●ガミラス戦役(前編2・地球の抵抗)

 ワースト・コンタクトから約一年間、地球とガミラスの戦いは小休止に近い状態となった。互いに偵察部隊を出した際の迎撃が見られるぐらいで、特に地球人類側にとっては拍子抜けの事態となった。ただし、ガミラス側の偵察を地球側が察知できないことも多かった。
 また地球人類側は、相手異星人がどのような存在か、その多くを全く知る術はなかった。それでも、敵の遺棄兵器から自分たちと同じサイズ、形態の知的生命体であるとまで判断がなされていた。また、超高度星間文明の持ち主で、太陽系の外から超光速航行を用いて来たことも判った。回収された敵の残骸から採取されたDNAサンプルから、地球人類とは似て非なる存在であることが判明していたからだ。しかも驚くべき事に、放射能に対する異常なほどの耐性もしくは順応性を持つ事が分かった。
 加えて、彼らの用いている技術は、一部は地球でも基礎理論研究や試作まで至っていたものもあり、実用化に多くの時間を必要としない事も分かった。しかも敵の用いている技術は、こと宇宙技術と軍事技術に関する事だったが、人類側とは一世紀や二世紀ではきかない差があることがはっきりし、差を埋めることが急務なのは明らかだった。
 ただし分かったのはその程度で、開戦から一年を経ても太陽系内に存在すると予測される敵の前線基地の存在すら掴めていなかった。理由として、ガミラス側が兵力の備蓄と再編成に務め、地球人類への攻撃を控えた為だ。これは、彼らにとっての惑星改造工事の一時的中断も意味しており、この時点でガミラスの計画は大きな修正を強いられていた事になる。
 その間地球人類は、挙国一致体制の構築と、迎撃の準備をそれこそ総力を挙げて行った。そうして、ここで誕生したのが「地球連邦政府(テラ・ユニオン=TU)」と「地球防衛軍(テラ・ディフェンス・フォース=TDF)」である。
 「地球連邦政府」の母胎は国連、つまり国際連合(ユナイテッド・ネイション=UN)であり、これに各地の国家連合が持っていた地方自治以外の全てを組み合わせた強力な政治組織となった。元首は大統領であり、直接及びウェブ投票で大議員及び大統領が早々に選出され、政府及び議会を編成した。未知の異星人と未曾有の災害に当たるには、もはや他の選択肢が存在しなかったため、その行動は極めて迅速だった。外圧と危機こそが人を進歩させるという好例だった。ただし、当時の国連の中核は月面にあっため、これが後に大きな組織改変を強いることになる。
 むろん反対も皆無ではなかったが、国、特に大国ほど高い比率で首都都市がクレーターと化しているため、感情論以外での反論は多くはなかった。総人口の三割が失われ、なおかつ自分自身がいつ消し飛ぶか分からない状況では、何かを言える人は多くはなかった。
 一方「地球防衛軍」も、国連を母胎としていた。正確には国連の外郭団体である「宇宙保安機構」を組織の中核としていた。無論設立当初の実戦部隊の過半数は、各連合及び各国が保有する正規軍を中核としていた。このため設立当初は、中枢組織として最上位に位置する命令系統こそが、地球防衛軍という組織だった。要するに地球全地域の軍隊の命令系統の一本化が、地球防衛軍の始まりだったのだ。
 もともと宇宙保安機構は、21世紀半ばに設立された、宇宙空間に限定された治安維持機構だった。設立当初は地球衛星軌道や月を活動の範囲としていたが、その後宇宙航路の警備、大型デブリ(宇宙屑)の排除のため組織は拡大し、テロや海賊、重犯罪に対応するため武装と組織を強化していった。人材も国連固有の者ばかりではなく、各国が拠出及び出向させた軍人達が多く属するようになり、当初の警察としての側面から軍隊としての側面を強めていた。地球上のコーストガードに近似値を求められるだろう。
 22世紀半ば以後は、人類の宇宙への拡大に伴い規模拡大を正比例させ、ガミラスの最初の遊星爆弾投下のあった西暦(地球歴)2187年までには、当時最新兵器だったフェザー砲や宇宙機雷、軌道爆雷を搭載した巡視船(パトロール・ヴェッサー)を多数保有していた。しかもオプション装備で、大型電磁投射砲やレーザー水爆など大威力兵器の運用も行われていた。2174年の木星宙域での海賊討伐では、数十隻の巡視船が同じく数十隻にまで膨れあがっていた宇宙海賊と「一大決戦」を行うまでになった。そしてこうした経験と実績、そして最低限の組織があったからこそ、地球防衛軍の中枢組織として機能できたと言えるだろう。
 しかし、計数的以上の宇宙戦力の拡大に伴い、ガミラス戦役の間に地球防衛軍は主に宇宙戦力で肥大化の一途をたどり、年を経るごとに各地域が保有し続けた正規軍を大きく凌駕するようになっていく。

