●ガミラス戦役(中編1・地球の衰退)

 西暦(地球歴)2195年に地球防衛軍は、地球人類の生産力全てを結集して数百隻の宇宙艦隊(※初の地球防衛艦隊)を建設し、敵拠点が冥王星宙域にあることを掴んでいた。
 しかも建設された宇宙艦隊の主要艦艇は、一部ではあるが未だ未知の存在だった敵異星人の技術が反映されていた。
 効率化された核融合エンジン、より完全な常温超伝導技術、飛躍的な高出力化に成功したフェザー砲とエネルギー・シールド、決定的なまでに変化した冶金技術よる装甲材と熱転換装甲システム、強力な探知装置、そして初期型の量子コンピュータ。全てが人類の従来の技術から一世紀は先取りするものばかりであった。
 理論や物理方程式が解明されている分野でのオーバーテクノロジーを現物で手にした事による効果は劇的だったのだ。しかもこの時点での技術解析と実用化は、種族存亡の危機というファクターから加速度的な勢いで進んでいた。これを人類史に当てはめるのならば、人類は一気に青銅器文明の時代から近世ルネッサンスに突き進んでいると表現できただろう。
 未知の部分が多い相手の技術レベルにはまだ遠く及ばなかったが、数の優位を活かせば当面の迎撃は十分に可能。そうした判断が人類側にアクティブな行動を取らせる事になる。

 開戦当初、地球人類の防衛圏の最前線は土星宙域だった。すでに資源採掘基地や労働者居住用の小型スペースコロニーが建設されていたからだ。だがこれは、開戦からしばらくすると偵察拠点という以上の役割は持てなかった。また戦場としての価値も低下していた。地球人類側が早期に放棄しており、ガミラス軍もわざわざ労力を割いて残存物を破壊しようとまでは思わなかったからだ。
 そして事実上の最前線にして最大の拠点は、地球人類側の多くの生産施設と軍事拠点が古くから存在した木星圏となった。
 また、当時の人類にとって最も重要なエネルギー資源は、地球軌道並びに金星軌道の太陽熱発電施設群と、木星のヘリウム3だった。つまり木星こそが地球人類の生命線であり、是非とも守るべき拠点となっていたのだ。
 いっぽう木星の地球人類側拠点は、ガミラス側にとって破壊・制圧すべきだった。だが、ガミラス側から見て極めて貧弱な冥王星前線基地の自軍戦力では、容易に攻め込められる場所ではなくなっていた。確かに数の暴力は、文明レベル差を差し引いても脅威であったのだ。相手が守りを固めたとあっては、尚更だった。
 つまり、西暦(地球歴)2195年は、一種の膠着状態にあったと言えるだろう。
 しかしそこに、地球人類側に隙が生じる。ガミラスの消極的な戦闘に自らの優位を感じ、人類側の大艦隊が土星に向けて進撃を開始したのだ。そこには、一日でも早く敵遊星爆弾の発射拠点を破壊しなければならないという焦りもあった。これまでの観測から、冥王星宙域に敵の大規模拠点が存在する事は判っており、そこへの進撃のためにも土星宙域は奪回すべき拠点だった。
 地球より遙かに宇宙での探知能力に優れていたガミラス側も地球防衛軍の動きを探知しており、ガミラス側は迎撃の準備を整えつつも、地球人側の動きに乗ることにした。これはガミラス側にとって大きなチャンスだったからだ。
 かくして冥王星艦隊総力を挙げての出撃が行われ、2195年6月「土星沖会戦」が発生する。
 結果は人類側の惨敗であり、人類は一千隻に達する艦艇のほとんど全てと一万機以上の宇宙戦闘機、そして数万の宇宙戦死を失って敗北する。
 人類側が攻撃に十分だと判断していた戦力は、宇宙での戦闘に長けたガミラス側の優れた戦術と兵器によりうち砕かれた。
 数百隻の地球人類側の大艦隊は、戦場においてただただ混乱するばかりだった。見つけたと思った敵の姿は次の瞬間全く見えず、初手で不意に打ち込まれた無数の遊星爆弾により陣形を乱されると、後は高機動での接近を繰り返して大威力フェザー砲を打ちかけてくるガミラス艦隊の標的に過ぎなかった。あえて人類史上に例を求めるのなら、モンゴル帝国に手もなくやられた欧州諸侯に近いだろう。
 そしてこの敗北により、地球人側は総合的な迎撃密度を大きく低下させる。逆に、遊星爆弾の生産力を引き上げたガミラスの地球の惑星改造工事並びに地球軍事力に対する攻撃が大きく激化(進展)する。
 しかしこの時点で重要なのは、人類側が多くの戦力を失い、地球本土爆撃(惑星改造工事)に対しての抵抗力を大きく低下させた事だった。

