●西暦(地球歴)2192年まで

 地球連邦政府(テラ・ユニオン=TU)並びに地球防衛軍(テラ・ディフェンス・フォース=TDF)の萌芽は、最も古いルーツをたどれば西暦(地球歴)1945年に成立した国際連合(United Nations=UN)にあるとされる。また、アメリカ合衆国、欧州連合も一部に片鱗を見ることができると言われている。後者の場合、それぞれが国家連合であると同時に、国家元首が大統領や議長で地球市民の相違を受けて立った指導者だとされるからだ。また、シビリアン・コントロール(文民統制)が確立されている点も、ルーツをたどる重要な要素だとされている。少なくとも、独裁や王政と縁遠い政体なのは確かだ。
 だが、地球人類全体が、一つの国家としてまとまる事はなかった。地球人類にとって初めての統一政府となる、地球連邦政府並びに地球防衛軍が本当の意味で成立するのは、地球人類史上最大級の歴史的事件となった異星人とのワーストコンタクト、歴史的名称で言うところの「ガミラス戦役」の勃発を待たねばならなかった。
 では、まずは黎明期を除く人類の宇宙開発史と、地球連邦政府に至るまでの経緯を見ていこう。

 21世紀初頭、地球では市場と金融が世界規模で連動しすぎて、少なくとも大国と呼ばれる国々の間では、全面的な軍事対立(全面戦争)を非常に引き起こしにくい状態となっていた。戦争をしても損するだけなのだから、大国が国運を賭けた戦争をする理由がないのも道理である。
 しかし利害関係が複雑だからこそ大国全てが一枚岩ではなく、主に経済的な面での統合を果たしたいくつかの大きな国家グループを形成していった。北米大陸と環太平洋地域を中心とするグループ、欧州大陸を中心とするグループ、そしてユーラシア大陸の幾つかのグループが、経済的、政治的にも最も大きなグループに括ることができるだろう。
 だが21世紀初頭は、北米大陸に存在した北米大陸中央部にあったアメリカ合衆国の相対的優位にあった。アメリカ合衆国の消費する軍事予算が、これより以前のほぼ半世紀にわたり人類世界の半分以上だったという事実を示せば、その一端が分かるだろう。生半可な新興国家では、たとえどれほどの大国であろうとも、追いつきたくても追いつけない状況が続いていたのだ。特にそれは、軍事技術に置いて顕著だった。
 そうしたアメリカ優位の状態は、その後約四半世紀、西暦2030年頃までほぼ固定化していた。その時その時の単純な国力だけでは、アメリカ合衆国を追い抜くことはできなかったのだ。
 そして大きな紛争や戦争ももなく、それなりの平穏な時が経過した。
 むろん、東アジアを中心に何度か小さな戦争や紛争は発生したが、かつての世界大戦のように、大きく世界を変革するには至らなかった。それよりも、地球温暖化問題、中東に端を発する「原理主義」と言う言葉に代表される宗教問題や、大規模民族に押しつぶされる形となった少数民族の反発の方が、世界にとっては大きな憂慮であった。そして地球人類の憂慮を、より大きくする歴史的技術発展が発生する。
 核融合発電の商業実用化と、核融合発電に必要なエネルギーを産出する月面への人類の大挙進出だ。
 主に宇宙大国と呼ばれる国々の間での、いわゆる「月競争」は21世紀初頭から始まっていた。だが、大きな利益を生み出す段階に入ると急加速した形になる。人類の新天地「月」は、一夜にしてロマンと冒険の世界から資源豊富な開拓地となったからだ。
 21世紀が三割ほど経過した頃、自力で衛星軌道に至る能力を持つ国々は、アメリカを筆頭に、ロシア、ユーロ、中国、ロシア、インド、ブラジルそして規模としての末席に日本が占めていた。中でもアメリカが優位に位置していた事もあり、「国連主導」の名の下に世界中の宇宙開発が月面開発に限り一元化される事になる。アメリカの対抗国である中国などが強く反対したが、単独で世界の全てと競争するだけの力もないため、結局枠組みの中に加わる。
 なお、この時結ばれた条約は、西暦1950年代後半に結ばれた「南極条約」同様のもので、月及び月軌道の領土化や資源の占有は禁止され、政治的対立も月には持ち込まれない事になった。無論、月に軍事力を持ち込むことも厳しく禁じられている。
 ただし南極条約と違って、資源開発が認められた。だがこれも、国連外郭団体が主体となる事が最初から決められ、世界中の民間企業が参加した月面開発機関に認められた企業だけが採掘できた。また各国は、機関に対する分担金と人的・技術的貢献度を客観的に評価し、その配分と配当を受けることになった。無論、月面資源は正価で購入する事もできる。
