●ディンギル戦役 前夜
 (移民の継続と新艦隊整備計画)

 太陽が完全に安定化した西暦(地球歴)2206年に入っても、地球人類の移民計画は予測を越えたレベルで加速度を増していた。加速度がベクトル線のように描かれているほどだと言えば、勢いの大きさが分かるだろう。
 無論、地球人類そのものが、母なる太陽系そして地球から慌てて逃げ出す必要性はなくなった。だがしかし、第二の地球探しの中で建造された無数の調査船、探査船、そして惑星改造用の超大型工作船が、太陽沈静化後も次々と太陽系を後にした。旅の途上で太陽系の危機回避を知らされた者達にも、さらなる行動継続が新ためて指令された。建造途上の無数の各種船舶や大型移民船も、止まることなく建造が続けられた。表向きの理由は、超兵器使用による太陽系の不安定化対策だった。
 しかし本音は、一度加速してしまった移民事業を出来る限りそのままの速度で行わなくては、自らの経済が悪化してしまうための方針であった。そう、石は坂を転がり始めているのだ。
 そうした中、大きく前倒しして押し進められていた大規模移民船団の第一陣が、早くも2206年春に出発した。
 歪な巨大円盤の形をした超巨大都市型母船を中核とした船団は、外周艦隊2個分の護衛戦力を加えた百隻を越える大規模な武装移民船団だった。そして依然として月面地下深くにあった日本人中心の地下都市そのものを掘り出し改造して中核移民船とした船団は、全地球人類の見守る中、出航拠点として整備されていた土星圏から太陽系を旅立っていった。
 なお月面地下都市そのものが最初の移民船団の中核船となった理由は、先にも示した通り単純だった。自律型アーコロジーとして極めて完成度の高かった完全密閉型の月面地下都市をそのまま利用する事で、船団母船となる超大型母船の建造期間の大幅短縮及び建造費の大幅な低減を図ろうとした結果である(※ただし費用は思ったほど低下しなかったが。)。
 このため太陽の異常増進中に土星軌道に住民ごと移されていた移民母船の外観は、クレーター外縁部分の岩盤を加えると直径約100キロメートルにも達した。また外装の大部分は普通の岩石ではなく、ガミラス戦役時にナノマシンによる極度の組成変化が行われた強固な重金属構造物だった。故に、並のデブリなどモノともしない装甲を兼ねる重金属の分厚い層で覆われたようなもので、歪な円盤形の小惑星を思わせる無骨な姿をしている。しかし効果は折り紙付きだ。ガミラス戦役では、遊星爆弾の直撃をものともしなかった岩盤(装甲)であった。
 また、先年の「ヤマト」の例にもあるように、地球連邦政府の中核として活躍する日本地区が最初の模範を示すべきだという世間の風潮が強かったため、日本人を中心とした月面都市が中核となった背景もある。またその真逆の説として、一人繁栄を謳歌している日本人が、本格的に妬まれる前に太陽系から逃げ出し始めたという説も存在している。

 なお、地球人類が母星系である太陽系の防衛すら疎かにするような事業を強力に推進した背景の一端には、ガルマン帝国との安全保障条約による政治的安定の獲得と、同国と地球の交わした約束があった事も重大な理由だった。この約束は、地球から1万光年内を地球連邦政府の勢力圏として認めるというものだった。ガルマン帝国としては、地球にある程度星間国家としての体力を急ぎ付けてもらわなければ、いつまでもお荷物となるという点を回避するための措置である。だが、未だ未熟だった地球人類にとっては、大きな福音であった。
 そしてガルマン帝国側の真意をくんだ地球連邦政府も、早急に地球人類を太陽系から一万光年内に広く移民させるための国家事業を異常なほどの熱意で推進した。また、今の約束が口約束で終わらせないための、既成事実を作り上げるためにも行動は急ぐべきだった。現ガルマン元首のデスラー総統はともかく、その数十年数百年後に現れるガルマン元首が同じ事を言うとは限らないからだ。地球人類の急ぎすぎる大規模移民の裏には、そうした政治的事情も存在していた。
 以上のような政治的影響は、各船団や調査船に護衛を付けた地球防衛艦隊にも波及していた。もはや従来の地球防衛軍並びに地球防衛艦隊では組織的規模も維持できないし、また「防衛」の文字を入れる名称も相応しくなりつつあった。加えて、今まであえて省略していた「連邦」の文字を入れるべきであった。
 もっともこういった面は、いまだ日本地区が主導する地球連邦政府官僚団のおかげで進んでいなかった。特に日本地区出身の官僚達は、「防衛」という文字を維持することに固持した。大規模移民の先駆けすら行ったにも関わらず、彼らはどこまでも日本人だったと言う事になるだろう。

