●ガミラス戦役(前編1・ワーストコンタクト)

 西暦(地球歴)2187年夏、デスラー紀元91年、ガミラス帝国移民局は、大型工作船数隻を太陽系外縁に派遣して一つの「実験」を行う。移民予定の惑星に生存する現住生命体の力量を計るための、「物的実験」が目的だった。
 実験には、同星系外縁にある彗星の巣から適当な大きさの小惑星を50個程度選び出し、これに惑星改造工事に必要な加工を施し、高速で地球への軌道に乗せる事だった。
 ガミラス側としては、現住生命体が人為的な彗星群の効果的な迎撃に成功し他文明の存在に気づくようならば、大規模な軍事力を派遣して先住民族を一気に殲滅。事後、時間をかけて惑星改造に取りかかる予定だった。
 しかし、現住生命体が異星人にも人工的な彗星にも気づかない、もしくはそれに類する行動をとった場合には文字通り自然物として扱い、惑星改造の傍らで相手側が減るに任せることにしていた。好都合な事に、現住生命体は放射能に対する耐性が極めて低かった。
 はたして「実験」の結果は後者であり、ガミラス帝国は適時「自然物」を排除しつつの「惑星改造工事」に着手する。ガミラスにとって地球人類との戦いは、当初は戦争どころか戦闘行為ですらなかったのだ。何しろ、用意された加工済みの彗星群は、純粋に惑星改造のための道具でしかなく、用意された機材のほとんど全ても土木作業機械でしかなかったのだ。弓矢や手槍以上の装備を持たない原住民族の住むジャングルの中に、突如文明人の土木作業機械が入り込んできたと考えれば分かりやすいだろうか。

 ガミラスの第一次惑星改造計画は、計画始動までの準備期間が地球時間(以下略)で5年と見込まれていた。また、惑星改造開始から先住民の殲滅までは、工事開始から8年が予定されていた。新たな母星を創造する作業の節目として、ちょうどデスラー紀元100年に何か「イベント」が存在する事が相応しいと判断されたためだ。
 このため地球人類側から見た場合、ずいぶんゆっくりした「侵攻」速度でガミラスの「惑星改造計画」は進められる。
 この「惑星改造計画」に際したガミラスは、地球人がまだ恒久的に到達せず、また通常円軌道からは外れていた太陽系第九番惑星、つまり「冥王星」を前線拠点に選ぶ。また現地のガミラスにとって、太陽から遠方の小ぶりな岩石惑星は拠点としてなかなかに相応しかった。
 また一方で、彗星の巣の比較的太陽に近い位置に大きな採掘基地が築かれた。ここで得られた適度な大きさの小惑星が「遊星爆弾」へと改造され、冥王星軌道及び基地周辺に設置された遠心加速装置(※人為的に採取されたマイクロ・ブラックホールを用いた装置)からスイング・バイ方式を用いたローコストで打ち出される事になっていた。
 なお、念のため護衛艦隊が派遣されたが、規模はマゼラン星雲であるなら辺境駐留艦隊にも劣る規模と戦力でしかなかった。
 内容も、長距離遠征のために必要な旗艦用の大型戦艦こそ付けられたが、他は大気圏降下能力のない空間護衛用空母が僅かばかり編入された以外は、ガミラス軍で何千隻も量産されている各種駆逐艦でしかなかった。
 ガミラスの誰もが、その程度で十分と考えていたのだ。
(※デストロイヤー艦/全長約70メートル、乾燥重量1500トン。戦闘民族と化していたガミラスにとって、戦闘艦というよりは一般的な船の感覚に近い。派生型を含めると、その数は数万隻に及ぶ。なお、最も知られているタイプは、デストロイヤー艦と言われ、「翼」部の中口径フェザー砲以外は、防衛(防空)を主目的とするフェザー砲を多数装備する。目のような二つの大きな穴状のものは、タキオンの効率的な収集装置。)

 そして準備開始から地球歴で5年後の西暦(地球歴)2192年、ついにガミラスが本格的な活動を開始する。
 ガミラス軍冥王星前線基地の活動開始だ。
 無論この間に地球人類が気づく筈もなく、地球では異星人迎撃のための準備はおろか、西暦(地球歴)2187年の災害復興と念のための彗星排除の準備が進行したに過ぎなかった。
 そして人類に青天の霹靂が訪れる。
 太陽系外縁で突如、再び多数の彗星群が確認されたのが始まりだった。
 この時地球人類は予測された「災害の再来」と色めき立ち急ぎ様々な準備を行うが、予定通りの行動ができないまま地球への彗星落着を許すことになる。
 地球側が彗星排除を開始する直前、突如未知の人工物体が多数出現して、地球人類に対して一斉に攻撃を開始したためだ。
 これが地球人類側にとって、自らが認識できた初めての異星人とのワースト・コンタクトであった。
 ガミラス側でも地球の惑星改造開始は西暦(地球歴)2192年とされており、人類側も認知がこの年であった事から、ガミラス戦役の勃発は西暦(地球歴)2192年が正しい。もっともガミラス側が「戦争」と認知するのはまだ先の事である。
 また西暦(地球歴)2187年の事件は、地球側が全く認識していないため国際関係上と歴史上では戦闘行為として判定されていない。一般的には、「テロ」行為に分類されている。

