●銀河大戦まで

 西暦(地球歴)2203年12月をもってデザリアム戦役は幕を閉じ、地球は三度目となる平穏を取り戻した。
 しかし、極めて短期間の侵略と復興のプロセスが立て続けに三度も訪れると、人々が侵略と復興に慣れ始めると同時に、地球連邦政府を中心に別の意味での明確な危機感を植え付けた。
 このまま太陽系だけに地球人類の版図を持つ事は、危険が大きすぎる。全ての卵を同じ篭に入れる危険は避けるべきである、と。
 結果、近隣での積極的な恒星(星系)探査と大規模移民に関する準備が、太陽系の復興と平行して行われるようになる。また、システムとしての地球連邦政府並びに地球人類社会存続に平行して、長距離大型移民船や入植地をリアルタイムで結ぶ通信情報ネットワーク並びに民間交通機関の研究と構築も開始された。
 三度目となる異星人の侵略を経験した人類も、ようやく星間国家がなぜ遠方に広がる性質を持つのかを理解した。技術の上昇が、一つの星系を簡単に崩壊させてしまう危険性を持つ事を。
 さすがに、近所の銀河系二つが一瞬にして崩壊した様を体験して、何かを考えるようになったという事だった。

 明けて西暦(地球歴)2204年、地球人類の前途は思ったより明るかった。
 先年のデザリアム戦役における損害は、人的資源以外の面ではこれまで二度の戦いに比べると心理的衝撃以外は意外に損失及び損害が小さかった。デザリアムが種の存続のため地球人類の肉体を欲しがったため、不用意な破壊活動や大量殺戮を行わなかったからだ。太陽系内での社会資本の破壊や停滞も、地球人類側のパルチザン活動によるものが多かったほどだ。
 しかも、侵略者が極度に機械化技術に長け、地球本土にまで侵攻してきたため、人的資源の不足を補うべき新たな、しかもより高度なオーバーテクノロジーの入手にも事欠かなかった。
 とある学者が、侵略によるマイナスよりプラスの方が結果的に多かったと公の前で発言して大きな物議を醸したほどだ。無論、解析や実用化には相応の時間はかかるだろうが、地球人類がより高く飛躍できる事を、皮肉にも侵略者の遺産が教えてくれた事は間違いなかった。
 またデザリアム帝国は、ガミラスを越える兵器技術、重力制御技術、エネルギー技術、冶金技術、シールド技術、機械化技術など様々な先端技術を有していた。そしてその多くは軍備に反映され、地球侵攻部隊の中に反映されていた。残念な事に、現物が丸々手に入ったハイペロン爆弾の技術解析は見当もつかないほど時間がかかりそうだったが、それ以外の多くはこれまで手に入れた技術をさらに進歩させるために利用できそうだった。侵略に際して彼らが残した太陽系内のデブリや残存物、遺棄艦船にも事欠かなかった。これは、デザリアムによる地球占領と、占領政策によるデザリアム側の様々な活動がかえってプラスに働いた形になっていた。地球上には、デザリアム型の軍需工場や人工知能設備も建設されており、それはそのまま地球防衛軍に接収され、研究・開発に利用された。しかも各地で捕虜として捕らえられ、後には亡命者扱いとなったデザリアム人自身の数も数百名を数え、中には協力的な者もあった。(※太陽系に至ったデザリアム人の数は、侵略規模から考えると地球人類の感覚からは驚くほど少なかった。これは、デザリアム人が種の存続の危機に直面していた事と深く関連していたと判明している。)
 そうした中で当面飛躍的な進歩を遂げたのが、様々分野での自動機械だった。中でもいわゆる「ロボット」、「自動機械」の進歩は著しく、簡単なフォーマットソフトの更新だけで大きな成果があった。
 加えて医療技術にも応用できる彼らの肉体を構成していたサイボーグ技術によって、それまでの生活を取り戻した人々も無数に出た。デザリアムの用いていたサイボーグ技術は、それまで地球人類が用いていたものとは比較にならないほど高度な産物だったからだ。地球人類でも、その気になれば脳以外の全てを機械にする事もできるほどだった。極秘裏だが、地球防衛軍の兵器開発部局では、完全サイボーグ化の実験が開始されたほどだ。
 また、デザリアム人の身体の構造を利用した高度な人型アンドロイド(セクサロイド)の研究・開発、並びに人的資源補填のための量産までもが急速に行われつつあった。
 ガトランティス並びにデザリアム戦役で壊滅的と考えられた地球防衛軍並びに地球防衛艦隊の人的不足も、そうした技術により半年程度で危地を脱する事ができた。
 初期はプログラムのフォーマットソフトや一部の機器を取り替えただけだったが、宇宙開発並びに通常のプラントの稼働率も、僅か三ヶ月程度で著しい上昇を示した。技術習得後の発展については言うまでもない。