 「土星沖会戦」以後地球人類側の抵抗は尻窄みとなり、ガミラスの惑星改造はようやく軌道に乗ることになる。
 そしてデスラー紀元100年、西暦(地球歴)2196年は、ガミラス戦役の一つのターニングポイントとなった。
 前年に「土星沖会戦」に敗北した人類は抵抗力を著しく低下させ、ガミラスが当初予定していた地球の惑星改造が大きく進展したためだ。
 一方、地球人類側の遊星爆弾に対する迎撃率は、2196年時点で未だ高い数字を示していたが、ガミラス側の物量作戦を前にして時を経るごとに迎撃率は下がる一方だった。94年頃95%以上の迎撃率だったものが、グラフは見事な比例グラフの放物線を描き、95年以後は一年で10〜20%の割合で迎撃率が低下していた。ガミラス移民局が修正した計画表でも、デスラー紀元105年(2201年)までに人類は文明維持能力を亡くし、数年を経ずして物理的にも滅亡する事が確実とされた。
 そして、デスラー紀元百周年に当たる西暦(地球歴)2196年、冥王星前線基地が一定の成果を報告するため行われた積極的攻撃が開始される。
 それまでに少しずつ備蓄された数百発の遊星爆弾を短期間で地球に打ち込み、戦争の帰趨を決定的なものとし、惑星改造を飛躍的に促進するための作戦発動だった。
 まずはガミラス艦隊が、地球人類側の拠点が多数存在する小惑星帯を激しく攻撃。完全に守勢防御状態となっていた地球人類側の反撃密度を、一時的で構わないから著しく低下させる。
 そこに、無数のダミーの通常型彗星に含ませた遊星爆弾を大量に投下した。しかもダミーの通常型彗星が地表に落着しても大きな破壊力を発揮するのだから、ガミラスにとって損する事はなかった。
 かくして、これまでとは比較にならない超高速彗星群にさらされた地球防衛軍の防衛網は破綻した。
 もっとも着弾地点は、地球が主力ではなかった。主に通常型彗星と遊星爆弾が多数落下したのは生産拠点である月面と開拓地として発展しつつあった火星であり、この時の攻撃で火星の拠点の多くと月の表面の過半数は壊滅的打撃を受けてしまう。
 幸いと言うべきか、月面は地球以上の大深度地下にプラント群の多くが疎開していたため過半の施設が難を逃れたが、地下基地建設の遅れた火星の人類拠点は、残ったものが多いにも関わらず放射能汚染によりそのほとんどが使用不可能となった。
 また火星では、テラフォーミングのために大量に準備されていた様々な施設、資材の多くは、破壊されていないものがほとんどだったにも関わらず高濃度の放射能に汚染されてしまい、もはや使い物にならなくなっていた。
 かくして2196年の時点で、拠点としての火星の役割はほとんど失われ、人類は小惑星帯と地球圏しか拠点を持ち得なくなってしまう。
 その後ガミラスは、地球に対する本格的な遊星爆弾投下を始め、一日当たりの平均が数十発にも及ぶ遊星爆弾が次々と飛来。多くが月軌道や地球衛星軌道でデブリと化したが、迎撃から漏れたかなりの数(全体の一割以上)の遊星爆弾は、地球の重力井戸へと吸い込まれていった。
 もっとも、ガミラス側の遊星爆弾投下が軌道に乗ると、ガミラス側にとって一つの問題が発生した。
 遊星爆弾による粉塵がいよいよ地球表面全土を恒常的に覆い、分厚い大気(雲)のせいで目視することができなくなったのだ。必然的に、ガミラス側の遊星爆弾投下の精度と偵察能力を低下させる。また分厚く摩擦物の多くなった大気は、摩擦係数の増加をもたらして投下効率を低下させていた。
 しかしガミラス側は、精度にはあまりこだわっていなかった。物理的な破壊力も二の次だった。地球人類側は完全に誤解していたが、ガミラスにとっての遊星爆弾は、一時的に兵器として使われることはあっても、あくまで惑星改造のための土木作業用の道具であり工事手段でしかないのだ。つまり、本来目的から考えれば細かな精度は必要とはせず、地表にまんべんなく落ちさえしてくれれば当面問題は存在しなかった。仮に隕石が大気圏でバラバラになっても、地表に放射能を増やすことが出来ればコストパフォーマンスは十分であった。
 ガミラス側にとっての懸案は、遊星爆弾の投下しすぎによる地球火山活動の活発化と地表の灼熱化ぐらいだった。そう考えれば、地表はむしろ分厚い大気に覆われ寒冷な状態な方が良いぐらいだった。
 こうした考え方に、この戦争の奇妙な状態が浮き彫りになっていると言えるだろう。


●ガミラス戦役
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