 いっぽう企業側も、月面開発に限り企業利益を追求することは禁じられていた。一部の企業が開発の多くを占めることも厳しく禁止されてもいた。不特定多数の出資者に対しても、制度の上で極端な投機目的のものは厳しく禁じられていた。つまりこの時の条約は、「持てる国」、「持てる者」にとってはおおむね公平なものだったと言えるかもしれない。
 そして国家も企業も、当面は多くを望まず利益の占有を我慢した。国家は地球規模での資源問題が緩和される事で当面は満足し、企業も宇宙の次のステップのための準備運動だと、自らの行動を位置づけたからだ。
 そしてこの時最大の利益を得たとされるのが、国連だった。
 国連は月面開発機関という外郭団体を通じて、月面資源を有することを許されたも同じであり、上限額はあったが月から得られる利益の一部が国連運営費に充てられる事にもなったからだ。つまり国際協調上での月面開発により、国連という組織そのものに自立の道が与えられたのだ。
 その後世界は、全般的な平穏の中で地域紛争を繰り返しつつ、地域ごとの国家連合化を続けていく事になる。
 21世紀内での大きな事件は、2020年代に大規模な民衆暴動に端を発した中華人民共和国の政治的崩壊と中華連邦共和国の成立、月面開発により価値の下落した資源を抱えた途上国の没落、そこから生み出された数々の混乱になるだろう。
 だがこれらも、どこかの大国同士が全面戦争するという事態には至らず、局地的な武力紛争か大規模テロの範囲で収まった。恐るべき事に、核兵器のテロすら発生したが、戦略兵器(核兵器)の使用は遂に一度もなかった。唯一の例外は、中華地域の崩壊時に見られた規模の大きな混乱だが、これも損失額や死傷者の数がけた外れなだけで、国家規模での戦争には至っていない。
 そして人類は、数々の小さな混乱の中でも発展を続けた。欲望の赴くままに宇宙開発、主に低軌道と月面での開発は進んだ。人類全体の経済規模は、地球の環境を破壊し続けながら拡大を続けた。そして人類の総人口は、21世紀末には90億人に達した。過半数以上が貧しい人々とされる状況ではあっても、これは偉大な地球人類文明の一つの成果であった。

 22世紀に入ると、国家の連合化と情報・通信・交通技術の発達により、人類全体の共通化・平準化は大きく進展した。しかし人々の生活は、一世紀前と比べて多少便利な道具や技術を用いている以外、極端に変化しているという事はなかった。無論、貧富の差は地域ごとに大きな隔たりが存在したままだった。それまでに蓄積した様々な財産による差があるので、こればかりはどうにもならなかった。
 そして21世紀との大きな例外は、宇宙空間の一部すら人類の生活の場となりつつあった事だろう。そして宇宙開発促進という必然から、国連の主に宇宙での権限拡大も続いていた。反面、物理的なもの以外での文化保存という観点から、民族性、地域性はむしろ高まる傾向にあった。
 一方国家間の勢力争いは、欧州、環太平洋、東アジア、インド洋、アフリカ、アラブ、南米でそれぞれ大きな国家連合が形成される事で概ね固定化した。だが大きな視点からみれば、21世紀初頭と大きな違いは存在しなかった。と言うより、政治的に決定的な差を作り出す事が、物理的に難しくなっていたのが21世紀初頭だったと言えるのではないだろうか。情報伝達速度の異常な上昇と、世界規模での情報の平準化が、地域というものを作り出させなくなっていたのだ。
 しかし21世紀初頭から大きくなった、もしくは酷くなった問題が、人類には大きく二つあった。一つは、地球環境の破壊と地球温暖化。もう一つは人類の数そのものの膨張である。
 これに、人口拡大に伴う食糧供給問題、貧富の差の拡大、各種資源の枯渇、低高度地域の水没などが連動して加わる。環境破壊対策のため20世紀末から慌ててCO2を減らしたが、その程度では焼け石に水だったのだ。総人口はたった二百年で百倍となり、CO2を量産する産業革命が始まったのは18世紀の末の事なのだ。
 だが22世紀初頭、一つの光明が現れる。
 22世紀初頭でも日本国(環太平洋連合所属)とされていた地域では、21世紀のほぼ全ての約一世紀をかけてナノマシン(超微細機械)の先進地域へと育っていた。かつての技術立国であり、その地位を何とか維持しようとした努力の結果であるが、他国の追随を許さないほどのナノマシン開発が一つの大きな成果を生み出す。古くから小型化技術に秀でていた地域特有の産物だったのだろう。