 さて、話を地球防衛軍の装備面、編成面に戻すが、当時の地球防衛軍はデザリアム戦役から都合丸二年太陽系本土を破壊されるような侵略を受けることなかった。ボラーとの戦闘は基本的に散発的で小規模だったし、突然の本土攻撃も突発的戦闘のため、皮肉にも地球防衛軍部隊の多くが戦闘参加できていなかった。この時戦闘参加したのは、「ヤマト」の護衛部隊と月面を拠点とする本土防衛艦隊だけだった。全体として見た場合、機動戦力の一割程度でしかない。
 そしてガミラス戦役からずっと続いている準戦時体制という状態から考えれば、比較的安定した軍事力の整備を進めていたと言えるだろう。
 ガミラス戦役、ガトランティス戦役、デザリアム戦役と都合三度にわたり危機的状況にあった地球防衛艦隊の建設もしくは再編成も一定段階を過ぎていた。そして編成面では、太陽系外への展開へと大きく傾いていた。駆逐艦以上の艦艇数も500隻を数え、数年越しで計画されていた新たな艦艇整備計画も推進されつつあった。
 また編成面でも、先に挙げたような移民のための護衛艦隊がいくつも編成されていた。地球防衛艦隊は、従来の太陽系外周艦隊、内惑星防衛艦隊(本国艦隊)、空間護衛艦隊に加えて、新たに船団護衛艦隊が大規模な司令部組織と共に創設されていた。所属する500隻の艦艇の配分は、外周艦隊:内惑星防衛艦隊:空間護衛艦隊:船団護衛艦隊=2:1:3:4=10となる。地球連邦政府並びに地球防衛艦隊の、移民に賭ける意気込みがこの点からも判るだろう。
 そして大航海時代を前にした新型艦艇整備計画がいよいよ始動する。整備規模は10年以内に新造艦艇だけで1000隻を計画しており、一年以内に建造される初期計画だけで200隻が建造される予定だ。さらに各艦は、遠洋航海を前提とした内容が盛り込まれる予定だった。
 整備される艦艇は、大きく戦艦、巡洋艦、駆逐艦である。どれも艦種類名の頭に「標準」の文字が冠せられており、地球防衛軍が何を目指しているかを明確なものとしている。また、巡洋艦、駆逐艦は艦載能力を強化して、特に駆逐艦は従来の突撃艦艇としての役割よりも警備・哨戒の専門艦艇としての能力を重視していた。この点からも地球防衛艦隊の体質が変わりつつあったことが伺える。また計画は、従来のものよりシンプルであった。
 また、地球的には極めて大規模な計画であったため、艦の建造に際しては今まで以上の量産性と、保守・整備の際の簡便性が追い求められた。加えて、遠洋航海を前提とするため、艦体は必然的に大型化した。「巡洋艦」の乾燥重量が3万トン、「駆逐艦」の乾燥重量が2万トンに達したことがその象徴である。「駆逐艦」の名称を「フリゲート」にしようという声があったほどだ。
 なお今回の整備計画では、ショック・カノンが全て長砲身16インチ砲で統一されていた。標準戦艦は3連装3基、標準巡洋艦は3連装2基、標準駆逐艦は射程距離を落とし速射性能を高めた連装砲塔1基を装備する事になっていた。もちろん全艦が、波動カートリッジ弾、コスモ三式弾の発射が可能だ。むしろ後者の効率的装備のための主砲統一と言える。それ以外の点で各艦種の差違を探すなら、決戦兵器の差になるだろう。戦艦には、波動砲決戦思想の寵児である新型増幅装置を備えた大型の「拡大波動砲」が、巡洋艦には従来型の発展系でより散布界の広い拡散波動砲が装備された。駆逐艦には波動砲は装備されなかったが、波動カートリッジ弾頭を標準装備する長距離多弾頭型の大型ステルス魚雷が装備された。第一の仮想敵が、正面からの物量戦を得意とするボラー連邦であるため、とにかくアウトレンジの大威力というわけだ。それ以外の点では、ボラー連邦が艦載機戦力を増強しているため、対空装備の充実も可能な限り図られていた。欠けていると言われたのは中間距離での装備で、この点がディンギルとの戦いで思わぬ欠点としてさらけ出されることになる。
 また波動機関(エンジン)は、従来型と違い可能な限り補助動力の数を少なくした方式で装備され、単なるコストダウンだけではなく、この点でも地球連邦全体レベルでの技術的な大きな進歩と安定を見ることができる。
 そうした新装備と設計の代償というべきか、新たに誕生した艦艇群の見た目の姿は単純なラインのものばかりであり、一部では「強そう」でも「格好良く」でもないと評価されていた。遠距離探知用の新型電波兵器を多数搭載した事も、「格好悪さ」に拍車をかけていると言われた。しかし、地球防衛軍側が新型艦に必要十分な能力のみを追求した結果でもあった。それに技術革新を挟んだ新世代の艦艇とは、得てして「強そう」や「格好良く」見えないものだ。
 また新艦艇群の完成に合わせて、カラーリングも従来の主力艦隊のライトグレー、護衛艦隊のダークブルー系から、より遠距離から目視しやすいパールホワイトにライトブルーをあしらったものに変化している。この点も、地球防衛艦隊の体質変化を物語っている。「防衛」「軍事」よりも、「警備」「保安」に重点が置かれた証だからだ。