 そして、様々な異星人文明のオーバーテクノロジーを結集した形での、地球人類(テラリアン)の『銀河大航海時代』がいよいよ幕を開ける。
 この時地球連邦政府が用意した基本計画は、短期及び長期の双方が存在した。また長期計画は、さらに二種類の計画が存在していた。
 短期的な計画は、ガミラス戦役前に出発した恒星探査船が赴き、最低限入植可能な惑星を見つけた地域のさらなる開発促進だった。これらは既に多くの努力と時間が傾けられた後なので、後はオーバーテクノロジーを用いて今少し後押しすれば良かった。代表的なものに、2204年時点で人が生存できる大気組成になっていたケンタウル座アルファ星とバーナード星の開発があり、惑星環境の整備中ながら既に一部入植が開始され、一次産業を中心に大規模な開発が始まっていた。一次産業の発展が重視されたのは、地球の自然壊滅がいまだ十分に回復しておらず、他の多くが人工的な生産環境だったためだ。地球壊滅後、ガトランティス戦役までの最大の食料生産拠点が月面地下都市の工場群だったと言えば状況が理解できるだろう。
 一方長期計画の方は、二つが実行された。一つが、極めて短期間で入植可能な適当な地球型惑星が見つかるまで長い旅を続ける大規模な移民船団を送り出す「ノア計画」。もう一つ、が長期的に半ば強引な大規模テラフォーミングを行う「エデン計画」だ。旅に出る方は、その性格から中長期的計画とも言えるだろう。また旅立つ方が、最も人類存続のために特化した特殊な計画と言えだろう。
 「ノア計画」は、人が必要とする社会資本と疑似自然環境、生産設備の全てを備えた超巨大アーコロジー・シップを中核とする長距離移民船団を編成して旅路につける事が計画の中核だった。そして人々は、そのアーコロジー・シップ内に建設された居住空間で不自由のない生活を送りながら、地球とのリンクを保ちつつ新天地を目指すというものだ。無論、船団に属する全船が超大型の波動機関(※波動機関自体は推力を得るため複数装備のクラスター型だが、ワープ装置は一つに集約されている)を搭載し、適時安全性と安定性の高いワープ(週に一度・1回平均20光年程度・年間約1000光年)をしつつ移動する事になる。
 平行して、船団と他の物理的リンクを一般レベルのものとするため、安全で快適な長距離ワープ技術の研究も進み、地球上での飛行機のようなイメージを持つ交通網の整備も開始された。また同時に、航行中の船団が必要とする様々な物資を手に入れるための輸送船や資源採掘船も無数に建造され、一足先に既に採掘が始まっている資源星系に飛び立っていくものもあった。
 アーコロジー・シップの個々の人口は、船の規模により様々なものが設定される予定だった。だが概ねキロメートル単位の巨体のため、キロ、メガ単位の人口が当初から予定された。最大規模のアーコロジー・シップでは、1隻で数百万人が生活可能なように設定されていた。大きさも、最大規模のものは最大長100キロメートル以上に達する予定だった。また一つの移民船団全体の人口規模は、当面1000万人を予定していた。仮に地球が滅亡し船団が生き残った場合、最低でも600万人いれば船団側だけで地球人類文明が維持・発展できる数字からこの規模が選ばれた。この場合、移民船団は事故や戦闘などで、最大3割の損害を受けることが想定されていた。文字通り、地球人類を生き残らせる事を最優先とした計画だったのだ。だからこそ、採算度外視で都市丸ごとを移民船として送り出すのだ。
 また、計画時点での航行能力は、当面は一万光年と想定されていた。これは現行の技術で搭乗者(一般移民者)が長旅でストレスを感じないタイムリミットから逆算されたものだ。移民のためのタイムスパンは、出発からの航海が10年、発見された惑星への最低限の社会資本建設に5年程度を予定していた。加えて移民船そのものが、入植先の最初の都市や社会資本の基本となることにもなっていた。
 ただし、巨大なアーコロジー・シップ群の建造には流石に時間が必要で、既存物を流用した最初の移民船団の出発は3年後の2207年を予定していた。
 なお「ノア計画」は、通常の移民計画で考えれば不要とすら言える贅沢な計画であった。だが、短期的で破滅的な侵略を何度も経験した地球人類にとって、『種の存続』のため是非とも必要な計画であった。ただし、あくまで中期的な計画であり、計画自体も開始から四半世紀以内に全てが終了する予定になっていた。ノアの箱船は、あくまで臨時避難用でなくてはならないからだ。
 一方理想郷を求める「エデン計画」のため、早速探査船が派遣されると共に、超大型惑星改造船が多数整備を開始された。数十キロメートル単位の超大型惑星改造船は、探査船が見つけた安定性の高い太陽系付きの恒星系に適度な岩石惑星が存在した場合は、速やかにテラフォーミングを行うことになっていた。また、やや不適格な岩石惑星が存在すれば、その惑星の大改造工事を、岩石惑星が存在しない場合などは他の惑星や小惑星を材料として適度な岩石惑星そのものを創造するだけの能力すら与えられていた。エデンと言うよりは、天地創造とでも名付けるべき壮大な計画だった。
 また計画初期の改造船の船体には、ガミラスと戦う前に建造されつつあった、旧式の大型恒星探査船が再利用された。本来なら遅れた形式の反物質エンジンを搭載した旧世代の船なのだが、全長20キロメートル、総重量数兆トンという規模の大きさと持ち前の頑健さが買われたものだ。そして同船の動力、電子機器系統を波動機関系列のものに刷新し、兵器よりも丈夫な無人工作機械群を始め様々なものを積載して旅立っていく事になっていた。
 こちらのタイムスパンは最短で10年、最長で100年単位を必要とする遠大な計画だったが、国力増大のための国家百年の計という事で計画が推進された。
 ただし出発は早く、試験を兼ねる第一陣は2204年内の出発を計画していた。
 なお二つの計画が複合したものもあり、移民船団の行き先に惑星改造船が先に行って作業を済ませるという複合計画が初期の段階ではいくつも立案・実行されている。

