●ガミラス戦役(後編1・地球の衰退と希望)

 西暦(地球歴)2198年も後半に入ると、地球側にとっての戦況は「絶望的」だった。
 順に見ていこう。
 まずは全般的戦況だが、太陽系内の制宙権は地球圏以外、ほぼガミラス軍に奪われていた。地球圏や火星、小惑星帯にまで常時偵察や監視体制を敷いている訳ではなかったが、地球人類側が無防備で長時間宇宙を安全に行動することは不可能となりつつあった。
 放射能濃度が日々上昇する地球から、精神的に耐えきれなくなり月面や金星方面に逃げた者たちもあったが、護衛を持たない場合はその多くが移動半ばでガミラス軍に捕捉殲滅された。また無事地球を離脱できても、逃げ場と言っても全てガミラス軍の攻撃範囲内だった。
 まさに、逃げ場なしという状況だ。
 地球人類の守り手である地球防衛軍並びに地球防衛艦隊は、組織として機能を維持していたが、抵抗が比較的容易い小惑星空域でのゲリラ戦と、地球圏での遊星爆弾迎撃が活動のほとんどとなっていた。
 そして機動戦力たる艦隊も、日本やイギリス、アメリカ西部などごく一部の地域を残してまとまった数を保有できなくなっていた。しかも、この貴重な機動戦力の多くも、地球を何とか遊星爆弾から守るため動くに動けなくなっていた。
 新たな盾や矛を備えた事は備えたが、人類側の兵器並びに技術体系には決定的に不足している要素があったからだ。
 「タキオン式波動機関」と呼ばれる動力装置の存在こそが決定的に不足している要素だった。
 「タキオン式波動機関」の存在そのものは、開戦頃からガミラス軍が広く使用している事が認知されている。2195年の戦いでは、多少損傷こそしていたがガミラスの用いる現物も捕獲されていた。その間ガミラスの目をかいくぐって、解析と研究そして実用化に向けての試行錯誤が続けられていたが、いまだ「技術」や「兵器」として用いるまでには至っていなかった。たとえ現物があっても、機関に使われている素材の製造方法の試行錯誤が続いていたり、理論方程式の解明など克服すべき問題が多かったからだ。
 これを人類史上で比較すれば、布貼りのプロペラ機をどうにか作れる時代の人々が、チタン合金製の超音速ジェット戦闘機を作ろうとしていたと思えば良いだろうか。
 このため地球人類は、動力として既存の技術である核融合推進を使わざるを得なかった。人類にとっての最新技術である反物質を動力源とするという手もあったが、現状の技術では装置が巨大になりすぎてかえって機動性が低下し、固定砲台の動力源や大型輸送船などならともかく戦闘艦艇には向いていなかった。
 必然的に動力の小ささから推力、砲撃力など全ての面において、ガミラス側の同種の艦艇とは決定的な差が開いていた。辛うじて同格となった直接防御力に関しても、シールド能力や機動性の差など様々な要因から有効とは言い難かった。
 技術とは、広範な分野にわたり理解し使えるようにならなければ、意味のないものだったのだ。
 そして戦況に比例するように悪化していたのが、地球そのものの環境だった。
 古くは2187年から始まったことになる遊星爆弾による被害は、もはや地球人類の限界を大きく通り越していた。
 地球と月面の極限られた地区以外の多くはほとんど完全に沈黙し、多くが放射能の底に沈んでいた。
 いまだ30億人近くが生存している地下空間も、決して安全な場所ではなかった。地球人類側のなりふり構わない掘削により最大深度地下10キロメートル(マントルの側)、平均深度地下3キロメートルにまで達した地下都市群は、無限の地熱エネルギーと地殻という天然の防壁により強く守られている筈だった。
 だが、遊星爆弾の物理的破壊力により、地盤の弱い場所や深度の浅かった場所は、問答無用で破壊され多くの人が生き埋めになったり放射能汚染で命を落とした。
 加えて、安全深度に潜んでいる人々並びに人類が持ち込んだ様々な生命体(及びそのDNAと種子)にも、遊星爆弾が放射する超高濃度放射能の魔の手が少しずつだが確実に忍び寄りつつあった。
 地下への放射能の進行速度は、1日平均2メートル。一年で700メートルほどである。この数字は、人類が文明社会を維持しつつ地下に逃れる速度を越える速度だった。そして西暦(地球歴)2200年には地球人類は文明を維持できなくなり、その数年後には完全に滅亡することが予測された。
 しかも地球表層は、放射能を多分に含んだ分厚い雲に覆われた。大気中に無数の塵が舞い上がったため、地球の見た目のスペクトルは火星のごとく赤くなっていた。より厳密には、朱色の分厚い放射能をたっぷり含んだ雲に覆われた不毛の星になっていたのだ。
 そして分厚い大気のため地表の日光は完全に遮られ、空からは鳥が姿を消し、地表は急速に氷の世界へと姿を変えていった。
 当初地球表面は、遊星爆弾による熱と破壊、それによって形成される分厚い大気層による温室効果で、急激な温暖化と海面降下、さらには「金星化」と呼ばれる気圧の上昇をもたらすと考えられた。だが、急速に形成された分厚い大気による日光の遮断を原因とする寒冷化の速度の方が勝ったため、急激な寒冷化へと地球は傾いた。遊星爆弾による地球破壊のプロセスも、結局は寒冷化の大きな一助となっていた。
 遊星爆弾の着弾による爆心地付近の灼熱化と大気の瞬間的な空白化を挟んだ後すぐのさらなる大気層の形成から、爆発による気圧と気温の極端な変化がもたらした猛烈な降雨になり、さらに舞い上がった塵と水蒸気が大気内の不純物を増強して雲を分厚くしていった。分厚い雲は大気を暖めるより先に寒冷化の先兵となり、これに水の化学変化が地球の気温低下を促進していった。
 こうして地球表面は、特に2196年以後無数のクレーターを量産しつつも、急激な氷河期へと移行していった。自然、両極の氷や各地氷河は際限なく拡大し、海面降下は平均500メートルにも及んだ。地表の緑も多くが失われていった。高緯度地域は放射能ではなく分厚い氷に覆われ、氷河や海面低下のせいで放棄を余儀なくされた地域も少なくはなかった。本来なら海中に建設された筈の秘密ドックが、地上に露出してしまったほどだった。
 だが、その元秘密ドックの一つを使い、人類に一筋の光明をもたらすための計画が立案・実行に移されていた。

