空戦記に分類してよいと思います。
 また、諸般の事情で4巻で終わることになった、というようなあとがきが見られる事から、本コンテンツのタイトル通り突然最終回を迎えてしまった「打ち切り型」にも分類できます。
 そして著者もあとがきで言っているように、舞台設定と歴史的流れ、組織、国家、軍隊に力点がいきすぎて、せっかく全巻を通したキャラクター(人物、兵器共)を登場させているのに、それを含めた物語が描ききれてなく、当然物語としては淡泊で、小説として成功しているとは言い難い作品になっています。
 また、紙面の関係か設定や背景説明に紙面の多くが割かれたため戦闘場面の多くも比較的淡泊な上に、架空戦記でお約束な兵器や人物があまり活躍していません。その点からも、娯楽作としての読み応えも低く評価せざるを得ないかと思います。
 多数の史実のミリタリー・パロディに加えて、マニア向けにアニメや特撮ネタなど飾り物もそれなりに取り入れているのですが、それすらかえって蛇足に思えてきます。
 おそらくそれらが、ライトな読者層の心をゲットする事ができず、事実上の打ち切りになった理由でしょうか。

 え、何で自分自身の分析をしているのか、ですか?
 それは言わない約束ですよ(笑)

 さて、初っぱなからかなり辛い批評をしてしまいましたが、評価すべき点がないかといえばそうでもなく、力点が置かれているだけに舞台設定と歴史的流れについては全般的によく作り込まれており、その点は非常に魅力に溢れていて、もう少し深く掘り下げることができればと思わずにはいられません。ま、要するに詰め込みすぎと言うことですね。それとも野心的すぎたと表現すべきでしょうか。

 さて、このままでは愚痴になりそうですので、まずはあらずじから見ていきましょう。

あらすじ
1巻
 冒頭は、日本海海戦を一人の水兵から見た視点で描かれる。
 そして、その水兵は日本海海戦での敗北を始まりとして、終生日本海軍との戦いを演じていく事になる。

 一方、歴史の転換点は「東欧の赤化」だった。
 1917年に起こったロシア革命が、ポーランドの無謀な対ソ戦争により同国に及び、そのままドイツにまで波及した事で歴史が大きく動く。
 この欧州での大政変により、英仏を中心とする伝統的資本主義社会は自らの権益保護に奔走する事になり、結果として日英同盟が存続し、その後の海軍軍縮会議においても日本は対英米7割を獲得し、日本の大きな満足を以て時代が進む。
 そして、軍縮条約での7割獲得と既存の艦艇建造計画での数字合わせの偶然で、「天城級」巡洋戦艦を「有事の際は短期間で戦艦へと改装できる空母」として擬装空母として3隻就役させてしまう。
 いっぽう、ドイツの優れた工業力とロシアの無尽蔵な資源を活用した共産主義諸国は、大恐慌であえぐ資本主義諸国を後目に大発展を遂げ、1936年にはソ連は5隻の戦艦級艦艇を配備するまでに至る。
 そして、独ソを中心としたワルシャワ条約機構でのソ連の防衛分担が東方(太平洋)である事から、ソ連はそのできたばかりの大型艦艇の全てを太平洋に回航する事を決意し、日本政府の非難に耳を貸すことを無くこれを強行する。
 そしてソ連海軍の太平洋大増強に強い脅威を感じた海軍は、偶発事件を装って日本近海にまで至ったソ連艦隊を、山本五十六率いる「赤城級」機密空母3隻を中心にした第一航空艦隊により迎撃し、航空機のみでほぼ撃滅してしまう。
 日本海軍ではこの戦闘を教訓にして、海軍全体が航空機の威力に目を向けるようになるが、日本そのものはそれどころではなく、ここに日ソ限定戦争が幕を開ける。