 なお、今回の艦隊整備に艦隊航空戦力が含まれていないように思えるかもしれないが、機動戦力としての艦載機が手抜きされていたわけではない。波動カートリッジ弾頭の採用で、艦載機の攻撃力が飛躍的に増大した事もあり、むしろ従来の艦隊整備よりはるかに重視されていた。
 初期の計画に空母が見あたらない理由の一つは、新艦隊の任務が主に長距離移民船団護衛であり、艦載機隊は主に巨大な母船の一部に基地ごと配備する予定だったからだ。
 また純然たる機動部隊向けに関しては、現時点では現役の戦闘空母6隻、改装戦闘空母4隻、元ガトランティス型空母2隻への波動弾頭への装備刷新で十分と考えられていた。加えて、ようやく過半数以上の戦艦に各1個中隊程度の小型艦載機(コスモタイガー系列)が標準搭載されてるようになった点も、空母の配備を遅らせた大きな要因となっている。艦載機を持ち汎用性を高めた戦艦さえ艦隊に属していれば、近距離防空や戦術偵察程度は、空母がいなくてもある程度行えるからだ。加えて、新型の巡洋艦、駆逐艦も従来とは違い複数の艦載機を搭載する傾向が強まっている。
 ただし、移民の拡大などにより地球防衛軍全体の活動範囲が幾何級数的に広がるにつれて、機動航空戦力の不足は指摘されるようになった。結果、新造される戦艦の一部や旧式戦艦の一部は航空機搭載能力を強化し、ガトランティス戦役頃の空母に似た簡易戦闘空母として2208年までに十数隻が急ぎ再整備されている。また今まで保有されていなかった大型巡洋艦クラスの安価な軽空母の整備も開始され、船団護衛、航路護衛、偵察艦隊の中核など広範な分野に広く投入され、瞬く間に多くが建造・就役していくことになる。
 かくして全戦艦に艦載機が搭載され、軽空母が短期間で普及する事で、艦載機戦力そのものはわずか三年で従来(※2205年頃から2208年にかけて)の三倍近い数(※小型艦載機だけで、予備を含めて約1500機)に増強されてもいる。
 ただし大型空母整備の遅れは、新型空母の設計に手間取っていた影響も大きい。これは地球防衛艦隊で、惑星内戦闘も可能な機動部隊用の「戦略空母」と、移民船団向けの空間運用専門の「リグ空母」の二種類の大型空母建造計画を推し進めていた影響だった。これらの空母は2209年頃から、順次各地のドックから姿を現す予定になっている。
 なお、航空戦力が拡充された背景には、ガトランティス戦役からディンギル戦役にかけての戦訓で、『波動砲絶対理論』や『波動砲信仰』とでも呼ぶべきものが大きく揺らいだ影響が大きい。抑止兵器もしくは決戦兵器としての波動砲は依然として大きな魅力だが、命中率の悪さと汎用性の低さは如何ともし難いからだ。また、波動カートリッジ兵器の大幅導入も、航空戦力の拡充に大きな影響を与えている。
 一方、大規模な新艦隊整備計画に艦隊旗艦用の大型指揮艦の整備が初期計画になかった背景には、別の理由があった。もちろん価格面だけでなない。
 最初期に計画された「アンドロメダ級」5隻(※アンドロメダ戦没)がようやく揃う目処が立ち、新たに必要な分のみ数年先の次の計画で建造すれば問題ないと言う現実的な背景があったからだ。 
 事実2208年度の次期3カ年計画では、新たに4隻の15万トン級大型艦隊旗艦用戦艦の建造計画が予算通過し、以後2年置きに4隻ずつ改良型もしくは新型を建造する予定になっている。
 そして、とにかくこの時地球防衛軍が求めていたのは、贅沢で汎用性の高い少数の艦艇群ではなく、遠洋航海ができる安価な艦艇の大量整備にあったのだ。