 秘匿作戦名称「モーゼ・プラン」。部内通称「Mプラン」がその計画だった。同計画は表向き「Vプラン」とされ、Vは勝利のVであり、計画の基本は秘密兵器の開発と、それを用いたガミラスの冥王星前線基地の破壊にあるとされた。
 事実、東シナ海の地下に設けられていた秘密ドックでは、人類が当時有していた最高の科学技術を結集しての新兵器開発が開始された。
 これが後によく知られることになる「ヤマト」の始まりだ。
 後に「ヤマト」と命名される新造宇宙船の建造は、高濃度放射能環境下でも問題なく作業できる万能工作機械が広く用いられた。おかげで、一年余り経過した2199年春頃には船体及び艤装の主なものは完成するに至る。資材及び人員の輸送に注意を払いエネルギーの使用を最小限にしたため、ガミラス側に完全に感づかれることもなく、建造自体は順調だった。数も一隻ではなく、同型艦が3隻が少し遅れて日本地区の各所で建造されつつあった。
 だが、一番艦の完成を前にして、装備の一つが大きなボトルネックとなっていた。
 同船は、ガミラスより技術収集した「波動機関」の地球生産型を搭載する予定だった。この機関搭載なくして装備された兵器の運用はかなわず、また地球人類が望んだ能力も与えることはできなかった。
 「Mプラン」の本当の目的が、種としての人類存続のための脱出カプセル(宇宙船)の建造にあったからだ。
 表向きはガミラス冥王星前線基地殲滅のための究極兵器、ということになっていたが、真実は人類の最低限の存続にあった。
 備えられた数々の新装備も、万が一の場合自力で障害を排除するためのものに過ぎず、強固過ぎる複殻装甲の内部には、およそ軍艦には相応しくない装備が詰め込まれていた。
 観測船ほどもある探査装置、試作されたばかりのタキオン型電算装置(量子コンピュータ)、タキオン動力により無限稼働する巨大な冷凍室、生命を生存させるための完全なバイオスフィアと食料生産システム、いかなる物も生産可能な万能工作装置、全ては文明から隔離されてしまう恒星間移民船にでも搭載すべきものばかりだった。
 そして一見古風な戦闘艦艇の外観を持つ船に、これら戦闘と関わり合いのないものが搭載できるのは、全て燃料を必要としないサイズが小さくて済む波動機関のおかげだった。
 その波動機関は、2198年の段階ですでに試作型の製造は開始されていた。すでに小型機関による始動実験に成功し、稼働実験も続けられていた。新造宇宙船にも、最低限の新型装置を作動及び実験できるだけの実験型が接続されていた。
 だが製造された試作型は、構造がほとんど同じなのにガミラスのものと比べてかなりパワーの低いものだった。また、損傷時に破損していた、超光速を越える技術も人類には再現不可能だった。この小型波動機関は、さらなる改良が施され出力を向上させ一定の成果を残した後に数基が製造され、最終的に新造船の補助動力として使われる事になる。
 そして次なる機関開発として、パワーを補うべく超大型、恐らくガミラスでも大型戦艦クラスに搭載されるであろう規模の波動機関の製造が始まったのだが、これが酷く難航していた。
 人類の知らない何かが決定的に欠けていたのだ。
 しかし、西暦2199年8月21日、きしくも地球最後の艦隊が冥王星宙域でガミラス艦隊に壊滅的打撃を受けた時、遙か彼方からの救いの使者が訪れる。
 大マゼラン星雲サンザー太陽系イスカンダル星のイスカンダル人サーシャを乗せた宇宙船の飛来だった。


●ガミラス戦役
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