2巻
 日本側が「宮古湾事件」と呼んだ日ソ艦隊の激突を契機として発生した日ソの対立は、事件から三ヶ月後、ソ連軍による満州全面侵攻という決定的な破局を迎える。
 そして、3対1という防戦の戦術原則すら満たせなかった日本陸軍は数ヶ月で僚東半島以外の満州から叩き出され、日本陸軍はほぼ半数が完全に消滅するという壊滅的打撃を受けてしまう。
 しかも、日本軍が行ったシベリア鉄道へのカウンターとして、ソ連空軍による帝都空襲まで許し、大きな損害を受ける。
 また、日本海ではソ連海軍唯一有効な戦力となった潜水艦群の前に大きな損害を受けてしまう。
 一方「赤城」は、先の宮古湾で取り逃がした通商破壊艦の撃滅、ウラジオストク侵攻作戦への従事など行い活躍するも、ソ連側の反撃により大破してしまう。
 そして、「赤城」は損傷のため戦艦への改装を断念し、姉妹艦の「高雄」、「愛宕」だけが計画通り高速戦艦となる。
 そして、日ソ戦争で威信の失墜した日本帝国は、1940年の東京オリンピック開催により国威を何とか復活させ、あわせてオンリピックに伴う好景気により契機も回復基調に入る。

3巻
 装甲空母に改装された「赤城」は、「遣欧艦隊」に編成され、イギリスに向かう。
 その頃欧州では、東ドイツ(共産ドイツ)と西ドイツ(ライン連邦)の間で統合戦争が勃発し、これが拡大してドイツ対それ以外の欧州列強という構図で第二次世界大戦となっていた。
 共産ドイツの元首はゲーリング、ライン連邦の大統領はヒトラーという政治的構図だったが、戦争は戦力で勝るはずの共産ドイツ軍が、豊富な機械化戦力を持つライン連邦軍の前に苦戦を強いられ、北ドイツ平原以外では戦線はすぐにも膠着し、第一次世界大戦もかくやの塹壕戦へと移行する。
 また、満州を席巻したソ連は、そのまま中華大陸南下を開始して大規模な中ソ全面戦争に発展し、長江まで進撃するもそこで泥沼のゲリラ戦化して戦線は膠着する。
 一方、はるばる欧州までやってきた「遣欧艦隊」は、ただちに共産ドイツ通称破壊艦の追撃任務に就き、巡洋戦艦を航空攻撃だけで難なく撃沈。
 しかしここで、アメリカで建造されたソ連向けの超巨大航空戦艦2隻が、回航途中突如日本艦隊に攻撃をしかけて日本艦隊と交戦状態に入り、巨大航空戦艦のうち一隻の「ソビユツカヤ・ウクライナ(米名メイン)」が撃沈される。
 そして、これをアメリカ政府は、「アメリカ」が「先に」攻撃されたと発表し、ルーズベルト大統領はただちに対日宣戦布告を行い、欧州での戦争はついに世界中に広がる事になる。

4巻
 大西洋で突如発生した日米戦争は、アメリカ側の急な参戦のため双方準備ができておらず、開戦しばらくは大きな戦闘は発生しなかったが、「遣欧艦隊」が日英政府全ての意向を問うことなく独断専行し、アメリカ本土の米大西洋艦隊本拠地ノーフォークに奇襲攻撃をかける。
 攻撃は完全な奇襲となり、アメリカ側は空母3隻を手もなく大破着底させられ大西洋艦隊は壊滅する。
 その後大西洋からの増援を受け取れなくなったアメリカ軍は日本への侵攻を強行し、日米双方の思惑からマリアナ諸島近海での一大海戦が発生し、航空戦力で圧倒する日本軍が米太平洋艦隊を撃破し、アメリカは2年は大規模な渡洋侵攻ができない程の大損害を受ける。
 その後日本海軍による真珠湾空襲などの動きはあったが、太平洋は概ね戦線が膠着し、その間にルーズベルト大統領の陰謀(アメリカ合衆国の共産化)が米国民に暴露されて大統領以下が辞任に追い込まれ、不本意な戦争を強いられた日米は停戦に至る。
 一方欧州戦線は、依然として共産ドイツ軍がライン連邦を責めあぐね、起死回生を狙ったベネルクス方面での冒険的な攻撃も連合国の機動防御の前に失敗し、あまつさえキール方面に連合国の上陸を許して第二戦線を抱える事となり、共産ドイツは徐々に守勢を余儀なくされていた。
 もっとも連合国も順調ではなく、万事に消極的なフランス、一部の海軍しか派遣できない日本、防戦で手一杯のライン連邦、全てを抱え込まなくてはならないイギリスと言う構図で、共産ドイツに対する決定打を欠いており、これに一計を案じたチャーチルの外交が功を奏し、いまだ中立を維持していたソ連を連合国に引き入れる事に成功し、その圧倒的陸軍力で共産ドイツ一瞬で崩壊に導き、ゲーリングの自殺で共産ドイツは降伏し、ドイツは東西に分割された事件を最後に第二次世界大戦は幕を閉じる。
 そして帰国途上の「遣欧艦隊」に、停戦間際の米軍の攻撃が行われ「赤城」が大破漂流に追いやられ、この時生涯をかけて日本海軍と戦ってきたロシアの老提督が現れ、彼の日本に対する心のわだかまりの解消を以て物語は幕を迎える。