 一方、政府の政策に平行して、ガミラス戦役以後の数々の戦時生産と連続する復興事業で大きな勢力を持つようになっていた宇宙規模のコングロマリット群も、この度の移民政策に大きく関わるようになっていた。政府の方も民間資本の利用に積極的で、ガミラス戦役勃発以後とかく政府が統制しがちだった経済政策を一転して、母星系である太陽系外に限り民間の権限を大きく拡大していった。
 この象徴として送り出される移民船団には独立国家並の自治政府が設けられ、開発の進んだ別太陽系は独立政府の建設が決定された。随伴もしくは駐留する軍隊も大きな自立性が与えられ、独自権限で波動砲の発射すら可能なだけの権限が与えられていた。ないのは外交権だけと言われたほどだ。
 そして実質的に宇宙開発を主導する大規模星間企業に対しては、制度・法律面、税制面など様々な面で大きな優遇措置が取られた。加えて辺境警備、航路警備のための独自の軍事力の保持までが、移民船団の独立政府、自治政府ばかりか民間企業にまで認められるようになった。
 この大きな背景には、これまでの地球人類の宇宙防衛を一手に担ってきた地球防衛軍以外に、宇宙での戦闘組織・防衛組織そして治安維持組織がまともに存在しないと言う思いもかけなかった事実があった。本来なら辺境警備、航路警備は、政府が組織する沿岸警備隊(コーストガード)や重武装化した警察組織、警備組織で対応すべきだった。だが、設立以来大規模な宇宙全面戦争ばかりを行ってきた地球連邦政府には、宇宙に一般警察以上の組織は存在しなくなっていた。宇宙での武装勢力イコール地球防衛軍だけとなっていたのだ。そしてそれまでは、地球防衛軍だけで十分だったという背景もある。
 一方では、各戦役ごとに徴兵される大量の兵士の多くは、平時には除隊もしくは予備役編入されるため、長期的視野で見た場合では宇宙戦士予備軍には事欠かなかった。特に地球防衛軍発足以来、挙国一致体制で軍備の拡充を行ってきた地球人類社会には予備役や退役した宇宙戦士もしくは戦闘技術を習得した市民の数が、大きな損害を受け人材枯渇と言われながらもかなりの比率で存在した。地球防衛軍が人材不足がとかく言われるのは、突然と言える大規模な宇宙戦争ばかり行って消耗し、さらには不意の侵略者に対応するため大量の常備軍を抱えようとするからに過ぎない。
 そこにきて、突然のように政府が大規模移民政策を打ち出した。当然、大量の航路を抱え、広大な領域を管制しなければならないのだが、地球防衛軍だけではすぐにも防衛力不足になることが予測された。そこで民間資本・組織の活用と兵器の払い下げと、予備役戦士の雇用政策の一環も兼ねるという政策の同時進行によって、促成で航路警備組織を作り上げようとしたのだ。なお、市民から転向しただけの軽武装が一般的な“海賊”対策には、地球防衛艦隊の艦艇では贅沢すぎてコストパフォーマンスが合わないという現実もあった。
 かくして、いまだ出発すらしていない移民船団にさきがけ、民間航路開拓と資源開発に平行する形で民間企業による軍事組織の編成と展開が開始される。制度上これらの組織は、地球防衛軍外注の「傭兵」とされた。もしくは軽武装組織の場合は、民間警備会社として登録され多数が整備されていく事になる。

