●ガミラス戦役(序章・ガミラスの憂鬱)

 西暦(地球歴)2187年夏、かなり作為的ながら自然災害に見せかけた多数の彗星が地球表面に落着した。
 地球人類は、それまでの経験から異星人どころか現存する地球外生命体の存在すら確認していない事もあり、自然のいたずらがもたらした偶然の災害だとそれまでの常識に従い判断した。
 しかし彗星群は明らかに人為的なものであり、また強い悪意に満ちたものだった。
 加害者の名を大ガミラス帝国という。

 ガミラス帝国の母星は、大マゼラン星雲サンザー太陽系第8番惑星に存在する。その第8番惑星は二重惑星(双子星)となり、その片方を母星として、彼らは母なる星をガミラス大帝星と呼んだ。
 ガミラス民族は、もともと数千年も昔に銀河系核恒星系を拠点としていたガルマン民族の一支族が長い恒星間旅行の末、大マゼラン星雲サンザー太陽系に到達したものだ。また、全ての知的生命体の根元とたどり、また別の経路から先へと進むと地球人類にも行き着くと言われる。形態が同じなのは、このためだ。そして宇宙での長旅に対応するべく、放射能に対する強い耐性を遺伝子改良により獲得したのが、現在のガミラス人だった。
 ガミラス民族並びにガミラス帝国の歴史その他について触れるのはまたの機会に譲りたいと思うが、ここではガミラス帝国がなぜ地球侵略の初手で、不思議な手段を用いたかを見ていこう。
 この頃ガミラス帝国は、大マゼラン、小マゼラン両星雲において多数の星間国家と長い間交戦状態にあった。大きな戦線だけで5つ以上(その地域の(宇宙)地形に合わせて、主に宝石を意味する名称が付けられていた)あったほどだ。このため地球人類風に言うなら、「マゼラン大戦」とでも呼ぶべき戦争が数百年間も続いていた。
 ガミラスの対戦国のいくつかは、かつてガミラス星もしくはさらに昔に母なる星としていた惑星から旅立った人々の末裔で、広義においては同じガミラス人に分類される人々の星間国家だった。それ以外の交戦国の多くは、かつてガミラスもしくは隣国イスカンダル王国からもたらされた優れた文明を手にして文明を発展させた星間国家だ。つまり科学技術レベルは似ており、戦争はなかなか決着がつかなかった。
 無論、各陣営がその気になれば、大量破壊兵器を用いた相互確証破壊(MAD)により戦争に一気にけりを付けることもできる。だが、星々や航路の覇権を競い合う戦争において、破壊を目的とするような戦争は誰も行わなかった。
 そして気付けば近隣諸国のほぼ全てがガミラスの敵となっており、一度に一国を相手にするならともかく全てを相手にするには、今までの発展で強大化していた大ガミラス帝国と言えど手を焼いていた。しかも対戦国の中には、敵同士で強い同盟関係を結んでいる事が多く、一筋縄ではいかない事態が特にここ二百年ほどの間続いていた。
 この戦争では、一般にはガミラスを単に「帝国軍」、それ以外の交戦国を「同盟軍」と呼び、国力及び軍事力差は帝国軍:同盟軍=6:4でガミラス優勢であった。
 なお、大国同士の星間戦争というものは、宇宙規模での大規模な破壊を伴わないのならば、おおむね数十年から百年の単位をかけて行うものである。千年の単位で行われる事も珍しくない。それぐらい時間をかけなければ、広い宇宙での戦いは到底決着のつくものではなかった。いくつかの例外は、技術的開きが大きい場合だ。
 しかも放射能すらに順応しているガミラス人の寿命は、かつてイスカンダルから技術譲渡を受けた遺伝子改良の結果もあって長く、おおむね当時の地球人類の3倍の寿命(300〜350才)と4倍の労働期間(250年以上)を誇っている。
 そうした強大な民族の星間国家が、近隣全ての国々と長い間戦争しているのには、大きな理由があった。
 母星の寿命が尽きかけていたのだ。
 彼らの母星は、直径約15000kmの比較的大型の岩石惑星ながら、内実はボロボロだった。長期間にわたる環境破壊と無理な資源採掘も原因として、多年の浸食作用により地殻が落ち込み二重構造を形成し、大気は硫化水素含有率が高く、火山は亜硫酸ガスを吐き出し、硫酸性の溶岩を流していた。この影響で、内部の海も王水(硫酸)で構成されていたし、地盤の弱い表層にしか自然の動植物は生存できなかった。
 ガミラス人が放射線に順応し宇宙に適合した人類であり、高度な科学技術を持っているからこそ生存できる惑星環境だと言えるほどの状態だったのだ。事実、流石のガミラス人も、自らの科学力に寄らず生身で母なる星の一部大気に触れる事は自殺行為に近かった。放射能に適正を得ようとも、タンパク質に過ぎない身体は、相手が硫酸では対応できる筈もなかった。相手は、母星すら急速に浸食しているのだ。