論評・批評?

 とにかく史実と違う設定が多いので、少し長めにあらすじを見てみましたが、全てを詰め込んだ場合、どう見てもこれが4巻で収まるはずもなく、ここにこの作品の一つの不幸が存在します。これだけの内容をするのなら、できればプラス2巻、贅沢に二倍の巻数でなければ細部にわたり描ききることは無理でしょう。
 また、小説家としては処女作にも関わらず、いきなり大きなお話を書いたという事も、この作家の不幸ではないでしょうか。少なくとも、短編で何冊か書いた後で本作に挑戦していれば、もっと深みのある作品になったのではと悔やまれます。後発の作家の不幸と表現すべきでしょうか(同じボードゲームデザイナー出身の佐藤大輔の初期作品も、小説としてはかなりステレオタイプでしたしね)。

 ではここからは、いつものように作品世界の解体に入りたいのですが、最初にひとつだけツッコミを入れさせてください。それは、タイトルとなっている「機密空母」の構造についてです。
 小説内の説明では、すぐに戦艦に改装できるように装甲とバーベットを予めセットした上で、単段式の簡単な開放型格納庫とその他空母に必要な最低限の装備を施したというような説明がなされています。そしてその排水量は、27,000トンで収まっているそうです。
 あとがきの解説なども合わせて見ると、一見「なるほど」と納得させられそうですが、実際二図面にしてみると、どう見ても構造的に無理があります。
 まず、煙路の設定が戦艦と空母では大きく違うので、機関区上層(防御甲板)の装甲配置が違ってきます。また、「天城級」のバーベットの多くはかなり上の方まであるので、これが格納庫の真ん中に3つもそそり立つ事になり、艦載機の格納どころか移動にも邪魔なことこの上ありませんし、バーベットの中に艦載機用の弾薬庫をしこむというのは、甲板から数メートルもせり上がったバーベット内に置くことは構造的に無理です。爆弾を専用エレベーターでいきなり飛行甲板に上げる構造になってしまいます。
 また、単純に排水量が戦艦時と空母時では大きく違うのに、装甲を戦艦のままだと重量配分に無理がきます。少なくとも、飛行甲板が低いのにかなりトップヘビーな空母というお粗末な存在になってしまいます。
 しかも、装甲として設置されないのは、司令塔と砲塔ぐらいみたいなのに、どうやったら排水量4,1200トンのものが27,000トン収まるのかまったく疑問です。軍艦というのは装甲以外の構造材だけでもかなりの重量になり、空母にするなら巡洋艦程度の装甲を施すのが限界で、こんな事は史実の「赤城」や「信濃」を見れば一目瞭然です。
 艦橋や煙突、5つの砲塔などの上部構造物の代わりに簡便とは言え空母の構造物が存在しているのに、どうやって27,000トンに押さえ込んだんでしょうか。舷側や主甲板の装甲は巡洋艦程度にしかセットされていないと考えないと、どうしても重量的に説明がつきません。解説としては、すぐに装甲やバーベットを戦艦用に換装できるような構造が最初から与えられ、装甲板もすぐに交換できるように予め作ってあったとした方が、まだ説得力があったと思います。