 一方、何度も訪れた壊滅の危機を再び脱した地球防衛軍並びに地球防衛艦隊だが、この度の大航海時代に対応した戦力(艦艇)の整備がさっそく開始される。ただし大規模な建艦計画はまだ先であり、まずは試験的な装備の整備が行われた。これを艦艇面で見ると、探査戦艦、遠洋航海型戦艦、巡洋戦艦の建造が主なものとなる。
 探査戦艦は文字通り宇宙自然の危険度の高い地域での探査を、遠洋航海型戦艦は自己完結性に優れた新世代の「ヤマト」といえる能力を、巡洋戦艦は航路防衛を主眼とした迅速な展開ができる戦艦を見定めるというコンセプトで進められた。
 これ以外は、2202年の計画から建造が進められている艦艇の装備変更のみ行った仕様の建造が進められ、自動艦についても、有人艦との併用と有人艦への改装という形で残されることになっていた。この背景には、地球経済の復興が優先されるため新たな大艦隊建造の時期にはまだ早く、さらには大航海時代により相応しい艦艇の設計及び計画が進められてたからであった。
 つまりガトランティス戦役の主力だった艦艇群は、太陽系防衛のための沿岸艦隊であり、2204年以後に新たに計画される大型艦艇群は、来るべき外洋艦隊に相応しい艦艇を供給するための一種の実験艦だったのだ。
 なお三種類の新型艦は、半ば実験艦で用途が特殊な事もあり、建造数は各4隻と手控えられていた。
 各艦の概要だが、探査戦艦は艦内容積確保と船体の防御力強化を主眼においていた。理由は、武器以外の装備、探査機器や探査要員用の居住施設などを多数搭載するための空間が必要であり、なおかつ宇宙での自然災害に強い艦が求められたからだ。このため単なる「船」としての完成度は、今までで一番高かった。
 また一見野暮ったい直線の多い船体には、収納式の武器が多数装備されており、艦首には決戦兵器である波動砲の装備も怠りなかった。
 クラス名には、歴史上の有名な為政者の名が当てられ、ネームシップは1番艦がドイツ地区で建造された事もあって「ビスマルク」とされた。他には「シーホワンディー(始皇帝)」、「クィーン・エリザベス」、「ユリウス・カエサル」がある。
 遠洋航海型戦艦は、外観から装備・内容に至るまでのほとんど全てが、最新技術を用いて建造された「ヤマト」に他ならなかった。
 当然内部は贅沢な仕様で固められており、単艦での総合戦闘力は大規模に近代改装された「ヤマト」すら凌駕していた。船体規模もアンドロメダ級に匹敵する雄大な艦体であり、旗艦用設備と自動艦コントロール設備も設置されていた。地球防衛艦隊が「ヤマト」を介して抱いていた万能宇宙戦艦を、最新技術で最も具現化した姿だと言えるだろう。故に価格は、アンドロメダ級を除けば今までで最も高くもあった。
 クラス名は、いまだ現存する世界遺産もしくは世界遺産の存在する地区名を取ることとされた。ネームシップは、1番艦が北米大陸西海岸で建造されたため、グランドキャニオンのある「アリゾナ」とされた。他に「ヤマシロ(山城)」、「オーストラリア」、「ローマ」がある。
 巡洋戦艦は、遠隔地への緊急展開を目的として、波動機関と速力に重点が置かれていた。
 性能は、最新型の波動機関を搭載して巡航速度とワープに秀でる反面、武装は戦艦としては軽いものが施されていた。また、コストも他の2クラスに比べると安く、直線を多用したシャープな艦様は新世代の戦闘艦と言える姿をしている。ある意味、次世代艦の第一候補を建造した形だった。事実、次の建造計画にもっとも反映されている。
 クラス名には、歴史上存在した国家の伝統のある称号とされ、ネームシップはイギリス地区で受け継がれている「プリンス・オブ・ウェールズ」が当てられた。他には、「ショーグン(将軍)」、「カイザー」、「ダイハーン」がある。
 なお、それぞれの艦名にかつて地球上に存在した武勲艦の名を引き継いだ形のものもあるが、命名には地球の自然、文化、伝統を守るという地球防衛軍の決意が込められている。
 なお、この頃就役しつつあった戦艦の中に、変わり種のものがあった。ガミラス戦役後半にロシア地区がシベリア奥地の地下ドックで建造していた「ノーウィック」である。艦の名称自体が旧ロシア的な同艦の最大の特徴はロケット型の艦体にあった。既に完成していたコスモナイト製の強固な船体に、最新技術を投じて完成されたものだ。元が地球脱出用のため戦闘力及び居住性が高く設定されており、後の探査任務で多用される事になる。

 そして地球人類が新たなる飛躍に向けての準備を急ピッチで進めている頃、その飛躍すべき銀河系中心は大きな動乱の渦に巻き込まれつつあった。


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