 発足してすぐの地球連邦政府は、あまりにも被害甚大な地球上の本格的な復興を半ばあきらめ、疎開のための大深度地下都市の建設と異星人迎撃の準備を、それこそ総力を挙げて行った。当初は、被災民の救済と生活環境の提供と地下都市建設はセットだったのだ。また、外(宇宙)に逃げ場がない以上、地下深くが最も安全だという事を最初から理解していたからでもあった。
 なお、この時威力を発揮した技術の一つが、太陽系各地の資源開発で培われた大規模掘削技術だった。この技術により、遊星爆弾の危害圏外となる大深度地下の簡単な開発が可能となったからだ。また日本地区では、地盤改良用ナノマシンを併用した地下都市建設が以前から広く行われていた。これは同地区において、数十年前から進行していた新たな公共災害事業だった。ガミラス襲来の初年度までには、すでに日本地区の主要都市全てに一定規模の大深度地下都市が建設されつつあった。この大きな理由として、22世紀半ばに日本列島東部一帯を襲った、超大規模地震の災害復旧と後の被災防止対策があった。地下深くの頑健な空間と施設ならば、地震の被害を局限できる、というわけだ。加えて、2187年の彗星落下事件以後地下都市建設を進めていた事も、大きなアドバンテージとなっていた。
 こうした被災のための大深度地下開発だったため、当初から政府機関、インフラ、大きな居住環境、自己完結型バイオスフィアの全てを整えて建設されていた。ガミラス襲来時点で、すでに数百万人単位で居住可能な大深度地下都市が稼働していた事は、世界中の地下都市のプロトタイプとなるばかりでなく、後々日本に大きなアドバンテージを与える事になる。
 しかし世界中の地下都市の多くは、稼働までには最低3年を要するものであった。また月面工場群、火星開発拠点でも同様の行動がとられたため、地球に全ての労力を投入するわけにもいかなかった。地球は、人類の過半数が住む場所ではあっても、人類の活動拠点の全てではないのだ。一個人に例えれば、地球は家であっても職場ではないと表現できるだろうか。
 一方、宇宙戦力の再編成は、主に生産施設の揃っていた月及び月軌道を中心に行われていた。この時の生産には、彗星対策で整えられた生産施設と、恒星探査船の建造施設が威力を発揮した。
 もっとも、当初揃えられた戦力の多くは、既存技術でガミラスに対抗ができるよう、近距離迎撃用の空間戦闘機と、それに搭載する高速ミサイル用の反物質爆弾及びレーザー水爆だった。
 人類側にとっての新兵器だったフェザー砲が主要な兵器体系から外された理由は、捕獲したガミラス艦艇から、彼らの有する別の物理理論が用いられたフェザー砲が途方もない威力であり対抗不可能だと判断されたからだ。加えて敵のシールド技術は、フェザー砲はもちろん、特殊な振動(波動)もしくは空間歪曲兵器に対応したものだったためだ。人類が用いている電磁的防御や減退物質とは次元が違っていた。ある程度有効だったのは、運動エネルギーを減退させる熱転換型の防御システムぐらいだった。そして大きな運動エネルギーと瞬間的な爆発力の高い武器だけが、異星人に対して有効と判定されていた。
 なお、人類側にとって未知だったのは、大破した艦艇に装備されていた動力機関だった。
 一部の科学者や技術者の努力により、酷く破壊された機関の残骸から、特殊な粒子群を用いた亜光速並びに超光速航行用動力機関だと突き止められたが、当時の人類には多くを知る術がなかった。当時は粒子群を用いるための物理方程式すら全く分からないのだから、解析のしようもなかったのだ。

 そしてとにかく量産が重視された各種迎撃兵器は、急ぎ、地球近傍を始め土星より内側の太陽系各地に配備され、本来は産業用に開発された固定型のマスドライバー砲台群と共に一定の迎撃が可能と判断された。
 人類側としては、とにかく数と質量兵器、エネルギーの大きさで対抗するしかなかったからだ。
 また、小惑星帯が敵隕石爆弾の絶対防衛線と設定され、ここにも無数の空間戦闘機とマスドライバー砲台が構築された。さらに月は、生産工場と合わせて一つの要塞として機能するようにまで強化されつつあり、水際で隕石爆弾を迎撃する体制を構築した。
 また敵本拠に対する攻撃手段には、超大型恒星探査船が用いられる事になっていた。未知の異星人ですら破壊に苦労する事が判った同船の中枢部に反物質を満載し、存在すると予測される近傍の敵拠点にむけて放たれることが計画された。超大型船を、一種の惑星間弾道弾に見立てたというわけだ。しかも恒星探査船なら、当時の人類の技術でも太陽系内で亜光速近くにまで加速することが理論上可能で、敵の迎撃も難しいと判定されていた。もっともこれについては、様々な要因からついに使う機会は訪れず、ラグランジュポイントの片隅で長らく漂うだけとなってしまう。