 そして、クリーンな状態の開放型格納庫と考えると、サイズ的にエセックス級の一回り小さいぐらいの格納庫面積が確保できる筈で、サイズの小さな96式シリーズの搭載なら、36機どころかその3〜5割り増しぐらいは格納庫に放り込めそうで、開き直って露天搭載もしてしまえば小説内の設定の五割り増し以上の数字が見えてくるように思えますし、空母とはそのような兵器の筈です。
 もっとも、史実と同程度の日本でそれだけの艦載機を調達できたか考えると、その点大きな疑問がありますけどね。
 とにかく、どうにもこの「機密空母」は、図面ばかり眺めている私にとっては謎だらけです。
 ま、こんな点を見るのが、このコンテンツの目的でもないので、本題に入りましょう。
 さて、本作はかなり徹底した「歴史改変型」です。
 それも、作者が「スターリンとヒトラーの軍隊がエルベ川で握手をする」という、史実での「エルベの握手」のブラック・パロディを最後のシーンとして最初に設定していた点からもその徹底度合いが見て取れます。
 また本作は、日米戦争の戦闘以外の経緯がと〜ってもアンビリーバボーな点を除けば、概ね無理なくエンディングに向かっていると思います。もちろん、内容の詰め込みすぎ、話の末端が練れていないなどの新人作家にありがちな欠点をスルーしての評価ですが、私個人としてはおおよそ納得しやすい流れだったかと思います。コンパクトに年表、図面、艦隊編成表などをまとめている点も分かりやすくていいですね。
 また本作は、「暴走する海軍」という珍しい構図で初期のストーリーが進行し、日本全体が海軍に引きずられる形が作られており、東欧の早期の赤化のバタフライ効果がこんなところに波及させるというのも面白い使い方ですね。
 そして、この作品の「スゴイ」点は、歴史上ステレオタイプで悪評が立っている日本人の殆どを局面局面ごとで抹殺や粛正などで歴史の舞台から引きずり下ろしてしてしまっている事です。
 満州での戦争で戦死者が多発する程度が節度だと思うのですが、ソ連空軍が白昼帝都を空襲(!)する際に、陸軍省と(海軍省と間違って)商工省を爆撃するなど、もう無茶苦茶。
 取りあえず、パッ目に付く限り順にあげてみましょう。
 岡田啓介、鈴木貫太郎暗殺(高橋是清は反対に生存)、栗田健男戦死、山本五十六左遷、辻政信、牟田口廉也、富永恭次、武藤章、東条英機、源田実、松岡洋右、岸伸介、戦死または殉職。板垣征四郎免職、山下奉行以下皇道派は軒並み免職か左遷、石原完爾辞職、小沢治三郎重態(以後軍務不能)、大西瀧次郎戦死などなど・・・。
 ここまでされると涙無くして語れず、そればかりか日ソ戦後、軍から追放された陸軍将校達は、軒並みソ連の傀儡政権となった満州に渡ってしまい、そこで「日僑」と呼ばれながら満州で大きな存在となって、ゆくゆくは日本を赤化するための尖兵としてソ連から重用され、その後の活躍もあってスターリンの覚えめでたく欧州まで戦いに行くという、笑うに笑えない事態になっています。
 さすがにここまでされるとカラ笑いしか出てきませんね(w
 と、くだぐだ言ってもしかたないので、そろそろ解体に入りましょう。