 なお、ワースト・コンタクトにおいて齟齬があったのは、突然の奇襲攻撃を受けた地球人類だけでなく、攻撃側のガミラスも同様だった。
 ガミラスは、自らの惑星改造の邪魔をする可能性の高い「自然物」を「除去」や「掃除」する程度の気持ちで、自らの軍事力(艦隊)を用いて地球側への先制奇襲攻撃を開始した。そのほとんどは、奇襲攻撃という事も手伝って大成功をおさめた。しかしいくつかの拠点の攻撃では、地球側現場指揮官や責任者の機転により、ガミラス側にも無視できない損害を発生させてしまったのだ。
 特に月軌道を攻撃した冥王星前線基地唯一の高速打撃艦隊は、思いの外苦戦を強いられた。地球側で当時最も強固だった建造物、超大型恒星探査船の破壊に手間取り、うち一船の不意の加速による接触でデストロイヤー1隻がほぼ一方的に大破し、乗組員脱出の後に放棄に至る。また、これまた物理的破壊が困難なスペースコロニーからの大威力レーザー照射の直撃で護衛空母1隻が爆沈。さらには、遊星爆弾用(彗星用)に準備されていた反物質爆弾の至近弾により、集団運動していた多数の艦艇が損傷。デストロイヤー1隻がさらに損傷放棄に至り、作戦遂行半ばにして地球近傍からの撤退を余儀なくされた。救いは、ガミラス人をたとえ死体であっても人類の手に渡さなかった事だろう。「自然物」レベルの蛮族に身をさらすなど、ガミラスにとって大いなる屈辱だったのだ。
 圧倒的という言葉すら不足する科学力に優越するガミラス側が、こうも大きな損害を受けた背景には、文明の差からくる油断と、地球側が用意した彗星迎撃「装置」の威力の大きさ故だった。また、ガミラスと地球人類の数の差が大きく作用していた。流石のガミラス軍も1対100の相手では、文明差があろうとも思うようにはいかなかったのだ。
 ガミラスの攻撃が一段落した後、生き残った施設からの迎撃によって、地球に向かって一斉に打ち出された100基の大型遊星爆弾のうち約三分の一が完全に破壊され、残りも全体の半数が何らかの妨害を受け、過半数以上が予定コースをはずれてしまった。
 ガミラスにとって、大きな計算違いだった。地球人側に、不十分ながら組織的迎撃を許してしまったのだ。
 そしてこの頃、当時冥王星前線基地並びに彗星の巣の遊星爆弾生産能力は、大型なら月産4基(4年後までに、最大月産大型13基、小型なら50基近くにまで拡大)だったから、人類側の遊星爆弾の迎撃手段を殲滅しないかぎり、向こう一年は遊星爆弾による有効な惑星改造能力を失った事になった。つまりは、一方的に「自然物」認定していた地球人類の能力や技術力、行動力を過小評価しすぎていたのだ。
 なお、この場合の遊星爆弾の生産とは、隕石内に高濃度放射能を封じ込める事と、爆発時にまんべんなく高濃度放射能を分散させる加工を施す事になる。自然状態に近く、コストパフォーマンスに極めて優れた「兵器」と言える。
 また、ガミラス軍の艦隊の損失そのものは一割程度だったが、累計された損害は全体の三割近くに達していた。特に地球側が用いた「反物質爆弾」は、ガミラス側が兵器体系から外して久しい兵器のため大きな脅威と映った。また人類側が、低威力とは言えフェザー砲を用いているのが判明した事も、相手を「蛮族」や「自然物」と見る向きを修正する最初の機会となった。
 そして、初手におけるガミラス側最大の「失敗」は、ガミラス人に軍人としての本能を中途半端な形で呼び覚まさせ、現地ガミラス部隊が単なる「惑星改造」からまずは「反乱鎮圧」への準備期間に入った間だけ、地球人類に僅かばかりの時間を与えた事だった。もしこの時、効率や損害を気にせず作業もしくは攻撃を続けていれば、ガミラスにとっての後の悲劇は回避できたであろうと言われている。

 一方、未知の異星人から攻撃を受けた地球人類だったが、ガミラス側の評価に反して意気消沈していた。
 総人口の三割に当たる約60億人を一度に失う大損害を受けたのだから、意気消沈も当然といえば当然だろう。
 地球上には、約70個分ものギガトン級放射性質量爆弾が投下され、地表各所にキロ単位のクレーターがうがたれ爆心地を中心に壊滅的打撃を受けた。重要拠点への直撃は全体の半数ぐらいだが、大気で燃え尽きない大きさでバラバラになった分だけ各地に被害を拡大していた。さらに、大津波や大規模気象変動を含む二次災害によって、予想以上被害が発生した。隕石ならたとえ都市に落ちようとも、ある程度避難はできるが、多重的に発生した予測数値を超える二次災害の回避は極めて難しかったのだ。この場合、地球自体が人類に対する脅威となった。
 不幸中の幸いは、未知の異星人の攻撃が何故か継続しなかった事だが、当時の地球人類にとってはあまり慰めにはならなかった。
 しかしワースト・コンタクトにおける地球人類側の無謀なまでの「戦闘」が、地球人類に一縷の希望を残していた。
 それは、地球近傍での「戦闘」で放棄された未知の敵の兵器並びにその残骸を多数回収する事に成功していた事だ。
 これにより、おおよその相手の文明レベルと、異星人自体がどのような形態を持つのかが判明した。さらに解析を進めることで、人類にとっての高度なオーバーテクノロジーを得ることにも繋がった。
 そして戦わねばならない人々にとっての大きな希望は、未知の強大な異星人と言えど無敵でも不死身でもなく、さらに人類側に戦う手段が皆無でないと分かった事だった。
 そう、戦いは始まったばかりなのだ。


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