 なお、この時開発された技術は、特定の役割を付与されたナノマシンを大気中に散布する事で、地球温暖化も汚された大気も破壊された環境も大きく改善される、という夢のようなものだ。しかも安価で、土壌改良や地盤改良など様々な分野にも応用可能で、人類の抱えていた問題の多くをほとんど根本から解決してしまう特効薬となった。
 この技術により、日本地区は21世紀中続いていた緩やかな斜陽と没落から大きく転換し、再び世界の一等国となり「日本の奇跡」とすら呼ばれたのだが、事は日本一国の問題ではなかった。この時開発された日本のナノマシン技術は、人類と地球と世界を救ったと言われたほどだ。特に後進地域からの賞賛の声は、地球全土を覆い尽くしたと言われるほどだった。当人達にとっては、明日の自分たちの稼ぎを得るために過ぎなかったのだが、結果は巨大すぎた。
 そして22世紀前半までに、それまで抱えていた多くの問題を克服した地球人類は、再び宇宙に向けての加速を開始する。革新的であったナノマシン技術は、地球全体の経済と人口拡大を大きく後押しもしたのだ。
 また新たな宇宙開発には、またもナノマシン技術が影響していた。ナノマシンで土壌や大気の改善がより容易くできるということは、他の星で使用した場合、その星を地球人類が住める星にする場合に極めて有効だったからだ。
 だからこそ人類は、新たな「大地」を求めて同じ太陽系内にある火星のテラフォーミング(地球化)を開始する。
 そして宇宙へ膨大な物資を運ばねばならなくなったので、今度は天空を貫く塔、軌道エレベーターの建設にも着手する。
 この地球人類初の軌道エレベーターは、あまりの規模と予算、そして公共性から一国もしくは一連合が建設できるものではなく、結局国連主導で建設が行われることになった。必然的に国連の権限は強化され、それまで宇宙で進んでいた国連の権限拡大を加味すると、国連の影響力は最大の国家連合を大きくしのぐものへと変化していった。
 無論この変化は、国連の経済的、軍事的な影響力の拡大も意味していた。少なくとも、宇宙開発並びに宇宙での軍事行動は、国連抜きには語れなくなっていた。
 かくして西暦2150年代に入ると、国連主導でモルディブ諸島沖合に人類史上最大の人工構造物となる軌道エレベーターの建設が始まった。また、軌道エレベーター建設に連動するように、火星のテラフォーミング事業も動き出す。どちらも半世紀を要する一大事業である。
 また22世紀中頃、同時期に金星軌道の巨大な太陽系発電所群に併設された形の粒子加速装置は、物質の反転化に成功していた。つまり「反物質」の精製成功だ。この物質の入手は、人類に今までとは比較にならない莫大なエネルギーをもたらすことを約束しており、また比較的たやすく太陽系外に出る可能性を与えてもくれた。当然ながら地球人類は、惑星を持つ近在の他の恒星への探査を積極的に開始する。
 全長10キロ近い超巨大恒星探査船が何隻も建造され、反物質の威力により限りなく光速に近い早さに加速しつつ、それまでとは比較にならないぐらい早く(それでも最短のケンタウルス座アルファ星で約6年)で、他の恒星系にたどり着ける予定だった。
 ゾディアック(黄道十二星座)の名を与えられた12隻の巨人宇宙船が、それぞれ目標と定めた恒星めがけての超長距離マラソンを開始したのは、西暦2180年代も半ばの事だった。
 そして超巨大恒星間探査船の建造や軌道エレベーターの建設に象徴されるように、様々な新技術の誕生は宇宙開発に拍車をかけ、そこで必要とされる資金、資源、人的資源は文字通り天文学的単位となった。もはや国家や国家連合単位で何かができるレベルではなくなっていた。必然、世界唯一の世界組織である国連の重要度は増し、国連の宇宙での権限拡大と肥大化は加速していく。
 月面では、地球上を越えるほどの工業生産施設が、主にそれまでに掘り進んだ鉱山の奥深くに建設された(太陽からの放射線から、施設と労働者を安価で守るため)。火星にも、無数の施設と膨大な量の資材が投入されていった。また必要とされる資源の増加から、小惑星帯、木星圏、土星圏内の資源開発にも拍車がかかった。人類の太陽系内での大航海時代の幕が上がったと言って間違いなかった。2180年代の人類の工業生産施設の過半数が地球以外にあったと言えば、その激しさと勢いが分かるだろう。
 そして人類が、自分たちの未来に明るさを見いだしていたその時、宇宙の深淵から悪意ある物体が飛来する。
 ガミラス帝国の先兵、「遊星爆弾」の飛来だ。
 時に西暦2187年の事だった。
 以後約13年間、地球人類は有史上最悪の試練に立ち向かって行く事になる。


●謎の彗星群 へ