 さてお立ち会い。
 この世界の歴史的一大転換点は、共産主義革命のなし崩し的拡大です。これの前には日本の問題など些細なことに過ぎません。
 欧州赤化の結果、ロシアのみならず、ポーランド、チェコスロヴァキア、ハンガリー、ドイツ東部が赤化してしまい、それ以外の欧州列強は共産主義に史実以上の脅威を感じる事となり、英仏のドイツ干渉が行われてライン連邦が成立します。
 そして欧州の影響、英国の都合により日英同盟が解消される事はなくなり、英国の後押しで日本の海軍主力艦保有率も対英米七割を確保し、ソ連(共産主義)の脅威が強くなった事以外日本にとっては恩恵の方が大きくなっています。構図としては、米ソ冷戦に少し近いですね。
 もちろん、共産主義(ロシア)の拡大は日本にとっても大きな脅威ですので、以後の日本の政治方針も英仏追従の向きが強くなります。
 しかし、東欧が赤化しよともそれ以外の大きな変化なく、そのまま大恐慌という流れになって、日本は不景気に喘いだまま満州事変と数々の軍部によるクーデター騒ぎを引き起こしてしまいます。
 まあ、この世界では満州事変は英仏など列強に受け入れられ、日本の国際的孤立も何とか避けることができたのですが、この次に日本海軍の暴走による「宮古湾事件」とそれに続く日ソ限定戦争が行われます。
 その後欧州では、スペインでフランコ将軍なき泥沼の内戦が継続され(そう言えば彼も抹殺されてたなぁ・・・)、スターリンの大粛正が行われて後方が安全になった共産ドイツが、ライン連邦を武力併合すべく行動を開始し、それが二度目の世界大戦へとつながっていきます。
 そして、ルーズベルトと不愉快な仲間達が、共産主義万歳な人たちという設定なので(裏史実(陰謀史観上)でも時折取りざたされますね)、合衆国国民や他の資本主義国の意向を全く無視して、ソ連を支援して日本を虐めて、挙げ句にわけの分からないまま日米戦争が勃発させているのに、ちょいと派手な艦隊決戦をしただけでこの戦争もルーズベルトの失脚でドローになり、最後に欧州はソ連と英国の取引の結果ドイツが完全に分断されて、ジ・エンドとなります。
 これが、この世界での四半世紀の流れという事になるでしょうか。

 さて、この世界のキーとなるファクターは何でしょうか。
 東欧の早期赤化。これは動かないでしょう。あと英米の対立継続、日英同盟存続、日本の西欧追従姿勢。資本主義社会の反共姿勢の強化、これらも大きなファクターですね。
 そして、忘れてならないのが、鬼畜ルーズベルトにより訳の分からない外交展開を行うアメリカ合衆国です。ハッキリ言って、この世界でのアメリカの動きは無茶苦茶です。
 確かに大統領が代われば、政策方針が大きく変化するのがアメリカの政治の特徴ですが、西欧(ライン連邦)に資本投下しつつの親ソ姿勢というのは、何がしたいのかよく分かりません。よっぽど共産ドイツが憎いのか、欧州を混沌化してウハウハになりたいのでしょうか。こんな事したら、英国と仲が悪くなるのは道理です。
 しかも日本が英仏など西欧列強と比較的良好な関係にあり、国連でも重要な位置を占め続けるのに、第二次世界大戦が勃発した直後に、アメリカ側が不用意に交戦地域に送り込んだ軍艦数隻による「偶発的」軍事衝突で全面戦争に雪崩れ込むなど、莫迦も休み休み言えと言いたくなるような展開です。これでは、どう見ても日本(+西欧)の苦境につけ込んだアメリカが、日本を倒してアジア利権を得るため、一方的に戦争を吹っかけたとしか映らないでしょうし、アメリカが共産主義予備軍と見られ、資本主義社会から阻害される事は疑う余地がありません。
 まあ、アメリカの戦争の吹っかけ方が無茶苦茶なのは「いつもの事」ですが、もう少し政治的整合性とずる賢さが欲しいところです。これでは、アメリカ市民が不審がるどころか、開戦そのものを全否定する可能性すら高いでしょう(小説の顛末もある程度そうなってましたが)。
 また、アメリカでは海軍大好きなルーズベルトが政権を三期握っているのに、海軍休日解消以後の海軍拡張を殆どしていません。「ホーネット」や「ワスプ」が就役している点を見ると「ヴィンソン・プラン」の初期段階は行ってそうですが、戦艦の新造計画はゼロらしく大拡張にはほど遠いみたいです。
 日本が満州から追い出され、アメリカが妙な幻想を抱いていたチャイナにソ連が理不尽な全面戦争を吹っかけ、満州から追い出された日本が反共姿勢を盾に海軍の大拡張を行っているのに、太平洋政策を重視するソ連に旧式艦をあげたり巨大戦艦を建造してやって日本に対抗させようとするなど、アメリカの国益に適っているとは言い切れず、やっぱり無茶苦茶です。国家として何がしたいのか、サッパリ分かりません。小説内でこのやりとりをルーズベルトが悪意たっぷりにしていましたが、私が見たところどうにも理屈が通っていませんでした。
 どうもこの世界のルー公は、まともにアメリカの国防と国益を考えていないとしか判断できないです。こんな事では三選はまず考えられないでしょう。それにこんなルーズベルトは、ルーズベルトじゃありませんよね。