 なお、それほどまでに老化した星だったが、通常のままなら百年もしくは千年程度は居住不能や崩壊には至らない筈だった。だが、宇宙的尺度、ガミラス人の時間的尺度から考えれば、数百年という残された時間は、母星を離れ新たな拠点を見つけださねばならないタイムリミットとして十分な脅威であった。宇宙は広いとは言え、生命が生存可能な必要十分な条件を持った太陽系と惑星など、数えるほどしか存在しないのだ。
 このためガミラスは、他の星間国家の領土や先に他民族が進出している地域を奪うべく各地で戦争を開始したのだ。
 だが、現ガミラス人が完全に満足できる星は、なかなか見つからなかった。居住可能な星があったとしても、そのほとんどが他民族の有力な星ばかりで、敵側も死にものぐるいで防衛するため容易に落ちそうにはなかった。しかも戦乱の拡大で肝心の惑星探査は先細りとなり、長い戦乱により誰もが逼塞感を味わうようになっていた。
 仕方ないので、大金を投入して人工の空間(スペースコロニーやコロニーシップ)を建造し、そこを新たな住居とする者も徐々に増えつつあったほどだ。だがよくよく考えれば、宇宙空間の人工の大地はガミラス人にとってそれなりに住みやすい場所であった。何しろガミラス人は、大本をたどれば宇宙の移民民族だったのだ。
 しかし、踏みしめることの出来る大地が欲しいという感情に抗うことはできず、戦乱は収まる気配すらなかった。
 そうした中、約100年前に軍事出身の総統、デスラーが登場する(ガミラス人は、称号として以外の「姓」にあたる名を持たない。ユーラシアの騎馬民族に近いと言える。あえてデスラーに姓を付けるなら、国家元首であるのでデスラー・ガミラシアとなる。)。また、強大な権力を得たデスラー総統就任の年をデスラー紀元と呼び、地球歴2196年がちょうど100周年に当たる。
 デスラーは、当初から電撃的であった総統就任すぐにも、革新的な軍制改革と平行して、強力な指導力によって国家の体制刷新と強大化を実現した。また優れた軍人的才能により、ガミラス帝国の領土を大幅に拡張する事に成功した。地球人類史に例えるなら、シーザーやナポレオンなどに類する為政者と言えるだろう。
 だが反面、敵の反抗心を煽る結果にもなり、マゼラン星雲内でのガミラスの戦乱は激しくこそなれどもいっこうに収まる気配がなかった。
 そこでガミラス移民局は、ガミラス帝国にとって未踏破であった銀河系への調査に乗り出す。理由の一つとして、元々彼らが銀河系より移民してきた民族だったという点が挙げられ、この点がロマンチストなところもあるデスラー総統の歓心を買ったとされている。
 しかし巨大な星間戦争に全力を投入している状態のガミラスに、遠方の移民星調査にまで大きな力を割く余裕も、予算も人材も資材もなかった。そこで銀河系への領土拡張という側面で、まずは他の高度文明の存在する可能性が低い、銀河系辺境部への進出が開始された。
 これにより、マゼラン星雲と銀河系のほぼ中間点に浮かんでいたバラン星が簡易テラフォーミングされて、人工太陽の浮かぶ「天動説」を地でいく拠点として整備される。そしていよいよ銀河系での新天地調査事業が開始されるのだが、やはり予算不足が足を引っ張った。ローラー式が最良とされた調査の規模も、当初は小さいものだった。
 だが幸運にも、調査開始十数年で大きな発見が行われる。
 銀河系「東部」辺境で、一つの惑星を発見したのだ。
 星の名を、現地の言葉で「地球(TERRA)」という。なお本来なら、英語で「EARTH」と訳するのが当時の地球では一般的だったが、結局ラテン語の「TERRA」の方が後に地球連邦政府でも採用された。この裏には、公用語となっている英語に対する、地球人類各地域の小さな反発心があるとされている。
 話が逸れたが、この星は恒星がサンザー同様にG型スペクトルの主系列星に属し、恒星、惑星共に年齢も若く、しかも軌道、自転周期など極めて安定した岩石惑星だった。惑星上の放射能濃度が極端に低いという「問題」はあったが、比較的「簡単」な惑星改造でガミラス人が十分居住可能な優れた物件だった。
 本格的な惑星改造に取りかかれば十年ほどで惑星改造が可能で、今からゆっくりと準備しても五十年以内に移民が開始できる見込みだった。
 小さな問題があるとすれば、惑星には多数の原生動物が存在し、中でも知能と原始的な文明を有した知的生命体が存在している事だっただろう。

 惑星発見は、ただちにデスラー総統に報告され、翌年度より予算が増額されて、規模は依然小さかったが予備調査と惑星改造の準備が開始される。
 この時点で、軍事力の派遣は航路の護衛以外には考えられておらず、ガミラス帝国としては単なる遠方での惑星改造と移民計画でしかなかった。
 原住民が存在していようが、そんなものは彼らにとって惑星改造の影響で破壊されてもまったく惜しくない「自然物」でしかないのだ。



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