 なお、移民船団が出発すると、移民船団に付属する自動工場群、随伴した工場船、工作艦などでも艦艇の建造や改装が行われるようになり、地球以外で生まれる軍艦も多数に上っている。また、地球人類全体が数多くの拠点や航路を抱えるようになったため、海運会社や流通会社が直接もしくは間接的に護衛組織は拡大の一途をたどっていた。加えて、“再生艦艇”とも呼ばれた主にガトランティスやデザリアムの捕獲・改装した艦艇群も、地球製の新造艦が揃うと順次まとめて各企業に払い下げられるようになった。これは一部の旧式艦についても同様で、地球連邦政府及び防衛軍が航路防衛に急拡大する民間資本を大いに活用しようという意図が見えてくる。
 必然的に、地球防衛軍外注の“傭兵”組織や警備会社の数と規模も拡大され、僅か数年で地球外の軍事力及び警備の重要な一角を占めるようになっていた。これは、地球防衛軍大学卒業生に、政府組織に入るか民間組織に移動するかの道が2206年に整備された事からも変化の大きさが分かる。
 そうした“傭兵”組織や警備会社の中には、艦隊単位で動く事が当たり前であったり、大型戦艦すら保有する“傭兵艦隊”もあり、戦力は決して侮ることはできない。
 “傭兵艦隊”を持つ代表的な企業に、重産業・軍需中心の南部重工(新興の日本企業の連合体)、流通のGTO(ギャラクシー・トラフィック・オーガナイゼーション)、銀河郵船、情報(仮想空間企業)のGN(ギャラクシー・ネットワーク)、複合企業体のユーロ企業連合(ECU)、八洲重工(三菱などを中心とする日本企業連合)、GA(ギャラクシー・アメリカンズ(アメリカ企業連合体))、万華公司(中華・華僑系)、月面機構(MO)などがある。またこれらの企業の一部は、辺境航路開拓や辺境調査を兼ねる武装調査部門も持っている。そしてこれらの組織には、特殊装備の大型武装調査船や大型戦闘艦艇を優先的に配備して、地球人類への貢献という美名の元企業利益拡大に務めている、とされる。軍事を企業に委ねた事もあり、暗部も多いのが現状だ。そしてこうした民間活用こそが、大航海時代の黎明及び発展期である事を物語っていた。

 そうして、新造艦を中心とする新たな地球防衛艦隊がただちに編成されると、移民船団の第一陣出発から半年後の2206年初秋には、揃って出発となった第二陣、第三陣の大規模都市型移民船団の護衛として随伴していった。
 計画開始から一年後の2206年晩秋までには、新規計画の第一陣200隻全てが就役した(戦艦24、巡洋艦56、駆逐艦120)。そしてその八割が第五陣まで送り出された都市型移民船団に付き添い、移民関連船舶の母港となっていた土星軌道から太陽系を離れた。また、それ以外の調査や探査船団の護衛に付き従った在来型艦艇も数多かった。
 加えて、膨大な資源を必要とする移民船団建造に必要な資源も、もはや太陽系だけではまかないきれなくなっていたため、周辺星系にある惑星の鉱山化も広く進んだ。結果、太陽系外へと旅だった地球人類の数は、移民船団以外でも一億人を突破した。つまり移民船団を合わせると、当時の地球全体の総人口21億人の6%近くが、太陽系外に居住している計算になる。(※総人口は西暦2206年統計・うち4億人が5才未満の乳幼児・新生児)
 そう、地球連邦の持つ宇宙への努力は、太陽系を中心にバブルガム状(ドーナツ状)になりつつあったのだ。
 必然、太陽系内の軍事力は激減し、一時的ではあるが実に地球防衛艦隊の三分の二が太陽系外に展開する事態となっていた。航路防衛を担当する空間護衛艦隊ですら例外ではなく、アルファ星やバーナード星などの有力化された鎮守府に拠点の多くも移しており、鎮守府は移民船団の母船にも標準装備され、周辺星域に広く分散していた(※アルファ星は恒星の配置から宇宙座標にしやすいなどの利点がある)。
 そうした背景には、友邦ガルマン・ガミラス帝国が首相を失って混乱するボラー連邦に対して極めて優位に戦局を進め、地球に対する軍事的脅威が大きく減退しているという外交事情があった。また、第二の地球探しの折り、半径一万光年に対する詳細な調査が行われたため、近隣に脅威となりうる存在がないと判断されていたという理由もあった。
 そして地球が外へと異常な勢いで膨張を始め、ガルマン・ガミラス帝国がいよいよボラー連邦本星へと王手をかけつつあった時、全銀河系規模の大惨事が発生する。
 そしてその副産物とでも言える災厄が、地球に再び大きな危機をもたらす事になる。


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