 また、1936年の海軍の暴走以来、海軍に引っ張り回される日本帝国の動きも妙です。
 日ソ戦争敗北と満州喪失による変化で、慌てて経済と軍備の再編を急ぐ日本ですが、海軍の権限が強くなったという国内事情が優先されてしまい、異常な程の海軍拡張を行っています。いったいどこからそんな大金を出させて、いったい誰と殴り合うつもりなんでしょうか? 小一時間問いただしたくなります。
 だいいち、火吹き達磨さんが存命な世界で、そんな法外な予算を認めるとは思えないんですけどねぇ・・・作者は何のために元勲と言うべき高橋是清生き残らせたんだ? と言う疑問がこの時よぎりました。
 史実のように日支事変がなければ、あれ程の海軍拡張が予算的に認められる余地は存在しない筈で(国力が同じでも戦争増税がないので国家予算そのものが小規模になる)、しかもこの世界はオリンピックに向けて、官民挙げて国内経済の発展に向かっているのに、権限が異常拡大した海軍は何を考えてか、国内的な理由でその権限を振り回して海軍の大拡張を行っています。やっぱり、アメリカと殴り合う気満々なんでしょうか。それとも手にした権力をただ使いたかっただけなんでしょうか。
 むしろ満州を失いソ連の脅威は増えたのですから、陸海の空軍戦力上昇と陸軍近代化(質的強化)にこそ力点を入れるべきではと思えて仕方ありません。「ここが変だよ日本軍」という前提を加味しても、少なくとも海軍のこれほどの大拡張には繋がらない筈です。
 あと、戦時統制経済態勢を作り上げた岸伸介を抹殺してしまったら、この時代日本が近代戦争を遂行できたのか非常に疑問です。岸伸介は「昭和の怪物」とか言われ、満州でも色々悪行を重ねたという悪評が先に立ちますが、この時の日本には必要な人物だと思うんですけどねぇ・・・ま、先を続けましょう。

 ちなみに、海軍の行った第四次海軍補充計画以後の性急な海軍拡張計画は、アメリカに「対抗」するため立案された海軍の大拡張計画で、アメリカに対抗するという目的で予算通過していますが、この頃陸軍が大陸で湯水のように国費を使っているからこそ通ったという、実に日本的な事情も強く存在しているとしか思えず、日本の国力は史実よりスッゴク大きいんだよ〜、という夢の前提がない限り、日支事変なき世界で史実と同規模の海軍大拡張はかなり難しいと判断せざるをえません。
 基本的に日本はビンボーですからね。
 まあ、ここでは日本海軍のことなどどうでもいいので、次にいきましょう。