 一方、冥王星に巣を張った現地ガミラス軍だったが、彼らの送った報告は本国では重要視されず、損害の補充以外の兵力増強はほとんど認められなかった。本来の意味での自然災害(宇宙災害)でも同じレベルの損害を受けることもあり、珍しいとは言え低文明の野蛮人に対しても慣例を適用したためだ。結果、辛うじて冥王星基地防衛のための戦隊がいくつか増強されたにとどまっている。
 それよりもガミラス本国は、新たな母星となる惑星改造の促進を促しており、戦隊の派遣も遊星爆弾増産体制の強化のために到来した工作艦隊並びに輸送船団の護衛の「ついで」という向きが強かった。ガミラス本国にとっての地球人類とは依然として「自然物」でしかなかった。
 それでも最初の攻撃から半年後に到着した工作艦隊の活躍もあって、遊星爆弾の生産能力は強化された。おかげで西暦(地球歴)2193年からは、ガミラス軍冥王星前線基地から投下される惑星改造装置にして破壊兵器でもある遊星爆弾の運用が本格化する。
 また、「自然物」の排除から「反乱鎮圧」に格上げされた初期は、土星並びに木星に存在する地球人類の駆逐に力が注がれた。事実上ほぼ無限に製造可能な遊星爆弾は、本来の意味での惑星改造の手段として以外は、地球人の戦力を吸収するための囮として使われる事になった。
 2193年頃に再開された戦闘は、地球人側が予測したよりも小規模な戦闘が、主に地球人側にとっていまだ補給の難しい土星圏、木星圏で頻発した。一方遊星爆弾の迎撃は、相手の数が多い事もあって完璧とは言えなかったが、初期においては90パーセント以上の迎撃率を達成していた。だが数パーセントの着弾でも地表の損害は大きく、地球上で破壊された都市も枚挙にいとまなかった。ガミラス側の牽制で行われた爆撃の中には、火星や月面に着弾するものもあった。当然ながら、地球人類の人的被害は甚大である。
 しかし2193年秋頃、ガミラス側にとって予想外の事件が発生する。
 発端は、地球最大の大陸の東部にある比較的大きな島の大都市圏への遊星爆弾投下だった。この攻撃は、多数の遊星爆弾を用いた事から、必中半径からかなり外れたが一発がなんとか投下に成功。現地に甚大な被害を発生させた。だが、爆弾落下直後、ガミラスにとって予想外の事態が発生する。人類側で、富士山の噴火として認識されている二次災害の発生だ。
 そしてガミラスにとっては、中途半端な若さの岩石惑星の火山活動は未知な点が非常に多かった。しかも惑星全土で惑星内運動が活発になった場合、惑星改造は数十年単位で遅れると予測された。これはガミラス側にとって看過できない事態だった。ある意味、致命的問題とすら言えた。
 あまりにも簡単に、遊星爆弾の影響で惑星運動を開始させたと勘違いしたガミラス側は大きなショックを受けた。以後、活火山並びに休火山、広義には造山帯近辺への攻撃は極めて慎重に行うか、大型及び中型遊星爆弾の投下については全く行わない事が決定された。ガミラス側にとっては、まんべんなく遊星爆弾を投下することが惑星改造工事上で望ましかったが、少しばかりタイムスケジュールを遅らせれば、多少偏った投弾でも十分惑星全土を改造できたための方針変更だった。
 このため、環太平洋造山帯やアルプス・ヒマラヤ造山帯などの直上にある地域は主要投下対象から外され、特に惑星上の造山帯と火山脈、地震活動の2割近くが集中する日本列島への遊星爆弾投下は、小規模なもの以外以後ほとんど行われなくなる。
 加えてガミラス側の攻撃には、当初から一つの「癖」があった。それは、陸地への攻撃を重視し、海への投弾を事故や誤爆、投弾の逸れ以外でほとんど行わなかった点だ。
 これはガミラスが母星の海が王水(硫酸)であり海に縁遠い民族であったため、心理的に海を忌避する傾向が強かったからだ。無論これは心理的な影響であり、物理的影響は小さい。またガミラス側としては、海がある程度干上がってからの方が、海洋地域の放射能汚染は効率的だと判断していた事も大きな理由となっている。
 しかし、ガミラスの遊星爆弾による爆撃に一定の法則を生み足す一助となった点は間違いなく、地球表面壊滅後も島国や造山帯の地域は多くの建造物を残す事になり、また地下への疎開の多くも間に合うという結果をもたらしている。
 そして地球に対する爆撃が本格化したのは、西暦(地球歴)2195年に入ってからだった。


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