 次に採り上げるのは、小説内の設定についてのツッコミです。
 先に採り上げましたが、世界のキーとなるファクターは東欧の早期赤化、国際連盟加盟国の過半の反共姿勢での連携、アメリカの勝手な孤立という事になります。
 取りあえず、ザ・デイ・アフターを見る前に、最低限私が感じた点をツッコンでみましょう。
 まずは、東欧の赤化ですが、史実でも東欧各地でアカどもの暗躍がありましたから、この流れにそれ程文句はありません。ただ、共産ドイツの主権者がデブ元帥というは、タチの悪いジョークとしか思えず(これは狙っているのは間違いありませんが)、ホーネッカー議長を使うのもネタとしてはともかく時期的に少し早すぎで、それならローザ・ルクセンブルグをなぜ引っ張り出さなかったのか、彼女が裏から爆撃機マニアを操る方が、面白い展開になったのではと思わずにはいられません。
 また、共産ドイツ成立と西欧干渉の結果、ヒトラー大統領率いるライン連邦が成立して、ユダヤ人を擁護する事でアメリカから投資を引き込んで、経済の一からの再建を行ったというような解説されていたのですが、この作者はルール工業地帯やライン川一帯を何だと思っていたのでしょうか? 史実のヒトラー政権が、ここの産業を新たに作り出したとでも思っていたのでしょうか?
 ライン側流域こそが欧州産業の中心地であり、今も昔もドイツの心臓とすら言え、ここを握った西欧列強の賢明さ(ずる賢さ)を強調した上で、これをヒトラーがアメリカからの投下資金を呼び込んで回転させると言う流れが自然な筈なのに、この点しごく上品に表現して考証の詰めの甘さが見られます。
 そして、産業中枢のドイツ西部を有しない共産ドイツだけでなく、当時のチェコも工業的に発展していると判断してもそれほど無理はなく、この点に着目しなかった点にも同様に設定の甘さが見て取れます。史実でドイツ軍がチェコ戦車をありがたがった故事を思い出せば、簡単に分かる事だと思うんですけどねぇ。
 もっとも、共産ドイツもチェコもアカの風が吹き荒れた後での産業発展が順調だったとは到底思えないので、判断は難しいですけどね。
 あ、そうそう、この作者はソ連以外の共産主義化した場合の認識が甘いとしか思えません。ソ連や中共が自国民に何を行ったかを多少なりとも知っていれば、資本主義が強く根付いたドイツでどのような事が起こるか、簡単に想像できると思うのですが、ライン連邦に大量逃亡したという表記以外あまり見ることができません。それとも紙面に出ないだけで、蠅の王様も真っ青な死者(餓死者・粛正者)が出ているんでしょうか?? それとも、ドイツの赤化では大虐殺は存在しなかったと考えるべきなんでしょうか。
 アカどもの有利な面ばかり出しすぎで、この辺りの設定がどうにもシックリきません。
 そしてアカの疑問のひとつに、共産主義やロシア人は伝統的にユダヤを差別するのですが(ホロコーストの語源「ポグロム」がロシア発なのは有名ですね)、これに対してアメリカが何も言わないのは何故でしょう? という事が挙げられます。小説内ではライン連邦に亡命したユダヤ人をヒトラーがコロニーを作って支援したという設定を見ることができますが、ドイツ領内のユダヤ人口はそれ程大きなものではなく、それよりもロシアもポーランドにこそユダヤ人は大量に住んでおり、彼らの多くは資本階級を始めとするプロレタリアートの敵ですから、当然粛正の対象となる筈で、紙面がなかったからと解釈してもこの点が全く触れられていないのは腑に落ちませんね。悲劇のユダヤを描く事を否定する組織は、私達の世界には存在しませんからね(w

 おっと、愚痴ばかりで皆さんも退屈しているでしょうから、戦争に関係ある事も少しだけ見ておきましょう(w

 さて、「宮古湾事件」ですが、悪いのはどっちか? 言うまでもなく先に手を出した日本が悪いと即答されそうですが、これを誘発したソ連の行動そのものが日本と戦争しても構わないという政治的行動に他ならず、日本の行動もやり方が非常に悪いだけで正当防衛に近く、この点は小説内でもアメリカ以外からは暗黙の了解を得られていると解釈でき、大きな文句はありません。
 ただ、日ソの殴り合いで少しだけ疑問なのは、ソ連は満州にだけ戦争を仕掛けていますが、たった3ヶ月で40個師団の兵力を移動させるだけに止まらず、合計70個師団もの部隊を数ヶ月活動させ、あまつさえ1000km以上も進撃させるだけの物資をどうやって極東に送り込めたのか、これに対する回答がどうしても見えてきません。(回答が見えないのは、当時のソ連の情報が少なすぎるという理由もありますが)
 確かに、ボードゲームのような夢の前提条件が全て揃えば、著者があとがきで書いている小説通りの戦争展開になるし(この作者は、この満州戦争をわざわざ自作ゲームで何度もシュミレートしたそうだ)、日本側の動員力や戦争能力も妥当なもので、その点全く文句はないのですが(まあ、本当なら関東州からも叩き出されるでしょうけどね)、それ以前のソ連側の戦略的な前提条件に関してもう少し設定を詰めて欲しかったと思います。
 また、ソ連軍が70個師団の兵站線維持を、数ヶ月連続して進撃する中できたのかという強い疑問もあり、これに関してはノモンハンの事例を見る限り、それだけの輸送車両を全軍に対して確保できるとは思えず、よしんば史実以上にソ連工業が発展していて揃えられたとしても、それを送り込むのに三ヶ月では時間が短すぎます。70個師団(2個軍集団!)という大軍を動かすのですから、さらにそれをバックアップする部隊も必要で、その輸送に対する認識が甘すぎますね。
 第一線で100万人に戦争させるんですから、せめて準備に半年は欲しいところです。何しろこの世界では、レンドリースは存在しませんからね。
 それと、河が凍結するからと安易に冬に戦争しないでください。シベリアの延長にある満州の冬は伊達じゃありませんよ。これだけは、お話になりませんね。

 ・・・ま、この手の疑問を言い出したらキリがないのでしょうが、日本海軍が妙に強すぎる点をエンターテイメントとしてスルーしてしまえば、他の作家の作品に比べて大きな破錠もなく、特に大きなツッコミはないかと思います。
 というわけで、そろそろザ・デイ・アフターを見てみましょう。

 まずは、打ち切り作品の特徴である、未解消なファクターを列挙してみましょう。

日本
・戦後、史実と違い朝鮮半島を併合したままだが、どうしたのか。また、台湾は完全に日本化したのか。
・日本陸軍は、日ソ戦後ソ連とはむしろ協調姿勢を取っているが、その後日ソ間の外交関係はどうなるのか。
・満州での日ソ共同開発の軍需産業と新兵器は?
・日ソ戦敗戦の詰め腹切らされ、共産満州に逃げた元日本陸軍将校達はどうなったのか。
・欧州まで派遣された、元日本軍将校による戦車一個師団はどういう活躍をしたのか。
・ソ連の手駒として、日本を赤化すべく飼われていた彼らは、その後結局どうなったのか。
・日本に共産主義革命や大規模な共産主義運動が発生するのか。

その他のアジア
・国共合作でソ連と戦っている中華勢力は、その後どういう経緯をたどるのか。
・西欧列強の植民地となっている、アジア各地はいつ独立できるのか。

ソ連
・欧州は史実と全く同じ状況の地図に書き換えられたが、長江を挟んで泥沼化している中ソ戦争がどうなったのか。
・史実と違い祖国に全く損害の受けていないソ連は、その後も膨脹外交を展開するのではないか。

アメリカ
・アメリカは親共産的だったのに、共通の敵を抱えた段階で共産ドイツと連携しなかったのは何故か。
・アメリカをアカにすべく暗躍した謎の組織「外交評議委員会」とは、いかなる組織だったのか。
・ルーズベルト以下が失脚して以後のアメリカの政策は反共となるのか。

ドイツと周辺地域
・ドイツは東西分裂したが、西ドイツ(ドイツ連邦共和国)首班となったヒトラー以下ナチス政権のその後は。
・東ドイツは史実と同じような経緯をたどるのか。

その他の欧州
・欧州列強と彼らの勢力圏に関しては、実質的な第二次世界大戦が41年春から43年春の丸二年しかせず、ドイツ以外の戦災もほとんどないので、実は第一次世界大戦後と殆ど何も変わらないのではないか。
・実はイタリアが無視されていたが、その後ムッソリーニ政権の行方は。

全般状況・その他
・日本によるアジア解放(占領)などがなく、旧植民地列強の傷は浅いが、戦後史実のような世界になるのにどれぐらいかかるのか。
・資本主義社会は、西欧(+日本)とアメリカに分かれたままだが、今後の関係は。
・国際連盟はそのまま存続するのか。

 などなど、読み終えた段階で様々な疑問が頭をよぎりますので、これを少しでも消化すべく順に見ていきましょう。

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